BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

兇天使(9)

2007-05-31 16:39:28 | Angel ☆ knight

「バイク? もちろん乗れますよ。おれ、天才ですから」

 
アテナがノックにこたえて立ち上がり、ドアに向かう気配が無線を通じて伝わってきた。
神奈は先端にかぎ爪のついたロープを2―B室の窓枠に投げ、かぎ爪が食い込むと、素早くロープを伝って窓にとりついた。ガラスを破り、部屋に転がり込む。
ドアノブを握ったアテナが振り返った時には、子供達は既に神奈の腕の中にいた。
「人質を確保」
続いてロープを登ってきた隊員がぴたりと銃を構えて神奈を援護する。
ガイアとアテナは反射的に斜め上方を見上げた。

ヘラクレスは三階の窓辺でライフルを構えてバックヤードを警戒していた。
警察がうろちょろ嗅ぎ回ったり、踏み込んでくれば、すぐさま発砲するつもりだった。罪に問われても構わない。もともと、警察の捜査がハデス達に及びそうになれば、全てをひっかぶって自首するつもりだった。自分はそのためにいる。あとは、優秀なお兄ちゃん達が、新しい世界を作ってくれる。
しかし、警察は思わぬところからやって来た。空である。
シルフィード777の白い機体はヘラクレスを嘲笑うように、三階の窓からは完全に死角になるヘリポートに舞い降りた。
ヘラクレスはライフルを手に部屋を飛び出し、屋上に続く階段を駆け上がった。
ドアの前でライフルを構えると、ビームサーベルのオレンジの光がドアを突き抜けてきた。体に痺れが走り、彼はくたくたとくずおれた。

「どうしました? 上にお仲間がいて、援護射撃をしてくれるはずだったのかい?」
ゼノンの声に、アテナとガイアははっと視線を戻した。
二人はあずかり知らぬことだが、3階に一人いるようだというエレクトラの報告を受けて、屋敷を包囲していたダリウスがテレスコープで3階の窓を探った。すると、3-Cの窓からヘラクレスがライフルを構えている姿が見えた。
シティ警察本部でこれを聞いたエースは、
―無理に下から踏み込んで銃撃戦になれば、招待客を巻き込む恐れがある。
と、空からの突入を決意したのだ。
神奈達は、ヘラクレスの身柄が確保されると同時にバックヤードに飛び込んだ。
「何か誤解があるようですわね。人質だの何だのって、この子達はアテナのお友達で、お夕食に招待しただけなんですよ」
ガイアは早くも立ち直って、ゼノンに微笑みかけた。
「そうだよ。ぼくはアテナおばちゃまの友達だ!」
神奈の腕の中でボビーが叫んだ。彼がもがくように暴れるので、神奈は二人を後方へ送れずにいた。
「ボビー。この人達はテロリストなんだよ。爆弾を仕掛けてたくさんの人を殺したんだ」
「まあ、坊や、テロリストだなんて…」
康の言葉を、ガイアはあくまでも笑い流そうとした。
そこへ、ハデスが息せき切って飛び込んできた。顔面は蒼白で、頬を縁取るあごひげも震えている。
「ママ、ヘラクレスが警察に…アリオンも任意同行を求められてる」
「任意同行じゃありません。アリオン氏には逮捕状が出ています。アテナさんにもです」
ハデスに続いて階段を上ってきたエースが言った。アテナに逮捕令状を提示する。
「何の容疑で?」 ガイアがエースを睨みつけた。
「爆弾テロの共謀共同正犯です」
ガイアは両手を広げて大仰にため息をついた。
「わざわざ演説会の日を狙ってそんないいがかりをつけてくるなんて。警察って本当に弱い者いじめが好きね。やっぱり、しょせんは体制の犬なんだわ」
「いいがかりで令状は出ません。ちゃんと、裁判所が納得するだけの疎明資料をつけて請求していますから」
エースが言った。
アテナの令状はすんなりと出たが、アリオンの疎明には多少の手間がかかった。経済に強いナッツのクライストが、電話に張り付いてキャッシュ・フローを解析し、ウラヌス名義で行われた株取引の利益がペーパーカンパニーを経由してアリオンの選挙事務所に流れ込んでいることをつきとめた。ウラヌスは二件のテロに連動した株の売買で利益を得た投資家だが、これは架空名義で、実際はアリオンが取引を行っていた。
普通、こうした動きを辿るにはある程度時間がかかるものだが、今回はアリオン側にもマネーロンダリングに十分時間をかけられない事情があった。テロ行為直前のわずかな時間に売り抜けた利益を、即選挙資金に回さなければならなかったからだ。
「ヘラクレスさんの部屋からは、爆弾の材料になる化学物質が発見されています」
エースは続けた。
「それから、これは彼が持っていた康くんの携帯ですが、夕食に招待しただけなら、なぜ携帯を取り上げなければならなかったんですか?」
エースはビニール袋に入った康の携帯を掲げた。

アテナが連行されそうな空気に、ボビーがまた叫んだ。
「やめて! アテナおばちゃまはいい人だよ。ぼくに新しい靴やふくふくのシャツを買ってくれたんだ。ぼくたち、三人でご飯を食べただけだよ。デザートにアイスクリームがついてて、おいしかったよ」
「でも、ボビー、この人達、ぼくらを始末するって言ってたよ。ぼく達を殺すつもりだったんだ」
康が言うと、ボビーはますますいきりたった。
「違う! 違う! アテナおばちゃまは親切だったよ! おばさんみたいに、すぐ怒鳴ったり、叩いたり、お風呂に顔をつけたりしないもの。おいしいものを食べさせてくれて、おかわりもさせてくれたもの。お願い、アテナおばちゃまをいじめないで。ぼく、おばさんとこなんか帰りたくない。アテナおばちゃまと一緒にいたい」
この言葉に、その場にいる全員が胸を衝かれた。ボビーにとっては、伯母の家こそが地獄だったのだ。
「わかったわ。おばさんの家には帰らなくていい」
ラファエルが言った。
「わたしのところへいらっしゃい。康と一緒に暮らせばいいわ」
「やだ。たい焼きを二つとっちゃうようなおばちゃまのとこへは行きたくない。ぼくはアテナおばちゃまと一緒にいる!」
ボビーはアテナの方に手を伸ばして泣きじゃくった。
ガイアが満足げな笑みを投げる。
「そうよ、こっちにいらっしゃい、坊や。この人達はあなたを救ってはくれないわ。ちっぽけな市民一人の痛みなんか、お役所にはどうでもいいことなのよ。わたしも、あの人が死んだ時に思い知ったわ」
ガイアが差し出した手に、ボビーは懸命に手を伸ばそうとした。
「オラ、チビ。うわっつらだけのやさしさに騙されてんじゃねーよ」
その声は、窓の外から聞こえた。

セイヤは777を2-B室のすぐ前にホバリングさせていた。オートパイロットに操縦を任せ、自分は救助した被害者の搬入口に仁王立ちになっている。白いパイロットスーツにライフキットを背負った姿は、妙に天使めいて見えた。
彼は、まるで地面の上であるかのように無造作に片足を踏み出して窓枠にかけた。
「康、こっちこい」
「セイヤお兄ちゃま!」
と叫んで康がその腕に飛び込むと、セイヤは彼を抱きかかえて777に乗せた。
「奥へ行きな」
と康を促し、今度はボビーに「来い」と呼びかけた。ボビーは首を振った。
「言っとくが、たい焼きが3つあったら3つともこっちに寄越すような女は最悪だぞ。こっちがいちいち感謝感激して、うんとそいつを大事にしてやらねえと、許してくれねえからな」
実を言うと、セイヤも年少の頃、そういう母性愛に溢れた女性に憧れたことがある。そのせいか、初めて交際した少女はそういうタイプだった。しかし、セイヤは次第に彼女の押しつけがましさが息苦しくなり、二人は結局3月で別れてしまった。
別れ話を切り出すと、彼女はこの3ヶ月間、いかにセイヤに献身的に尽くしたかを涙ながらに並べ立てた。
―それなのに、セイヤくんはわたしを捨てるのね。何てひどい人なの。
まるで極悪非道の人のように言われてセイヤは心底驚き、その晩、ラファエルに、
―おれ、そんなに悪いことしたわけ?
と、訊ねた。
―悪いっていうより、虫が良かったのよ。人間関係の基本はギブアンドテイクでしょ。なのに、恋人だからタダであれこれサービスしてくれるのはあたりまえ、なんて甘えた考えでいるから、後で請求書つきつけられて慌てることになるんだわ。
「おまえにこんな話しても難しいのはわかってるよ。だが、今おまえを愛して守ってくれる保護者はいねえ。だったら、自分で自分を守るしかねえだろう。生き延びたけりゃ、強くなれ。賢くなれ。赤の他人がわけもなく物をくれるはずなんかねえっつう現実から目をそらすな。お返しに自分が何をさせられたか、ようく思い出せ」

