
(5月10日 エルドアン大統領の演説に国旗を振って歓喜する人々 これもまたトルコの一面です。 http://www.gettyimages.co.jp/detail/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%86%99%E7%9C%9F/people-wave-turkish-flags-as-turkeys-president-recep-tayyip-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%86%99%E7%9C%9F/472925402 )
【「我々には新しいトルコ、新しい憲法、そして(権限を強化した新たな)大統領制が必要だ」】
トルコ・エルドアン大統領は、2003年から約11年間にわたり首相を3期務め、与党・公正発展党(AKP)の内規でこれ以上の首相続投は不可能なことから、2014年8月の大統領選挙に鞍替え出馬して現在に至っています。
トルコの政治体制(議院内閣制)においては、法的には首相の権限が強く、大統領は国家元首ではあるものの、法案や人事に関する拒否権はあるものの実質的な行政権はなく、基本的には儀礼的な役割が中心になります。
トルコを牽引してきたを自負し、そして今後も牽引していくこと疑わないエルドアン大統領は、儀礼的大統領職に甘んじる気持ちは毛頭ありません。
温厚な学者出身でもある忠実な側近のダウトオール外相を首相に抜擢することで、現在も政権の実権を握ってはいますが、憲法を改正することで名実ともに大統領に権限を集中させる本格的な大統領制に変更することを前面に打ち出しています。
そのための取り組みをこれまでも行ってきました。
すでに、2007年の憲法改正で、大統領は国会議員による選出から国民の直接投票に変わっていますが、当時から、エルドアン氏が“強い”大統領を狙っているとの見方が強くありました。
公正発展党単独政権が連続3 期目に入った2011 年10 月には、新憲法起草を目的に、与野党から成る憲法協議委員会が議会に設置されましたが、2013 年12 月、以後の協議の進展が見込めず、政治日程との兼ね合いもあり、目的を達成することなく解散しました。
トルコでは、6月に総選挙が行われますが、ここで憲法改正に必要な議席を獲得することで、“強い”大統領を実現させるのがエルドアン大統領の目下の取り組みです。今でも十分“強すぎる”大統領なのですが・・・・。
****強大な権限狙う大統領 トルコ総選挙、改憲へ330議席目指す****
来月7日に迫るトルコ国会(定数550)の総選挙で、エルドアン大統領の支持基盤である与党・公正発展党(AKP)が、憲法改正の国民投票が可能になる330議席の確保を目指している。エルドアン氏は憲法改正によって、大統領の権限強化をもくろんでいる。
「我々には新しいトルコ、新しい憲法、そして(権限を強化した新たな)大統領制が必要だ。みなさん、新トルコへ準備はできているか! 新大統領制を支持するか!」
5日夕、トルコ北西部テキルダー県。公共施設の開設記念式典でエルドアン氏が訴えると、聴衆が万雷の拍手で応えた。
トルコ憲法は大統領を国家元首と定め、政治的中立を求める。大統領に選出されたら所属政党を離党し、国会議員も辞職しなければならない。一定の立法や行政に関する権限も持つが、首相に比べるとはるかに小さいものだ。
大統領が大きな権限を持つ実権型大統領制への移行は、エルドアン氏の悲願だ。昨夏、トルコ初の直接選挙による大統領選で当選した際、「国民が選んだ大統領は、政治の主導権を持つべきだ」と主張。憲法改正へ意欲を見せた。
同氏はトルコ建国100周年の2023年をまたいで、長期にわたって国を率いたい意向とされる。
AKPは総選挙のマニフェストでは実権型大統領制について詳述していない。だが、同党の説明を総合すると、閣僚を民間人から任命し国会に拒否権はない▽国会の解散権を持つ▽立法権を持つ▽国会での信任投票は不要で不信任決議などで辞任を迫られることもない――などの内容を含む。
■野党は「独裁」に警戒
厳格な三権分立に基づく米国の大統領制に比べると、AKP案は大統領の権限が強すぎると懸念されている。野党の政治家は「選挙を通じた君主制の実現だ」と猛反発し、エルドアン氏の「独裁」が強まることを警戒している。
エルドアン氏とともにAKPを創設したギュル前大統領も4月15日、「実権型大統領制は非民主的ではないが、トルコにとってより適切なのは議会制度の改善」と慎重な立場を表明。「(実現する場合は)憲法に抑制と均衡を明記すべきだ」と釘を刺した。
民間調査会社とトルコのコチュ大、米オハイオ州立大などが協力し、今春、トルコで実施した世論調査によると、議院内閣制より大統領制が望ましいとの回答は27%。AKP支持者でも43%にとどまった。
憲法改正は、国会議員の3分の2(367人)以上が賛成し、大統領が支持すれば可能だ。賛成が3分の2に届かない場合でも、5分の3(330人)以上の賛成で、大統領が国民投票にはかることができ、国民投票で過半数の賛成があれば改憲が可能となる。
AKPは11年の前回総選挙で、得票率49%で327議席を獲得した。直近の世論調査では、支持率は30%台後半~40%台半ばで伸び悩んでおり、単独での367議席確保は極めて難しい。現実的な数字として、330議席を獲得できるかが注目されている。
