BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

芍薬

2007-04-30 18:57:31 | Weblog
     

 桜が散ってしまっても、今はまさに百花繚乱、いい季節です
特に、牡丹と芍薬が満開なのが嬉しい。
どちらかというと牡丹の方が好きなんですが、買うとなるとややリーズナブルな芍薬になってしまいます
蕾で買ってきたんですが、その日のうちにあれよあれよと開いてしまいました。散る前に写真に撮っておきましょう。
このブログによく遊びに来て下さるヤスさんはとても写真がお上手なので、遠近のコントラストをつけるコツを教えて頂きました。

 レンズを向ける前にイメージをつくる
 画面を4分割でとらえ、対角線に遠近を作る


あたりまえのことですが、何も考えずに漫然とカメラを向けてもいい写真は撮れないんですね。自分がヴィジョンを持たなくては
遠景と近景という本来のコントラストではありませんが、手前の花に焦点をあて、上の花はちょっと遠い感じにしたい。両方の花を対角線上に置いて、パチリ
ほんのちょっとでも画面に奥行きが出たでしょうか

 ヤスさんのブログ、「賃貸営業よもやまばなし」では、今、見事な牡丹やツツジの写真が紹介されています。
もともとお上手な上に、最近はカメラもパワーアップ
もう、眼福としかいいようのない写真の数々を楽しめます。
写真の他にも、スポーツ、大河ドラマなど話題も豊富。首都圏にお住まいの方は、不動産お役立ち情報もgetできますよ

いちごミルク

2007-04-29 17:34:54 | クマでもできるシリーズ
   

 イチゴのおいしい季節になりました。
「あまおう」はおいしいけれど、そうしょっちゅうは食べられない。
でも、リーズナブルなイチゴはあたりはずれがありますよね。
一口食べて、「あ、すっぱ」と思ったら、私は即いちごミルクにします。

 クマでもできる簡単いちごミルク

…って、わざわざ作り方を書くほどのことでもないんですが。

1 イチゴを小鉢に入れる。
2 ひたひたになるまで牛乳を入れる。
3 お砂糖をお好みの量入れる。
4 スプーンでイチゴを半分に割っていく。こうすると、イチゴの果汁がしみでて、牛乳がほんのりピンクに染まり、感じがでます。
5 全体をよくまぜて召し上がれ 

お上品ぶって「いちごを半分に割る」と書きましたが、もっとぐっちゃんぐっちゃんにしてしまうのも、見た目はともかく、おいしいです。
ちょっと子供の頃にかえったような気分になるいちごミルク 
はずれのイチゴも楽しくなります 

パイロットになりたくて(7)

2007-04-27 18:23:45 | Angel ☆ knight


 シルフィードには戦闘機のように、ロックオンされたことをパイロットに知らせる警報システムはない。レーダーディスプレイの表示と自分の勘だけをたよりに、エースは懸命に照準をかわした。一発たりとも撃たせてはならない。
―どうだね。自分達が不適格とみなした人間に追い回される気分は。マン―マシン・インターフェースを工夫してやれば、ずぶの素人でもここまで操縦できるんだ。これでもまだ、大勢の人間をふるい落とす試験や訓練が必要だと言い張るかい?」
天海の嘲笑が響いた。
―こいつは、ライオネスのハードとおれのソフトが生み出した、夢と現実を結ぶインターフェースだ。これさえあれば、誰でもなりたいものになれる。望み通りの人生を送れる」
「なら、なぜ、あなたはその機のコックピットに座らないんですか? さっきから聞いていると、あなたもパイロットになりたかったようですが」
エースは言った。
「彼女に訊いてもいいですか? 本当に今、パイロットになれたと満足しているかどうかを」

エースの言葉が、厚ぼったい雲のような膜を通して、少しずつ美影の脳髄に浸透してきた。
美影。残酷な言い方かもしれないが、きみが自分の夢だと思っていたものは、イファンの借り物にすぎなかったということはないだろうか。
本当にやりたいことなら、何度失敗して打ちのめされても、気づいたらまた性懲りもなくトライしているものだ。自分は有利な条件を備えていないとか、合格の可能性が低そうだとか、頭が色々考えても、身体の奥底から湧き上がってくるものがある。何に阻まれても、どんなに回り道をしてもやらずにはおれない。自分でも止められない情熱(パッション)に突き動かされる。
人生は憧れの職業に就いたからずっと幸せなんて、簡単なものじゃない。大変なのはむしろ、それからだ。だから、プロとしての責任を全うできるだけのものがあるか、夢の段階で試されることがある。難しい試験や厳しい訓練は、自分自身をみきわめるためにあるんだ。
パイロットは、ただ手足を動かして飛行機を動かせばいいわけじゃない。いったん飛び立ったら、どんな不測の事態に見舞われても、必ず無事に着陸しなければならない。その覚悟がない人間は、パイロットにならない方が幸せだ。
美影、きみはどうだろう。答えはきみの中にある。きみだけが知っている。きみにしかわからない…
―ルーク、いつまでこんな話を聞いているんだ。さっさとそいつを撃墜しろ!」
天海のひびわれた声が割って入った。

エースは、思わず強ばりそうになる身体を、深呼吸してリラックスさせた。背をシートにつけ、視野を広くとって、攻撃に備える。
だが、アロー機は発砲しなかった。
―あんたなら、どうした?」
美影の声だが、話しているのは美影ではない。これが「ルーク」か?
―飛んでいる最中に、落雷で計器も無線もおしゃかになった。濃霧が出てきて目視もきかない。目をつぶって飛んでいるようなものだ。あんたなら、そんな時、どうする?」
エースのやることは、今と同じだ。深呼吸をして気持ちを落ち着け、姿勢を正して全体を見渡す。
「視界がきかないなら、音や気流の状態を感じ取り、とりあえず何かにぶつからずに飛ぶことだけを考える。ジェット機のスピードなら、そう長くかからずに濃霧から抜け出せるはずだ」
―そうは言っても、いざとなったらおっかないもんだぜ。今にも目の前に山が現れるんじゃないか。自分が思っているよりずっと高度が落ちていて、地面に激突しそうになっているんじゃないか。おれは、その恐怖に耐えられなかった。射出シートで脱出したら、機体が落ちたのがちょうど民家の上だった。おれは、自分の運の悪さを呪ったよ。だが、あんたに言わせれば、それは運なんかじゃなく、おれの頑張りが足りなかっただけなんだろうな」
ルーク。そうだったのか。あの墜落事故を起こしたパイロットの名前だ。ルーク・レイバーマン。
―あの頃のおれは、そんな風に考えられなかった。除隊になって腐っていたら、もう一度パイロットにしてやると誘われた。新型機の開発テストだといって、毎日毎日、朝から晩まで頭に電極をつけてシミュレーターを操縦させられたよ。操縦中に脳のどの部分にどんな信号が走るのか、やつらは克明にトレースしていたな。その作業がようやく終わった日に、豪勢な食事をふるまわれた。次に気づいた時は、コックピットで素人の手取り足取り操縦してたってわけさ」
「あなたは…テロリストに殺されたんですか?」
―どうも、そうらしいな。ここにあるのはおれの意識のコピーだ。人間の脳の働きは複雑だから、奴らも操縦に必要な回路だけを取り出すことはできなかったんだろう。おれの意思や記憶も、ある程度くっついてきちまった」
「ルーク。救助セクションの滑走路に着陸して下さい。あなただって、テロリストの手先になんかなりたくないはずだ。あの時途中で終わってしまったフライトを、きちんとランディングでしめくくって下さい」
―ここにコピーされてるのは、フライトに関連する意識だけだ。良心だの、正義だのは、おれの肉体と一緒に捨てられちまったみたいだぜ」
声がかすかに笑いを含んだ。
―だが、パイロットとしてのおれの意識は、こう思ってる。こんなのは、フライトじゃねえ。おれも、この女も、こんなことを望んでたんじゃねえ」
エースは息を呑んでアロー機を見つめた。ルークはどうするつもりなのか。
―コントロール、コントロール。リクエスト・フォー・ランディング」
美影の声が管制塔に着陸許可を求めるのを聞いて、彼は細く息を吐いた。救助セクションのコントロールが答える。
―こちらコントロール。着陸を許可する。滑走路32Rを使用せよ」

