
(車社会を迎えた首都ティンプー 以前、隣国ネパールのカトマンズを訪れた際、人・車・バイクそして牛が溢れた道路の“カオス”に驚いたことがあります。それに比べれば、ティンプーまだ随分と整然としています。“flickr”より By coyote-agile http://www.flickr.com/photos/coyote-agile/5212313035/)
【経済開発は必要だが、それが伝統的な文化、生活様式、自然環境を犠牲にするようなものであってはならない】
ヒマラヤの小国ブータン。この国に関しては「国民総幸福(GNH)」の話題が多くなります。
最近ではロイヤル・ウェディングの際、11年10月13日ブログ「ブータン ネパール系難民の“影” 近代化で変わる意識・価値観」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111013)でも、そうした話題を取り上げました。
****国民総幸福(GNH)****
現国王の父にあたる前国王が1976年、国際会議後の記者会見で「GNHは国民総生産(GNP)より重要」と発言して知られるようになった。経済開発は必要だが、それが伝統的な文化、生活様式、自然環境を犠牲にするようなものであってはならないという考え方。
ブータン政府では、10ある省の上にGNH委員会が組織され、国のすべての政策に反映させる仕組みになっている。
(1)公平で持続可能な経済発展(2)環境の保全(3)文化の保護(4)良い統治――が4本柱。
さらにこれらを支える領域として、(1)精神的な幸福(2)健康(3)教育(4)文化の多様性(5)地域の活力(6)環境の多様性と活力(7)時間の使い方とバランス(8)生活水準・所得(9)良き統治、が定められている。
GNH推進のため、政府は医療費と教育費を無料にしているほか、公的な場所では民族衣装の着用を義務づけたり、国土の森林面積の割合を60%以上に維持することを定めたりするなど独特の政策をとっている。【6月6日 朝日】
********************
【消費欲の政府コントロールは、「できないさ。民主主義だから、最後は人々の選択だ」】
多くの国々が目指している物質的豊かさに対する批判・警鐘として注目されるところですが、一方で、消費文明が波及するにつれてブータン社会が変質しつつあり、国民総幸福(GNH)の理念が維持できるのか・・・という視点でも取り上げられます。
11年10月13日ブログでも、都市部若者の意識の変化に触れました。
そんなブータンにも車社会の波が押し寄せているようです。
****物欲を税で抑える幸せの国 〈カオスの深淵〉*****
■立ちすくむ税金:1
ふくらむ欲望を増税によって抑え込もうと、もがいている国がある。「幸せの国」で知られるブータンだ。
標高2300メートルの首都ティンプー。5月末から6月半ばに訪ねたヒマラヤの山すその街は、政府が引き上げを打ち出した自動車関連税の話題でもちきりだった。
「40%アップはきつい。早く買わなきゃと慌てて来たんだ」。
隣国インドの自動車メーカー「タタ」の販売店で、ビシュワさん(52)は税込み約50万ヌルタム(約75万円)の小型車の座り心地を試していた。
購入時にかかる現行税率は最大50%。上乗せが実現すれば90%になる。観光客向けの風景画を描くビシュワさんの月収は2万ヌルタムほど。現状でも年収の2倍の買い物だ。妻のインドラさん(52)は「親戚からお金を借りてでも、いま買わなと」。
大型増税の狙いは、車の急増にブレーキをかけることだ。国内の登録台数は5年前に比べ倍増し、6万5千台を超す。人口70万人の小国にとっては激変だ。
「マイカー」が普及し始めて間もないため、市内に信号機は存在しない。交通事故の犠牲者は昨年初めて100人を超えた。朝夕のラッシュ時、数年前まではなかった交通渋滞も生じるようになった。
車だけではない。市内には2月、輸入品が並ぶ大型スーパーが開店した。2011年の国内の個人ローン総額は08年の3倍に拡大した。首都では郊外の田畑をつぶし、マンション開発が進む。
「国民総幸福(GNH)」という独自のものさしを掲げ、公平さや環境に配慮した成長を模索してきたブータンで、いま、人々が買い物の魅力に目覚め始めた。
「消費を抑えよう。収入が支出に追い付かない」。4月、ティンレイ首相は緊急テレビ演説で、国民に訴えた。理由は貿易赤字による外貨不足だ。ブータンは、車も家電も建材も、インドからの輸入に頼る。ローン頼みの旺盛な消費で、支払うインドルピーが底を突いた。政府は外貨をインドの銀行から借りてしのぐが、金利は10%に達する。
以前の鎖国に近い状態から、テレビ放送やネットが解禁され、消費に火がついた。グローバル市場がブータンをのみ込む。
精神的豊かさから、物質的豊かさへ。社会の変化に危機感を募らせるのは政府だけではない。国教である仏教界。首都の僧侶学校のツェリン校長(45)は「車や商品は現世だけのもの。来世には持って行けない、と説いているのだが……」と憂う。
6月には、火曜日を「車に乗らない日」とする試みが始まり、人気の高い国王が自転車で市内を走ってPRした。
とはいえ、目覚めた欲望を抑え込むのは簡単ではない。政府は昨年も自動車関連税を引き上げたが、効果は薄かった。
今回の再増税について、タタの販売店で会ったビシュワさんは「高級車を何台も買ってきた金持ちにかけるのが先じゃないか」と不満を漏らす。増税への反発は強い。
結局、開会中の国会下院は6月27日、「40%は高すぎる」として、大型車は20%、それ以下は5%と増税幅の縮小を決めた。消費抑制のために提案されたクーラーやビールなどへの増税も認めなかった。
人々の消費欲を政府はコントロールできますか? 国会審議前にティンレイ首相に尋ねると、今回の結果を予想していたかのように、こう答えた。「できないさ。民主主義だから、最後は人々の選択だ。政府は国民に、立ち止まって考えるよう訴えるしかないんだ。(後略)【7月1日 朝日】
