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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(5)

2007-04-02 15:41:58 | Angel ☆ knight

「初めまして。強行犯課のヴァレリーです。春なのにとんでもな事件が起こってやれやれです」
 本部長車が環状道路のカーブにさしかかった時、車の左側をガードしていたロードマスターが突然幅寄せしてきた。
誰もが一瞬、事態を把握できず唖然としている間に、ライダーはビームサーベルを抜き放って、強化ガラス越しにビームを突き刺した。スターリングをかばった二人のSPの肩を、オレンジのビームが貫いて行く。
ロードマスターに乗った対テロセクションの隊員が応戦するより早く、『銀の騎士』は本部長車のタイヤをビームサーベルでバーストさせた。ハンドルをとられ、コントロールを失った本部長車は、まるでビリヤードのように三台のロードマスターをはじき飛ばしながらスピンした。
『銀の騎士』は車体をスライドさせて本部長車から逃れると、一目散に現場から走り去った。

一番近いインターに辿り着くよりも早く後方に迫る気配に、『銀の騎士』は信じられない思いでミラーを見た。本部長車にはねとばされた隊員達は側壁や分離帯に叩きつけられてかなりのダメージを負ったはずだ。すぐに体勢を立て直して追ってこれる者がいるとは思えなかった。
「『銀の騎士』、とまりなさい」と呼びかけながら並びかけてきたのは、何と、スターリング本部長だった。乗り手を失ったロードマスターに飛び乗り、昔取った杵柄で追跡してきたようだ。
『銀の騎士』がビームサーベルでスターリングを薙ぎ払おうとすると、スターリングもビームサーベルを抜いて応戦した。二人はロードマスターに跨ったまま、中世の騎士のようにレーザービームの刃で切り結んだ。ビームがぶつかり合う度に、ルビー色の干渉派が空中にモアレ模様を描く。
ここでがっぷり四つに組むわけにはいかない、『銀の騎士』は思った。時が経てば経つほど不利になるのは自分だ。応援が到着すればひとたまりもない。ルビー色のビームで、『銀の騎士』はしきりにスターリングの右膝を狙った。一刻も早く片付けなければ。

上背のある『銀の騎士』が振り下ろしてくる刃を、スターリングは懸命に受け止めた。劉水央という容疑者は身長170㎝と聞いていたが、眼前の相手は明らかに180㎝以上ある。
全身が汗に濡れ、ビームサーベルを持つ手が滑りそうだった。管理職になってからもトレーニングは欠かしていないが、実戦からは遠ざかっている。早くも息が上がってきた。
(エル、ランス、早く来てくれ…っ!)
スターリングもそうだが、『銀の騎士』もビームサーベルの戦闘には習熟していないようだ。時折見せる隙につけこみたかったが、右膝がもはや焼けつくようで、ロードマスターを上手く操れなかった。『銀の騎士』はそれを見透かしたように、しきりに回り込んでくる。激痛に耐えながらタンクを膝で締めるが、次第に力が入らなくなってきた。
不意に、『銀の騎士』がビームをルビーからオレンジに切り替えた。出力は下がるがその分射程がのびて、ビームの先がスターリングの右膝に突き刺さった。
それで十分だった。スターリングはバランスを崩してロードマスターから転がり落ちた。
『銀の騎士』は素早く反転して走り去る。
起き上がろうとしたスターリングは、閃光のような痛みにまた路上に突っ伏した。
背後からロードマスターのエンジン音が近づいてくる。
「本部長!」と呼びかけてくるエルシードに、スターリングは顔を上げて叫び返した。
「おれのことはいい! 奴を追え!」
エルシードとランスロットは彼の脇を走り抜けた。雨の滴がぽつりと路上に横たわったスターリングの手に落ちた。