 この事件をどう立件するかは、法律的に難しい問題だった。検察庁から戻ったスターリングは、ぐったりと本部長席に腰を下ろした。担当検事と長時間にわたり、方針を検討していたのだ。
「美影訓練生は、やはり起訴されるんですか?」
ミリアムがコーヒーを運んできた。スターリングは部下に給仕や身の回りの世話をさせることを好まないが、頭の痛む話し合いの後に、このコーヒーはありがたかった。
「彼女は、飛行中はトランス状態で、ほとんど意思の自由はなかったようです。だが、その前にイファンを倒していますね。これから自分がやることがわかっていたなら、共同正犯として起訴せざるをえないでしょう」
「あの…ヘッドセットはどうなるんでしょう?」
「『ルーク』の供述を証拠として使うとなれば、当然証拠能力が問題になるでしょうね。既に死亡した人間の意識のコピーをどう扱うかなんて、前代未聞だ」
何とかルークの「証言」抜きでも公判を維持できるよう、他の証拠を集めろ、というのが担当検事の要請だった。
それについては、対テロセクションが無線の発信源を突き止めて、アロー機の着陸とほぼ同時に天海を逮捕している。天海と共にバカチョン戦闘機の製作に関わったライオネス社の技術者マックス・バルキリーや、「金の獅子」のメンバーも検挙され、その供述に基づいてルーク・レイバーマンの遺体を発見した。各実行犯については、それぞれ立件できるだけの証拠が集まっていた。
「だが、彼らはしょせんトカゲの尻尾でしかない」
スターリングは呟いた。ここまでの捜査で浮かび上がった筋書きは、バカチョン飛行機という構想を何とか実現したいと願った技術者達が、テログループと手を結んで自分達の開発したテクノロジーを実験した、というものだった。
「たしかに、科学者や技術者の中には、自分が考え出したものを何が何でも実地に試してみたがる奴がいるにはいる。だが、そういう連中がたまたま航空テロを企てていたグループと出会った、というのは、どうもできすぎている感じがするんだ。レーヴェが扇の要になって、レオン社、ライオネス社の技術者達と、『金の獅子』の橋渡しをしたに違いない」
だが、それを証明するのは、例によって至難の業だ。おそらく、一部のマッドサイエンティストの暴走ということで片付けられ、トカゲの頭は悠然と逃げのびるのだろう。
「それが悔しいよ。レーヴェはいつも、人の気持ちを上手く食い物にする。その陰険なやり方を、白日の下で糾弾してやりたい」
スターリングはそう言って、唇をかみしめた。

 「あー、もう、またあかんかったわ」
実技教習簿を手にシミュレーターを降りた沙京に、エースは、
「お疲れ様。どこまで進んだの?」と、ジュースを差し出した。
「進んだというか、進めへんかったというか…」
沙京の教習簿を見て、エースは思わず、
「まだ、こんなところなの?」
と言ってしまった。たちまち彼女にびしりと指をつきつけられる。
「あんた、テロリストに色々えらそうなこと言うとったけど、やっぱり、何やってもドンくさい人間の気持ちなんかわかってへんわ。今の高慢ちきな笑い、めっちゃ癇に障ったで」
「ごめん、ごめん」 エースは慌てて謝った。
「後で教えてあげるから、シミュレーターの予約をしておきなよ」
「ほんま?」
何度も、「あたし、向いてへんからもうやめるわ」と言いながら、沙京はいまだにパイロット・コースを受講し続けている。エースは、続けろともやめろとも言わなかった。結論は、彼女自身も理屈では説明できない何かだけが知っている。今日も訓練に行こうという気持ちがどこかにある間は、その何かはあきらめてはいない。
「エース。18時から使えるみたいやけど、かまへん?」
沙京の声に、エースは、「いいよ」と声を返した。

 クロノス社、天海氏にも損害賠償請求
情報処理技術者天海氏の不当ヘッドハンティングでレオン社を提訴していたクロノス社が、契約上の信義則違反を理由に、天海氏に対しても損害賠償請求訴訟を提起した。
同社は、天海氏が『サイバー・ブルー』インターフェースのノウハウを持ち出すことを条件に、レ社と移籍の内約をしたことを示す有力な証拠を発見したとして、同氏に対し、企業秘密漏洩を伴う移籍により被った損害を賠償するよう請求する訴訟を起こした。

レオン社、ライオネス社に強制捜査
エスペラント・シティ警察対テロセクションは、13日の航空テロにレオン社及びライオネス重工が組織ぐるみで関与していた疑いがあるとして、レ社、ラ社の本社及び幹部自宅を家宅捜索、二社の代表取締役他幹部数人を逮捕した。
ラ社が所属する企業グループのオーナー、レーヴェ氏は「グループ内からテロに関与するような企業が出たことはまことに遺憾。ラ社は除名することになるだろう。他の企業は一切関係しておらず、飛び火の心配はない」と語っている。

クロノス、レオン、ライオネス三社で株主代表訴訟
各社に対し代表訴訟が提起された理由は以下の通り。
ク社:『サイバー・ブルー』の生産台数を操作して様々な社会問題を引き起こし、企業イメージをダウンさせて株価の下落を招く一方、経営陣は同ゲーム機をネットオークションなどに流し、多額の個人的利益を受けていた。
レ社:多額の違約金を肩代わりしてテロに関与するような技術者を引き抜き、バカチョン戦闘機のソフトウェア開発をラ社より請け負うことによって会社をテロに巻き込み、企業価値の致命的な下落を招いた。
ラ社:自社の技術者がテロに関与していることを知った後もこれを黙認し、アロー型戦闘機及びフライトシミュレーターの技術を提供し続け、もって企業価値の致命的な下落を招いた。

「ルーク」氏永眠す
エスペラント・シティ警察は、ヘッドセットにコピーされたルーク・レイバーマン氏の「意識」内容を、裁判所の立ち会いの下、公的記録として録音した後、「本人」の強い希望に従いヘッドセット内の「意識」を消去した。

(オシマイ)

パイロットになりたくて(6)

2007-04-26 16:45:16 | Angel ☆ knight


 ―美影訓練生、すぐに機を止めて降りなさい。美影訓練生」
美影の乗ったアロー型機は、コントロールの呼びかけを無視して離陸滑走を開始した。
エースは全力疾走でシルフィード・マークⅡに駆け寄った。美影は自分の生徒だ。彼女がイファンを倒すのに使ったのは、自分が教えた技だ。自分が連れ戻さなければ。
ラダーを昇ろうとする彼を、メカニックが引き止めた。
「教官、無理だ。シルフィードは戦闘機じゃない。軍に任せた方がいいですよ」
アロー型機はミサイルこそ搭載していなかったものの、空中戦に必要な他の兵装は備えていたという。
「いえ、ぼくも行きます。見ず知らずの人間が説得するより、ぼくが話した方が聞いてくれるかもしれない」
そう言って、エースはコックピットに乗り込んだ。

コックピットに座るとすぐ、美影は自分の腕にトランス・アンプルを注射をした。交感神経の働きを鎮めて副交感神経優位のリラックス状態を作出し、ヘッドセットの指令に従いやすくするためだ。
ケーブルを束ねたプラグをヘッドセットに接続していくうちに、薬が効いてきた。
ケーブルを貼り付けた身体の部位にチクチクと静電気が走るような感覚が生じ、離陸の手順を自然に行ってゆく。逆に頭脳はどろりととろけたように働かなくなった。
ヘッドセットの指令のままに格納庫の隣の事務棟に機銃掃射を浴びせる。そこでは、配送員になりすました「金の獅子」のメンバーが対テロセクションの尋問を受けていた。口封じである。
即座に反転、離脱。
着弾を確かめているようなパイロットは戦場で生き延びられない、とヘッドセットが美影の脳髄に語りかける。発射の瞬間には次の標的を見ていなければ。
シルフィード・マークⅡの白い機体が視界に入った。オート・フォーカス・システムが自動的に照準を合わせる。ロックオンする寸前、シルフィードは身をかわした。小回りの利く機体が、レンジの中をひらひらと逃げ回る。
―ルーク」
天海の声が無線を通じて流れ込む。天海は、このヘッドセットを「ルーク」と呼んでいた。今回の「飛行」が成功すれば、「ルーク」を大量コピーしてバカチョン戦闘機の編隊を作るのだという。それだけの人数のパイロットを養成するには莫大な費用と時間がかかるが、ヘッドセットは簡単に複製できる。
―それでは、安全性が保証されません。もう少しパイロットが自分で操縦した方がいいのでは。
新型航空機開発の手伝いをしていると信じていた美影は言ったものだ。
その後、テロに協力させられていたことがわかり、自分の馬鹿さ加減を呪った。もはや、どんな将来も完全に閉ざされてしまった。ならば、せめて一度だけ空を飛びたい。たとえ歪んだ形であっても。
―ルーク、そいつは無視しろ。おまえを洋上におびきだそうとしているんだ。オート・フォーカスを切って、市街地を攻撃しろ」
腕がチクチクして、スイッチをオート・フォーカス・モードからマニュアル・モードに切り替える。反転。
「もっと目標を特定して下さい。無駄弾を使いたくありません」
ルークの思考を、美影の口が翻訳した。
―ようし。そうだな。エスペラント・タワーを狙え。展望ラウンジに弾をぶちこんでやれ」
スクランブル発進した空軍機が周囲を取り囲んでいる。レーダーサイトに映った機影は5機。
―大丈夫だ。市街地の上空の、こんな低空で攻撃はできん。流れ弾がどこに当たるかわからんからな。高度を低く保て。常に高層ビルを背後にしろ」
美影の頭脳はルークの思考に満たされ、感情も麻痺したように動かない。どのみち抵抗はできなかった。腕に電気が走り、親指が操縦桿上端のボタンを押す。
展望ラウンジが砕け散る寸前、シルフィード・マークⅡが割って入った。翼を広げて雛をかばう親鳥のように、全ての弾をその機体で受け止めた。