ボビーも、自分のしたことがまるでわかっていないわけではなかった。
アテナに連れて行かれた場所で紙袋を指示通り置いてくると、必ずそこで大爆発が起きた。だが、ボビーが感じたのは罪の意識よりも快感だった。
伯母の一家をはじめ、街の善男善女は誰一人彼にやさしさを向けてはくれなかった。彼をとりまく世界は冷酷で意地悪だった。やさしくしてくれたのはアテナただ一人だった。
なら、アテナの言う通りに冷たい奴らを吹っ飛ばして何がいけないのか。

「そうだよ、おまえは可哀想な身の上だ」 セイヤは言った。
「だが、自分で自分を可哀想だと思ってると、そうやって甘いエサにつられて落とし穴にはまっちまうんだ。もっとプライドを高く持て。ものほしそうな顔して歩いてんじゃねえ。世界中の人間がおまえをないがしろにしても、おまえはおまえを大切にしてやるんだ。穴に落ちたら這い上がれ。自分の意思で、自分の力で、自分のために」
いつのまにか、搬入口に戻ってきた康もボビーを呼んだ。
「ボビー、お願い。こっちへ来て」

ボビーにはセイヤの言っていることがよくわからなかった。
だが、その言葉の底にある何かが心を動かした。
ボビーは777の搬入口を、そこに立つセイヤと康をじっと見つめた。康の背中の羽が風にはためき、天使がはばたいているように見えた。
「行きなさい、ボビー」 アテナが言った。
「そのお兄ちゃんが言ってることは本当よ。わたしもあなたと同じ間違いをしていた。自分を傷つけた人達を憎むあまり、偽りの優しさに身を任せてしまった。ママの、見せかけだけのやさしさに」

(続く)

兇天使(8)

2007-05-30 21:36:25 | Angel ☆ knight
   

 ラファエルと刑事特捜班のエルシードは、ドレスアップしてアリオンの演説会を兼ねた立食パーティーの会場にいた。
アリオンは革新系だが、大学教授という地位のおかげで、富裕層にも受け入れられる素地がある。今夜は市内のセレブリティを招待して、一気に取り込みをはかろうとしているようだ。会場のしつらえも、料理も、費用を惜しまぬ豪華なものになっていた。
対テロセクションは、『ジュピター』が市長候補を狙っているようなので警備させてほしいと申し入れた。ハデスもアリオンも、まさかこれを断るわけにはいかず、「できるだけ目立たないように」という条件をつけるのが精一杯だった。
「こっちだって本当に警備するわけじゃないから、中に入るのは2、3人でいいわ」
というわけで、エルシード、ラファエルと、やはり対テロセクションの女性隊員、エレクトラが邸内に潜入することになった。
ラファエルはマイクロミニのドレスにラメ入りのスパッツという活動的なスタイルだが、エルシードは体にぴったりはりついた露出度の高いロングドレスだ。
この格好でいくつも武器を隠し持ち、格闘もこなすので、エルシードには「飛ばし屋エル」の他に、「ビューティフル・ウェポン」の異名がある。
エレクトラは、ウェイトレスとして裏方に紛れ込んだ。康とボビーが邸内に監禁されているなら、食事を運ぶ機会があるかもしれない。
はたして、チャンスは訪れた。
今夜の招待客はいわゆるセレブリティなので、何かと注文が多く、厨房も大わらわだった。今も客が何か言ってきたらしく、
「あー、もう、アテナ様の部屋へ食事を運ぶ時間なのに」
と、給仕長は悲鳴を上げた。
エレクトラはすかさず、
「わたしが運んできましょうか?」 と声をかけた。
彼女は準備段階からくるくると気を利かせて立ち働き、給仕長に信頼を抱かせていた。
「悪いけど、お願いできるかい? アテナ様は邪魔をされるのがお嫌いだから、ドアを二回ノックしたら、ワゴンは廊下に置いといていいよ」
「わかりました」
ワゴンを運びながら、エレクトラはこっそり内容を見分した。三人分の食事。子供達が一緒にいる可能性が出てきた。
エレクトラは教えられた部屋の前に行くと、素早く周囲の様子を確認して、ドアを二度叩いた。

 「アテナおばちゃまはテロリストなの? そんなことないよね?」
ボビーに訊かれて、アテナは何も言わずに目を窓の方に向けた。
(あなたに渡した紙袋の中に爆弾が入っていたのよ)
と話したら、この子は何と思うだろう。
ガイアに子供を使えといわれた時、アテナはそのアイデアに抵抗を感じた。しかし、小さな子供なら真相が発覚しても罪には問われないし、数年もすれば自分が何をしたかも忘れてしまうと言われて、それもそうだと自分を納得させた。
男の子を使って企みを進行させながら、男性全般に復讐しているような昏い満足感を、アテナは覚えた。実績を認められ、管理職に抜擢されたアテナの足を、男性の同僚は結束して引っ張った。学生時代、男子生徒をめぐる女友達の嫉妬に辟易した経験があるが、男も女同様嫉妬深い生き物なのだと、この時思い知らされた。
一方で、子犬のようにまっすぐに自分を慕ってくるボビーに情が移らなかったといえば嘘になる。愛情を持ってケアされていないことが一目でわかる身なり。アテナのぎこちないやさしさでさえ、彼には干天の慈雨のように貴重な愛情であるようだ。ヘラクレスに拉致され、ガイアとの会話を聞いた今でも、ボビーはまだ自分に対する好意を失っていない。
ドアにノックの音がした。食事が運ばれてきたのだろう。
「そこに置いといて」
と声をかけ、人の気配が遠ざかると、ワゴンを室内に運び入れた。

 エレクトラがワゴンを押して会場に現れ、テーブルに料理を補充し始めたのを見て、ラファエルはさりげなく彼女の脇に立った。エレクトラの右手が隠れる角度でテーブルに屈み込むと、彼女はマイクロレコーダーをラファエルの手のひらに落とした。
「さっき2―Bに食事を運んだ時に、ワゴンの底につけておきました。子供達の声が入っています」
2―Bというのは、警備のためと称して受け取ったこの屋敷の間取り図につけた、それぞれの部屋の符号だ。
「部屋には、子供達の他にはアテナという女しかいないようです。廊下や階段を見張っている人間もいません。ただ、3階で人が動くような物音がしました。おそらく一人です」
ラファエルはテーブルを離れると、庭に歩き出た。この時刻になっても明るさの残る庭ではバーベキューが催されていた。
駐車場へ行く途中、さりげなくバックヤードに目をやったが、そこにも人数は配置されていないようだ。
運転手のふりをして待機していた男性隊員に、ラファエルはレコーダーを渡した。
「子供達と女性一人が2-Bに、3階にも一人いるみたい」と囁く。
これで、邸内の捜索令状が取れるはずだ。ダリウス達は既に、ハデス邸を遠巻きに包囲している。
「それ以外の人数は見当たらないわ。どこかに隠れているのかもしれないけど、本当に家族だけでやっているのかもね」
「家内工業ってやつですか?」
隊員は肩をすくめて車に戻った。ラファエルも、急ぎ足で会場に取って返した。

 令状は、セイヤが777で運んできた。シルフィードはヘリコプターのように垂直に離着陸ができるので、彼はハデス邸のヘリポートに777を降ろした。招待客が何事かと空を見上げる。
「警備は目立たないようにとお願いしたはずですよ」
ガイアが冷ややかな怒りを滲ませてラファエルに歩み寄った。
「それとも、これは警備じゃなくて、革新系候補に対する警察のいやがらせなのかしら。だとしたら、行政処分を請求することも考えますよ」
そこへ、シルフィードに同乗していた隊員数人がかけおりてきた。先頭に立つゼノンがガイアに捜索令状を示す。
「申し訳ありませんが、これは捜査です。二階を捜索させて頂きます」
ラファエルは、ガイアが武器を持っていないことを確かめると、彼女を先頭に立て、無線をONにして二階に上がった。隊員達が後に続く。
「誘拐だとか、監禁だとか、何かの間違いですわ。娘のアテナが子供好きで、時々近所の子を連れてくることがありますの。親御さんがそれを勘違いして騒ぎ立てておられるんじゃないかしら」
(わたしがその親なんだけどね)
ラファエルは、胸の内で呟いた。
対テロセクションが2―Bと名付けたアテナの部屋の前にくると、隊員達がさっと階段と廊下に展開した。ラファエルはガイアに、
「ドアを開けて貰って下さい」
と囁き、自分で扉を二度ノックした。エレクトラが食事を運んだ時に「ノックは二度」と言われたので、ノックの回数で安全確認をしているのかもしれないと思ったのだ。案の定、ガイアはわずかに顔をしかめた。
「アテナ。わたしよ。ちょっと開けてちょうだい」 

(続く)

兇天使(7)