■国民の多くは懸念
マルマラ大のユクセル・タシュクン准教授(現代トルコ政治)の話 エルドアン氏は「自分が完全な決定者にならない限り、影響力がなくなってしまう」と考えており、全ての権力を独占しようとしている。
だが、信頼できる直近の世論調査では、トルコ全体で27%しか実権型大統領制を望んでいない。国民の多くは、同氏が権威主義体制を築こうとしていることを深く懸念している。
AKPの支持率も伸び悩んでいる。経済成長や社会の安定、民主主義の定着を優先公約に掲げれば、もっと支持率を伸ばせるはずだ。
実はダウトオール首相はこうした路線を目指しているが、エルドアン氏がやらせない。AKP内部は今、路線対立で深刻な緊張状態にあるとみられる。【5月11日 朝日】
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【熱烈支持の貧困層と敬虔な信者】
まるでアントニオ猪木氏のようなエルドアン大統領のアピールです。
それはともかく、“国民の多くは懸念”かどうかは意見の分かれるところです。
イスラム色を強め、強権支配的な傾向を強めているとして欧米諸国とは溝ができている、また、野党勢力からも強く批判されるエルドアン大統領ですが、国内には現在でも彼を熱烈に支持する人々も多く存在します。
****疎外感を覚えていた人たちの支持****
・・・・社会的保守の大衆は、社会生活、政治生活の大半からも締め出されていると感じていた。女性の約6割に相当するヘッドスカーフをかぶる女性は、エルドアン氏が政権を握る前は、大学に通ったり、公務員職に就いたり、議員になることを禁じられていた。
トルコの貧困層と敬虔な信者――互いに重なり合うこの社会集団は、7700万人の人口の大部分を構成し、エルドアン氏の支持基盤の根幹を成している――の間では、多くの人が過去の制約を覚えている。
「今では誰もが自由です」。ヘッドスカーフをかぶり、(イスタンブール郊外にある、大都市での仕事を求めてトルコの黒海地方からやって来た人たちが住み着いた町)スルタンベイリの湖のほとりでピクニックをしていたアダーレットさんはこう話す。
「以前は差別があり、ヘッドスカーフをかぶらない女性と私の間には問題がありました。けれども今では、ヘッドスカーフをかぶっていない女性を自分の敵だとは思いません。姉妹だと思います」
アダーレットさんの10代の娘は、こう言った。「私は新しいトルコが出現し始めていて、首相が私たちをそこへ連れて行ってくれることを確信しています」
エルドアン氏に対するこれほどの信頼は、敬虔なトルコ国民の間では一般的だ。ピューの調査では、1日5回以上祈りを捧げる人の74%が首相のことを良い影響を与える存在だと考えていることが分かった。一方、ほとんど祈ることがない人たちの間では、その数字は25%に落ち込んだ。
まだ完璧とは到底言えない生活だが・・・
スルタンベイリでの生活は、まだ完璧とはほど遠い。多くの住民にとっては、未申告の仕事で苦労して生計を立てている状況だ。
この地区のAKPの青年部をまとめるエルテン・イスケンデル氏は、80%以上の住民がまだ住宅の正式な所有権を持っていないと試算している。これは無断居住者が夜の暗闇にまぎれて家を建てたスルタンベイリの起源の名残だ。
だが、AKPが政権を握って以来、住民の数が20万人から30万人に増える間に、高校の数は3校から17校に増え、病院の数は3倍に増えたとイスケンデル氏は付け加える。
同氏によると、この地区に住むおよそ5万人の住民が、エルドアン氏を見るために総勢100万人が集まった先週の大会に赴いたという。
土地所有権の正規化に関するAKPの公約をどこまで信じるべきかについて、多くの人は不確かな気持ちでいるが、彼らはほぼ口を揃え、大半の道路で見て取れるAKPの成果の実績と見なすものを強調する。【2014年8月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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【強権支配体制への疑念】
こうした貧困層の熱烈な支持を確固たるものにし、更に支持層を広く拡大してきたのは、エルドアン大統領率いる公正発展党政権が実現してきた過去10年間におよぶトルコ経済の急成長でした。
しかし、トルコの成長率は2010年代初めの9%から現在の3%前後に減速しています。
トルコ経済全体を表す指標でもある為替レートでみると、2013年前半まで1ドル=1.8リラ水準でしたが、その後リラの下落が続き、現在は2.7リラ付近にまで下落しています。
こうした経済状況の暗転の原因は、エルドアン大統領の強引とも言える政治姿勢にあるとの指摘もあります。
****誰も大統領に真実を語らなくなった****
エルドアン氏が大統領に権力の集中化を図り、様々な分野で伝統的な考え方と決別するにつれ、同氏の行動の影響は国内政治の範囲をはるかに超え、経済に及んでいる。
「エルドアン氏の権限が強まるにつれ、その傲りも高まり、今では、トルコ経済に何が起きているのか、真実をあえて大統領に伝え、彼の経済理論はナンセンスだと訴える人物が周りにほとんどいなくなった」と米プリンストン高等研究所のエコノミスト、ダニ・ロドリック氏は言う。
問題の経済理論の1つが、標準的な経済学的思考に逆らってエルドアン氏が繰り返し主張する、インフレが高金利を招くのではなく、逆に高金利がインフレを招くという理論である。