「エース!」
その瞬間、イリヤは思わず叫んでいた。
エスペラント・タワー上空の様子は、救助セクションからも見ることができる。
美影機の機銃掃射を浴びて、事務棟は滅茶滅茶に破壊されていた。自ら尋問にあたっていた対テロセクションのコマンダー・ユージィンが重傷を負い、三人のテロリストも瀕死の状態で病院に運ばれた。イリヤ達見学者も、消火・救出活動を手伝い、誰の顔も煤で真っ黒になっている。
「大丈夫だよ。シルフィードは頑丈にできてる。溶岩が降り注ぐ中を飛んでも壊れたりはしない」
メカニックがイリヤに言った。
「だが、そうとわかっていても、あんなことはおっかなくてなかなかできないよ。あの先生は勇気があるな」
イリヤは、いつも穏やかで優しいエースの顔を思い浮かべた。そんなんで、なめられたりつけこまれたりしませんか?、と一度訊いてみたかった。
彼自身の経験では、世の中には、少しでも相手が弱そうだとか優しそうだと見ると、すかさずつけこんでくる輩が大勢いる。自分の外見がそういう印象を与えると自覚した時から、イリヤは常に隙を見せないよう身構えて、肩肘を張ってきた。優しさを隠そうともしないエースが歯痒く見えた。現に、武道のクラスには、エースをなめてかかっている生徒が何人もいた。
だが、今の今、イリヤの認識は変わった。エースはそんなことを恐れてはいないのだ。必要とあらば弾丸にも立ち向かえる勇気があるから、なめられたりつけこまれたりすることなど、恐くも何ともないのだ。
イリヤはまだガクガクしている自分の膝を押さえた。初めて直面した現場はアクション映画ともコンピューター・ゲームとも違っていた。飛び散った血と肉片。それらの焦げる匂いが、まだ生々しい。こらえきれずに側溝に吐いている者もいる。
強くなりたい、とイリヤは思った。こういう修羅場を生き延びられるように。自分だけでなく、誰かのことも助けられるように。
美影。あんたもそうだったんじゃないのか? どこで見失っちまったんだ。飛行機の操縦さえできれば、平気でおれたちに銃を向けるのか? テロリストの手先になって人を殺せるのか? あんたの「夢」って、こんなものだったのかよ。

弾丸は貫通しなかったものの、コックピットに伝わる衝撃は相当なものだった。
エースはまだくらつく頭を振って、
「美影」と呼びかけた。
天海が使った周波数は既に探り当てていた。同じ周波数に合わせて、美影を呼ぶ。
「もう、いいでしょう。着陸しなさい」
―そして、逮捕されるのかい? そうとわかって言う通りにする馬鹿がどこにいる」
天海の声だ。エースは構わず、美影に話しかけた。
「美影。ぼくの声が聞こえるか? きみが適性の結果にどれほどショックを受けたかは想像がつく。ぼくだって、すんなり免許を取れたわけじゃないからね。耳が悪いこともあって、何度も『おまえは無理だ、あきらめろ』と言われた。その声に従いかけたこともある。でも、どうしてもやめられなかった。頭があきらめようとしても、身体が勝手に動いていた。もう一度、あと一度だけ…」
―そうやって苦労した過程が尊いとでもいうつもりか? 結果よりもそちらの方が大事だと。たわごとだ」
「たしかに、苦労すること自体に意味なんかない。苦労しなくても結果が出せるなら、それが一番いい」 エースは言った。
「だが、障害にぶつかった時には、色々なものが試されて、色々なことが見えてくる。思いもよらなかった自分、知りたくなかった弱点。自分が夢と呼んでいるものに対する思いの強さ。全部が見えてくる。美影。きみにはまだ一度チャンスがあったはずだ。きみは若いからそうは思えなかったかもしれないが、一割の可能性というのはかなり高いものだよ。実際に仕事についたら、0.1%の可能性に賭けなきゃならないようなことがいくらでもある。それでも最後まであきらめたり投げ出したりしない強さがプロには必要なんだ。きみがあの時試されたのは、適性よりも、その強さの方だ」
―黙れ。おまえらは自分のステイタスを保つために、一握りのエリートしかライセンスを取れないように仕向けてるだけだ。大勢の人間の、パイロットになりたいという夢を打ち砕いてな。それを今から証明してやる。ルーク、そいつを撃墜しろ」
天海の命令に応じて、アロー機の機銃がシルフィードに向けられた。

(続く)

パイロットになりたくて(5)

2007-04-25 17:56:16 | Angel ☆ knight


 終業と同時に、ローズは職場を飛び出して最寄りの電気店に駆けつけた。しかし、『サイバー・ブルー』はもう売り切れており、『本日午後4時入荷予定』の貼り紙は、『サイバー・ブルーは完売しました。次回入荷未定』というものにかわっていた。
ローズは貼り紙が貼られたガラス窓に額をつけた。
ローズ、ローズ、ラ・ヴィアン・ローズ。子供の頃、両親はよくそう呼びかけてくれた。バラ色の人生を歩めるようにと、つけてくれた名前だった。
あたりまえなのかもしれないが、現実はそうではなかった。
マックスと結婚したばかりの頃までは、自分の人生にもまだ彩りがあった。ライオネス重工の若手技師との結婚。誰もが良縁だと羨ましがった。
しかし、ひと月とたたないうちに、マックスは体だけが大人になったお子ちゃまだとわかった。上手くいかないことは全て他人のせいにし、自分の幸不幸にしか関心がない。パートナーであるローズを思いやる心など皆無だ。
出費がかさんで家計が苦しい月でも、趣味のラジコン機には平気で大金を使った。特に最近は、同好の士を得たようで、熱心に自分の機の性能アップに励んでいる。
マックスは一度その男を家に連れてきたが、ローズは好感を持てなかった。取引先のソフトウェア技術者だそうだが、いい年をして、「本当はパイロットになりたかった」などと言う人間は、いかにもマックスの同類という感じで虫ずが走った。
パイロットになりたいなら、今からでもフライトスクールに行って免許を取ればいいではないか。ラジコン機をいくら飛ばしていてもパイロットにはなれないのよ。
マックスは、その男のつてで『サイバー・ブルー』を手に入れてやると言っていたが、どうもすっかり忘れてしまったようだ。「永遠の少年」の約束など、あてにはならない。
『サイバー・ブルー』は一見子供向けのゲームだが、実は、自分のような30代、40代の大人の需要が一番大きいという。味気ない生活。先の見え始めた人生。そんな現実がどうでもよくなってしまうほど魅力的な第二の人生が、あのゲームの中にはあるというのだ。
(わたしも、人のことは言えない)
ローズは自嘲のため息をついた。
マックスと別れてさっさと新しい人生を踏み出せばいいのに、そんなゲームで現実逃避しようとしている。わたしは一体、何にしがみついているんだろう。
「ラ・ヴィアン・ローズ…」
囁くと、自分の息でガラスが一瞬曇った。

 「沙京、何をそんなに一生懸命調べているの?」
エースは手にした紅茶とクッキーのトレイを、資料室でコンピューターにかじりついている沙京の脇においた。
「お昼、もしかして食べてないんじゃないかと思って」
沙京が、「ありがとう」と椅子を回転させたので、エースも脇の丸椅子に腰を下ろした。沙京は紅茶を飲みながら、
「あたし、昨日アビエイション・センター行ってきてんやんか」
と話し出した。シミュレーターで適性チェックをして、あまりに数字が低ければパイロットコースを続けるかどうか考えようと思ったそうだ。
適性はちょうど50%。
「どないせえっちゅうねんゆう数字やろ」
と言われて、エースは思わず笑ってしまった。
しかし、問題はその数字ではなく、それを見て悩んでいる彼女に妙な話をした男がいたらしい。
「そんな苦労せんでも、今すぐ簡単にパイロットになれるとか、うさんくさいこと言うてきおんねん。それも、どっかで見た顔でさぁ。ナンパや思われたら腹立つから、本人の前では何も言わへんかったけど、それで、今、訴訟記録調べてるねん」
「え?」
沙京は文系の人間だからか、時々論理を何段かすっとばして話が飛躍する。
アビエイション・センターから戻ってよくよく思い出したところ、沙京はその男を法廷で見かけたのだという。彼女の担当事件と同じ日に、同じ法廷で審理が行われたので、入れ替え時に顔を合わせたのである。日時は思い出すことができたので、その日のスケジュールを調べればどの事件の関係者かわかる。報道陣が詰めかけていた記憶があったので、メディアのサイトにもアクセスすると、その男の顔写真を確認することができた。
男は情報処理技術者の天海(アマミ)。『サイバー・ブルー』のメイン・プログラマーで、同製品のセールスポイントである画期的なインターフェースの開発にも携わっていた。彼女が天海を見たのは、クロノス社がレオン社に対して起こした損害賠償請求訴訟の口頭弁論期日だった。
「レオン社が天海氏を不当競争目的でヘッドハンティングしたんじゃないかっていう事件だね」 エースは言った。
「うん。訴訟はまだ継続中やけど、どうもレオン社の勝ち筋やな。クロノス社は、レオン社が天海氏の違約金を肩代わりしたことを根拠にしてるけど、レオン社はあくまでも立て替え払いで、報酬から天引きで返して貰ってるいうし、ゲームソフト部門やなしに分野違いのシミュレーター開発部に迎えたから不正競争目的なんかないいうのも、説得的やしなあ」
「シミュレーター開発部?」 エースは聞き返した。
「うちにもあるやろ。シルフィード・マークⅡのシミュレーター。レオン社はああいうののソフトウェア作ってるねん」
アビエイション・センターのシミュレーターにもレオン社のソフトが搭載されているので、天海はそのグレードアップのために適性チェックをモニターしていたらしい。
「沙京。その男が沙京に言ったことを、もう一回詳しく教えてくれる? できるだけ、その男の言った通りに思い出してほしいんだけど」
「そやから…パイロットが今みたいに狭き門なんは、機械と人間をつなぐインターフェースが悪いからやとか、現実なんか上手くいけへんことばっかりやけど、自分と一緒に来たら思い通りの人生歩めるとか…」
沙京は句読点のようにバリリとクッキーを囓り、
「そら、あたしはこれまで思い通り上手くいったことなんかほとんどない人生やったけど、会うたばっかりの人に見透かされたようなこと言われたら、何か気分悪いわ」
「沙京」 エースは言った。
「きみは、もしかしたらすごい手がかりをつかんでくれたのかもしれない」

