BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(7)

2007-04-04 16:36:36 | Angel ☆ knight


 包囲網は、まず、考え得る全ての逃走経路に交通局が検問を張り、封鎖した。次いで、対テロセクションの隊員が少人数に分かれて目当ての建物に入り込み、部屋の周囲や廊下、階段、出入口を固めた。最後にロードマスター隊がひしひしと建物を取り囲む。ここまでくれば、『銀の騎士』も包囲に気づいているはずだ。もはや躊躇は無用。強行犯課の捜査官が銃を手に部屋に踏み込んだ。令状を手にした捜査官が、そこに記載された氏名と罪状を高らかに読み上げる。
「劉水央、オリビエ・マクリーン、強盗、傷害、殺人、強要、殺人未遂、公務執行妨害及び逮捕監禁罪の共同正犯で逮捕する!」
間接照明ばかりで薄暗い室内には、三人の人間がいた。ベッドに横たわったオリビエと、その脇に立つ水央、水央の腕の中で銃を突きつけられているリュティシア。
「人質を放しなさい。そんなことをしても逃げられないことは、きみたちにもわかっているでしょう」
スターリングが杖を片手にゆっくりと室内に入って行くと、水央の唇が持ち上がった。
「さすがに最愛のパートナーの一大事となると、知らん顔を決め込んじゃいられないようだな。まったく、あんたらお偉いさんは、ここまでしないと、おれたちの話を聞こうともしねえ」
「どこでわかりました? 本部長。環状道路でのドッグファイトの時ですか?」
オリビエの声は、水のように静かだった。どこか可笑しがっているような響きすらある。
「あの時はまだわかりませんでした。ただ、『銀の騎士』がわたしの右膝を狙ってきたことは引っ掛かっていた。わたしが以前対テロセクションにいたことぐらいは誰でも知っているでしょうが、負傷の部位まで正確に知っている者はそういない」
スターリングは言った。
「きみに目が向いたのは、リュティシアが拉致されたと聞いた時です。彼女が昨日16区の公設病院に行くことをわたしが話したのはきみだけです。もちろん、診療当番のスケジュールなんか、いくらでも調べられる。だが、きみは昨夜予期せぬ重傷を負った。医者の手が必要になって、きみはとっさにリュティシアのことを思い出したんじゃないですか?」
「ええ、その通りです。医療機関は全て手配されていて、どこにもかかることはできない。対テロセクションが引き上げた後の16区からドクターをさらってくるのが、一番手っ取り早かった」
「この人は、さすが、あんたのちぎれかけた足をつないだ外科医だ。オリビエの体からフロントフォークの破片をきれいに取り出してくれたよ」
「あれだけでは十分じゃないわ」 リュティシアが言った。
「折れたフォークが腸を傷つけて、ひどい出血だったでしょう? もしかしたら壊死している部分があるかもしれないわ。すぐに外科手術のできる病院に運ばなきゃだめよ」
建物の外には救急車が待機している。スターリングは救急隊員を呼ぶよう指示したが、オリビエは首を振った。
「先に話をさせて下さい。手術のどさくさに紛れてうやむやにされては困る」
「そんなことはしない。約束する」
「信用できません」
オリビエの声は、スターリングが初めて聞く響きを帯びていた。オリビエではなく、『銀の騎士』の声だとスターリングは思った。
『銀の騎士』はオリビエかもしれない―いったんそう考えると、あとは驚くほどするすると辻褄が合った。
『銀の騎士』が現れたのはいつも、オリビエが休みを取った日か退庁後の時間帯だった。スターリングがジュリアーニを呼び出したことも、本部長車の警備体制も、16区の工場跡が捜索されることも、オリビエなら知りうる立場にあった。内通者ではなく、現職の警察官が『銀の騎士』だったのだ。
救急隊員が担架を持って駆け込んできた。
「来るな」と、水央が銃をリュティシアに押しつける。
「だめよ。病院へ行って。スターリングは約束したことは守るわ」
その言葉に、水央は顔を歪めるようにして笑った。
「さすが、おしどりパートナーだ。泣かせるな。だが、おれたちは偉いさんてのがどんなものか、骨身に沁みて知ってるんだよ。もう馬鹿はみたくねえ」
水央に強く体を引き寄せられて、リュティシアは小さく声を上げた。杖を握るスターリングの手に力が籠もった。
