(“(保守穏健派)ロハニ師の演説に集まった支持者ら。宗教色を嫌い、ベールを形だけかぶって髪の毛を出した女性の姿が目立った=8日、テヘラン、北川学撮影”【6月11日 朝日】)
【最も非民主的な大統領選】
今月14日、イランでアフマディネジャド大統領の任期満了に伴う大統領選挙が行われます。
アフマディネジャド大統領は3選禁止の規定により立候補できません。
核開発問題でアメリカと対立し、シリア・アサド政権支持や中東各国のシーア派勢力支援などで国際的になにかと問題となっているイランの今後に影響する選挙として注目されます。
ただイランの場合、選挙で選ばれる大統領はあくまでも「行政府の長」で、その権限は限られています。核開発などの最終決定権は軍の最高司令官も務める最高指導者ハメネイ師にありますので、大統領の交代によって国の方向が大きく変化するということはありません。
そうは言っても、誰が大統領になるかによって、経済制裁を受けている現状で、国際交渉における対応には影響するところがありますし、国民がどういう立場の者を選択するのかはハメネイ師周辺の意思決定にも影響があるでしょう。
実際、現在のアフマディネジャド大統領は同じ保守派の立場にはありながら、ハメネイ師とは確執があり、必ずしも最高指導者の操り人形という訳でもありませんでした。
そういう事情もあって、最高指導者ハメネイ師側からすれば、今回選挙ではもっと扱いやすい者を大統領に据えたいという強い希望があり、候補者の資格審査でもその思惑が露骨に表れています。
このところ力で政府側に抑え込まれている改革派の支持を集めて選挙戦の中心に躍り出ることも期待された経済重視で現実主義の保守穏健派ラフサンジャニ元大統領の立候補は、資格審査を行う「護憲評議会」によって認められませんでした。
また、ハメネイ師と対立するアフマディネジャド大統領側近のマシャイ元大統領府長官の立候補も認められませんでした。
****イラン大統領選:ラフサンジャニ氏の立候補認めず*****
イラン内務省は21日、大統領選挙立候補者の資格審査を進めていた「護憲評議会」が登録者686人のうち8人の立候補を認めたと発表した。
国民の期待が高まっていたラフサンジャニ元大統領(78)と、アフマディネジャド大統領側近のマシャイ元大統領府長官(52)の立候補は認めなかった。この結果、6月14日の投票に向けた選挙戦はハメネイ師に近い保守派を軸に展開される見通しとなった。
ハメネイ師に近い宗教指導者らで構成される護憲評議会は、核問題交渉責任者のジャリリ最高安全保障委員会事務局長(47)のほか、ガリバフ・テヘラン市長(51)やベラヤティ元外相(67)ら保守派の有力者を候補として認めた。今後、候補者絞り込みの調整が行われるとみられる。
一方で、ラフサンジャニ師と関係が近いロウハニ元最高安全保障委員会事務局長(64)と、改革派のアレフ元副大統領(61)の立候補も認めた。改革派は09年の前回選挙以降、弾圧を受けて勢力が弱体化。複数のグループがすでにラフサンジャニ師への支持を表明しており、勢いをそがれた形だ。
ハメネイ師との確執により、保守派から分かれて独自候補を擁立したアフマディネジャド大統領は、派閥内から候補を出すことができなかった。ロイター通信によると、マシャイ氏は審査が不当として異議を申し立てる方針。【5月22日 毎日】
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出馬が許された候補者8人のうち6人がハメネイ師に近い保守派ということになりました。
事前の資格審査で、反対派有力候補を潰してしまうということで、選挙戦はハメネイ師に近い保守派候補の間の争いになったとも見られ、イランの変化を期待する向きからは失望を買うところとなっています。
“今回候補者たちは有権者ではなく、ハメネイのほうを向いて選挙活動をしている、とも揶揄される。テレビ討論会でも、彼らは核開発問題やシリアの内戦、欧米の制裁で深刻化する経済危機など敏感な問題の議論は極力避けている。”