 「レオン社。偶然かもしれないけど、『ライオン』を意味する言葉ね」
「ええ。レーヴェもライオンという意味ですし、彼が過去にバックアップしたとされるテロ組織は皆、名前にライオンが入っていました。『ライオン・ハート』とか、『キング・レオ』とか…」
ウルフが送ったゲーム機と意見書に対する回答が、その日、ナッツからシティ警察本部に届いた。
ゲーム機のインターフェースを航空機に転用できるかについては、「不可能ではないが、そのためにクリアすべきハードルがいくつもある」ということだった。しかし、興味をそそる新情報が報告に添付されていたので、本部オペレーションセンターのチーフ、ミリアムは、早速これを永遠子に伝えた。
「『サイバー・ブルー』のソフトとインターフェース製作に関わった技術者天海が、クロノス社から、レオン社のシミュレーター部門に移籍しています」
レオン社は、ライオネス重工からフライト・シミュレーターのソフトウェア開発を請け負い、急速に業績を伸ばした会社だ。ライオネス重工はレーヴェ傘下の企業で、アロー型戦闘機の生産にも携わっている。
「レオン社はライオネス重工の下請けみたいなもので、親会社子会社といった関係はありません。なので、レーヴェのコングロマリットとも直接の関係はないんですが…」
「レオン社を通して、『サイバー・ブルー』のインターフェース技術と、アロー型戦闘機、そしてレーヴェが一本の糸でつながるわけね。しかも、その技術者がナッツのメンバーに言った言葉は、かなり意味深だわ」
「ええ。捜査に予断は禁物ですが、とても偶然とは思えません。航空テロの実行犯については、対テロセクションが『金の獅子』というグループをマークしています。これも、レーヴェがバックについていると思われるグループで、これまでにも何度かハイテクテロを起こしています」
ミリアムの言葉に、永遠子は頷いた。
それにしても、と永遠子は言った。
「航空宇宙が専門のナッツが、よくこんな点に目をつけたものね。レオン社とクロノス社の訴訟に関するニュースは、わたしもしょっちゅう見てたけど、この事件と結びつけて考えたことはなかったわ」
「何でも、最近まで法律職についていた人がナッツの新メンバーに加わったそうです。どうしてそんな分野からスカウトしてきのか、わたしにはよくわかりませんが…」
「ライオネス社とレオン社の動向に注意していて下さい。どちらも本社はエスペラント・シティだから、うちの管轄だわ」 永遠子は言った。

 美影がいつも通り武道の授業に顔を出したので、イリヤは安堵を覚えた。さすがに少し元気がないようだが、イリヤが挨拶すると笑顔を見せてくれたし、隼都ともこだわりなく話しているようだ。
講師のエースは、この後、救助セクションの隊員達に、マークⅡ移行訓練を施すそうだ。
「おれたちも見学に行かないか? 今日きたばかりの新型機も飛ぶらしいぜ」
同期のサミュエルに誘われて、イリヤは「おう」と頷いた。

格納庫に現れた美影を見て、イファンは驚いて目を見張った。
美影はフライトスーツに身を包み、片手に奇妙な道具を抱えている。
「どうしたの、美影。その格好は…」
イファンが乗るはずだったシルフィードは、手違いで別の機体が届いていた。ありうべき間違いではないので、配送担当者は対テロセクションに厳しく尋問されている。そのため、移行訓練も開始が大幅に送れていた。
「いいのよ、イファン。その機体で」
美影は泣き笑いのような表情でイファンに歩み寄った。その歩みにつれて体側で揺れていた手が、突然手刀に変わって、イファンの首筋に襲いかかった。

(続く)

パイロットになりたくて(4)

2007-04-24 17:17:47 | Angel ☆ knight
   
      「今度は、こんなのが出てきちゃったのよ」

 エスペラント・シティ警察刑事局長麻上永遠子(アサガミ・トワコ)は、会議嫌いで有名である。
その彼女が緊急ミーティングを招集したので、刑事局の各課長はいずれも緊張の面持ちだった。ナイトも刑事特捜班の代表として出席していた。
「先日のネプチューン・シティの航空テロに関する新情報が入りました。レーヴェがからんでいる可能性が濃くなったみたい」
レーヴェという名前に、全員の顔が引き締まった。ほんの数ヶ月前、シティを襲ったガリル・テロと、こちらは未遂に終わったものの爆弾テロの記憶はいまだに生々しい。テロの直接の実行犯は『ライオン・ハート』という過激派集団だったが、その背後にレーヴェという産軍複合体のトップがいたことは、シティ警察では周知の事実だった。
航空テロは、どのテログループも一般的には行っていない。航空機本体の入手やメンテナンス、フライトプランを提出せずとも咎められずに離発着できる私設飛行場の建設、パイロットの訓練などに莫大な費用がかかるからだ。
その点、レーヴェなら、その所有する企業グループの中に戦闘機の生産に関わっている会社があり、施設やパイロットの訓練費用なども提供できる。彼の名は、当初から容疑者リストのトップに挙げられていた。
「モニターを見て下さい。ナッツから対テロ情報共有データベースに送られてきたものです」
永遠子の言葉に、皆、各自のデスクに備えられたディスプレイを見た。同じ映像が永遠子の背後のスクリーンにも大写しになっている。空軍機が撮影した、未確認機との空中戦の模様である。
「おかしな動きだ。反応にいちいちタイム・ラグがある」
組織犯罪対策課のランスロットが言った。彼はシルフィードのライセンスを持っているので、課長のベーオウルフから、「おまえ、代わりに会議に出ろ」と命ぜられたのだ。
「しかも、ラグが規則的だな。フライ・バイ・ワイヤの不具合か?」
バックアップセクションから出席したウルフも言った。彼もシルフィードの元パイロットである。
フライ・バイ・ワイヤとは、パイロットがコックピットで行った操作を、ケーブルやロッドといった機械的なリンクによってではなく、デジタル信号に変換して方向舵など機体各部に伝える方式だ。未確認機では、その信号が上手く伝わっていないのだろうか。
「ワイヤ…なのかな。もうちょっと早いタイミングでラグが出ているように見えるけど」
ランスロットは画面に目を凝らした。
「ほら、ここなんか、背後につかれて、反転するタイミングが一瞬遅いんだ。それで、あやうくロックオンされかかってる。ただ、反転に入ってからの動きは見事だね。それが何だか、ちぐはぐな印象を受ける」
永遠子はその言葉に軽く頷いて、画面を切り替えた。
「映像を見て。未確認機のコックピットが映っています」
「何だ、こりゃ?」
部屋のあちこちで声が上がった。パイロットが被っている異形のヘルメットに、誰もが目を見張っている。
「ナッツの解析によると、パイロットが被っているのは、頭部を保護するためのヘルメットというよりはヘッドセットのようなものだそうよ。前面のレンズと両側の集音機で視覚情報・聴覚情報を収集し、それを頭部のコンピューターで解析して、神経伝達信号をケーブルを通じてパイロットの身体各部に送っているのではないかということです」
部屋がいっせいにざわついた。ナイトが言った。
「すみません、ちょっと理解が追いつかないんですが…つまり、このヘッドセットは、パイロットの能力を補助する役割を果たしているということなんでしょうか?」
「ナッツはそう解釈しているわ。映像を1つコマ送りします。この方がわかりやすいと思いますが、多数のケーブルがパイロットスーツの中にのびているでしょう。これで手足の筋肉に直接信号を送っているのではないかというの」
「ちょっと待てよ。それじゃ、このパイロットはコンピューターの指令通りに動くロボットみたいなもんだっていうのか?」
ランスロットが声を上げた。
「ありえねえ。いくら何でもコンピューターにこんな高度な状況判断はできない。一瞬一瞬変化する状況にここまで柔軟に対応できるのは人間だけだ」
「たしかに、そんなコンピューターが存在するなら、無人機によるテロがもっと頻繁に行われているでしょうね」 永遠子も言った。
「もしかしたら、今回の事件は、これまでにはなかった新しいシステムを試すための実験だったのかもしれない。犯行声明が出されないのも、それでかも」
「すみません」 ウルフが手を上げた。
「『サイバー・ブルー』を作った会社は、レーヴェの企業グループの中にありますか?」
「『サイバー・ブルー』? あの、色々問題になっているゲームのこと?」
永遠子は眉を寄せた。
「あのゲームが今回の事件と何か関係があるというの?」
「わかりません。ただ…知り合いの子が最近、少しだけあのゲームをやる機会があって…その子は足がちょっと不自由なんですが、ゲームの中ではまるでアンドレアス選手になったようなプレイができたと言ってました。実際に自分がピッチに立って、アンドレアスと同化したような感覚があったそうなんです」
ウルフは、頭の中で一瞬閃いたことをどう説明していいか困っているようだった。
「その技術が、このヘッドセットにも使われていると思うんですか?」
ナイトが助け船を出した。ウルフは「うーん」と唸っている。
「たしかに、あのゲームのウリは画期的なインターフェースだったな」
強行犯課課長のヴァレリーが言った。
「サッカーの場面なら、有名なサッカー選手の行動パターンが記録されてて、それがプレイヤーの脳を経由することで、あたかもその選手になったような感覚を得られるらしい」
だが、とヴァレリーは首を捻った。
「そんなのは、しょせん感覚中枢に錯覚を起こさせてるだけで、実際にその選手みたいなプレイができるわけじゃない。航空機の操縦になんか転用できるのかな。それに、クロノス社は全くの独立系企業で、レーヴェのコングロマリットとは関係ないよ」
「資本関係はなくても、契約はあるかもしれませんよ。わたしもよくわかりませんが、コンピューターのソフトウェアなら、形を変えて色々利用できそうだ」 ナイトが言った。
「…『サイバー・ブルー』のゲーム機は、たしか、バックアップセクションに保管されてたわね?」 永遠子の問いに、ウルフが頷いた。
殺人事件が起きた時に証拠物件として押収したものだ。証拠物は事件が終了すれば所有者に返還されるが、被害者の遺族が「そんなもの、見たくもない」と受け取りを拒否したので、所有権放棄書にサインして貰って、バックアップセクションが保管しているのだった。
「それをナッツに送って分析して貰ってちょうだい。あなたの意見書を添えてね、ウルフ」 永遠子は言った