2007-05-29 18:22:48 | Angel ☆ knight
   

 「何だって、ボビーを連れて来たりしたの? ヘラクレス」
アテナの髪は、黒でも金でもない、燃えるような赤だった。つんつんのショートヘアで、これが彼女の地毛である。
「警察がこのガキを探してる。もうこいつの家までつきとめて、帰りを待ちかまえてやがったんだ。こいつの口から姉ちゃんのことを色々聞き出されちゃ大変だからな」
アテナはほうとため息をついた。
「そうなっても、別に心配はないわ。この子はわたしのことなんか何も知らない。アテナという名前と、大体の背格好ぐらいしか話せないわよ。それなのに、こんなところへ連れてきて…これでもう、帰すわけにはいかなくなったじゃない」
言いながら、アテナは二人の子供の方へ目をやった。
「こっちの子は何? 友達?」
「だろうよ。素直に別れて帰りゃいいものを、生意気につっかかってきやがるから」
「それで、一緒に連れてきたの? 相変わらず筋肉脳みそね」
「大丈夫だよ。おれがちゃんと始末する。おれは姉ちゃん達みたいに頭は良くないが、汚れ仕事なら任せてくれ」
「始末って、どうする気なの? この子達がいなくなっただけでも、警察は色めき立ってるわよ。こんなタイミングでわざわざ目を引くようなことをして。しかも、今日はアリオンがここで演説会を開くってのに」
「警察だって、まさかこの家に目をつけやしないよ。ほら、このガキの持ってた携帯も、ちゃんと取り上げて電源を切ったんだぜ」
ヘラクレスは、康の携帯を誇らしげに掲げてみせた。
「そんなのは、初歩の初歩よ」
アテナがまたため息をついた時、背後から声がかかった。
「そんなにガミガミ言うものじゃないわ、アテナ。ヘラクレスが可哀想じゃないの」

ガイアはふくよかな体を揺すりながら部屋に入ってきた。
目尻の下がったやさしげな顔、まろやかな笑みは、「母親」のイメージがそのまま服を着て歩いているようだ。
「おまえは昔から情が剛くていけないよ。そんな風に可愛げなく男を見下すような態度を取るから、よってたかって引きずりおろされるんじゃないか。いつも、あたしが言ってるでしょう。昔から、賢い女は皆、男を上手くおだてて思いのままに操縦するの。そして、こっそり望みを遂げるのよ」
ガイアはにっこり笑って二人の子供を顧みた。
「男を意のままに操る方法はただ一つ、母親になって甘やかしてやることよ。この坊やだって、そうだったでしょう?」
ガイアは、一本気で不器用な娘に、
―まず、子供で練習してごらん。それなら母親の気分になりやすいから。
と、ボビーに爆弾を仕掛けさせるよう命じたのだ。仕事で手痛い挫折を被り、ボロボロに傷ついて戻ってきたアテナは、母親の言うことを素直に聞こうと決めていたようだ。不承不承ながらも、ガイアの指示に従って、ボビーにテロの手伝いをさせた。
「こっちの子がボビーだね? このシャツの縫い取りはアテナがしたの?」
ガイアは二人の子供の前に屈み込んだ。
「二人とも、可愛いこと。子供はこのくらいが一番だわね」
ガイアが二人の頭に手を載せて髪を撫でようとすると、康は一歩後じさった。
「おばちゃま達は、悪い人なんですか?」
「あらあら、子供はものの言い方があけすけだこと。もちろん、違うわよ。悪いのは今の世の中なの。たまたまお金持ちの家に生まれた人ばかりが得をしたり、人種だの性別だの、本人の意思や努力とは関係ないところで色んなことが決まってしまう社会が間違っているのよ。そんなこととは関係なく、一生懸命能力を磨いて、結果を出した人が認められるようにならなければね」
ガイアはそう言って康に微笑みかけたが、康はさらに一歩後ろに下がった。
「おばちゃま達はテロリストなんですか?」
「まあ、随分難しい言葉を知ってるのね。ご本で読んだのかしら?」
「しーくんのお母さんは警察官なんだ」 ボビーが言った。
ガイアは、ひょいと眉を上げた。
「おやまあ。これはとんでもないものを連れ込んだわね。この子自体が爆弾だわ。うっかり始末もできゃしない」
ヘラクレスはそれを聞いて、大きな体を縮こませた。
「ママ。もしかして、おれ、ヘマをやったのかい?」
ガイアはやさしく微笑んだ。
「そんなことはないわ。毒も爆弾も扱い方次第よ。ただ、うんと慎重にやらなければならないだけ。ママに任せておけば大丈夫よ。アテナ。方針が決まるまで、この子達の面倒はおまえが見ておやり。母親のように、やさしくね」

 「ラエルの息子とボビーが『ジュピター』に拉致られただと?」
思いも寄らぬ成り行きに、対テロセクションはざわめき立った。
「多分、そう考えて間違いないと思うわ。康は最近ボビーっていう友達ができて、よく町はずれの丘で遊んでるの。GPSの電波もそこで途絶えてるわ」
「何てこった。奴ら、二人をどこへ連れて行きゃがったんだ」
ダリウスが天を仰いだ時、エースが言った。
「シティ内に、ハデス法務次官かアリオン・T・ジョナス名義の不動産がありますか?」
「あるわよ。一等地にハデスの豪邸が。普通、公務員があんなもの建てたら顰蹙ものだけど、お母さんを大きな家に住ませてあげたかったって、上手く美談に仕立てていたわ」
「ハデス? 何で奴が出てくるんだ?」
ダリウスが怪訝そうにエースを振り返った。
「今、スターリング本部長と一緒に長官に話を聞いてきました。ぼくをコマンダー代行にするというのは、ハデスの考えだったんです。長官がはっきりそう言ったわけではありませんが、上から手を回して圧力をかけたようです。おそらく、それが今回のテロの第一段階だったんでしょう」
「何だと? 一体どういうことだ?」
「実戦経験のない部外者が指揮官になれば、対テロセクションは混乱し、十分な捜査ができなくなります。これが初仕事の『ジュピター』でも、検挙される確率が低くなると考えたんでしょう」
ダリウスは、ぽかんと口を開けた。
「あんたは、今、アリオンの名前も出したな。奴もこの件に一枚噛んでるってのか?」
「今の段階では、まだ推測でしかありませんが」 エースは頷いた。
市長選に出馬した四人の候補のうち、選挙資金が一番乏しいのはアリオンだった。
地方なら戦い方如何で草の根候補が当選することもあるが、エスペラント・シティのような大都市では豊富な資金力を背景に、富裕層の支持を取り付けることが不可欠だといわれている。
「て、まさか、テロと連動した株取引で、選挙資金を稼ぐために…?」
ラファエルも驚愕の表情を浮かべた。
「ええ。さらに、対立候補の支持基盤をテロの標的にすれば、一石二鳥で相手の弱体化も図れます。ブライト市長は革新派で企業とは結びつきがないので、テロリストの要求という形でリタイアさせ、資本家の支持を受けているランドルには爆破テロそのものでダメージを与える。二度目の事件で要求が出なかったのは、そのためでしょう」
実際、ランドルは病院で会った時、エースにすがりつかんばかりにして事件の早期解決を懇願した。
「しかし、それじゃ、いくら何でもあからさますぎやしないか? テロの直前にターゲットの株を売りに出して、ライバル企業の株を安く買っておく。テロの実行で株価が逆転したところで、今度は安値で買った株を高く売るってんだろう? わたしはテロリストだって言ってるようなものじゃないか」 ゼノンが言った。
「いくらミエミエでも、それだけじゃ証拠にはならないわ。そこをきちんと捜査させないために、エースをコマンダー代行にして、対テロセクションの内部がバラバラになるように仕向けたんでしょう。いくらわたしたちでも、仲間内で対立しながらじゃ力を発揮できないもの」
ラファエルの声音に刺はなかったが、ゼノンは苦い表情で俯いた。
エースが言った。
「でも、今二本の捜査線が交差して、全体像が見えてきました。子供達はおそらくハデス邸にいるでしょう。何とか、彼に気取られないよう、屋敷の中を探って貰えませんか。その間に、ぼくは裁判所に令状を請求して、株取引の明細を調べます。その金がアリオンのもとへ流れ込んでいることがわかれば、彼の逮捕状が取れるかもしれません」
「わかった、コマンダー」
ダリウスが初めてエースにそう呼びかけた。

(続く)

兇天使(6)

2007-05-28 20:41:23 | Angel ☆ knight
  
「このシリーズ、『Angel☆Knight』なのに、ちっとも出番がないわ」
「エンジェルさんは(1)でエースと食事してたじゃないですか。わたしなんて…

 病院に着いたエースは、無理押しせずに、怪我の軽い者から順に話を聞いていった。重症者は医師の許可が下りるのを辛抱強く待ち、数時間かけて、ようやく小さな男の子がワゴンと支柱の隙間でごそごそやっているのを見た、という話が聞けた。
「その時は特にどうこう思わなかったんです。子供はああいう隙間にもぐりこんだり手をつっこんだりするのが好きだなあと思って見ていました。でも、さっきのニュースで、爆弾はあそこに仕掛けられたといってたので…」
市長候補のランドルが、エスペラント・エクスプレスウェイの重役と連れ立って病院に現れ、輸血パックを寄付したのは、選挙運動も兼ねてのことだろうか。
彼らはエースのところにもやって来て、
「卑劣なテロリストを一刻も早く逮捕して下さい」
と、すがりつかんばかりの表情で言った。あまりの必死さに戸惑いながらも、エースは、
「もちろんです」 と答えた。

