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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

パイロットになりたくて(1)

2007-04-20 16:52:52 | Angel ☆ knight
   

 「究極のヴァーチャル・リアリティ。ついに仮想空間は現実を超えた

ゲーム会社「クロノス」が、画期的なインターフェイスを開発して作り出したゲームソフト、『サイバー・ブルー』は、宣伝の巧さもあって、発売前から話題の的だった。
予約受付開始と同時に注文が殺到し、発売日当日はどの店舗も開店前から長蛇の列ができた。午後にはほとんどの店に「完売」の札がかかり、その後、何度か行われた追加生産によっても需要は満たされなかった。ネット・オークションで『サイバー・ブルー』に目の玉が飛び出るような高値がつけられたと聞いても、驚く者はいなかった。
ついには、14歳の少年が友人を殺して『サイバー・ブルー』のゲームソフトと専用機を奪うという事件が起こった。少年はエスペラント・シティ警察の少年課に逮捕され、家庭裁判所の少年審判ではなく、刑事少年法廷に起訴された。

 少年の弁護人の記者会見から
「裁判中に何度も主張した通り、クロノス社は追加生産の個数を抑えて常に『サイバー・ブルー』が品薄状態になるよう操作し、自社製品の希少価値を増して消費者の購買欲を過熱させました…(中略)…もちろん、ゲームを手に入れるために殺人という手段を選んだ少年の行為が正当化されるものではありませんが、本件の背景には、大人の利己的な利益追求が存在することに世間の皆様は是非目を向けて頂きたく、また企業の社会責任というものも厳しく問い直される必要があると考えます」

 株式会社クロノス代表取締役KX2014の記者会見より
―本件裁判では、御社の社会責任がかなり問題になりましたが、御社が『サイバー・ブルー』の生産台数を故意に抑えて需要を過熱させたという事実はあるのでしょうか?」
「弁護士の先生もお仕事なので仕方ないんでしょうが、依頼者の罪を軽くするために、社会に責任転嫁していると思いますね。弊社はもちろん、お客様のニーズに最大限お応えするよう努力しておりますが、物理的な限界というのはどうしてもあるわけでして。なかなか需要に見合う供給が実現されていないことは申し訳ないと感じております」
―品薄状態を維持するために生産台数を限定したという事実があるかとお訊きしているのですが」
「各工場の生産能力や輸送体制などを考慮して適切な生産計画を立てることは、弊社に限らず、どの企業も当然やっていることと考えます」
―需要に見合う供給が可能なのに、あえて生産台数を抑えたということはないのですか?」
「どの工場も『サイバー・ブルー』のみを作っているわけではないということは、ご理解頂きたいですね。他にもニーズのある製品はいくつもありますし、『サイバー・ブルー』だけをしゃかりきに生産していないからといって、市場操作だとかいわれるのは、ちょっと…申し訳ありませんが、質問が堂々巡りになっているようなので、他の方と交代して頂けますか? はい、2列目の右から3番目の方…」

