BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

パイロットになりたくて(7)

2007-04-27 18:23:45 | Angel ☆ knight


 シルフィードには戦闘機のように、ロックオンされたことをパイロットに知らせる警報システムはない。レーダーディスプレイの表示と自分の勘だけをたよりに、エースは懸命に照準をかわした。一発たりとも撃たせてはならない。
―どうだね。自分達が不適格とみなした人間に追い回される気分は。マン―マシン・インターフェースを工夫してやれば、ずぶの素人でもここまで操縦できるんだ。これでもまだ、大勢の人間をふるい落とす試験や訓練が必要だと言い張るかい?」
天海の嘲笑が響いた。
―こいつは、ライオネスのハードとおれのソフトが生み出した、夢と現実を結ぶインターフェースだ。これさえあれば、誰でもなりたいものになれる。望み通りの人生を送れる」
「なら、なぜ、あなたはその機のコックピットに座らないんですか? さっきから聞いていると、あなたもパイロットになりたかったようですが」
エースは言った。
「彼女に訊いてもいいですか? 本当に今、パイロットになれたと満足しているかどうかを」

エースの言葉が、厚ぼったい雲のような膜を通して、少しずつ美影の脳髄に浸透してきた。
美影。残酷な言い方かもしれないが、きみが自分の夢だと思っていたものは、イファンの借り物にすぎなかったということはないだろうか。
本当にやりたいことなら、何度失敗して打ちのめされても、気づいたらまた性懲りもなくトライしているものだ。自分は有利な条件を備えていないとか、合格の可能性が低そうだとか、頭が色々考えても、身体の奥底から湧き上がってくるものがある。何に阻まれても、どんなに回り道をしてもやらずにはおれない。自分でも止められない情熱(パッション)に突き動かされる。
人生は憧れの職業に就いたからずっと幸せなんて、簡単なものじゃない。大変なのはむしろ、それからだ。だから、プロとしての責任を全うできるだけのものがあるか、夢の段階で試されることがある。難しい試験や厳しい訓練は、自分自身をみきわめるためにあるんだ。
パイロットは、ただ手足を動かして飛行機を動かせばいいわけじゃない。いったん飛び立ったら、どんな不測の事態に見舞われても、必ず無事に着陸しなければならない。その覚悟がない人間は、パイロットにならない方が幸せだ。
美影、きみはどうだろう。答えはきみの中にある。きみだけが知っている。きみにしかわからない…
―ルーク、いつまでこんな話を聞いているんだ。さっさとそいつを撃墜しろ!」
天海のひびわれた声が割って入った。