駅前商店街の聞き込みからは、五歳ぐらいの男の子を連れた金髪の女が、子供のシャツを買っていったという供述が得られた。
男の子が来ていた青いシャツは着古して丈も短くなっており、女はできるだけそれに似通ったものを探したという。女の体つきは防犯カメラの映像と似通っていたので、髪はおそらく染めたものと考えられる。
シティ警察は、防犯カメラの画像をもとに黒髪と金髪両方の写真を作成し、女性を指名手配した。

 「エスペラント・エクスプレスウェイは、ターミナル駅を中心に、シティ・メトロと重複する路線がかなりあります。ガリル・テロの後は、PTSDに苦しんでいる人はもちろん、何となく地下鉄には乗りたくないという乗客がエクスプレスウェイを利用するようになって、株価は高値安定状態でした。ところが…」
「爆発の直前に、また売りが出たのね」
ミリアムと一緒にコンピューター画面を覗き込んでいたラファエルが言った。
「はい。スタッフも気づいてすぐ連絡を取ろうとしたんですが、その前にドカンとやられてしまったんです」
「間髪を入れずってところね」  ラファエルは腕組みをした。
「実際に売りが出てからじゃ間に合わないってことは、ある程度予想をたてる必要があるわね」
「はい。とりあえず、ライバル関係にある同業企業で、一方がこのところリードを奪っているという組み合わせをピックアップしています」
「『ジュピター』はまだ何も言ってこないの?」
今回の爆破事件では、『ジュピター』は何も要求しておらず、犯行声明すら出していなかった。爆弾が簡単に作れるものだけに、模倣犯の可能性も無視できない。
「ただ、単なる模倣犯にしては、仕掛ける場所が計算し尽くされていたわよね。あの空間で力が一点に集中しているところを見事に狙っていたわ」
「もしかしたら、ブライト市長をとことん追いつめるための、とどめの一発でしょうか。公示期間内に『ジュピター』が検挙されて再出馬が可能になったとしても、市民は二度の爆破事件と市長を結びつけて考えてしまいます。これは、かなりのイメージダウンでしょう」
「選挙戦は、やはりランドルが最有力なんですか?」 エースが訊いた。
「それが…」 ミリアムが答える。
「例の大学教授が予想外の善戦なんです。刻苦勉励して今の地位に昇ったというので庶民にも人気がありますし、インテリなので富裕層の受けもいいようです。彼の家系は、苦学して高い地位についた人間が多いようですね。ハデス法務次官は彼の従兄弟だそうですよ」
ハデス。またギリシャ神話だ、とエースは思った。ゼウスの兄。冥界の王。
しかし、ラファエルに言わせると、
「ハデス? あのマザコン男?」 ということになるらしい。
「マザコンなんですか?」
「そうよぉ。お母さんが女手一つで苦労して育ててくれたからって、二言目には『母が、母が』だもんね。いい年して、いまだにママと同居してるし」
「ラエルんとこは、成人したら即親離れだもんね」
ミリアムが笑った。
ハデスは法務省の中でも警察行政に携わっており、『銀の騎士』事件の後、全国の警察に昇格制度を見直すよう行政指導した人物だ。派手にリーダーシップをとるタイプではないが、根回しが上手いので、彼の提案する政策は実現することが多いらしい。
「今できるのは、とりあえずピックアップした企業の関連施設に人員を配置することぐらいかしら」
オペセンを出る時、ラファエルは言ったが、対テロセクションの隊員達は既に別の行動を起こしていた。
手配写真に関する通報を受けるため電話機の前に残っていた隊員によると、ダリウス達は、指名手配された女性が連れていた子供を捜しに行ったという。
「聞き込みの結果、どうも女はその子供の母親ではないようなんです。二件のテロ現場の近辺で保護者のケアを十分に受けていない子供をたらしこんで、爆弾設置の手伝いをさせたんじゃないかというのが、ダリウスさんの考えです」
なるほど、たしかに、爆弾は二件とも、大人では入りにくい隙間に仕掛けられていた。わざわざ子供連れでテロ行為に赴いた理由も、そう考えれば説明がつく。
「わかりました。ダリウス達にはそのまま捜索を続けて貰って下さい。ラファエル、ぼくらはオペセンがピックアップしてくれた企業の中から、何とか次のターゲットを割り出せないかやってみましょう」
エースは言った。

 胸の携帯が震えたのでポケットから取り出すと、ナッツのメンバーの一人、クライストからの電話だった。明日はミーティングがあるので、シティ警察に直行せず、ナッツに顔を出してくれという。
セイヤは聞くなり、顔をしかめた。そうなると、一時間以上早起きしなければならない。
―それから、エースに、さっさとテロリストを捕まえろって言っといてよ。こんなにマーケットが乱高下したんじゃ、取引がやりにくくてしょうがない」
ナッツは航空宇宙開発局の一部署だが、メンバーは一見畑違いの分野からもスカウトされてくる。クライストは大手銀行で敏腕ディーラーとしてならした人物で、今でも趣味で株取引をやっていた。
「大分損したんですか?」
―損なんかしてないよ。ただ、一時も市場から目が離せないから、仕事が手につかなくて、エドバーグが怒る、怒る」
そりゃ怒るだろう、とセイヤは思った。エドバーグはナッツの准リーダーだ。
―まあ、何となくパターンはつかめたから、次からは予測がたてられるよ。爆破されたのは、どちらもランドルの支持母体の企業なんだ」
「ランドルって、市長候補のですか?」
―ああ。エスペラント・エクスプレスウェイは、以前ランドルへの政治献金が問題になった会社だ。オーガスタ・ショッピングモールも、敷地を取得する際に、ランドルが便宜を図ったんじゃないかと噂されてた。奴が前回の市長選でブライトに敗れたのは、企業との癒着が問題視されたせいだよ」
「そういうことは、直接エースさんに言った方がいいんじゃないですか?」
セイヤが言うと、
―何で、あいつにアドバイスを求められたわけでもないのに、こっちから教えてやらなきゃならないのさ」
という答えが返ってきた。
―ま、おまえがついでに話す分には、差し支えないけどな」
相変わらず、素直じゃない人だ、とセイヤは思った。
「そんなの、又聞きじゃ正確に伝えられませんよ。おれ、株のことなんかよくわからないし」
―おまえ、天才じゃなかったのか?」
「金儲けの才能はないみたいです」
セイヤが言うと、クライストは受話器の向こうで笑い声を立てた。
―別に難しい話じゃないさ。テロリストはブライトを市長選から引きずり降ろした後は、ランドルにダメージを与えてるってことだ。オーガスタも、エクスプレスウェイも、事後処理におおわらわでランドルの応援どころじゃないだろうからね」

「…ということです、エースさん」
セイヤの話を聞き終えると、エースは礼を言うのもそこそこに本部長室に走った。
少しずつ、からくりが見えてきたような気がする。
自分を対テロセクションのコマンダーにという話がどこから出たのか、スターリング本部長に確かめなくては。

 その少年が、ボビーには一瞬、天使に見えた。
背中の羽はいかにもつくりものめいているし、人間であるのは明らかなのだが、お日様のような金色の巻き毛、バラ色の頬に浮かんだ笑みが、何か天上の明るさを感じさせた。
二人は、ボビーがアテナと出会った町はずれの丘で出くわした。町中の子供達から仲間はずれにされているボビーは、いつもここで一人時を過ごしていた。
天使はそこへ遊びに来たのだ。
天使の名前は康(シズカ)と言った。

その日、康は丘へ来る途中でたい焼きを二個買って、あつあつをボビーと二人で食べた。
この店で三個買うと割安になるので、ラファエルはいつも三個買って、康と一個ずつ食べながら帰る。残る一個はいつも、いつのまにかなくなっていた。
「しーくんのお母さんて、変わってるね」
それを聞いたボビーは言った。
「ぼくのお母さんは、ケーキが三個あったら、いつもぼくに二個食べさせてくれるよ。もちろん、いっぺんに食べたらお腹をこわすから、一個は次の日のおやつだけどね」
三個ともぼくにくれることもあった、とボビーは言った。
「ぼくのお母さんはとってもやさしいんだ」
「ぼくのお母様だってやさしいよ」 康はにっこり笑って言った。
「たいやきを二個食べちゃうのに?」 ボビーは言った。
「本当にやさしいお母さんは、自分がどんなにお腹がすいていても、食べ物をみんな子供にくれるんだよ」
「でも、それじゃ、お母さんはお腹が空いて死んじゃうじゃない。お母様が死んだら、ぼく、困っちゃうよ」
自分の言葉がボビーの急所を射抜いてしまったことに、幼い康は気づかなかった。
ボビーはみるみる萎れた表情になり、目に涙が浮かんだ。康は知らぬことだが、両親を失ってからの逆境は「困る」どころの騒ぎではなかったのだ。
「ボビー、どうしたの? どっか痛いの?」
康が慌ててボビーの背中をさすっているところへ、車が一台やってきて、乱暴に急停車した。
運転席から、サングラスをかけたいかつい男が乗り出して、ボビーに声をかける。
「おまえがボビーか? アテナに頼まれて迎えに来たんだ」
ボビーは涙に濡れた顔を上げ、戸惑ったように男を見た。
「早く来い。ぐずぐずするな」
男が口調も荒くせかしたので、康はボビーをかばって一歩進み出た。
「おじちゃま、ぼくたち、知らない人についてっちゃいけませんて言われてるの。だから…」
男の目がぎらりと光ったのが、サングラス越しにもわかった。
次の瞬間、ボビーと康は、丸太のような男の腕にひっつかまれて、車内に放り込まれていた。