 不合格。
美影(ミヨン)は適性検査の結果通知書を何度も何度も見直した。まるで、そうすれば、いずれ文字が「合格」と姿を変えるとでもいうように。
アビエイション・センターで二度目に出した模擬チェックの適性は78%だった。意外に伸びなかった数字にいやな予感がよぎったが、前回より10%以上も上がったのだからと打ち消した。本番では特に失敗したという感じはなかったが、それでも届かなかったということか。
適性検査は二度受験することができる。しかし、航空会社の入社試験のような競争試験ではないので、ある程度絶対的な結果が出るといわれている。二度目の受験で合格する者は一割にみたないそうだ。
部屋にいるととめどもなく陰鬱に落ち込んでいきそうだったので、美影は外へ飛び出した。頭上に広がる空と、時折響く航空機のエンジン音が心を刺す。いつも憧れを持って見上げていたものが、一転、恨めしい存在に変わってしまったことを、彼女は思い知った。薄曇りの天気が、せめて自分の気持ちに寄り添っていた。
ひどい、ひどい、ひどい。こんなのはあんまりだ。
すっかり季節が移って、葉が青々と繁る桜並木を、美影は涙を流しながら歩いた。
ダブルライセンスを取得した同期の隼都は、特に救助セクションも対テロセクションも希望していないという。乗り物の運転が好きだからというだけの、いわば道楽で受験したような彼女が合格して、こんなにも救助セクションを切望している自分が落とされるとは、何という意地の悪い運命。
「どうしました?」
と声をかけられて、はっと顔を上げると、道路脇のベンチに座っていたらしい黒縁眼鏡の男がゆっくりと歩み寄ってきた。黒いとっくりのセーターに、白衣のようなスプリングコートをはおっている。マッドサイエンティスト、という言葉が美影の脳裏に浮かんだ。
「驚かせてしまってすみません。アビエイション・センターであなたをお見かけしたことがあるんですよ。わたしは、あそこにシミュレーターを納入している業者に関係しているんで、よく立ち寄るんです」
ふと気づくと、いつのまにかアビエイション・センターの近くまで来ていた。無意識のうちに、足がその道を選んでいたのだ。美影は舌打ちしたいような気持ちになった。
「あなたはシルフィードのシミュレーターを使っていましたね。シティ警察の訓練生の方かな? その様子だと本番はダメだったようですね」
受け入れ難い現実をはっきりと指摘されて、美影の瞳に新たな涙が溢れた。
「気の毒に。その涙を見れば、あなたがどんなにパイロットになりたかったのかわかりますよ。本当はそんなに遠い夢じゃないのにねえ」
男の言葉に、美影は涙に濡れた顔を上げた。この人は何を言っているのだ?
「どんなメカも、マン―マシン・インターフェイスさえ工夫すれば、そんな厳しい身体要件や訓練は必要ないんだ。飛行機だって同じですよ。旧態依然とした養成課程のせいで、一握りのエリートしかパイロットになれないように思われているが、なに、あなただって、今すぐ熟練パイロットと同じように空を飛べるんですよ」
思いがけない話に、涙も引っ込んでしまった。この人は本当にマッドサイエンティストなのかしら。男は美影の表情に気づいて言った。
「私は別に頭がおかしいわけではありませんよ。世間がまだ知らないだけで、テクノロジーはそこまで進歩しているんです。どうです? 私と一緒に来て、今すぐプロパイロットになりませんか? 適性なんかくそくらえだ。われわれに必要なのは、パイロットになりたいという本物の熱意だけです」
こんな馬鹿げた誘いに応じてはいけない。そう思う一方で、男が差し出した手にはあらがいがたい吸引力があった。今すぐパイロットになれる? たった今閉ざされた道が簡単に開ける?
「そうです。あなたは今すぐ自分の望むものになれるんです。残酷で意地の悪い現実なんかすっとばして、何もかも思うがままの世界へ行けるんですよ」
見えない糸に引かれるように、美影は男の方へ一歩踏み出した。

(続く)

パイロットになりたくて(3)

2007-04-23 17:36:41 | Angel ☆ knight
    

 ネプチューン・シティで航空テロ
11日未明、ネプチューン・シティに機籍不明のアロー型戦闘機が飛来し、海上都市間連絡橋第一ブリッジをミサイルで破壊した。
不明機はレーダーに探知されない海面すれすれの低空域を飛行してシティに接近。スクランブル発進した連邦空軍機の迎撃をかわしてミサイルを発射し、逃げ去った。当局は航空テロの可能性ありとして捜査を進めているが、現在までに犯行声明は出されていない。

 「ねー、感じ悪いでしょ。ぼく、今でも思い出すとムカムカするんだよ」
その日、ウルフは非番だったので、カムイとミアイルをドライブに連れて行ってくれた。
カムイは車の中で、いつか河川敷で出会ったラジコン男の話をした。不愉快な話なのでミアイルにも黙っていたのだが、一度吐き出してしまわないことにはどうにも胸のむかむかがおさまらなかった。
もちろん、「堕ちたイカロス」のくだりは、ウルフの前なので伏せておいた。まるでアンドレアス選手になれたようなゲームをさせてくれたのはいいが、カムイがゲームを貰い受けないでいると、不快な捨て台詞を投げられたと話したのだ。
「そら、きっと『サイバー・ブルー』だな」 
ウルフが言った。カムイがその時にしたゲームの名前である。16歳のサッカー少年が、偶然ある組織の陰謀を知り、世界を救うために立ち向かうという筋書きなのだそうだ。
なるほど、それでサッカーの試合が出てきたのか、とカムイは思った。男との出会いは全体として嫌な思い出だが、あのゲームをしていた間だけは至福といっていい時間だった。
「そんなに本当っぽいんなら、ぼくもサッカーのところだけしてみたいな」
と、ミアイルも少々羨ましそうだ。
「だが、ゲームを貰わなかったのは正解だったと思うぜ。ちゃんと断って、えらかったぞ」
ウルフに誉められて、カムイはいっぺんに胸が晴れた。
車は郊外の住宅地に入っていった。カムイとミアイルが友人達の間で話題になっている「お化け屋敷」を見たいとせがんだからだ。邸宅の一つが無惨に破壊されており、カムイ達は「悪魔の巨人が一足で踏みつぶした」と言っているのだが、ウルフはその原因を知っていた。
「夢を壊すようで悪いが、これは飛行機が墜落したんだ」
空軍機が訓練飛行中に落雷に遭い、計器も無線も使用不能になった。タイミング悪く濃霧が発生して視界を塞ぎ、自機の位置を完全に見失ったパイロットは恐怖にかられて射出シートで脱出した。操縦士を失った機体はこの家に落下。幸い、死傷者はなかったが、パイロットは懲戒免職になった。
カムイは、「かわいそうだね」と言った。濃霧や落雷は不可抗力なのに、と思ったのだ。
しかし、ウルフはこう言った。
「パイロットはいったん飛び立ったら、どんなことがあっても絶対に操縦を投げ出しちゃいけねえんだ。最終的にどんな結果になったにしろ、そいつが最後までベストを尽くしてたら除隊にはならなかったと思うぜ」

