(シリア国内での各勢力の支配地域を示した図【2月3日 AFP】)
【和平交渉「中断」】
上記のシリア国内での各勢力の支配地域を見て、私のような素人でも感じるのは、第1にシリア政府が「敵」として見ているのはアサド政権支配地域の北部と南部に隣接する反体制派であろうということです。
支配地域の点でやや離れている「イスラム国(IS)」は眼中にないのでは・・・とも思えます。
第2に、そのISと対峙しているのが北部を支配するクルド人勢力であること。
シリアのクルド人勢力YPGはトルコのクルド人反政府武装勢力PKKとつながる組織で、トルコが「テロリスト」と見做して和平協議への参加が阻止されましたが、クルド人勢力を中核としない限り対IS戦線は構築できないでしょう。
もう1点あげると、小さな上記図では判然としませんが、アサド政権支配地域の中部、レバノンに接するエリアはヒズボラが支配する地域とも重なっています。(このエリアでのアサド政権とヒズボラの関係がどうなっているのかは知りません。)
イランとともにアサド政権支援で介入し、苦境にあったアサド政権が踏みとどまるのに多大な「功績」あったレバノンのヒズボラですが、長引く戦闘で多大な犠牲者を出しています。
それでもなお介入を続けるのは、ヒズボラが長期にわたってアサド家率いるシリアの政権与党バース党の同盟勢力であったこと、ヒズボラの後ろ盾であるイランの意向もあるでしょうが、実利的な側面として、将来的にシリア内部に支配地域を確保しようとの思惑もあってのことでしょう。
シリア和平協議の方は、周知のように「中断」となっています。
交渉の入口段階で、アルカイダともつながりがあるとされる反政府勢力「イスラム軍」の参加を巡って、これを「テロリスト」とするロシアが反対、参加メンバーについてもはっきりせずに1月25日開始予定が延期となりました。
更に反体制派は、アサド政権との直接交渉に入る条件として、政権側が市民への空爆を停止することや、人道支援を行うため政権側による街の包囲を解くことなどを求め、結局、交渉が正式に始まったのかどうかすら定かではない段階で、政権側と反体制派の直接交渉に入ることなく2月25日までの「中断」となりました。
(国連のデミストゥラ特使は2月1日、反体制派の主要団体「高等交渉委員会(HNC)」と会談した後、和平協議が公式に始まったと宣言していますが、アサド政権側はこれを否定し「準備段階」と主張しています)
****【シリア情勢】和平協議早くも暗礁、25日まで中断 ロシア支援受け攻勢強める政府軍、反体制派との対立深く****
スイス・ジュネーブのシリア和平協議で、国連のデミストゥラ特使は3日、協議を今月25日まで一時中断すると決めた。
米露などの協力で事態の打開を目指す方針だが、再開にこぎ着けられるかは予断を許さない。
シリア政府軍はロシアの支援を受ける形で攻勢を強めているとみられ、政権側と反体制派の対立は深く、和平の行方は見通せないのが実情だ。
「協議のための協議を行うつもりはない」。特使は3日、記者団を前にこう語り、中断を表明した。
先月29日に始まった協議では、特使が政権側と、反体制派の主要代表組織「最高交渉委員会」(HNC)の交渉団と個別に会う形で進められた。それでも非難の応酬となり、予定された会合がキャンセルされるなど難航した。
HNC側は本格的な協議入りの前に、政府軍やロシア軍による空爆や包囲を停止するよう要求。しかし、3日には露軍の空爆支援を受けた政府軍がシリア北部アレッポ周辺で進撃し、反体制派武装勢力の補給ルートが断たれた。
HNCのメンバーからは「もはや交渉することはない」との批判も上がり、反体制派の反発が一段と強まった。
ケリー米国務長官は3日、シリア政府軍とロシア軍の動きは「軍事的解決を試みるものだ」と声明で非難、空爆を停止するよう要求した。
特使は「(協議を)主導した当事者にもやるべきことはある」と述べ、米露やイラン、サウジアラビアなど関係国が11日にドイツ・ミュンヘンで開く外相会議に期待を寄せた。
だが、ロシアは「空爆はやめない」(ラブロフ外相)との姿勢で、事態打開につながるかは不透明だ。
政権側交渉団代表のジャファリ氏は、アレッポ周辺における戦闘での敗北により、反体制派が協議撤退を決めたとし、「(協議の)失敗の責任」はHNCや後ろ盾のサウジアラビアなどにあると批判。