“今回の選挙は79年のイスラム革命以来、最も非民主的なのかもしれない。「イランがこれまで完全な民主主義だったことはない。それでも09年の大統領選では、民主主義が尊重される部分もあった」と、ランド研究所のナダーは言う。「だが今回、それはまったく期待できない」
あまりの不公正さに、国際社会だけでなく、国民の関心も投票前にそがれている。”【6月18日号 Newsweek】
【改革派と保守穏健派 ロウハニ師に一本化】
しかし、投票日直前のここにきて、風向きが少し変わったような感もあります。
8人の候補者のうち、改革派でハタミ前大統領に近い立場にはあるものの、あまり国民的支持が高くないアレフ元副大統領が選挙戦から撤退し、改革派からの支持も期待できる、ラフサンジャニ元大統領にも近い保守穏健派ロウハニ元最高安全保障委員会事務局長への一本化が行われました。
アレフ氏は撤退声明で「ハタミ前大統領(改革派)の考えを受け、国民の利益のために決断した」と述べています。
****イラン大統領選:元副大統領が選挙戦からの離脱表明****
14日投票のイラン大統領選で、唯一の改革派候補だったアレフ元副大統領(61)が10日夜、選挙戦からの離脱を表明した。改革派にも浸透する保守派ロウハニ元最高安全保障委員会事務局長(64)側と連携するためとみられる。これに先立ち同日、最高指導者ハメネイ師に近い保守派ハダドアデル元国会議長(68)も撤退を表明し、候補は6人となった。
改革に理解を示すロウハニ師に票を集めるため、アレフ氏離脱を求める声が高まっていた。アレフ氏は改革派のハタミ前大統領からの10日の書簡で離脱を勧められ決断。イラン学生通信(ISNA)によると、ハタミ師は11日、ロウハニ師に投票すると明らかにした。
ロウハニ師は、米欧との関係改善を模索するなど現実的路線を志向した保守穏健派ラフサンジャニ元大統領からの信頼が厚く、ラフサンジャニ師の求心力も候補一本化の実現に作用したとみられる。
ハダドアデル氏は、ガリバフ・テヘラン市長(51)、ベラヤティ元外相(67)と候補の絞り込みを模索してきた「2+1連合」の1人で、離脱理由を「保守強硬派の勝利を後押しするため」と説明。ロウハニ師の躍進を警戒し保守強硬派結集に先手を打った可能性がある。【6月11日 毎日】
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保守穏健派ロウハニ師の政治姿勢については、下記のように報じられています。
****対米外交を批判*****
・・・・そのロウハニ師はテレビ討論会や各地の演説で、核開発問題に関する外交交渉について、「(米欧との)関係を改善し制裁緩和を目指すべきだ」などと主張。強硬保守派候補で、現在の核交渉責任者でもあるジャリリ最高安全保障委員会事務局長らの路線を強く批判している。
核兵器開発が疑われるイランは国連安全保障理事会や米欧各国から制裁を科されており、ここ数年はその影響で外貨収入源である原油輸出が低下、国民は高率のインフレに悩まされている。
自身もかつて核交渉責任者を務めたロウハニ師には、国民の関心が高い経済悪化の問題を外交の不手際と結びつけることでジャリリ氏の支持層を切り崩す狙いがあるとみられる。
強硬保守派内でも、ハメネイ師の外交顧問であるベラヤティ元外相が「制裁緩和が国民の願いだ」と述べるなど非妥協的なジャリリ氏の交渉手法に批判的な声が出ており、外交問題は選挙戦の重要争点となりつつある。
ただ、核開発はハメネイ師の直轄事業とされ、国民にも核開発そのものへの異論は少ない。核問題で“弱腰”と受け止められれば不利に働く恐れもあるだけに各候補の言及は慎重だ。(後略)【6月13日 産経】
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なお、上記記事にもあるように、核開発推進という点ではロウハニ師を含めた全候補者が一致しています。
****全候補が「核推進」=選挙戦で強硬姿勢―イラン大統領選****
14日投票のイラン大統領選では国際社会が注目する核開発問題について、すべての候補者が選挙戦を通じ、「外国の圧力に屈せずに推進する」という強硬姿勢を鮮明にした。