その晩から、お化け屋敷の話は次のように内容が変わった。
悪魔の巨人が両目から雷を、口からは霧を発して飛行機を襲い、機体をつかんで家に叩きつけたんだって…

 エースの本業は、航空宇宙開発局スペシャル・タスク・フォース、通称NUTS(ナッツ)の研究員だ。ヤードでの授業を終えてナッツの分室に戻ると、シミュレーター・ルームが騒がしい。覗いてみると、案の定、シルフィード・マークⅡの周りにナッツのメンバーが集まって、さかんに囃したてている。
「沙京(サキョウ)?」
エースが訊ねると、ナッツのメンバーの一人、セフィリアが微笑みながら頷いた。シミュレーターは盛大に揺れており、中から沙京の悲鳴のような声が聞こえる。
「しょうがないなあ」
エースは揺れ動くシミュレーターに乗り込むと、教官席に座った。コックピット中に赤ランプがついて、とりどりの警報音が鳴り響いている。
「ほら、背中が丸まってるよ。シートの背もたれに背中をつけて、視野を広くとって」
沙京の両肩に手をかけて姿勢を正させ、高度計と速度計を見るように言った。完全に失速しているが、高度はまだ雲の上だ。
「操縦桿(スティック)をそんなに握りしめないで。今は指一本触れているだけでいいよ。もうちょっと高度が下がったら位置エネルギーが速度に変換されるから、コントロールが戻ってきた瞬間を感じ取るんだ」
「それって、どんな感じがするのん?」
「自然にわかるよ」
「あ、今のそう?」
「そうだよ。さあ、これで機体がいうことをきくようになったから、まず速度を十分に回復しよう。スロットル・レバーを引いて」
沙京の小さな手が二本のレバーを引く。赤ん坊のように小作りだと、エースはいつも思う。
「レバーを凝視しでちゃだめだよ。速度計も見て。もう高度を上げても大丈夫かな?」
「ええっと…エース! 山が出てきた」
眼前のスクリーンに山脈が映し出されている。
「落ち着いて、レーダーで距離を確認。何分後に到達する? それまでにあの山より高く上らないと」
「そんなん、とっさに計算できへんー!」
「いいから、とにかく高度を上げて」
失速が恐いのか、沙京の操作はおっかなびっくりだ。
「もっと思い切って上げても大丈夫だよ。そのペースじゃ山にぶつかる。1秒間に何キロ進むと思ってるの」
手を出したいのをこらえて、エースは言った。計器を見ると、真正面の山はもう越えられそうにない。旋回してより低い頂の上を飛ばなければ。
「そんな難しいこと、いきなり言わんといて」
沙京が叫び終わる前に、機は山腹に激突した。ゲームオーバー。
汗だくになってシミュレーターを降りる彼女に、
「沙京、これで死ぬの何回目?」と、クライストがからかうように声をかけた。
ナッツのメンバーは全員パイロットの資格を持っている。新しく加わった沙京だけがずぶの素人だった。
沙京がなぜナッツにスカウトされたのかは、本人も含めて誰にも謎だった。これまで、全く畑違いの分野を歩いてきた人間なのだ。
ナッツにくる前の彼女は、公設法律事務所という、社会的弱者の法律相談を専門に受ける事務所で働いていた。任期は二年で持ち回り。低所得層が対象なので一定の補助金が出るが、自ら希望する者は少なく、彼女も、「補助金貰って楽々経験が積めるって、甘い言葉でハメられた!」と言っていた。
ナッツのヘッドハンティングに心が動いたのも、そこで過酷な現実に直面し続けたせいらしい。
―わたし、自慢じゃないですけど、理数系は全然ダメですよ。
それでも、さすがに何かの間違いかと思ってそう確認した彼女に、
―航空と宇宙に少しでも興味がある人なら大丈夫です。
と、ヘッドハンターは言ったそうだ。
それならば、沙京は子供の頃、宇宙飛行士になりたいと憧れたことがあった。その夢を作文に書いたところ、担任の教師から、
―数学と体育が得意でなければ、宇宙飛行士にはなれない。
と言われ、三日間泣いてあきらめたという。
―別に、そんなことはないんだけどなあ。
その話を聞いた時に、エースは言った。教師の中には、時々自分の勝手な思い込みで生徒の夢の芽をつんでしまう者がいる。エースも、「きみは耳が悪いんだから、パイロットにはなれないよ」と言われたことがあった。
だが、調べてみると、矯正聴力が一定レベルに達していればライセンスは取れるという。エースは大学時代に自家用機の免許を取った。
後に、ナッツがシルフィード・マークⅡの設計を担当した時、このライセンスが、テストパイロットの資格を取る下地になった。主任設計士は彼だったので、万一飛行中に欠陥が露呈した場合、他人を危険にさらすのは耐えられなかった。航空宇宙局にはパイロット・コースが設置されているので、マークⅡ開発のかたわら、自分でテスト飛行ができるようライセンスを取った。
沙京も今、仕事の合間にパイロット・コースを受講している。
「でも、わたしは向いてへんみたい」
まだ吹き出し続けている汗を拭きながら、沙京は言った。
「昨日や今日プロペラ機に触ったところなのに、シルフィードでクロスカントリーなんかできたらおかしいよ」
エースは笑ったが、沙京は口をへの字に曲げたままだ。
「プロペラ機の実技も全然なんだってば」
エースは教官から漏れ聞いた評価を思い出した。
「学科はいつもトップクラスだって聞いたよ」
「学科の成績なんか、実技ができな意味ないやん」
「そんなことはないよ」 エースは言った。
「頭できちんと理解できているなら、あとはそれを身体に伝えるだけだ」
「簡単に言うなあ」 沙京はため息をついた。
分室に戻ったのは、二人が一番最後だった。准リーダーのエドバーグが、
「昼休みは一分前に終わっているぞ」と声を投げる。ふちなし眼鏡の下の瞳は冷徹で、滅多に感情を表さない。
「すみません」と頭を下げて、二人はそれぞれの席に着いた。机の上に、緊急案件の資料が入ったクリアファイルが置いてある。
「軍から、ネプチューン・シティで起きた航空テロの解析を依頼してきた」
エドバーグの言葉に、エースをはじめ、メンバーは皆怪訝な顔をした。彼らは戦闘のプロではない。
「まずは映像を見てほしい。各自モニターをONにしてくれ」
デスクにセットしたモニターのスイッチを入れると、間もなく画面に映像が流れ出した。スクランブル発進した空軍機が撮影した未確認機の機影である。
(あれ…?)
エースはすぐに不審を感じた。未確認機の飛び方が奇妙だ。ロールを打ったり背面飛行をしたり、高度な技術を駆使しているのに、どこかぎこちない。
(どういうことだ? どこか故障でもあるのか?)
カメラを搭載した空軍機が、未確認機に接近した。未確認機は反転してロックオンを逃れる。その瞬間、カメラがコックピットの中を捉えた。エースの指は反射的にパネルを操作して、その画面を静止させていた。
それは異様な映像だった。パイロットの顔の上にもう一つ顔がある。ヘルメットから突き出すズームレンズのような二つの突起物。両側面には水かきのような「耳」。ヘルメットの裾からは、髪の毛のようなコードが何本もパイロットスーツの中へ伸びていた。
(何だ…これは?)
画像を見つめるエースの背に、悪寒に似たものが走った。

(続く)

選挙の花2

2007-04-22 21:47:59 | Weblog
     

 小説が中断してしまってすみません。4月8日に続き、選挙の花シリーズ(?)です。
今日は雨が降ったりやんだり。投票に行くのが億劫になってしまいそうな天気でしたが、途中に咲く花を写すのを楽しみに出かけました。
まずは、上のハナミズキ。
俵万智さんの「花束のように抱かれてみたく」(角川文庫)の中に、

 やわらかな光を両手で受けとめて空に返事をするハナミズキ

という歌があります。私がこの花が好きになったきっかけの歌。
「花束のように…」には、季節ごとの花の写真と、その花にちなんだ俵さんの短歌&エッセイが載っています。俵さんは、ハナミズキの苞(花びらのような部分)のくぼみが大好きなんだそうです。あのくぼみに光を受け止めてまた返しているように見えるから。その感じが写真にも出ているといいんですが。

     

デルフィニウム? ちょっと名前がわかりません。
自然の作る青色系は何とも言えないいい色ですね。

     

これも私の好きな色、フューシャにつられて撮影。ここのうちは花を育てるのが上手で、他にもたくさん綺麗な花を咲かせておられます。

     

これは八重のツツジでしょうか? 豪華です。

     

これはうちの庭のカンラコエと松です。松もこの季節、茶色い実をいっぱいつけています。

投票所からの帰り道に写した花々でした。
うちの近所は素敵な花を丹精しておられるお宅が多く、いつも楽しませて貰っています。皆様にも楽しんで頂けたら幸いです。

パイロットになりたくて(2)

2007-04-21 22:19:25 | Angel ☆ knight


 クロノス社、不当ヘッドハンティングでレオン社を提訴

大手ゲームメーカークロノス社(代表取締役KR2014)は、同社の契約プログラマー天海(アマミ)氏を不正競争目的をもって不当に引き抜いたとして、本日付でレオン社(代表取締役GLLEON)に損害賠償請求訴訟を提起した。
天海氏はク社の大ヒット商品『サイバー・ブルー』のメインプログラマーを務めた人物。『サイバー・ブルー』の完成後、次のゲームの製作請負契約をク社と結んでいたが、3000万の違約金を払ってこの契約を解除し、レ社に移籍した。その後、ク社の株価は下落し、レ社の株価は高騰している。
ク社は、天海氏の違約金をレ社が負担したことなどから、レ社が不正競争の目的をもって不当な引き抜きを行ったとして、同社に株価の差額相当の損害賠償を請求している。