エースは、思わず強ばりそうになる身体を、深呼吸してリラックスさせた。背をシートにつけ、視野を広くとって、攻撃に備える。
だが、アロー機は発砲しなかった。
―あんたなら、どうした?」
美影の声だが、話しているのは美影ではない。これが「ルーク」か?
―飛んでいる最中に、落雷で計器も無線もおしゃかになった。濃霧が出てきて目視もきかない。目をつぶって飛んでいるようなものだ。あんたなら、そんな時、どうする?」
エースのやることは、今と同じだ。深呼吸をして気持ちを落ち着け、姿勢を正して全体を見渡す。
「視界がきかないなら、音や気流の状態を感じ取り、とりあえず何かにぶつからずに飛ぶことだけを考える。ジェット機のスピードなら、そう長くかからずに濃霧から抜け出せるはずだ」
―そうは言っても、いざとなったらおっかないもんだぜ。今にも目の前に山が現れるんじゃないか。自分が思っているよりずっと高度が落ちていて、地面に激突しそうになっているんじゃないか。おれは、その恐怖に耐えられなかった。射出シートで脱出したら、機体が落ちたのがちょうど民家の上だった。おれは、自分の運の悪さを呪ったよ。だが、あんたに言わせれば、それは運なんかじゃなく、おれの頑張りが足りなかっただけなんだろうな」
ルーク。そうだったのか。あの墜落事故を起こしたパイロットの名前だ。ルーク・レイバーマン。
―あの頃のおれは、そんな風に考えられなかった。除隊になって腐っていたら、もう一度パイロットにしてやると誘われた。新型機の開発テストだといって、毎日毎日、朝から晩まで頭に電極をつけてシミュレーターを操縦させられたよ。操縦中に脳のどの部分にどんな信号が走るのか、やつらは克明にトレースしていたな。その作業がようやく終わった日に、豪勢な食事をふるまわれた。次に気づいた時は、コックピットで素人の手取り足取り操縦してたってわけさ」
「あなたは…テロリストに殺されたんですか?」
―どうも、そうらしいな。ここにあるのはおれの意識のコピーだ。人間の脳の働きは複雑だから、奴らも操縦に必要な回路だけを取り出すことはできなかったんだろう。おれの意思や記憶も、ある程度くっついてきちまった」
「ルーク。救助セクションの滑走路に着陸して下さい。あなただって、テロリストの手先になんかなりたくないはずだ。あの時途中で終わってしまったフライトを、きちんとランディングでしめくくって下さい」
―ここにコピーされてるのは、フライトに関連する意識だけだ。良心だの、正義だのは、おれの肉体と一緒に捨てられちまったみたいだぜ」
声がかすかに笑いを含んだ。
―だが、パイロットとしてのおれの意識は、こう思ってる。こんなのは、フライトじゃねえ。おれも、この女も、こんなことを望んでたんじゃねえ」
エースは息を呑んでアロー機を見つめた。ルークはどうするつもりなのか。
―コントロール、コントロール。リクエスト・フォー・ランディング」
美影の声が管制塔に着陸許可を求めるのを聞いて、彼は細く息を吐いた。救助セクションのコントロールが答える。
―こちらコントロール。着陸を許可する。滑走路32Rを使用せよ」

 この事件をどう立件するかは、法律的に難しい問題だった。検察庁から戻ったスターリングは、ぐったりと本部長席に腰を下ろした。担当検事と長時間にわたり、方針を検討していたのだ。
「美影訓練生は、やはり起訴されるんですか?」
ミリアムがコーヒーを運んできた。スターリングは部下に給仕や身の回りの世話をさせることを好まないが、頭の痛む話し合いの後に、このコーヒーはありがたかった。
「彼女は、飛行中はトランス状態で、ほとんど意思の自由はなかったようです。だが、その前にイファンを倒していますね。これから自分がやることがわかっていたなら、共同正犯として起訴せざるをえないでしょう」
「あの…ヘッドセットはどうなるんでしょう?」
「『ルーク』の供述を証拠として使うとなれば、当然証拠能力が問題になるでしょうね。既に死亡した人間の意識のコピーをどう扱うかなんて、前代未聞だ」
何とかルークの「証言」抜きでも公判を維持できるよう、他の証拠を集めろ、というのが担当検事の要請だった。
それについては、対テロセクションが無線の発信源を突き止めて、アロー機の着陸とほぼ同時に天海を逮捕している。天海と共にバカチョン戦闘機の製作に関わったライオネス社の技術者マックス・バルキリーや、「金の獅子」のメンバーも検挙され、その供述に基づいてルーク・レイバーマンの遺体を発見した。各実行犯については、それぞれ立件できるだけの証拠が集まっていた。
「だが、彼らはしょせんトカゲの尻尾でしかない」
スターリングは呟いた。ここまでの捜査で浮かび上がった筋書きは、バカチョン飛行機という構想を何とか実現したいと願った技術者達が、テログループと手を結んで自分達の開発したテクノロジーを実験した、というものだった。
「たしかに、科学者や技術者の中には、自分が考え出したものを何が何でも実地に試してみたがる奴がいるにはいる。だが、そういう連中がたまたま航空テロを企てていたグループと出会った、というのは、どうもできすぎている感じがするんだ。レーヴェが扇の要になって、レオン社、ライオネス社の技術者達と、『金の獅子』の橋渡しをしたに違いない」
だが、それを証明するのは、例によって至難の業だ。おそらく、一部のマッドサイエンティストの暴走ということで片付けられ、トカゲの頭は悠然と逃げのびるのだろう。
「それが悔しいよ。レーヴェはいつも、人の気持ちを上手く食い物にする。その陰険なやり方を、白日の下で糾弾してやりたい」
スターリングはそう言って、唇をかみしめた。