HNCのヒジャブ代表は交渉団がジュネーブを離れ、「人道的要求が満たされるまで戻らない」と表明した。【2月4日 産経】
******************
【包囲地域では餓死者も】
「包囲」については、1月22日ブログ「シリア和平協議 25日開催予定も、調整がつかず「延期」への言及も 米ロの思惑は?」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160122でも取り上げたように、“(下記の)マダヤを含め、紛争当事者に包囲されている地域はシリアに15カ所ある。(国連事務総長)潘氏は、シリアでは40万人が包囲下にあり、うち約20万人はIS、約18万人はシリア政府側、残りは反政府武装勢力の支配地域にいると状況を説明した”【1月16日 朝日】と言われ、包囲地域では支援物資も十分に届かず餓死者がでる状況にあります。
****シリア軍包囲の町マダヤで新たに16人餓死、12月以降で46人に****
国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」によると、シリア政府軍に包囲されている町マダヤに救援物資が到着した今月11日以降、新たに16人が餓死した。
MSFは、昨年12月以降のマダヤにおける餓死者が46人に達したと述べた。また「MSFは人々が自宅で餓死していることを把握しており、実際の餓死者数は発表した人数より多いのはほぼ確実だ」と述べ、マダヤでは現在も数十人が深刻な栄養失調による餓死の危険性に瀕していると警告した。(中略)
シリア反体制派は、和平協議の前に包囲の終了を要求する国連安全保障理事会の決議の履行が必要だとしている。
マダヤは昨年、戦闘を停止して救援物資搬入を許可された4つの町の1つ。しかし、国連やその他の救援団体は、マダヤと反体制派が掌握する町ザバダニ、そして政府軍が掌握し、反体制派が包囲する町フアとケフラヤに限定的なアクセスしか得られなかった。
中でも、シリア政府軍が町の周囲に地雷を敷設し、4万2000人の一般市民が町から出られなくなっているマダヤの状況は特に悪いと報告されている。
反体制派が包囲するフアとケフラヤでは政府軍機による救援物資投下が可能だが、反体制派にはそのような能力がない。
各救援団体は、包囲されている4つの町への定期的な救援物資搬入と、栄養失調やその他の病気で苦しむ人々の救出を許可するよう求めている。【1月31日 AFP】
*******************
【民間人犠牲を厭わないロシアの空爆で政権側が軍事的に有利に】
一方、政府軍、特にロシアの空爆は民間人犠牲をいとわない熾烈なものとなっています。
****<シリア空爆>「民間死傷や人道支援妨害」米報道官が露非難****
「テロリストの掃討」を名目にしたロシアによるシリア空爆について、米国務省のカービー報道官は3日、「ほとんどが反体制派を狙ったもので、民間人死傷者や避難民の発生、人道支援の妨害の可能性が報告されている」と非難した。
同氏は、ロシアが支援するアサド政権と米国を後ろ盾とする反体制派の和平交渉が中断されたことにも触れ、「罪のない人々が命を奪われ、人道援助が妨害される中で政治的解決を模索するのは困難だからだ」と指摘。間接的に、ロシアの空爆が交渉停滞の一因だとの認識を示した。
在英の反体制派組織「シリア人権ネットワーク」は1日、ロシアの攻撃による民間人死者数が今年1月だけで679人に上ったと指摘している。死者総数1382人の半数近くにあたる。
過激派組織「イスラム国」(IS)を標的とする、米軍主導の有志国連合によるシリアやイラクの空爆でも、多数の民間人が死傷。2014年8月の空爆開始以降、880人以上が死亡したとの民間推計もある。【2月4日 毎日】
*****************
民間人犠牲をいとわないロシアの空爆は、軍事的には大きな成果をアサド政権側にもたらしています。
交渉開始直前にも、交渉での立場を有利にする意図もあってか、北部・南部の反体制派支配地域への攻勢を強め、要衝を奪還しています。
****<シリア>政府軍、要衝の奪還拡大・・・・和平協議有利に****
シリア政府軍は24日、北西部ラタキア県の要衝ラビアを奪還したと発表した。政権側はロシア軍の空爆による支援を受け、北部アレッポ県や首都ダマスカス郊外でも攻勢を強めている。