レ社代表取締役GLLEON氏の話:移籍は天海氏の自由意思によるもので、当社が不当な引き抜きを行った事実はない。違約金を立て替えたのは事実だが、報酬の中から返済して貰うことになっている。当社は天海氏をゲームソフト部門に迎えたわけではなく、そもそも不正競争目的など存在しない。

 「教官、教官」
何度目かの呼びかけでようやくエースはイリヤに振り向いた。
補聴器の調子が悪いのかと思ったが、そうではなく、「教官」という呼称がピンとこなかったようだ。
エースは、週二回、エスペラント・シティ警察訓練所(ヤード)に武道を教えに来る非常勤講師だ。今回初めて採用された科目なので、イリヤ達4月生は必須だが、上級生は希望者のみが受講している。
「さっきの授業に出てきた『前足を抜く』っていうのが、よくわからないんですけど」
イリヤが質問すると、エースは廊下の端に寄って、イリヤに足を前後に開かせた。両方の膝が曲がった状態で、前足はつま先立ちになり、後ろ足の膝を伸ばす。
「今、前足には全く体重がかかっていません。そのまま前足の踵をストンと落としてみて下さい」  イリヤはそうした。
「それが、前足を抜いた状態です」
「余分な力が入ってないっていうことですか?」
「特に、膝にね。毎日のウォーミングアップに今の動作を取り入れると、すぐに感覚を覚えられますよ」
と、説明するエースの顔は女のように優しげだ。イリヤも自分を女顔だと思っているが、エースは内側から穏やかで柔らかい雰囲気が立ちのぼっている。青みがかった白髪は、幼い頃にかかった熱病のせいだという。その影響で聴力が大幅に低下したので、いつもヘッドフォンのような補聴器をしていた。
彼の教える武道もいささかユニークなものだった。
構えは自然体でただ突っ立っているだけ。スポーツの試合と違い、実戦では不意打ちをくらうことが多いので、全く構えていない状態から対応できるのが望ましいからだ。
フットワークも普通にすたすた歩くだけで、手を振る動作の延長のようにして突きが繰り出される。この突きに腕自慢の教官があっけなくダウンをとられたのが、採用のきっかけだったという。筋力にものをいわせるパンチではなく、自然な体の動きに上手く体重をのせるというものだ。
腕力に自信のある者は、「女子供の護身術」と軽く見ているが、イリヤのように細身の者や小柄な者、女性の訓練生は熱心に稽古していた。任意で受講している上級生も女性が多かった。
ちょうど今、後ろから近づいてくる三人も受講生だった。卒業試験を間近に控えた3期上の9月生だ。イーストエイジアン三羽烏と呼ばれている有名な三人、隼都(ハヤト)、如星(ルーシン)、美影(ミヨン)だ。
「イリヤ、教官に何聞いてたの?」
一番小柄な美影が訊ねてくる。イリヤが説明すると、三人もその場で猫足立ちをした。
それだけの動作でも見惚れるほど美しいのが如星だ。190㎝のスレンダーな肢体にそって、艶やかな黒髪が揺れる。ビームサーベルの戦闘では右に出る者がないといわれ、対テロセクションのコマンダー・ユージィンが「早くロードマスターのライセンスを取れ」とせっついているそうだ。
隼都は既にロードマスターとシルフィードのダブルライセンスを取得している。ヤード在籍中のダブル取得は、組織犯罪対策課のランスロット捜査官に続く歴代2人目だ。
イリヤにはよくわからないが、隼都も如星も男性のような名前なのだという。
美影は銃の名手で、イリヤと共に、シティ警察随一のスナイパー、リョウの特別指導を受けている。
自分でも驚いたことに、イリヤも銃が得意科目だった。
引き金は息をひそめて静かに引く。発射の反動で銃口がはねあがるので、ターゲットのやや下方を狙う。それを教わっただけで、面白いように的に当たった。同期の連中が大きく外すのがジョークのように思われた。
同じ教官の指導を受けていることもあって、美影は気さくにイリヤに話しかけてくる。自然、隼都や如星とも話をするようになり、憧れの三羽烏と親しげだというので、同期生達もイリヤと話したがった。自分の周りに殻をつくりがちな彼が皆に溶け込めたのは美影のおかげともいえる。
大きく取った窓の外に美影が目を向けたので、イリヤもつられてそちらを見た。救助隊機シルフィードが編隊を組んで視界をよぎって行く。エンジン音がほとんど聞こえないところをみると、新しく配備されたシルフィード・マークⅡだろう。
救助セクションを志望しているという美影は首を曲げて遠いシルエットをじっと目で追っていた。

 エスペラント空港にほど近いアビエイション・センターに向かう途中、美影は何度も立ち止まって空を見上げた。これまで空を濁らせていた霞や塵が消えて、どんどん本来の色を取り戻す季節。シルフィードのコックピットに座ってあの爽快な青に包まれたら、どんな気持ちがするのだろう。
イファンは今頃あの空を飛んでいるのかもしれないと考えると、地面にへばりついている自分がたまらなくなる。二期上の9月生だった彼は、昨秋から救助セクションで実務についていた。
アビエイション・センターの存在を教えてくれたのはイファンだった。ここには、プロ・パイロット志望者のためのありとあらゆるシミュレーターがある。旅客機、戦闘機、シルフィード…
間近に迫ったシルフィードの適性検査では、これと同じシミュレーターを操作させられる。もちろん、まだ操縦は習っていないので技量を見定められるわけではなく、操縦センスやのみこみの早さといったものをチェックされるそうだ。
―適性を見て貰うのに事前に練習なんかしたら意味がないと考える奴もいる。だが、練習する機会があるならどんどんして適性を高めようとする意欲も適性のうちじゃないかな。
イファンにそう言われて、美影もこのセンターに足を運んだ。シミュレーターに乗ると、コンピューターが実際の試験と同じ形式で指示を出し、終わると適性がパーセンテージで評価される。講評は一切なし。美影が初めて出した数字は65%だった。
イファンは一回目が77%。その後、どこが良くてどこが悪かったかを自分なりに検討して、本番前にもう一度トライしたところ、92%まで上がったという。
美影も今日が二度目のトライだ。アビエイション・センターが近づくと、さりげなく周囲に目を配った。他の同期生と顔を合わせるのは、ちょっときまりが悪い。大急ぎで受付をすませ、割り当てられたシミュレーターに向かった。どうかいい数字が出ますように。

 「バカチョン戦闘機?」
レーヴェは白い額の下で眉を寄せた。あきれるべきか、興味を引かれるべきか。
生まれて初めて飛行機に乗る人間でも、その日のうちに一流パイロット同様に操縦できる戦闘機。秘書の差し出したファイルの表紙には、ライオンのロゴが型押しされている。これを持ち込んだのは、ギルバート・ライオネスか。
ギルバートは、レーヴェのコングロマリット傘下の二代目社長だ。有能だが、創業者である父親ほどの独創性はない。本人もそれを自覚していて、父親を越えようと必死になっている。
「敵を自動的に補足・追尾・撃墜するオートフォーカス機能…熟練パイロットの神経伝達回路をシミュレートしたサポートギアが、高度な状況判断を瞬時に行ってパイロットの身体各部に指令を発する…なるほど」
「ライオネス本人が説明に来ておりますが、お会いになりますか?」
レーヴェは机上のモニターのスイッチを入れた。応接室のソファに座る二人の人物が映し出される。ライオネスと、もう一人は…
「このプロジェクトのソフトウェア部門を手がける会社の代表者だそうです」
秘書がレーヴェの視線を読んで言った。
「わかった。話を聞こう。通してやれ」
秘書がギルフォードを呼びに行っている間に、レーヴェはぱらぱらと資料をめくった。
「なるほど、あれはこのためだったんだな。面白い。実に面白い」

(続く)

パイロットになりたくて(1)

2007-04-20 16:52:52 | Angel ☆ knight
   

 「究極のヴァーチャル・リアリティ。ついに仮想空間は現実を超えた

ゲーム会社「クロノス」が、画期的なインターフェイスを開発して作り出したゲームソフト、『サイバー・ブルー』は、宣伝の巧さもあって、発売前から話題の的だった。
予約受付開始と同時に注文が殺到し、発売日当日はどの店舗も開店前から長蛇の列ができた。午後にはほとんどの店に「完売」の札がかかり、その後、何度か行われた追加生産によっても需要は満たされなかった。ネット・オークションで『サイバー・ブルー』に目の玉が飛び出るような高値がつけられたと聞いても、驚く者はいなかった。
ついには、14歳の少年が友人を殺して『サイバー・ブルー』のゲームソフトと専用機を奪うという事件が起こった。少年はエスペラント・シティ警察の少年課に逮捕され、家庭裁判所の少年審判ではなく、刑事少年法廷に起訴された。