 「今度はコロシかよ。何てこった…」
遺体を確認した対テロセクションの隊員が、手のひらで目を覆って呻いた。
殺害されたのは、今夜ロードマスターでスターリングを護衛するはずだったゲイツ隊員だ。首筋にスタンガンを押しつけられて動きを封じられ、首の骨を折られたようだ。死体はヘルメットとユニフォームをはぎ取られて、男性用トイレの個室に放り込まれていた。
「どうやら、『銀の騎士』は、出動前の点呼とブリーフィングの直後に、ゲイツを殺して入れ替わったようだな。そして、環状道路で本部長を襲った」
「しかし、奴はどうやってこんなところまで入り込んできたんだ。いや、そもそも、本部長が市長のパーティーに出席することや、ゲイツが護衛の一人であることを、どうやって知ったんだ?」
現場に集まった捜査員達が口々に言った。
ガードをつけられた四人の外出予定は、現在全て部外秘になっている。警備体制も出発の直前まで明かされない。パーティーの出席者だけなら主催者側から洩れたとも考えられるが、ゲイツが今夜の護衛メンバーであることや出動までの手順は、内部の人間でなければ知り得ないはずだ。
―内通者。
誰も口にしたくない言葉が、汚臭のように現場に立ちのぼった。

 ギリギリと膝を締めつけてくる痛みに耐えながら、スターリングは記者会見に臨んだ。
『銀の騎士』を取り逃がしたというので、会場の雰囲気は険悪だった。辛口コラムで有名な記者が先陣を切って質問を開始した。『銀の騎士』は、いつどうやって対テロセクションの隊員と入れ替わったのか? 襲撃が開始されるまで、ライダーが入れ替わっていることに、誰もまったく気づかなかったのか?
記者達は既にゲイツ隊員が殺害されたことを嗅ぎつけていたが、強行犯課課長のヴァレリーが公式説明を行うと、改めてどよめきが起こった。スターリングも思わず唇を噛みしめる。本部に戻って、ゲイツ殺害の報告を受けた時の衝撃。
護衛隊長はさらに打ちのめされていた。いくらヘルメットを被ってキャノピーを閉じればライダーの顔などわからないといっても、違和感すら感じなかった自分が信じられないと、痛々しく腫れ上がった顔面をひきつらせた。
(おれだって、違和感なんか感じなかった)
スターリングは思った。奴は、対テロセクションの動きと呼吸を完全に身につけていた。それは、『銀の騎士』が実際に対テロセクションに所属していた人間であることを示していた。
「襲撃を受けた後、本部長ご自身がロードマスターで『銀の騎士』を追跡されていますが、その判断は適切だったのでしょうか?」
質問者がインディア系の女性記者に変わった。
「あの状況ではやむをえませんでした」
スターリングは答えた。スピンした本部長車にはじきとばされて、ロードマスターの乗員は皆、頭や体を強打していた。病院でいまだに意識不明の者もいる。自分がロードマスターで『銀の騎士』を追い、応援が着くまで何とかその足を止める。それが最適だと思われた。
いや、本当にそうだったろうか。
あの時、数年ぶりにロードマスターのコックピットに座った自分が感じたのは、再びこのマシンを駆れるという喜びではなかったか。記憶よりも深く体に刻み込まれたテクニックで環状道路を疾走し、『銀の騎士』に追い迫った時、おれはまだこいつに乗れるんだという歓喜がわきあがってはこなかったか。緊急事態にかこつけて、ロードマスターに乗りたいという願望を満たしただけではなかったのか。
「あなたから襲撃を引き継いだ隊員は、『銀の騎士』が環状道路の側壁を乗り越えてダイビングしたのを見て追跡を中止しましたが、その判断は妥当でしたか?」
「あの高さから飛び降りたのではまず無事に着地できません。下の人間に連絡して任せるのが妥当です」
「隊員の一人は高所恐怖症だということですが…?」
そんなことまで調べているのか。
―御社にも、高所恐怖症だが立派に記者を務めている人が何人もいるんじゃないですか!
スターリングは大声でわめきそうになるのを懸命に堪えた。膝の痛みが自制心を奪い去ろうとする。痛みは、まるでそこに心臓があるかのように大きく脈打っていた。
「その後の捜索で、損傷したロードマスターが落下地点の近くで発見されました。ロードマスターには血痕が付着しており、『銀の騎士』はダイビングの際負傷したものとみられます。現在、市内の全ての医療機関に緊急手配をしています」
「だが、まだ『銀の騎士』は発見できていない?」
「鋭意捜索中です」
スターリングはいつのまにか汗まみれになっていた。『銀の騎士』と環状道路でドッグファイトをしていた時のようだ。長官はその隣で、われ関せずという顔で沈黙している。
几帳面そうな眼鏡の記者が細かな点を確認した。
「本部長を襲撃する際に使われたロードマスターと、ジョーイ巡査が奪われたロードマスターは別の車両なのですか?」
「そうです」
「最初に奪われたロードマスターは発見されたのでしょうか?」
「いいえ。ロードマスターの隠蔽及び改造に使用された工場跡はつきとめましたが、ロードマスターは持ち去られた後でした」
「それは、捜査情報が事前に『銀の騎士』に洩れていたからですか?」
長官が不意に立ち上がって、口を開いた。
「もう時間だ。会見は終了」と言って、すたすたと歩き出す。
記者達の怒号に追い立てられるようにして、スターリングも会場からよろめき出た。