 「あー、もう、またあかんかったわ」
実技教習簿を手にシミュレーターを降りた沙京に、エースは、
「お疲れ様。どこまで進んだの?」と、ジュースを差し出した。
「進んだというか、進めへんかったというか…」
沙京の教習簿を見て、エースは思わず、
「まだ、こんなところなの?」
と言ってしまった。たちまち彼女にびしりと指をつきつけられる。
「あんた、テロリストに色々えらそうなこと言うとったけど、やっぱり、何やってもドンくさい人間の気持ちなんかわかってへんわ。今の高慢ちきな笑い、めっちゃ癇に障ったで」
「ごめん、ごめん」 エースは慌てて謝った。
「後で教えてあげるから、シミュレーターの予約をしておきなよ」
「ほんま?」
何度も、「あたし、向いてへんからもうやめるわ」と言いながら、沙京はいまだにパイロット・コースを受講し続けている。エースは、続けろともやめろとも言わなかった。結論は、彼女自身も理屈では説明できない何かだけが知っている。今日も訓練に行こうという気持ちがどこかにある間は、その何かはあきらめてはいない。
「エース。18時から使えるみたいやけど、かまへん?」
沙京の声に、エースは、「いいよ」と声を返した。

 クロノス社、天海氏にも損害賠償請求
情報処理技術者天海氏の不当ヘッドハンティングでレオン社を提訴していたクロノス社が、契約上の信義則違反を理由に、天海氏に対しても損害賠償請求訴訟を提起した。
同社は、天海氏が『サイバー・ブルー』インターフェースのノウハウを持ち出すことを条件に、レ社と移籍の内約をしたことを示す有力な証拠を発見したとして、同氏に対し、企業秘密漏洩を伴う移籍により被った損害を賠償するよう請求する訴訟を起こした。

レオン社、ライオネス社に強制捜査
エスペラント・シティ警察対テロセクションは、13日の航空テロにレオン社及びライオネス重工が組織ぐるみで関与していた疑いがあるとして、レ社、ラ社の本社及び幹部自宅を家宅捜索、二社の代表取締役他幹部数人を逮捕した。
ラ社が所属する企業グループのオーナー、レーヴェ氏は「グループ内からテロに関与するような企業が出たことはまことに遺憾。ラ社は除名することになるだろう。他の企業は一切関係しておらず、飛び火の心配はない」と語っている。

クロノス、レオン、ライオネス三社で株主代表訴訟
各社に対し代表訴訟が提起された理由は以下の通り。
ク社:『サイバー・ブルー』の生産台数を操作して様々な社会問題を引き起こし、企業イメージをダウンさせて株価の下落を招く一方、経営陣は同ゲーム機をネットオークションなどに流し、多額の個人的利益を受けていた。
レ社:多額の違約金を肩代わりしてテロに関与するような技術者を引き抜き、バカチョン戦闘機のソフトウェア開発をラ社より請け負うことによって会社をテロに巻き込み、企業価値の致命的な下落を招いた。
ラ社:自社の技術者がテロに関与していることを知った後もこれを黙認し、アロー型戦闘機及びフライトシミュレーターの技術を提供し続け、もって企業価値の致命的な下落を招いた。

「ルーク」氏永眠す
エスペラント・シティ警察は、ヘッドセットにコピーされたルーク・レイバーマン氏の「意識」内容を、裁判所の立ち会いの下、公的記録として録音した後、「本人」の強い希望に従いヘッドセット内の「意識」を消去した。

(オシマイ)