孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  経済問題深刻化のなかで深まる政治的混迷

2013-06-03 22:51:43 | 北アフリカ

(2008年2月 補助金により安く抑えられたパンに群がる人々 08年は世界的な食糧価格上昇を受けて、エジプトでも補助金による安いパン供給が削減され、大きな社会混乱を招きました。
食料・燃料など生活必需品価格を補助金で抑制することで国民の不満を糊塗するという構図は今も変わっておらず、その維持は財政難に苦しむ政権にとっては深刻な足かせとなっています。
写真は“flickr”より By Nasser Nouri http://www.flickr.com/photos/41884183@N08/5103679620/in/photolist-8LZG9d-8LZJG3-8LWC9p-8LWJNZ-8LZB4b-8LWzsn-8LZHAN-e18wGs-9eWCGd-ckasas-9pfm6k-9bvgek-bpcnqH-9Apdis-bnzMpD-b6PELD-9juxbw)

国民はモルシ大統領に改革を実行する能力がないと感じている
今や死後ともなりつつあるも言われる「アラブの春」で誕生したエジプト・モルシ政権の混迷が続いています。

もとよりイスラム主義穏健派「ムスリム同胞団」を支持基盤とするモルシ政権に対しては、世俗主義勢力、改革を望む若者グループ、あるいは旧政権時代の既得権益層からの強い反発がありますが、そうした政治対立・混乱から抜け出せないことに加え、経済不振・物価上昇や強権的な政治姿勢によって一般国民の支持も失いつつあります。

****エジプト:モルシ大統領支持30%に低下*****
就任1年を来月迎えるエジプトのモルシ大統領の支持率が、就任当初の72%から30%まで低下したことが、民間調査機関の調査で分かった。
モルシ政権は経済運営に苦慮し、野党勢力との対話にも進展は見えない。政権に批判的な活動家らを名誉毀損(きそん)などの容疑で次々と拘束するなど強権的な手法に対する非難も高まり、支持離れに拍車がかかっている。

「(モルシ大統領は)革命の目的を果たすと言ったが、何もしていない」。2011年の革命を主導した若者団体「4月6日運動」の報道担当者ハリド・マスリ氏は今月13日の記者会見で政権を厳しく非難した。
「4月6日運動」は昨年の大統領選でモルシ氏を支持したが、強権的な政権運営に反発。今月から「反乱」と称して、他の市民団体と連携し、早期の大統領選実施を求める署名を始めた。

大統領の支持率は、憲法改正を巡り野党との対立が激化した昨年11月以降、低下が目立っている。民間調査機関「バシーラ・センター」の4月下旬の調査では「大統領選が明日あった場合、モルシ氏に投票するか」との問いに「投票する」と答えたのは30%にとどまり、「投票しない」の45%を大きく下回った。昨年8月の調査では「投票する」が72%を占めていたが、今年に入り5割を切った。

背景には経済政策への不満がある。12年の政府統計によると、失業者数は約343万人と革命前から100万人以上増え、失業率は12%を超える。物価上昇も止まらず、今年4月までの1年間に小麦が約28%、卵が約22%、牛乳や鶏肉が約15%値上がりした。

さらに最近では批判勢力への強権的な対応も目立つ。「4月6日運動」の創設者アハメド・マーヘル氏(32)ら活動家やジャーナリストが、政権批判に関連した名誉毀損などの容疑で一時的に身柄拘束されるケースが続発。ピレイ国連人権高等弁務官が今月8日に「エジプトは重大な局面を迎えている」と述べるなど、国内外で人権侵害への懸念が広がっている。

大統領は今月7日、野党側から要求されていた内閣改造に踏み切り、財務相など9人の閣僚を交代した。しかし野党が交代を求めていた首相を留任させ、大統領の出身組織である穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」のメンバーを増やしたため、かえって反発が強まった。

地元シンクタンク・アハラム政治戦略研究所のサイード・オケーシャ氏は「当初の期待感は大きかったが、治安や経済の問題が解決せず、国民はモルシ大統領に改革を実行する能力がないと感じている。今後も支持率低下は続くだろう」と話している。【5月21日 毎日】
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エジプトは国民にパンを買う金もなくしつつある
モルシ政権にとって喫緊の課題は経済です。
エジプト財政は今や「パンを買う金もない」状態ですが、危機的状況を回避するためにのIMFからの融資の条件とされる補助金削減は支持層の不満を爆発させることにもなり、選択できません。

****エジプトは「破綻国家」となるか****
新たな「革命劇」への不穏な胎動
「エジプトは国民にパンを買う金もなくしつつあり、危険水準を越えて『破綻国家』への仲間入りが間近に迫っている。そうなれば中東全体が不安定化する」これはピュリツァー賞を三回受賞しているニューヨーク・タイムズの著名コラムニスト、トーマス・フリードマンが四月に書いたコラムの中に見える一節だ。(中略)