 河川敷には今日も子供達がサッカーボールを持って集まり、二手に分かれてゲームを始めた。
少し離れた堤防の麓で、カムイは一人ボールと格闘していた。
親友のミアイルは、すっかりチームの中心になって走り回っている。カムイも一度ゲームに入ったことがあるが、足が自由に動かないため、皆の動きに全くついていけなかった。
そのため、カムイはいったん皆と離れてトラップとパスの個人練習をすることになった。これが形になれば、またゲームに加われる。
ボールを受け止めて足元に落とし、そこから素早く狙った場所に蹴る。カムイは汗だくになって練習を繰り返した。麻痺の残る左足が体重を支えてくれないので、何度も草の上に倒れた。
何度目かに蹴ったボールが川の方へ飛んでいったので、カムイは足を引きずりながら慌てて追いかけた。幸い、ボールは川岸のはるか手前の草むらにとどまっていた。ボールの側には一人の男が立っていた。お医者さんかな?、と思ったのは、白衣のようなスプリングコートのせいだ。
男はボールを拾い上げてカムイに手渡しながら、
「ぼうやはあの子達の仲間じゃないのかい?」
と、ゲームに興じている子供達の方へ顎をしゃくった。
「みんな、ぼくの友達だよ。ぼくは足が悪くて下手くそだから、一人で練習してるの」
「ひどい奴らだなあ。仲間はずれかい?」
カムイはそうは思っていなかった。ミアイルは、ハーフタイムになるとカムイの練習を見に来てくれるし、カムイが懸命に練習するので、他の子供達も色々教えてくれるようになった。
カムイがそういうことを説明しようとすると、男は遮るように手を振って、足元の黒いカバンからヘルメットのようなヘッドセットと小型の操作パネルを取り出した。男の足元には、ラジコン飛行機がいくつも転がっている。
「ぼうやは、サッカー選手では誰が好きなんだい?」
「アンドレアス」 カムイは答えた。エスペランサ・エスペラントのMFで、カムイとミアイルのいる児童福祉施設『安楽園』を訪問してくれたこともある。
「アンドレアスか。みんなそう言うな。ぼくはエキスバルの方が好きだけど、まあいいや」
男はカムイにヘッドセットを被らせると、操作パネルの上で手をひらめかせた。
途端に、カムイの周囲が一変した。
川面を渡るひんやりと湿った風が、熱く乾いた埃っぽいものに変わり、足元の草も短く刈り込まれた芝生になった。カムイはサッカーのユニフォームを着て芝生の上に立っており、目の前には違うユニフォームの選手達が壁を作っている。
あまりにも大勢の人が口々に叫び合うので、全体がうわぁーんという唸りになっていた。
「さあ、フリーキックだ。やってごらん。仲間は皆きみを信頼しているし、観客は全員きみに注目してる」
男の声がヘッドセットに響いた。不思議に、足の悪いことは気にならなかった。緊張はしているが、胸には自信と闘志が満ちている。カムイはボールの弾道を思い描くと、そのために最適の場所を最適のスピードと強さで蹴った。ボールは信じられないようなカーブを描いてゴールネットを揺らした。
「ふみゅー」
カムイは感嘆の声を上げた。まるで、アンドレアスの黄金の右足だ。
男が再び操作パネルに触れる気配がして、カムイは一瞬のうちに草ぼうぼうの河原に引き戻された。
「どうだい? いい気持ちだっただろう」  カムイは頷いた。
「そんな汗びっしょりになって練習して、あんな下手くそなチームに入るより、そのゲームをしている方がよっぽど面白いと思わないかい?」
カムイは小首を傾げた。
「でも、ゲームは本当じゃないもの」
「本当じゃないって?」 男は大袈裟に目を見開いた。
「今、ゲームの中で試合に出ていた感じを思い出してごらん。本当のような気がしなかったかい?」
「それは、したけど…」 ピッチの感触も、ボールが足のどの部分にあたったかも、まだちゃんと覚えている。ゴールキーパーの必死の形相もありありと目に浮かんだ。
「そこまでリアルだったら、それは『本当』といっていいんじゃないかな。きみの考えている『本当』は『現実』というやつだ。それも一つの『本当』だが、『本当』は一つだけじゃない。この電脳空間の中にはもう一つの『本当』があるんだよ」
「ふみゅー」 カムイはわからなくなって、また首を傾げた。
「現実なんか上手くいかないことだらけだ。ぼうやみたいにハンデを背負ってたら、よけいだろう。なに、別に足が悪くなくたって、現実なんてつまらないもんさ。だが、そのゲームの中では、きみは望み通りの自分になれる。サッカーをやればアンドレアスのようにプレイできるし、カッコイイ正義のヒーローにだってなれるんだよ」
「ウルフみたいな?」 カムイは思わず言った。
「ウルフ?」
「ぼくの友達。シティ警察にいるの」
「ああ、知り合いの人が警察官なのか。きみが憧れるところを見ると、ロードマスターかシルフィードに乗っているのかな?」
「シルフィードには前乗ってたけど、ガリルを吸って乗れなくなったから、今はバックアップセクションにいるんだよ」
カムイが言うと、男は思い当たったというように大きく手を打った。
「ああ、あのウルフか。堕ちたイカロスだな」
「それ、なあに?」
「ウルフって、あいつだろう? 元救助セクションのエースだったけど、毒ガステロで肺を痛めたっていう。今は翼を失って、バックアップセクションなんかにいるのか」
カムイは男の言葉に含まれる悪意を感じ取って不快になった。カムイがウルフと知り合ったのは、ウルフがバックアップセクションに移ってからだが、彼はカムイの英雄だった。マフィアに命を狙われた自分を守ってくれた。
「ウルフはおちたイカなんかじゃないよ。シルフィードに乗ってなくたって、強くてやさしくてカッコイイよ!」
「ああ、こりゃ悪かったな」
別段悪いと思っている様子でもなく、男は言った。
「このゲームには、シルフィードやロードマスターなんかより、もっとすごいマシンが出てくるんだよ。きみは、それをみんな自由に操ることができる。どうだい? このゲーム、ほしくないかい? おじさん、きみにならあげてもいいと思ってるんだけどな」
カムイは首を振った。わけもなく物を貰ってはいけないと、シスター・シシィに言い聞かされている。
「ぼうやはよく躾られてるんだな。だが、黙ってればわからないよ。この操作パネルはポケットに入る大きさだし、ヘッドセットだって、ほら。折りたためばこんなに小さくなる。これなら持ってたって誰にもわからないだろう?」
「でも、内緒にしなきゃいけないのは、悪いことだからでしょう?」
「違うよ。周りの人間に何もかも話さなきゃならないなんてことはないんだ。まして、話してもわからない相手になら、言うだけ時間の無駄だからね」
「ぼく、やっぱりいい」
カムイは、一歩後じさった。目の前の男が気味悪くなってきた。
男の方もカムイの態度に感情を害したようだ。
「そうかい」と呟くと、魔法のような手早さで、ゲームセットもラジコン飛行機もカバンの中にしまいこんだ。
「このゲームはね、みんなが血眼になってほしがってるすごいゲームなんだ。こいつを手に入れるためならどんなに高いお金を払ってもかまわないという人が大勢いるんだよ。ぼうやは足が悪くて可哀想だからただであげようかと思ったんだが、そんなかわいげのない態度を取るんなら、もういいよ。思い通りにならない現実の中でもがくだけの一生を送るんだな!」
そう言い捨てると、男は丈の高い草の中をずんずん歩き去った。カムイはひどく不愉快な気分でその場に取り残された。

(続く)