 康がいつのまにか託児所を抜けだし、GPS付き携帯の電波も途絶えたという連絡がラファエルのもとに入ったのと、ダリウス達が、
「ガキが帰ってこねえ。付近を捜索したが、町はずれの丘のあたりで足取りが途絶えてる」
と、戻ってきたのはほぼ同時だった。
「もしかして、その子の名前はボビーっていうんじゃない?」
ダリウスが頷くと、ラファエルは額に手をあてた。
「どうやら、うちの子と一緒にテロリストにさらわれたみたいね」

(続く)

兇天使(5)

2007-05-27 21:23:51 | Angel ☆ knight
   
     「お母さま、セクシー」
     「余計なこと言うな。つけあがるから」

 『ジュピター』に関する情報はどこからも得られなかった。全く新手のテロ・グループのようだ。本部オペセンは手がかりを求めて、エースの指示した線を追った。市長選候補者のプロフィールと、オーガスタ株の値動きである。
「これまでのところ、ブライト市長以外に出馬を表明しているのは、保守派のランドル、検察官出身のフィオーナ・ロシ、シティ大学経済学部教授のアリオン・T・ジョナスの三人ですね」
ミリアムは言った。
「事前の予想では、ブライト市長とランドルの一騎打ちになるだろうということでしたから、市長の出馬断念でランドルの独走態勢になりそうです」
「つまり、選挙に関して一番得をしたのはランドルってことね」
ラファエルが言った。
「ええ。でも、ランドルは保守系ですから、もともと資本家が支持層ですし、企業に対するテロとはちょっと結びつきにくいですね」
「フィオーナ・ロシも、高級官僚や連邦裁判官を何人も出している名門の出よね。この大学教授はどんな人なの?」
「アリオン・T・ジョナスは幼くして両親を失い、苦学してシティ大学に進みました。傑出した頭脳を評価され、若くして教授のポストについています。学部長候補にも名前が挙がりましたが、いわゆる『学長閥』の候補に敗れていますね。そんな経歴もあって、今回の選挙では『エスペラント・ドリーム』をスローガンに掲げています」
エスペラント・ドリーム。実力次第でいくらでものし上がれる、努力が報われる社会。
「つまり、彼が今では唯一の革新系ってわけね。株の方はどう?」
「はい、実はちょっと興味深い動きがあったんです」
爆弾をしかけられたオーガスタ・ショッピングモールは、メイポール百貨店の重役が古巣から飛び出して設立したものだ。その時、若手の優秀なバイヤーを引き抜いたので、オーガスタの品揃えの方が好評を博し、若い客層は軒並みオーガスタへ流れてしまったという経緯がある。
「一応、高級感ではメイポールの方が上ということになっているんですが、経営の実情は、老舗の暖簾と古くからの固定客のおかげでどうにかもっているという状態だったようです」
先週、これまでメイポールにしか出店していなかったブランドが、オーガスタにもショップをオープンすることが決定し、メイポール株は一気に値崩れした。
「メイポール側はもちろん懸命に買い支えたと思いますが、他にもかなり大量の買いが入っていました。しかも、同時にオーガスタ株が売りに出されてたんです」
「オーガスタの株は、そのブランドショップの出店で値上がりしてたんですよね?」
エースが訊いた。
「ええ。高騰、といってもいいぐらいでした。昨日の事件で今は急落していますから、オーガスタ株が一番値上がりした時点で上手く売り抜けた投資家がいたことになりますね」
「その投資家が誰かはわからないんですか?」
「そこまでは。でも、この差額ならかなりの利益ですよ。さらに、事件の反動で値上がりしたメイポール株も売りに出せば儲けは倍増です」
「選挙で得をしたのはランドル。株で儲けたのは誰なのかしら」
ラファエルが小首を傾げた。令状を取れば証券取引所に取引明細を提出させることができるが、今の段階では、株取引とテロの関係は明確ではない。
エースが言った。
「ミリアム。すみませんが、アリオン・T・ジョナスという候補者について、もう少し詳しいことを調べて頂けますか?」
「彼に何か怪しいところがあるの?」 ラファエルが訊いた。
「いえ、その…アリオンという名前はギリシャ神話に出てくるなあと…」
エースは自信なげに口ごもった。その様子に、ミリアムが励ますように相槌を打った。
「ああ、『ジュピター』というのは『ゼウス』のことですよね」
人間は何かに名前をつける時、無意識のうちに自分と関連のある言葉を選ぶことがある。単なる偶然の可能性も高い儚い糸だが、他にこれといった手がかりがない以上、辿ってみるのもいいかもしれない。
「株の値動きの方もチェックを続けた方がいいわね」
ラファエルが言った。
「もしまた似たような動きがあったら、売りに出された方の銘柄がターゲットになる可能性があるわ」
「わたしもそう思ったので、職員二人に専従でマーケットのチェックをさせています」
「さすが、ミリー。ぬかりはないわね」
ラファエルはミリアムにウィンクした。

ちょうど、生き残った防犯カメラに納められた映像から、目撃証言に合致する女性をピックアップしたスライドが出来上がってきた。黒髪。白っぽいジャケット。その中でサングラスをかけた者は三人。内二人はレンズに淡い色がついた程度だが、小さな男の子の手を引いた一人だけは真っ黒なレンズのものを着用していた。
「この母子連れみたいな二人、何だか様子が変ね。女性の方はファッショナブルな装いをしているのに、子供の服はみすぼらしいわ。袖なんか丈が短くなって、袖口が肘のあたりまできてる」 ラファエルが言った。
「母親が自分の服にばかり金を使って、子供にはまわさなかったんじゃないか?」
「そういう親もいるかもしれないけど、お洒落な人って、他人の身なりにも目がいくものよ。自分の子供にこんな格好させとくなんて、信じられない」
ダリウスがすかさず立ち上がって、
「よし、この女が大本命ということで、そいつを中心に店員に聞き込みだ。どこで何を買ったか。名前を残していないか。紙箱爆弾らしきものを持っていなかったか」
と言うと、エースを無視して大股で部屋を出て行った。彼の直属の部下がその後に続く。
ラファエルも部屋を走り出ると、廊下で彼を呼び止めた。
「いいかげん、大人げない態度やめなさいよ。あなたは最初の日に自分なりのやり方でコマンダー代行の技量を確かめたんでしょう?」
「おれは、あいつが現場で足手まといにならない程度に自分の身を守れることを確認しただけだ」
「さっきの子供連れの女性だけど、誰も彼女が爆弾を仕掛けているところを見たわけじゃないのよ。そのことは頭に入れておいてね」
「わかってるさ。聞き込みはちゃんと他の女も視野に入れて行う。爆弾が入りそうな紙袋やでかいバッグを持っている女は、他にもいたからな」
そう言って身を翻すダリウスを、ラファエルはため息と共に見送った。

子供服売り場の店員は、男の子を連れたサングラスの女性のことを覚えていた。
やはり、身なりがあまりにちぐはぐだったので注意を惹かれたのだ。
女性はその男の子のために靴下と運動靴を買ったという。
「紙の箱はちょっと記憶にありませんが、かなり容量のあるバッグを持っていました。男の子が履いてきた靴下と靴はそのバッグに入れていましたから」
女ができるだけ男の子がもともと履いていたものと同じような商品を探したことも、店員の記憶に残っていた。
「たいていのお客様は、今まで身につけていたものとはテイストの異なるものを購入なさるので、ちょっと印象に残ったんです。もちろん、ご自身の定番を決めていらっしゃる方もいるので、いちがいには言えませんが」
と、店員は言った。

 次に会った時、アテナの髪は金色になっていた。彼女の方から声をかけてくれなければ、ボビーは彼女がわからなかっただろう。
アテナはボビーを駅前の商店街の洋服屋に連れて行き、今着ているものとよく似たブルーのシャツを買った。新しい服の袖に、ボビーは思わずほおずりした。ふくふくした布地の感触が好きで、以前はよくこうしたものだ。母親はその仕種を見る度に、「ふくふくちゃーん」と抱きしめてくれた。
駅前広場のベンチで、アテナは新しいシャツの裾に、黄色い糸でボビーの名前を刺繍した。ボビーのシャツには全て、母親がそうして名前を入れていたのだ。
「これで、前のと同じになったわ」
と、アテナは言って、また薄い革手袋をはめた。
二人はエスペラント・エクスプレスウェイ駅中二階の切符売り場にやって来た。電車に乗って遠くへ行くのだろうか。ボビーは少し不安になった。
アテナは彼を安心させるようににっこり笑い、また小さな紙箱の入った袋を渡した。彼女がゆっくり顔を向けた方向には、閉店したプリペイドカード売り場のワゴンがカバーの上からロープで支柱に結びつけられていた。
「これを、あのワゴンと柱の隙間に置いてきてちょうだい」
アテナは言った。