ちなみに「パンを買う金もない」というのは本当である。エジプトではパンの代金の過半を払うのは消費者ではない。その大部分が政府補助金なので、文字どおり政府は国民にパンを買い与えているのだが、世界一安いと言われるパンの公定価格を一円でも上げようものなら、即暴動、となる。しかし、政府の金庫は空っぽで、歳入が増える兆しは全くない。経済は早晩デフォルトを迎える

四月に発表された同国の三月末現在の外貨準備高は約百三十四億ドルと同国の三カ月分の輸入額を下回る危機的状況である。IMFに申し込んでいる四十八億ドルの借款に付けられた補助金削減の条件を呑めばパンをはじめとする基礎食料品や燃料等の値上げは避けられないとあって、ムルシ政権としては金は欲しいが返済はできない、またする気もない、というのが実情だ。

四月上旬、IMFの調査団がエジプトを訪問したが、「交渉はふりだしに戻った」(同調査団)という。エジプトで貧困ライン(一日当たり二ドル)以下の生活をしている国民は二千万人とも三千万人とも言われ、その多くは文字の読めない人たちである。これが、選挙になると大量の支持票が見込めるこの階層を基盤にしているムスリム同胞団のジレンマである。

エジプトがここまで貧しいのは、しかし現政権の責任ではない。それはナセルの時代以来の負の遺産である社会主義的経済構造にメスを入れず、国内産業の生産性向上を図ることなく市場開放をした前政権の失政のツケである。そして彼らは、イスラエルの安全保障にとって最大の脅威である同国を無力化、愚民化するために仕掛けられたとしか言いようのない、莫大な米国の民生・軍事支援を受け入れた。

即ち、和平協定遵守と引き換えに援助漬けにされ、一日二ドル以下の収入でも食うに困らない歪な社会を作り上げてきたのだ。そのような前政権の外交姿勢は一言で言って援助乞い外交であり、「エジプトを放置したら地域全体が不安定化する」と言っては欧米や域内富裕国からの財政支援を仰いでいた。
そして、多額の援助をもらいながら、国民に対しては甘い顔をし、過去何度も事実上の破綻(デフォルト)を経験しているのである。

ムスリム同胞団の意向を体した経済運営を旨とするムルシ政権の政策は、かかる旧政権の悪いところをさらに強調したような「甘やかし体質」であるから、エジプト経済が早晩デフォルトを迎えることはほぼ間違いない。
ただ、過去の危機の際もそうであったように、エジプトの不安定化を望まない当事者(債権国)は多いので、餓死や暴動は起こさずに切り抜けることができるかもしれない。

しかし、今回の場合は既に国民の多くが長い「革命」に疲弊しており、反政府勢力はここぞとばかりにイスラム政権打倒の狼煙を上げるであろうから、財政の危機が政治危機(既に危機的状況であるが、さらなるターニング・ポイントとなる危機)を招く可能性が大きい。(後略)【選択 5月号】
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補助金削減を条件とするIMF・欧米に頼れないモルシ大統領は、4月にロシアを訪問して支援を依頼しましたが、プーチン大統領の反応は芳しくなかったようです。

革命の目的だった『パン、自由、社会正義』は私たちの手にない
一方、反政府勢力側の動きとしては、【5月21日 毎日】にもあるように、早期の大統領選実施を求める署名運動が進められています。

****エジプト:反モルシ700万人署名 「同胞団寄り」に批判****
エジプトで「反乱」と称して、モルシ大統領の辞任と大統領選の早期実施を求める署名活動が話題になっている。

署名活動を主催する団体によると、署名数は3週間で「700万人分」に上った。野党勢力が便乗する形で運動は全国的に広がっており、主催団体はモルシ大統領の就任1年となる6月30日までに全人口の4分の1にあたる2000万人分を集めると気勢を上げている。

「同胞団の支配を打ち倒すぞ」。29日に開かれた「反乱」運動の記者会見で、演壇に立ったメンバーが演説すると、約150人が「反乱」と書かれたバナーを掲げるなどして呼応した。
メンバーらは、モルシ大統領の出身母体である穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団の最高指導者バディア氏が、大統領を操って、同胞団に都合の良い政治を行っていると批判した。

「反乱」運動は5月上旬、首都カイロ在住のジャーナリストやエンジニアなど13人の友人グループが発案。インターネットの交流サイト・フェイスブックや口コミを通じて、運動は一気に広がった。賛同者は、署名用紙やインターネットの専用サイトに、氏名や身分証のID番号などを記入する。