 本部オペセンには、チーフ・オペレーターのミリアムしかいなかった。
「オリビエ、もう帰ったの?」 ランスロットが戸口から声をかけると、彼女はキーボードを打つ手は休めず、顔だけをこちらに向けた。
「彼は今日は早番だったから、本部長がパーティーに出発される前に上がりだったわよ。彼に何か用?」
ランスロットは部屋へ歩み入り、
「どっちかっていうと、本部長に話があるんだけど、いらっしゃる?」
と本部長室の方へ指を向けた。スターリングが本部長に就任してから、部屋は開放的な構造に改造され、オペセンとはパーティーションで仕切られているのみだ。
「本部長は医務局よ。記者会見の後、軽い貧血を起こされて、発熱もしていたみたいだったから、ドクター・ホーネットが無理矢理ベッドに縛り付けているわ」
「その方がいいだろうね」
ランスロットもモニターで記者会見を見ていた。画面に映ったスターリングは無惨に憔悴していた。傷の痛みもあるのか、何度も苛立たしげに顔を歪める。いつも穏やかな彼のそんな表情を見たのは初めてだった。
ミリアムも会見を見ていたらしく、憤懣やるかたないという口調で言った。
「あの長官の態度、何? 自分は関係ありませんて顔して、受け答えは全部本部長に押しつけて」
「都合の悪いことを訊かれた途端に切り上げちゃうところも、さすがだったね」
その言葉に、ミリアムもくすっと笑った。
「医務局へ行ってみる? 少しなら話ができるかもしれないわ」
「いや、もう出なきゃならないから」
ランスロットは腕時計を覗いて、オペセンを出た。これから、『銀の騎士』がダイビングを敢行した第3方面区の捜索に向かうのだ。3区はほとんどが住宅街だ。ごちゃごちゃと民家が密集しているダウンタウン、公務員の官舎が林立するアップタウン。その街並みに、『銀の騎士』はまたも杳としてかき消えてしまった。
廊下に出ると、いつのまにか強くなっていた雨の音が耳を打った。

 リュティシアは傘の柄を首ではさんで公設病院のドアに鍵をかけた。
スタッフが帰った後も一人でカルテの整理をしていて遅くなってしまった。
今日はやけにロードマスターの姿が多いと思ったら、8時のニュースで『銀の騎士』がゲイツ隊員を殺害してスターリングを襲撃した事件と、その後の記者会見が流れた。
事件の衝撃と、スターリングが無事だったことへの安堵がないまぜになり、憔悴しきったパートナーの様子が胸を刺した。
今からでもシティ警察本部へ行ってみよう。中に入れるかどうかわからないが、途中であの人の好きなハーブティーを買って…
背後に人の気配がした。振り返るより早く、リュティシアは手袋をした手に口と鼻をふさがれていた。

(続く)