*******************
国王が自転車で市内を走り「車に乗らない日」を訴えるより、車の増加という現実に信号機の設置や交通ルール教育で対応するのが先ではないでしょうか。
【「幼少から教育する必要が出てきている」】
税金など経済対策と並んで、国民総幸福(GNH)の理念維持のために重視されているのが教育です。
****テレビ、ネット、ケータイ…現代化に危機感 ブータン 子供から幸せ教育強化****
物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する「国民総幸福量(GNH)」を国家開発の柱とし、“幸福の国”として知られるヒマラヤ山脈の小国ブータン。伝統社会は維持されているが、1999年から相次いで解禁されたテレビやインターネットによって現代化の波がいや応なく押し寄せる。こうした中、政府はGNHの考えを子供のうちから確実に定着させようと教育現場での取り組みを強化している。
▼授業の前に瞑想
ティンプー市内中心部にある公立ジグミ・ロセル小学校。あちこちで草花が咲き乱れた校内が水を打ったように静かになる瞬間がある。各授業の冒頭に行われる3分間の瞑想(めいそう)の時間だ。
瞑想は約2年前から全国の学校で導入された。GNHの権威の一人、ブータン研究所のカルマ・ウラ所長は「人間は常に何かを考えており、子供でさえそうなっている。子供たちが“幸せ”を理解するためにも、何も考えない時間を持つことが重要だ」と説明する。
ブータンでは1999年にテレビ、2005年にはインターネットが相次ぎ解禁された。ケーブルテレビで主にインドの映画やドラマが見放題で、携帯電話も普及している。ティンプーの中心街では、細身のジーンズに身を包んで日本人と見間違うようなファッションの若い男女も少なくない。複数の政府関係者は、テレビなどの影響は「欲を増幅させるだけ」「幸せに対する脅威」などと警戒感をあらわにする。
▼経済成長で格差
経済的な豊かさだけを追求しているわけではないブータンだが、水力発電による電力をインドへ輸出し、近年高い経済成長率も続ける。09年の成長率は8・7%に達した。高成長は国民生活の現代化を後押しする一方、貧富の格差を招いているとの指摘もある。
ウラ所長は、小学校からのGNH教育の狙いが「過度の近代化による悪影響を食い止めることにある」とし、「今あきらめたら情緒不安定、消費欲にかられた競争心といった自己破壊的な習慣が身についてしまう」と指摘。政府は今後本腰を入れる方向で教育カリキュラムの見直しを進めているという。
同小のチョキ・ドゥクパ校長も「GNHは伝統的な文化、習慣に根ざしているので難しい考えではないが、幼少から教育する必要が出てきている」と話す。
教員歴32年で感じるのは、国外からの影響による子供の話し方や欲求の変わりぶりだ。ドゥクパ校長は「外国の影響に負けないように学校側も努力しなければならない時代」と語気を強める。そこで、GNHの概念の“実践”を重視する教育方針を掲げている。
▼「学校が楽しい」
瞑想以外にも、自然の重要性を体験させるため草花の栽培や、相手の気持ちに配慮できる人間づくりとして、毎週2回、学校が設定するテーマに関してクラス全員が考えを披瀝(ひれき)する「共有の時間」を導入。国を担う人材を育てるため、プレゼンテーション能力の向上を含むリーダーシップ養成にも力を入れる。
児童はどうとらえているのか。6年生のダワ・デンダプ君は「学校が楽しくてたまらない。テレビなんて時間の無駄」と声を弾ませ、GNHについて「私たちが平和で調和のとれた国で暮らすことができ、ブータンの発展を支えてくれている」と明瞭に答えた。(後略)【11年10月20日 産経】
***********************
GNHの抽象的な理念を、実際の教育現場での授業にどのように反映させるか・・・という例が紹介されています。
****************
地理の授業で環境問題に触れ、資源をむやみに使うことのリスクを教えることなどが一例だが、それだけではない。算数で、引き算を教える際の問題の作り方にまでGNHが反映される。「4個の卵のうち2個盗まれた。残りは何個?」と問うのはダメで「男性が4頭の牛を飼っていた。心優しい人だったので、生活に困っている娘に2頭を譲った。残りは何頭?」と尋ねよう、といった具合だ。【6月6日 朝日】
****************
つい笑ってしまうのは不謹慎でしょうか。
個人的には、ブータンが「国民総幸福量(GNH)」の理念を今のまま維持するのは難しいのではないかと思っています。
これまでの「幸せの国」は、物質文明・消費社会から隔絶された山奥の閉鎖社会だから成立しえたユートピアであり、外の世界に解放され、多くの情報・商品が流入するなかでは、人々の“物欲”を抑え込むのは無理があるでしょう。
敢えて人々の物質的な欲求を抑えようとすれば、そこにはマインドコントロールにも似た歪と強制が生じます。
物質文明・消費社会からの脱却、あるいはステップアップは、一度その功罪両面を自身で体験するところからでないと生まれないでのはないか・・・と考えます。
なお、ブータンの教育については、意外な国際性もあります。
****************
ブータンの教育は、伝統文化を重んじる一面で、国際性につながる別の特徴もある。国語のゾンカ語以外の科目はすべての授業が英語で教えられているのだ。
教育省によると近代教育が始まった1960年代、ゾンカ語による教科書はなかったため、英語による教育を選んだ。結果として若い世代は英語が使え、主要産業の観光を支えている。留学など国際的な人材育成の基礎にもなっている。
ツァンカ村のように、ゾンカ語以外のことばを母語とする子どもが少なくない地域では、英語による授業が平等な教育機会を与えている側面もあるという。【6月6日 朝日】
****************