運動には主要野党勢力「国民救済戦線」や、ムバラク独裁政権を倒した2011年の革命を主導した若者グループも参加している。中心メンバーの一人で建築士のホセム・タラートさん(36)は「革命の目的だった『パン、自由、社会正義』は私たちの手にない。行動を起こさなければ変わらない」と話した。6月30日には署名を持って、大統領宮殿前に集結する予定だという。

ただ、重複署名のチェックなどは不十分で、署名の実数は分からない。署名活動に法的根拠はなく、大統領の辞任には直結しない。【6月3日 毎日】
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旧政権時代からの勢力が残存するとされる司法も、最高憲法裁判所が2日、イスラム勢力が多数を占める諮問評議会(上院)と憲法制定委員会について「無効」との判断を下して、モルシ政権への圧力を強めています。

****上院と憲法制定委員会は無効、エジプト最高憲法裁判所が判断****
エジプトの最高憲法裁判所は2日、イスラム勢力が多数を占める諮問評議会と憲法制定委員会は無効との判断を下した。
この裁判所の判断により、エジプトは再び政情不安に陥ることが予想される。

最高憲法裁判所は、上院にあたる諮問評議会選挙に関する法律と、新憲法の草案を作成した憲法制定委員会のメンバー選出に関する規定に問題があったとして、違憲であるとの判断を下した。最高裁は、次の議会選挙が行われるまでの間、諮問評議会が解散する必要はないとしたが、実際に立法権を伴うものとなるのかは明らかになっていない。
同国では昨年、下院も解散を命じられているため、上院に立法権が認められないとなると、立法機関の所在が不明となる。

なお、昨年末に施行された新憲法については、国民投票で承認されたとして有効と判断された。
現時点においては、最高裁の判断がどの程度の影響を与えるのかは定かではないが、ムハンマド・モルシ大統領が革命後の民主主義の象徴と喧伝していた、諮問評議会と憲法制定委員会の「正当性」に暗い影を落とすことは確かだ。

新憲法の制定をめぐっては、モルシ大統領の支持母体であるイスラム勢力と、世俗派など反モルシ派との間で激しい対立が起きた。世俗派らは、新憲法がイスラム寄りであり、全国民の声が反映されていないとして反発。大規模デモや暴動にまで発展した。【6月3日 AFP】
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イスラム主義と世俗主義の折り合い
経済情勢の悪化、大統領選の早期実施を求める署名活動、最高裁の違憲判断・・・と、四面楚歌状態のモルシ大統領ですが、これでエジプトが破たんするかどうかという点に関しては、前出【選択 5月号】は、“エジプトは「破綻国家」にはならない”との判断です。

理由は、強力な国軍の存在です。
国軍はエジプト権力機構の中枢にありますが、時代に合わなくなった軍出身のムバラク政権を見捨て、イスラム穏健派のモルシ政権を容認しました。

そして、今後政治・経済情勢が悪化すれば、モルシ政権を見捨てることはあるでしょうが、政治・社会システムの根幹は国軍によって維持され、シリア・ソマリア・イエメンなどのような「破綻国家」になることはない・・・という指摘です。

まあ、それはそうかもしれませんが、大きな政治・経済の混乱が懸念されます。
仮に大統領選挙をやり直しても、選挙結果を受け入れるという双方の合意がない限り、選挙で負けた方がタハリール広場を占拠して騒ぐという事態の繰り返しになります。

エジプトの今後は、イスラム主義と世俗主義の間でどのような折り合いをつけるかという課題にかかっています。
イスラム民主主義のモデル国家とも言われるトルコでも、イスラム主義のエルドアン政権に対する若者らの不満が連日の暴動の形で噴出しているように、極めて難しい問題です。

****過激主義では治まらない****
冒頭に引用したフリードマンは「『アラブの春』といった(何か良いことが起きるといった期待を持たせる)呼称にはもう『引退』していただいた方がよい。政治面、軍事・治安面が大いに混乱する十年ないし四半世紀がアラブ世界で始まっていることを認識すべきだろう」とも主張している。シリアで、イラクで、またリビアやチュニジアでと政権転覆が起きた国あるいはこれから起きる国と違いはあっても、独裁者の代替として登場するイスラム過激主義者による統治でこの地域が治まっていく可能性はない。

とすれば、これからのアラブの十年、ないし二十五年の成否、つまりどのような形で新たな政治秩序が生み出されるかということについては、イスラム過激主義という、実体のある国民感情と政治路線に対し、域内のイスラム教徒自身がどのように折り合いを付けることができるか、ということ、あるいは、過激主義者自身がどのように自らの世俗化を受け入れ、成長していくことができるかにかかっている。【選択 5月号】
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もっとも、どのような政治体制になったとしても、補助金で支えられた国民生活の問題にメスを入れるとなると・・・・難しそうです。
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