 中二階の支柱を吹き飛ばされた駅は、無惨に崩壊していた。
天井と床が同時に抜けて一階の中央コンコースに雪崩落ち、墜落する者、瓦礫の下敷きになる者、多数の死傷者が出た。
ホームも陥没して、構内に停まっていた列車が傾いている。幸い、上客は全員無事救出された。
「わかったか。これがテロだ」
ダリウスは、エースに言った。
「市長が要求をのんだから、はいそうですかと犯行をやめるような仁義は奴らにはねえんだ。だから、多少力業でも、とっとと首根っこおさえちまわなきゃならねえんだよ!」
コンコースに埋められた人々の救出作業は今も続いている。
エースは病院へは自分が行くと言い張った。
現場の指揮をラファエルに任せ、ダリウス達には駅周辺の聞き込みを命じた。
「もし、爆弾を仕掛けたのがあの子供連れの女性だとしたら、今回もまた何か子供の物を買っているかもしれません。他にも不審な人物や動きがなかったか、聴取をお願いします」
「おれ達に負傷者の尋問は任せられないってわけか」
ダリウスは火を噴かんばかりの視線をエースに向けてきた。エースも真正面から見つめ返す。
こんな凶行を二度と繰り返させてはならない。
凄惨な現場はエースにもその思いを強くさせた。
だが、そのために無理な尋問をしていいとは思えない。
こんな阿鼻叫喚の地獄を体験した人を、これ以上苦しめてはならない。
その思いだけで、エースは炎のようにダリウスの全身から立ちのぼる敵意に耐えた。

(続く)

兇天使(4)

2007-05-26 20:57:54 | Angel ☆ knight
  

  その日のシティ病院は、次々に搬送されてくるテロの被害者で野戦病院の様相を呈していた。
ついには輸血パックが足りなくなり、シティ警察の「飛ばし屋エル」ことエルシード捜査官が、ガーネットスター・シティの病院に走って分けて貰ってきた。
スターリング本部長にその礼を言わなければならないが、ドクター・リュティシアが回した番号は対テロセクションのものだった。
エースが電話口に出ると、冷静に、と思いながらも声が尖った。
「今日、おたくの隊員がテロで負傷した患者さんに事情聴取に来たんだけど―」
怒りと疲労が自制心を奪う。マゼンタの瞳が深紅に燃えさかっているのが、自分でもわかった。
「おたくでは、けが人に話を聞く時に、ああいう風にやれって言ってるの? 集中治療室にズカズカ入り込んで、意識が戻ったばかりの患者さんに『思い出せ、思い出せ』って詰め寄ったり、ドクターストップを無視して強引に質問を続けた人もいたわ。たとえ犯人に対してでも、あんな尋問の仕方、医者として許せない。まして、被害者ならなおさらだわ
隊員の名前は聞き出してあった。ダリウス、ゼノン、神奈(カンナ)。
その名を告げると、エースの返答も待たずに電話を叩き切った。

エースは三人の隊員を部屋に呼んで、事実確認をした。
三人は悪びれもせず、「そうしないと情報が取れないから」と答えた。
「ちょっと考えたらおわかりになると思いますが、現場の核心部にいた人ほど、重傷を負っているんです。いちいち十分な回復を待っていたら、捜査は進みません。ましてや、そのまま亡くなられたりしたら、貴重な目撃情報が失われてしまいます。コマンダー・ユージィンも、次のテロを防ぐためなら、多少の無理は甘受して貰うという方針でした」
ダリウスが言えば、神奈も、
「おれたちも対テロ情報は頭に叩き込んでますから、『ジュピター』というグループが初物なのはわかっています。手口だけでも早く割り出さないと、次の犯行を阻止できないでしょう」
と言い募る。神奈は、体は女性だが魂は男性だと主張している。公務員の場合、こういうケースは身体の性別に従った扱いをしてきたが、最近では徐々に本人の申告通りに扱う方向に変わっていた。
「あなたが事情聴取した患者は、その後昏睡状態に陥ったそうです。そのことをどう考えますか?」
エースが厳しい声で言うと、ダリウスは不敵に笑った。
「それは、ぜひとも話を聞いておいて正解だった。今のところ、神奈が聞き出したサングラスの女が唯一の手がかりですからな」
「人は自分が正義に則って行動していると考えている時に、一番傲慢になるものです。こちらに大義名分があるからといって、相手にいかなる犠牲を強いてもいいわけではありません。今後はもっと思いやりのある行動を心がけて下さい」
「思いやりのある行動、とは具体的にどういうものですか?」
ゼノンが聞き返す。
「自分がされたら不愉快なこと、家族や親しい人にされたら許せないことはしないで下さい」
エースが言うと、ダリウスはフフンと鼻を鳴らした。
「おれなら、どんなに重傷を負っていても、次のテロを防ぐためなら証言するし、家族にもそうさせますね。でないと、また何百人という市民が被害を被りますから」
エースとダリウスは、互いにきっと睨み合った。

 ブライト市長は深夜になって記者会見を開き、次期市長選への出馬を断念すると発表した。
「格差固定化是正のための諸政策がようやく端緒についたところで、このように戦わずして退かねばならないのは断腸の思いですが、市民の尊い命と引き換えにできるものではありません。
シティ警察には、一刻も早く、民主主義の根幹を卑劣な暴力によって揺るがそうとする輩を検挙するよう切望します」

この会見の模様は、「ブライト市長涙の会見」のテロップと共に放送された。
ダリウスはTV画面に向かってけっと喉を鳴らした。
「何が涙の会見だ。おれたちが公示期間内に『ジュピター』を一網打尽にすりゃ、また立候補の届出ができるもんだから、しっかりプレッシャーをかけてやがる」
「コマンダー・ユージィンが健在なら、こっちも意地を見せようって気になるんだがな。いかんせん、あの坊やが指揮官じゃ、やる気になれん」
ゼノンが隣で呟いた。
「テロの捜査は、刑事局みたいに時間をかけて推理ごっこをやってりゃいいのとは違うんだ。テレビドラマじゃあるまいし、誰が得をしたかなんて調べてる場合か」
と、神奈も吐き捨てた。

 セイヤはその日の移行訓練が終わると、シティ警察の託児所に向かった。
―テロの捜査で遅くなるから、しーくんを連れて帰って。
と、ラファエルからメールが来たからだ。
しーくん、というのは、康(シズカ)という名の、彼の「弟」だ。セイヤが家を出た後、ラファエルが新たに引き取った子供である。
―おれのこと家族だと思ってるんなら、そういうの、一言相談があって然るべきだと思うけど。
事後承諾で養子縁組の事実を知らされた時に、セイヤは言ったものだ。しかし、ラファエルはけろりとして言った。
―なんで? 下の子作る時に、いちいち上の子におうかがいたてる親なんていないわよ。
―そういうのと、場合が違うだろ。
康と顔を合わせるのは今日が初めてだったが、ラファエルがご丁寧に写真を添付していたので、どれが康かはすぐにわかった。向こうもセイヤの写真を見せられていたらしく、
「セイヤおにいちゃま」
と、駆け寄ってきた。
(誰がおにいちゃまだ。なつくな)
康は小さな黒いリュックを背負っている。両側に白いフェルトの羽が、天使のそれのように広がっていた。
(あの女、おれにはこんな芸の細かいことしてくれなかったぞ)
と思った瞬間、胸がちくりとした。焼きもちを焼いているのかと思うと、やりきれなくなった。
だが、天使のリュックは康の生みの母親が作ってくれたのだという。よく見ると、フェルトの羽はあちこちくたびれかかっていた。
(だよな。あの女にこんなもん、作れるわけないか)
何年ぶりかで訪れた実家は、驚くほど変わっていなかった。
ありあわせの材料で夕食を作ってやると、康は、
「おにいちゃまのごはん、すごくおいしい~」
と、目を細めた。
そりゃそうだろう、とセイヤは思う。ラファエルは、はっきり言って料理が下手だ。
たまりかねて初めて自分で食事を作った時、自分でも驚くほど「自由」を感じたのを覚えている。もう、ラエルのまずい味付けに我慢しなくていい。自分が食べたいメニューを作れる。「自分でする」ということは、「自分の好きなようにできる」ということなのだと、セイヤは実感した。
一口ごとに「おいしい」を連発する康を眺めながら、
(こいつがもうちょっと大きくなったら、簡単に作れる料理のレシピを教えてやろう)
と、セイヤは思った。

 翌朝一番で、エースはシティ病院へ、ダリウス達が事情聴取した患者を見舞った。サングラスの女を目撃した女性はまだ昏睡状態から醒めず、付き添っていたパートナーの男性が、昨日の怒りを爆発させるようにエースに殴りかかった。
かわそうと思えばかわせたが、エースは黙ってその拳を受けた。