「おれたちは、何度も何度も手を尽くし、言葉を尽くして訴えたんだ。視力要件を多少下回っても、適性は維持できる。それを証明してみせるからテストをしてくれとな。ロードマスターの仕様変更でライダーの負担は大幅に軽減された。要件そのものを見直したっていいぐらいだったんだ。だが、コマンダーも前の本部長もまるで聞く耳を持たなかった。コマンダーにいたっては、要件を見直すどころか、身長まで新たな条件に加えやがった。たしかに、接近戦になった時は、リーチのある奴が有利ってことはあるさ。だが、体が大きいとマシンに負担がかかるから、スピード勝負じゃかえって不利になる。テロリストが人質をとってビルに立てこもった時なんかは、通風口を通って侵入するが、それだって小柄な人間の方がやりやすいんだ。デカけりゃいいってもんじゃねえんだよ。なのに、あいつは自分と同じタイプの隊員しか評価しようとしねえ」
「だから、ロードマスターに乗ってわれわれを出し抜くことで証明しようとしたんですか? きみたちが現在ライセンスを持っている者と同等かそれ以上にロードマスターを操れることを」
「ああ、そうさ」 水央は言った。
「最初はおれ一人でやるつもりだった。だが、ロードマスターに乗れて、しかも改造まできる人間なんてそうはいないからな。あっという間におれだと見破られて、言いたいことの半分も言えないうちに捕まっちまうだろう」
「それで、きみたちはこのからくりを考えたんですね。『銀の騎士』は、きみたちの二人一役だった。そこに気づかなければ、内通者がいるように見えたり、10㎝の身長差に惑わされて混乱する。それでもきみが捜査線上に浮かび上がるのは避けられないでしょうが、オリビエは死角に入る」
「そうだよ。おれが逮捕されれば、オリビエにもう一度行動を起こして貰えばいい。そうすりゃ、あんたらは誤認逮捕したことになる」
水央はせせら笑った。
彼らの筋書きは次のようなものだったのだろう。
まず、オリビエが自分と背格好の似たジョーイを襲ってロードマスターを奪う。セキネの工場跡で外観を改造し、水央の体格に合わせてセッティングし直す。ジュリアーニを襲ったのは、水央の方だ。彼がスターリングに呼び出されたことをオリビエに知らされ、あの坂の途中で待ち受けた。ジュリアーニがまっすぐに帰宅すれば良し、性懲りもなく繁華街へ向かおうとするなら襲撃するつもりで。オリビエはジュリアーニの後をつけて、彼がどの道を選ぶかを水央に伝えたのだろう。
「暴走族の少年達に永遠子局長の車を襲わせたのもあなたですね」
水央は頷いた。オリビエが本部長車を襲う地点から一番遠い位置で永遠子の車を停めることで、エルシードやランスロットが応援にかけつけるのを遅らせようとしたのだ。おそらく、水央はセキネの工場跡を逃げ出してからずっと、オリビエのもとに匿われていたのだろう。大胆な話だが、公務員の官舎ならまず捜索の対象にはならない。
次はオリビエの番だが、彼にとっては、水央用にセッティングした改造ロードマスターは使いにくい。そこで、自分と体格の似通ったゲイツのマシンを改めて奪ったのだ。
「わたしには、あの殺人がどうしても解せなかった。きみたちは、ジョーイにもジュリアーニにも必要以上のダメージは与えなかったのに、なぜゲイツは殺さなければならなかったのか。あそこで彼と入れ替わろうとするなら、非常に手際よく短時間でやらなければならない。ゲイツに抵抗されれば即失敗でしょう。だから、きみは、同僚のオリビエとして彼に近づいた。そして、全く無警戒のゲイツにスタンガンを押し当て、体の自由を奪った。彼を生かしておけば、『銀の騎士』の正体がばれてしまう。だから、きみは彼を殺したんですね」
オリビエは、黙って頷いた。
「しかし、なぜあの時でなければならなかったんです? そこまでの無理をしなくてもアピールする機会は他にいくらでもあったでしょう」
「あなたに見てほしかったんですよ」 オリビエは言った。
「前任の本部長は、デスクワークしかしたことのない全くの官僚でした。でも、あなたは違う。対テロセクションでロードマスターに乗っていた人だ。あなたなら、ぼくがちゃんとロードマスターを操縦できることを理解してくれると思った。あなたが追いかけてきてくれた時は、胸の内で快哉を叫んだほどでしたよ」
スターリングは目を閉じた。オリビエを責める資格が自分にあるだろうか。自分もあの時、同じような気持ちだったのではないか。
「オリビエ。正直に言えば、わたしもあの時、ロードマスターに乗れて有頂天になっていました。だが、わたしの足はきみとの戦闘に耐えられなかった。ロードマスターは趣味や楽しみで乗る乗り物じゃない。警察の任務を遂行するためのものです。いいとこどりは許されない。ライセンスはちゃんと理由があって失ったのだと思い知らされました」
「おれは、あんたとは違う!」 水央が叫んだ。
「おれは、手も足もどこも痛めちゃいない。今でも完璧に対テロセクションの仕事ができる。現に、あんたらはおれ達に振り回されっぱなしだったじゃないか」
「そうかな?」
スターリングの背後で声がした。
「よう、オリビエ」と、ランスロットが、まるで遊びにでも来たような風情で姿を現した。

(続く)