 少年の弁護人の記者会見から
「裁判中に何度も主張した通り、クロノス社は追加生産の個数を抑えて常に『サイバー・ブルー』が品薄状態になるよう操作し、自社製品の希少価値を増して消費者の購買欲を過熱させました…(中略)…もちろん、ゲームを手に入れるために殺人という手段を選んだ少年の行為が正当化されるものではありませんが、本件の背景には、大人の利己的な利益追求が存在することに世間の皆様は是非目を向けて頂きたく、また企業の社会責任というものも厳しく問い直される必要があると考えます」

 株式会社クロノス代表取締役KX2014の記者会見より
―本件裁判では、御社の社会責任がかなり問題になりましたが、御社が『サイバー・ブルー』の生産台数を故意に抑えて需要を過熱させたという事実はあるのでしょうか?」
「弁護士の先生もお仕事なので仕方ないんでしょうが、依頼者の罪を軽くするために、社会に責任転嫁していると思いますね。弊社はもちろん、お客様のニーズに最大限お応えするよう努力しておりますが、物理的な限界というのはどうしてもあるわけでして。なかなか需要に見合う供給が実現されていないことは申し訳ないと感じております」
―品薄状態を維持するために生産台数を限定したという事実があるかとお訊きしているのですが」
「各工場の生産能力や輸送体制などを考慮して適切な生産計画を立てることは、弊社に限らず、どの企業も当然やっていることと考えます」
―需要に見合う供給が可能なのに、あえて生産台数を抑えたということはないのですか?」
「どの工場も『サイバー・ブルー』のみを作っているわけではないということは、ご理解頂きたいですね。他にもニーズのある製品はいくつもありますし、『サイバー・ブルー』だけをしゃかりきに生産していないからといって、市場操作だとかいわれるのは、ちょっと…申し訳ありませんが、質問が堂々巡りになっているようなので、他の方と交代して頂けますか? はい、2列目の右から3番目の方…」

 河川敷には今日も子供達がサッカーボールを持って集まり、二手に分かれてゲームを始めた。
少し離れた堤防の麓で、カムイは一人ボールと格闘していた。
親友のミアイルは、すっかりチームの中心になって走り回っている。カムイも一度ゲームに入ったことがあるが、足が自由に動かないため、皆の動きに全くついていけなかった。
そのため、カムイはいったん皆と離れてトラップとパスの個人練習をすることになった。これが形になれば、またゲームに加われる。
ボールを受け止めて足元に落とし、そこから素早く狙った場所に蹴る。カムイは汗だくになって練習を繰り返した。麻痺の残る左足が体重を支えてくれないので、何度も草の上に倒れた。
何度目かに蹴ったボールが川の方へ飛んでいったので、カムイは足を引きずりながら慌てて追いかけた。幸い、ボールは川岸のはるか手前の草むらにとどまっていた。ボールの側には一人の男が立っていた。お医者さんかな?、と思ったのは、白衣のようなスプリングコートのせいだ。
男はボールを拾い上げてカムイに手渡しながら、
「ぼうやはあの子達の仲間じゃないのかい?」
と、ゲームに興じている子供達の方へ顎をしゃくった。
「みんな、ぼくの友達だよ。ぼくは足が悪くて下手くそだから、一人で練習してるの」
「ひどい奴らだなあ。仲間はずれかい?」
カムイはそうは思っていなかった。ミアイルは、ハーフタイムになるとカムイの練習を見に来てくれるし、カムイが懸命に練習するので、他の子供達も色々教えてくれるようになった。
カムイがそういうことを説明しようとすると、男は遮るように手を振って、足元の黒いカバンからヘルメットのようなヘッドセットと小型の操作パネルを取り出した。男の足元には、ラジコン飛行機がいくつも転がっている。
「ぼうやは、サッカー選手では誰が好きなんだい?」
「アンドレアス」 カムイは答えた。エスペランサ・エスペラントのMFで、カムイとミアイルのいる児童福祉施設『安楽園』を訪問してくれたこともある。
「アンドレアスか。みんなそう言うな。ぼくはエキスバルの方が好きだけど、まあいいや」
男はカムイにヘッドセットを被らせると、操作パネルの上で手をひらめかせた。
途端に、カムイの周囲が一変した。
川面を渡るひんやりと湿った風が、熱く乾いた埃っぽいものに変わり、足元の草も短く刈り込まれた芝生になった。カムイはサッカーのユニフォームを着て芝生の上に立っており、目の前には違うユニフォームの選手達が壁を作っている。
あまりにも大勢の人が口々に叫び合うので、全体がうわぁーんという唸りになっていた。
「さあ、フリーキックだ。やってごらん。仲間は皆きみを信頼しているし、観客は全員きみに注目してる」
男の声がヘッドセットに響いた。不思議に、足の悪いことは気にならなかった。緊張はしているが、胸には自信と闘志が満ちている。カムイはボールの弾道を思い描くと、そのために最適の場所を最適のスピードと強さで蹴った。ボールは信じられないようなカーブを描いてゴールネットを揺らした。
「ふみゅー」
カムイは感嘆の声を上げた。まるで、アンドレアスの黄金の右足だ。
男が再び操作パネルに触れる気配がして、カムイは一瞬のうちに草ぼうぼうの河原に引き戻された。
「どうだい? いい気持ちだっただろう」  カムイは頷いた。
「そんな汗びっしょりになって練習して、あんな下手くそなチームに入るより、そのゲームをしている方がよっぽど面白いと思わないかい?」
カムイは小首を傾げた。
「でも、ゲームは本当じゃないもの」
「本当じゃないって?」 男は大袈裟に目を見開いた。
「今、ゲームの中で試合に出ていた感じを思い出してごらん。本当のような気がしなかったかい?」
「それは、したけど…」 ピッチの感触も、ボールが足のどの部分にあたったかも、まだちゃんと覚えている。ゴールキーパーの必死の形相もありありと目に浮かんだ。
「そこまでリアルだったら、それは『本当』といっていいんじゃないかな。きみの考えている『本当』は『現実』というやつだ。それも一つの『本当』だが、『本当』は一つだけじゃない。この電脳空間の中にはもう一つの『本当』があるんだよ」
「ふみゅー」 カムイはわからなくなって、また首を傾げた。
「現実なんか上手くいかないことだらけだ。ぼうやみたいにハンデを背負ってたら、よけいだろう。なに、別に足が悪くなくたって、現実なんてつまらないもんさ。だが、そのゲームの中では、きみは望み通りの自分になれる。サッカーをやればアンドレアスのようにプレイできるし、カッコイイ正義のヒーローにだってなれるんだよ」
「ウルフみたいな?」 カムイは思わず言った。
「ウルフ?」
「ぼくの友達。シティ警察にいるの」
「ああ、知り合いの人が警察官なのか。きみが憧れるところを見ると、ロードマスターかシルフィードに乗っているのかな?」
「シルフィードには前乗ってたけど、ガリルを吸って乗れなくなったから、今はバックアップセクションにいるんだよ」
カムイが言うと、男は思い当たったというように大きく手を打った。
「ああ、あのウルフか。堕ちたイカロスだな」
「それ、なあに?」
「ウルフって、あいつだろう? 元救助セクションのエースだったけど、毒ガステロで肺を痛めたっていう。今は翼を失って、バックアップセクションなんかにいるのか」
カムイは男の言葉に含まれる悪意を感じ取って不快になった。カムイがウルフと知り合ったのは、ウルフがバックアップセクションに移ってからだが、彼はカムイの英雄だった。マフィアに命を狙われた自分を守ってくれた。
「ウルフはおちたイカなんかじゃないよ。シルフィードに乗ってなくたって、強くてやさしくてカッコイイよ!」
「ああ、こりゃ悪かったな」
別段悪いと思っている様子でもなく、男は言った。
「このゲームには、シルフィードやロードマスターなんかより、もっとすごいマシンが出てくるんだよ。きみは、それをみんな自由に操ることができる。どうだい? このゲーム、ほしくないかい? おじさん、きみにならあげてもいいと思ってるんだけどな」
カムイは首を振った。わけもなく物を貰ってはいけないと、シスター・シシィに言い聞かされている。
「ぼうやはよく躾られてるんだな。だが、黙ってればわからないよ。この操作パネルはポケットに入る大きさだし、ヘッドセットだって、ほら。折りたためばこんなに小さくなる。これなら持ってたって誰にもわからないだろう?」
「でも、内緒にしなきゃいけないのは、悪いことだからでしょう?」
「違うよ。周りの人間に何もかも話さなきゃならないなんてことはないんだ。まして、話してもわからない相手になら、言うだけ時間の無駄だからね」
「ぼく、やっぱりいい」
カムイは、一歩後じさった。目の前の男が気味悪くなってきた。
男の方もカムイの態度に感情を害したようだ。
「そうかい」と呟くと、魔法のような手早さで、ゲームセットもラジコン飛行機もカバンの中にしまいこんだ。
「このゲームはね、みんなが血眼になってほしがってるすごいゲームなんだ。こいつを手に入れるためならどんなに高いお金を払ってもかまわないという人が大勢いるんだよ。ぼうやは足が悪くて可哀想だからただであげようかと思ったんだが、そんなかわいげのない態度を取るんなら、もういいよ。思い通りにならない現実の中でもがくだけの一生を送るんだな!」
そう言い捨てると、男は丈の高い草の中をずんずん歩き去った。カムイはひどく不愉快な気分でその場に取り残された。

(続く)