(続く)

兇天使(3)

2007-05-25 17:15:25 | Angel ☆ knight
   

 今年最後の桜が散った日に、ボビーの人生は一転した。
両親の姿が消え、痩せてぎすぎすした伯母に連れられて家を出た。
「みんな、好き勝手なことばっかりして、面倒はすべてあたしに押しつける。いつでも貧乏くじ引かされるのは、あたしさ」
伯母は列車の中でずっとそう言い通しだった。
気弱そうな伯父が乗り換え駅でボビーにアイスクリームを買ってやろうとすると、伯母は、
「そんなことはしなくていいよ。これから、この子のためにうんと余分なお金がかかるんだからね」 と言い捨てた。
年の近い従兄弟達は、母親にならって、ボビーを「厄介者」と呼んだ。
厄介者、おまえが来たせいで、おれたちまでお小遣いが減ったじゃないか。
伯父だけは、時々隠れてボビーにおやつをくれたり、誕生日にはこっそりおもちゃを買ってくれた。
だが、おもちゃは翌朝、滅茶滅茶に壊されていた。従兄弟達がやったのだ、とボビーは子供心に確信したが、伯父はボビーが壊したと思ったらしい。悲しげなため息をついて、
「おまえには、もう何もしてやらないよ」 と呟いた。
ボビーはだんだん笑わなくなった。両親が生きていた頃は、笑顔が愛くるしいと評判だったのに、暗く沈んだ表情が張り付いてしまった。成長に合わせて服を与えて貰えないので、シャツもズボンもつんつるてんだった。
ある日、すっかりきつくなった靴の踵を踏んで歩いていると、「ぼうや」と声をかけてきた女がいた。薄い革手袋をはめた手でサングラスをとると、ややつり目のきつい顔が現れた。だが、伯母のように年中苛立っている険はない。
「ぼうや、靴が小さくなっちゃったのね。そんな靴で歩いていたら体にも良くないわ。おばさんが、ちゃんと足に合うのを買ってあげる」
女はボビーをオーガスタ・ショッピングモールに連れて行き、新しいスニーカーとくつしたを買ってくれた。どちらも前のものに似た色とデザインだが、履き心地は格段に違う。
「ありがとう、おばちゃま」
ボビーのやつれた顔に、久しぶりの笑顔が浮かんだ。
「本当は洋服も今日買ってあげたいんだけど、あまりいっぺんに揃えると、おうちの人の目につくから、また今度ね」
ボビーは女に手を引かれてロビーに降りた。女は小さな紙袋をボビーに渡し、
「これを、あの木の後ろに置いてきてくれる?」と言った。
ボビーは鉢植えの観葉植物の後ろにまわりこみ、四角い紙箱の入った袋を置いた。
鉢だけで自分の体の半分ほどの大きさがあり、顔を上げると繁った葉に視界が完全に遮られた。
ふと、女がいなくなってしまうのではと心配になったが、鉢植えと壁の隙間から滑り出ると、彼女はさっきと同じ場所に立っていた。ボビーはホッとして、彼女の元へ駆け戻った。

帰る途中、女はボビーの新しい靴に土や埃をなすりつけた。くつしたは薄汚れるまで履くか、自分で洗濯しろと言った。
おもちゃの教訓があったので、ボビーは素直に頷いた。
「周りに誰も味方がいない時は、決して目立ってはダメ。ひたすら自分の影を薄くして、誰の目にも留まらないようにするの。秘密は自分の胸の中だけに、宝物のように隠しておきなさい。いつか、あなたを迫害した人達を見返す時のために」
女は、アテナ、と名乗った。
「またここで会いましょう。今度はシャツを買ってあげるわ」
アテナがそう言った時、遠くで花火のような音がした。

 どんなにお腹が空いていてもおかわりのできないボビーは、食べ終わるとさっさと食器を洗って部屋に戻る。
だから、居間でテレビを見ながら食事を続けている従兄弟達が、ショッピングモール爆破のニュースに驚き騒いでいることは知らなかった。
床に足を投げ出し、真新しい白い靴下をじっと眺める。育ち盛りの腹はものたりなさを訴えていたが、胸はアテナとの秘密で満たされていた。

 オーガスタ・ショッピングモールに仕掛けられた爆弾は、近頃問題になっている紙箱爆弾だった。小さな紙箱の底に4点センサーがあり、それが接地すると起動する。紙箱の中に入れた化学物質の多寡により、起動から大体10~30分で爆発する。素人でも簡単に作れるので、理学部の学生がブログに作り方を載せてからというもの、いたずら半分に作製する若者が後を絶たない。
だが、ショッピングモールのような人が大勢集まる場所に、ここまで威力のあるものを仕掛けたとなると、いたずらよりもテロを疑うべきだろう。
壁面のガラスが全て吹っ飛び、半分が黒こげになったロビーで、エースは集まってくる情報に耳を傾けた。
爆弾が仕掛けられた場所は、鉢植えの観葉植物と背後の壁の間の隙間だった。爆風は4階まで突き抜け、3名の死者と100人以上の重軽傷者を出した。救助セクションが次々に負傷者を運び出してゆく。
初動捜査には、刑事特捜班からエンジェルとナイトも加わっていた。これまでのところ、脅迫も犯行声明もなく、通常の刑事事件の可能性もあったからだ。
「ちょうどあの鉢植えのあたりを映していた防犯カメラが、爆発で吹き飛んでいますね。偶然なのか、そこまで計算して仕掛けたのか」
ナイトが言うと、エースは、
「病院へ事情聴取に行った隊員から報告が入りました。爆発の約30分前に、爆弾が仕掛けられた鉢植えのあたりをじっと見つめていた黒髪の女性がいたそうです。その女性はサングラスをかけていたので、詳しい人相はわからないそうですが、目撃者はかなり不自然な感じを受けたようです」
ナイトは思わず周囲を見回した。復旧した照明は、商品の色を綺麗に見せる黄みがかった光だ。屋内で、しかも、白色光より暗く感じられるこのような照明の下でサングラスをかけるというのも、考えようによっては不審である。
「防犯カメラに写されることを考慮して、顔を隠したとも考えられますね」
ナイトがそう言ったところへ、本部オペレーションセンターのミリアムから、犯行声明が出たと連絡が入った。
組織名は「ジュピター」。要求は、ブライト市長の次期市長選出馬中止。
―『ジュピター』は、出馬断念の公式発表が行われるまで爆弾テロを続けると言っています」
「世界の首都」といわれるエスペラント・シティの市長選は、世界中がその行方に注目する。現職のブライト市長は、ネオ・アフリカンの革新派で、世界連邦の熱心な推進者だ。市長が計画した第一回世界連邦発足会議開催が呼び水になって、『ライオン・ハート』という過激派グループがシティに毒ガステロを仕掛けたため、再選を狙う次期市長選では苦しい闘いが予想されていた。「ジュピター」の要求は、それに追い打ちをかける内容となっている。
「まさか、レーヴェがまた…?」
「それは、考えにくいですね」
エンジェルの言葉に、ナイトは言った。レーヴェは、『ライオン・ハート』の影の黒幕と目されていた人物で、『金の獅子』航空テロ事件も彼が影でお膳立てしたのではないかと、シティ警察は睨んでいる。
「レーヴェの目的は、市長を追い落として、自分が後釜に座ることですから、今は時期が悪いでしょう。市長選に打って出れば、対立候補に『金の獅子』事件との関わりを追及されるのは目に見えていますからね」
「『ジュピター』というグループについては、何かわかっていることがありますか?」
エースが訊いた。彼は、コマンダー代行就任にあたり、対テロ情報を徹底的に叩き込まれた。グループの名前、特徴、スポンサーとなっている人物や団体、組織間の友好あるいは対立関係などを覚え込んだのだが、「ジュピター」という名前はその中にはなかったようだ。
―それが、対テロ情報共有データベースにも情報がないんです。現在、各地の警察に照会をかけていますが、『不明』の回答が多いです」
と、ミリアムも言う。
「わかりました。もしヒットがないようでしたら、市長選の各候補者のプロフィールと、ここ2週間のオーガスタ株の値動きを調べて頂けますか?」
エースは言った。
「株の値動きというのは?」
通信を終えたエースに、ナイトが訊ねた。エースははにかんだように微笑って、
「犯人の正体がわからないなら、とりあえずこの事件で得をしているのは誰かを探ってみようと思ったんです」と答えた。
「なるほど、捜査の常道ですね」  ナイトは微笑んだ。

(続く)

兇天使(2)