これは、昨年6月の総選挙の前にエルドアン氏が熱心に展開した議論だ。同氏は過去2週間に行った演説で、トルコ中央銀行のエルデム・バシュチュ総裁は高金利を維持することで西側に国を売った裏切り者だと訴えた。
エルドアン氏の驚くべき発言の対象となっているのは、経済だけではない。
同氏は、コロンブス以前にイスラム教徒たちが米国大陸に渡ったとか、英国は女王が大きな役割を果たす半大統領制国家だとも断じている。
また、主席判事らは政治的圧力について不満をこぼしている。
昨年8月にエルドアン氏が大統領に就任して以来、学校の生徒や新聞の編集長、美人コンテストに優勝した元ミストルコを含め、70人以上がエルドアン氏を侮辱した罪で訴追されている。(後略)【2015年3月10日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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従来から緊密だった欧米との関係に加えて、中東アラブ諸国との関係強化を図る「ゼロプロブレム外交」によって、国際的に「地域大国」トルコの影響力を高めた外交政策も、すでに破たんしています。
****トルコが中東地域で孤立感を深める理由 イスラム国とトルコの複雑な関係****
・・・・AKP政権はスンニ派の反体制勢力に加担する形でシリア内戦に介入したのです。
アサド政権はシーア派の一派であるアラウィ派の政権です。アラウィ派はアレヴィー派とは別の宗派なのですが、アサド政権を支援するシーア派のイランやシーア派政党が政権を握るイラクとの関係が悪化しました。
エジプトではムスリム同胞団のムルシ政権を支持し、軍事クーデタで同政権を倒したシシ国防相(現大統領)を強く非難したため、エジプトとの関係も悪化しました。
ムスリム同胞団を危険視し、シシ大統領就任を歓迎したサウジをはじめとする湾岸王制諸国も、トルコの姿勢を快く思っていません。(中略)
2012年に32.8%だった中東アラブ諸国向け輸出の比率は、2014年に28.6%まで縮小しました。(中略)
最大の貿易相手であるヨーロッパ諸国の経済低迷も長引いており、経済成長は2012年2.1%、2013年4.1%と減速しています。
「ゼロプロブレム外交」は「ゼロフレンド外交」と揶揄されるようになり、トルコは中東地域での孤立感を深めています。(後略)【3月12日 東洋経済オンライン】
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欧米では、強権的政治姿勢に対する懸念が強まっています。この種の指摘は、これまでも再三取り上げてきましたので詳細は省略します。
(3月12日ブログ「トルコ 暗殺に怯えながら権威主義的な姿勢を強めるエルドアン大統領 堕ちた「トルコ・モデル」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150312など)
****警察国家に向かうトルコの民主主義****
レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はほとんど自制心を見せることなく、トルコを自分を中心に築かれた権力国家に変えつつある。
近年、メディアを抑圧し、抗議者を取り締まり、独立した司法を弱体化させ、国内の民主的な自由と多元主義を破壊してきた。
半年前に国家元首である大統領に選ばれてからは、個人的な権力の増強に取り掛かり、この激しい気質を新たなレベルに引き上げた。
エルドアン氏がさらに大きく前進することを許されたら、トルコはもう民主主義国に求められる基本的な基準を持たなくなるだろう。(後略)【2015年2月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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【元大統領の死】
前出の権限強化を狙うエルドアン大統領に関する記事【5月11日 朝日】と同紙面に、かつて軍事クーデターで実権を握り、その後、エルドアン氏によって終身刑に服することになった元大統領の死が報じられていました。
****トルコ元大統領のエブレン氏死去 80年クーデターを主導****
1980年にトルコで軍トップとしてクーデターを主導したケナン・エブレン元大統領が9日、首都アンカラの病院で死去した。97歳だった。トルコの主要メディアが伝えた。
トルコが深刻な経済危機に陥った80年、事態を解決できない政府に代わり、軍参謀総長として「無血クーデター」を主導し、国を掌握。82年に大統領になった。クーデターでは50万人以上が拘束され、200人近くが拷問で、数百人が獄中で死亡したとされる。
82年制定の新憲法では、クーデターに関与した軍高官の不訴追特権を定めた。
だが、2010年にエルドアン首相(当時)率いる与党・公正発展党が憲法を改正し、この不訴追特権を無効にしたため、昨年6月、アンカラの裁判所で、国の秩序を乱した罪で終身刑を言い渡されていた。【5月11日 朝日】
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エルドアン大統領が同じ轍を踏むことがないように・・・。