秋も終わりの冷たい風の吹く日でした。
キョウシロウさんは道端に倒れている男の子を見つけました。
男の子は焼けこげたくまのぬいぐるみをしっかりと抱きしめ、自分も右手に火傷をしています。
キョウシロウさんは、男の子を病院へ連れて行きました。
男の子がぬいぐるみを離さないので、そのまま治療が行われました。
男の子は全身に赤い発疹ができており、火傷以外にも体のあちこちにあざがありました。栄養状態もあまりよくないようです。
その日は病院に泊まり、翌朝退院することになりました。
男の子の身元がわからないので、キョウシロウさんは自分の家に連れて帰りました。
キョウシロウさんはキョウコさんと一緒に暮らしています。
キョウコさんは男の子のために布団を敷いて待っていました。電気毛布でぬくぬくに暖まっています。
男の子はぽかぽかのお布団に寝かされました。
男の子が着ていた服のすそには「リョウマ」と刺繍がしてありました。リョウマくんという名前なのでしょう。
リョウマくんは暖かいお布団ですやすや眠っています。
ご飯時になって、リョウマくんは目を覚ましました。
ふすまがあいて、キョウシロウさんとキョウコさんがごはんを持ってきました。
野菜がいっぱい入ったおじやです。
キョウシロウさんがふうふう吹いて食べさせてくれました。
やさしい味のおじやです。野菜も柔らかく煮えています。
リョウマくんはおじやを全部食べました。
空になった食器がさげられる頃、ようやく言葉が追いついてきました。
(おいしい)
食事がすむと、お薬を飲みます。
キョウコさんが発疹に薬を塗ってくれました。
「汚い」とも「寄るな、ぞっとする」とも「あっちへ行け」とも言いません。
顔から始まって、首筋、腕、お腹、足。
ぬ~りぬりぬり ぬ~りぬりぬり ぬ~りぬりぬり 豚のしっぽ
おかしな歌詞ですが、語呂はあっています。
お薬を塗り終わると、キョウコさんは体がベタつかないようにベビーパウダーをはたいてくれました。パフパフパフパフ~
お薬が終わってまた横になると、リョウマくんのお腹は急にグルグルしてきました。あっと思う間もなく水のような便が飛び出して、寝間着もお布団も汚してしまいました。
あの人達がこれを見たらどうなるでしょう。
たたかれて、素裸にされて、表に放り出されてしまうのでしょうか。
リョウマくんは助けを求めるように、クマさんを抱きしめました。
異様な臭気とリョウマくんの押し殺した泣き声に気づいて、キョウシロウさんとキョウコさんがとんできました。
布団をはぐられて、リョウマくんは身をすくませました。
キョウコさんはリョウマくんをお風呂場へ連れて行きました。
冷たい水を浴びせられるのでしょうか。湯船に無理矢理顔をつけられるのでしょうか。その方が外へ出されるよりもいやです。
キョウコさんはどちらもしませんでした。
シャワーを出して自分の手首に当て、温度を確かめると、リョウマくんの足にそっとお湯をかけました。
「熱くない?」
キョウコさんは少しずつシャワーを持ち上げて、リョウマくんの足とお尻を洗いました。
あたたかいお湯が汚れをきれいに洗い流していきます。
リョウマくんは、水のような便を出すようになってから紙オムツをつけられていました。あまりこまめにとりかえて貰えなかったので、おしりが赤くかぶれています。
キョウコさんはさっきの薬をお尻に塗り込んで、ベビーパウダーをパフパフしてくれました。
そして、清潔な綿のパンツと新しい寝間着に着かえさせました。
柔らかいフリースの寝間着です。ふわふわの肌触りに、リョウマくんは思わず袖に鼻をすりつけました。
キョウシロウさんは、その間に布団を敷き直していました。
電気毛布が汚れてしまったので、小さなコタツが入っています。
リョウマくんはまた暖かい布団に横になりました。
(あったかい)
(きもちいい)
リョウマくんはこれまでとても寒い所にいました。
北風や冷たい雪つぶてのような出来事ばかりがありました。
リョウマくんは寒くて、痛くて、心をカチカチに凍りつかせました。
もうこれ以上、痛みをかんじないように。
もう何も感じないように。
このおうちはぽかぽかと暖かです。
おじやはとてもおいしかったです。
ふくふくの寝間着が気持ちいいです。
こんな感じは久しぶりでした。
こんな感じがあることすら忘れていました。
でも、たしかに知っている感じです。
ずっと前に感じたことがあります―
つづきは、またそのうち