核開発はイラン国民の間でナショナリズムを体現する問題となっており、開発停止を求める米欧に弱腰ととられる発言をすれば支持を失いかねないという事情がある。
米欧との核交渉を担当する最高安全保障委員会事務局長を務めるジャリリ候補(保守強硬派)は12日、テヘランで行われた集会で、支持者を前に「妥協に死を。核を守る戦いは交渉でなく、(敵の攻撃に屈しない)殉教によって成し遂げられる」と訴えた。
核交渉では譲歩の姿勢を示さず、国際社会での評判は芳しくないジャリリ氏だが、選挙戦では「交渉停滞」こそ大きなアピール材料になる。支持者はジャリリ氏を「核候補」と呼び、かたくなな姿勢を「最高指導者に忠実な証しだ」と称賛する。
一方、改革派のハタミ政権時代に核交渉を担当した元最高安全保障委員会事務局長のロウハニ候補(保守穏健派)について、保守強硬派は選挙戦で「(核開発に必要な)ウラン濃縮の停止に応じるなど妥協した」と攻撃。これに対し、ロウハニ氏は「(妥協というのは)全くのでたらめだ」と強く反論し、イランは自身の任期中に核の技術を獲得したと強調した。【6月13日 時事】
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【保守穏健派ロウハニ師善戦、決着は決選投票か】
いずれにしても、改革派の一本化工作が功を奏したのか、経済制裁が続く現状への不満が噴出しているのか、世論調査ではロウハニ元最高安全保障委員会事務局長の支持が高くなっていることが報じられています。
****イラン大統領選:保守派6候補、14日投票****
イランのアフマディネジャド大統領の任期満了に伴う大統領選挙は保守派6候補が争うなか、14日に投票が行われる。
米国を拠点とする調査会社「iPOS」の世論調査では、当初は低調だった改革派に近い保守穏健派のロウハニ元最高安全保障委員会事務局長(64)が、トップを独走していた保守強硬派のガリバフ・テヘラン市長(51)を最終盤で追い抜く展開だ。しかし、どの候補も投票総数の過半数に達せず、上位2候補による決選投票となる見通し。
iPOSは5月31日から毎日、約1000人のイラン在住の有権者(18歳以上の男女)に電話で「今日投票するなら誰か」と質問。最高指導者ハメネイ師に近い保守強硬派ガリバフ氏が10日まで首位だったが、11日に保守穏健派ロウハニ師が26.6%の支持を受け、ガリバフ氏を1.8ポイントリードした。
唯一の改革派候補だったアレフ元副大統領(61)が10日夜に出馬を辞退し、改革派や保守穏健派ラフサンジャニ元大統領がロウハニ師支持を正式表明したことで、勢いが増したとみられる。
調査では、独立系候補とされるレザイ元革命防衛隊最高司令官(58)が16.3%、有力視されていた保守強硬派ジャリリ最高安全保障委員会事務局長(47)は13.7%と厳しい情勢。
一方、イランの保守系ウェブサイト「アレフ」は12日、アレフ氏が離脱した後の世論調査結果を掲載。ガリバフ氏(21.5%)をロウハニ師(19.1%)が猛追し、ジャリリ氏(12.5%)とレザイ氏(12.1%)が続く情勢を伝えている。
ただ、イランでは世論調査で正確な回答を得るのが難しいとされる。iPOSの調査でも投票当日の態度を4割以上の人が「決めていない」と回答するなど不確定要素があることから、調査と結果が異なる可能性もある。
投票は午前8時(日本時間午後0時半)、6万6000カ所以上の投票所で開始。午後6時に締め切られるが、内務省の判断で延長も可能。有権者は約5500万人。【6月13日 毎日】
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統計学的に正確な世論調査が難しい途上国や政治的自由が制約されている国での世論調査は、大きく外れることが珍しくありませんが、保守穏健派ロウハニ師の勢いが増しているようです。
もっとも、最終決着は決選投票に持ち越されそうな情勢でもあります。