軍事的に優勢に立つことで、月内にもスイスのジュネーブで開かれるアサド政権と反体制派による和平協議を有利に進めたい思惑があるとみられる。
政府軍や在英の民間組織シリア人権観測所の発表によると、政府軍と政権側民兵は24日朝、反体制派が3年以上にわたって実効支配していたラビア全域を掌握した。
露軍の援護を受けた一連の軍事作戦で、政権側は反体制派のイスラム武装勢力や国際テロ組織アルカイダ系のヌスラ戦線が支配していた周辺の18の町や村を奪還した。
ラビアはトルコ国境に近く、反体制派が実効支配する北西部イドリブ県からラタキア県に進攻する拠点となってきた。
政権側は今月、約10キロ南東のサルマも奪還しており、ラタキア県全域の確保に近づいている。政府軍は「(反体制派の)補給や部隊の移動を制限できる」と戦果を強調。イドリブ県の奪還も視野に入れている模様だ。
政府軍は昨年後半以降、アレッポ県やダマスカス郊外、南部ダルアー県など、ほかの反体制派の支配地域でも攻勢を強化。昨年9月に露軍が空爆を始めて以降、各戦線で優位に立っている。(後略)【1月25日 毎日】
******************
****シリア政府軍、反体制派の南部要衝を掌握****
シリア政府軍がヨルダン国境に近い同国南部で数週間にわたる戦闘を経て、反体制派の戦略的要衝を掌握したと、在英の非政府組織(NGO)「シリア人権監視団」が26日発表した。
今回、政府軍側に制圧された都市は、ヨルダンとの国境に近いダルアー県シャイフ・ミスキーン。
監視団によれば、シリア政府軍およびそれと同盟するレバノンのイスラム教シーア派原理主義組織ヒズボラの戦闘員やイラン軍士官らを含む民兵部隊は、ロシア・シリア両軍による空爆の後押しを受け、一夜で「シャイフ・ミスキーンを掌握した」という。
シャイフ・ミスキーンは、北は首都ダマスカス、東は政府軍が支配しているスウェイダへ至る道が交差する要衝で、政府軍がさらなる標的としている反体制派の拠点ナワから12キロの位置にある。
治安情報筋がAFPに語ったところでは、シャイフ・ミスキーンは反体制派の作戦の「起点」であり、また「ダルアー県内の重要拠点」の一つだった。
今回政府軍がこの街を制圧したことにより、反体制派が掌握しているダマスカス周辺地域への物資供給ルートが断たれる可能性があるという。【1月26日 AFP】
*********************
「交渉期間中」も政府軍・ロシア軍の攻勢は続いており、これに反発した反体制派が「席をたった」形となっています。
和平交渉の最大の争点であるアサド大統領の処遇についても、政権側やロシアには、「内戦に勝利しつつあるのに、なぜ退陣する必要があるのか」との強気の主張も出てきており、交渉の行方を難しくしています。
前回ブログで示した“シリアの内戦終結を目指した和平協議が25日からジュネーブで始まるが、早くも「失敗確実」(軍事専門家)との見方が強まっている。その理由はアサド政権がロシアの軍事介入によって完全に息を吹き返し、退陣が取り沙汰されていたアサド大統領の自信と強気が復活したからだ。”【1月22日 WEDGE】という予想通りの展開です。
【当事者を抑制できれば、落としどころがない訳でも・・・・】
ただ、アサド大統領自身の考えはともかく、ロシアは結果的に自国が影響力を行使できる政権が残存できればいい話で、必ずしもアサド大統領を死守・・・という訳でもないでしょう。
交渉事は、有利な段階で若干の譲歩を示してまとめあげるのが得策です。軍事的な完全勝利を目指せば「泥沼」にはまってしまいます。
なお、ようやく経済制裁解除に漕ぎつけたイランも欧米との協調の枠組みは崩したくないところで、“シリアの将来については、イランは、いったんアサド大統領を退陣させて移行政権をつくり、その後の選挙でアサド氏の立候補を認めるという展開を描いているという”【1月30日 朝日】とも。
内戦後のシリアを安定させ、イスラム過激派による破綻国家としないためにも、アサド抜きかどうかはともかく、アサド政権の役割をはずすことはできないでしょう。
そういう現実的見地にたってアメリカやサウジアラビアが反体制派を抑制できれば、シリア内戦停止も不可能ではないと思うのですが。