2007-05-24 15:45:00 | Angel ☆ knight
   

 対テロセクションの准コマンダー、ラファエルとの初顔合わせに際し、エースは少なからず緊張した。彼女は自分のコマンダー代行就任をどう思っているのだろう。
よほどこわばった顔をしていたのか、ラファエルは彼を見た途端吹きだした。
「そんなに硬くならないで下さい、コマンダー」
ラファエル。またも天使の名前だ。
もう、よそう、とエースは思った。いちいちユージェニーのカードに結びつけて考えていたのではきりがない。それが本当にカードが示すものかどうかもわからないのに。
ラファエルに壇上に導かれ、隊員達の好奇と敵意の入り交じった視線を浴びながら、エースは就任の挨拶をした。
「今回のことは、ぼく自身、信じられないような話でしたが、皆さんにとってはもっと大きな驚きだったと思います。なぜこういうオファーがきたのか、はっきりしたところはぼくにもわかりません。もしかしたら、何か思いがけないブレイクスルーが必要とされていて、そのきっかけとしてぼくという人間が運命に選ばれたのかもしれない。そう思って、引き受けることにしました。
ぼくにはコマンダー・ユージィンと同じことはできません。ぼくなりにできることを精一杯やるだけです。それがお互いにとって何らかの機会になることを願っています。
どうかよろしくお願いします」
エースがそう言って頭を下げると、「ちょっと待った」と、野太い声が上がった。
ダリウスという名の、巨漢の隊員が歩み出る。顔面を斜めに傷跡が走り、いかにも歴戦の強者という風貌だ。
「あんたはすっかりその気になっているようだが、おれたちはミッションが始まったらコマンダーに命を預けるんだ。あんたがあまりにも頼りなければ、おれたちは到底ついていけない。あんたがコマンダー代行にふさわしい力量の持ち主かどうか、試させて貰っても罰は当たらないと思うがな」
「もっともだと思います。どうすれば納得して貰えますか?」
エースが言い終わらないうちに、ビームサーベルの切っ先が胸元を突いてきた。

 滑走路に降り立ったシルフィードを、全員が感嘆の目で見守っていた。
誘導路をゆっくりとタキシングしてスポットに停止した機体の側面には、777の番号が打たれている。トリプルセブン。ウルフの愛機だった機体だ。
キャノピーが開いて、パイロットがコックピットから地上に降りると、
「どうだった? この機体は」 メカニックが急き込むように訊ねた。
「別に。乗りやすかったですけど」
シティ警察救助セクションのエースパイロットだったウルフが、負傷によりライセンスを失ってバックアップセクションに移ってから、777は乗り手を失って格納庫の隅で埃を被っていた。ウルフの後にこの機を割り当てられた隊員が皆、「自分には操縦できない」と言ったからだ。
「どうも、ウルフが777のポテンシャルをとことん引き出しちまったんで、性能が突き抜けちまったというか…それで、みんな、機体に振り回されるような感じがしちまうらしいんだ」
「並のパイロットならそうかもしれませんね。悪いけど、おれ、天才ですから」
パイロットの返事に、メカニックがポカンとしたところへ、
「セイヤ!」
と呼びながら、エースがこちらへ駆けてきた。

セイヤはエースと同じ、航空宇宙開発局スペシャル・タスク・フォース(通称ナッツ)の職員だ。
エースが対テロセクションのコマンダー代行を引き受けたので、彼に代わって、シルフィード・マークⅡの移行訓練を担当することになった。マークⅡは、ナッツが設計した機体である。
「すまなかったね。突然任せてしまって」
「いいですよ。それより、どうしたんです? その胸の焼け焦げ」
「ああ、これ…あやうくビームサーベルで心臓をひと突きにされるところだった」
と、エースは笑った。

ダリウスの繰り出したビームサーベルの切っ先が胸を焦がすと同時に、エースは半歩下がって間合いを抜き、ダリウスに向かって倒れ込むように一歩を踏み出した。体重の乗った手刀がダリウスの手首を叩くと、相手は小さく呻いてビームサーベルを床に落とした。
エースはその一撃の反作用で振り返りざま、後方から攻撃を仕掛けてきた隊員の腿に蹴りを放った。力よりも遠心力のきいたキックに、隊員は悲鳴を上げて蹲った。
ほとんど床と並行になった自分の体を、エースはそのまま、ビームサーベルを拾おうとしていたダリウスの上に落とした。
まるで、放り投げたボールが放物線を描くような自然に流れる動きで、彼は二人を倒した。

「いきなり大変だったんですね。さすが、対テロセクションはマッチョだな」
話を聞いて、セイヤも高笑いした。
「うちの母は元気してましたか?」
「え?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。准コマンダーのラファエル。おれの母親なんです」
「ええっ
と、エースは仰天した。ラファエルは瞳の大きな童顔で、制服姿が女学生のように見えた。実年齢より若く見えるタイプだろうが、とても成人した息子がいるとは思えない。
「あ、血はつながってないんですよ。おれ、ストリート・チルドレンで、あの人に拾われたんです」
きっかけは、ラファエルが非番の日にひったくりを追いかけているところへいきあたったことだった。日頃、セイヤが暮らしている地域でゴロをまいているいけすかないチンピラだったので、足をかけて転がしてやったという。
「そしたら、後で、あんた、お母さんほしくない? 良かったらうちの子になってよって」
セイヤはその時、誘われたと思ったらしい。
「自慢じゃないけど、おれ、美形じゃないですか。だから、男女問わず、お稚児さんにしたがる人、結構いるんですよ。風呂に入れて、上手いもの食えて、金も貰えるから、時々相手してたんですよね。で、夜中に寝室へしのんでいったら、『親に何するんだ』って、ボコボコにされて」
「ははは…」 エースは苦笑するしかなかった。
そうか、彼女は母親だったのか。考えまいとしているのに、ユージェニーの占いが頭をよぎった。母親のカードが敵と味方に一枚ずつ…
「成人するとすぐ、独立しろってたたき出されました。いつまでもママと一緒に暮らしてる男はろくなもんにならないからって。そのくせ、ニューイヤーに帰らなかったら怒るし、ホント、母親って、面倒くさいですよね」
エースにはほとんど母親の記憶がない。父親はマジシャンだったが、パートナーを亡くして酒に溺れるようになった。ついには舞台で大失敗をして仕事を失い、今はほとんど寝たきりの生活だ。
「じゃあ、エースさんが介護してるんですか?」
「介護っていうほど手はかからないけどね」
ユージェニーのカードを見た時、父が元気だった頃に使っていたカードを思い出して懐かしい思いがした。そのカードはもう何年も使われないまま、引き出しの奥にしまいこまれている。
これからビームサーベルとロードマスターの特訓なのだとエースが言うと、セイヤは、「頑張って下さい」と肩をすくめた。

 「じゃあ、シティ警察の対テロセクションは、あの素人の坊やが指揮をとることになったのね」
ガイアは上手そうにビールをあおった。
彼女の前にかしこまっている男は、上背のある体躯に上質のスーツがよく似合っている。彫りの深い精悍な顔に黒いあごひげをたくわえた、なかなかの偉丈夫だ。
「ほらね。わたしの言う通りにすれば、上手くいったでしょう? あんたは頭はいいけど馬鹿正直だから。一体いつまでわたしが根回しの仕方を教えてやらなきゃならないやら」
ガイアはため息をついたが、表情は愉快そうだった。
「さて。お膳立てが整ったところで、エスペラント・ドリームのスタートといきましょうか。どんなに能力があって努力しても、最後は門閥や金のあるなしで決まってしまう世の中はもう終わりよ。あんたたちだって、思う存分出世できるようになるわ。女手一つであんたたちに高等教育を受けさせた苦労が、いよいよ本当に報われる時がきたわ」

(続く)

兇天使(1)

2007-05-22 20:22:48 | Angel ☆ knight
   

 16区の細い道を、強い夜風が掃くように過ぎてゆく。
家路を辿るエースの足元にも、紙屑が吹き寄せられてきた。紙屑? いや、使い古されたトランプのカードだ。エースがそれを拾い集めて視線を上げると、カードの持ち主らしい老女が、闇の奥からひょこひょこ姿を現した。
「あなたのですか?」
「そうよ。どうもありがとう」
いかにも占い師といった装束の老女は、七連のリングをぶら下げた手首を差し出した。
どうやら、カードは風に吹き散らされたばかりではないらしい。老女の顔にも腕にも、真新しい青痣があった。
「どうなさったんですか?」 エースは心配そうに屈み込んだ。
「どうもこうもないよ。こんな狭くて汚い通りを縄張りにしてる連中もいるんだね」
老女はぺっと血のまじる唾を吐き出した。
「ああ、このへんは…」
エースはこのあたりをシマにしているグループを思い浮かべた。
「ぼくはエースといいます。この近くに家があるんですが、手当をしていかれませんか?」
「いやだよ、あんた、誘ってるつもりかい?」
老女は身をくねらせて、エースの腕をはたいた。エースは目をぱちくりさせた。
「フフ、でもそっちが名乗ってくれたんだから、名前は教えてあげるよ。ユージェニー・ビクトリアってのさ」
「どちらも、かつての英国女王の名前ですね」
「そこまでわかってて笑わなかったのも、あんたが初めてだ。変わった人だねえ。でも、悪い気はしないよ」
言いながら、老女が顔をしかめたので、エースは彼女をそっと道の端に寄せ、
「すぐ戻ってきますから、ちょっと待ってて下さい」
と、通り一本向こうの歓楽街に走った。こういう場所ではドラッグストアが遅くまで営業している。
湿布薬と痛み止めを買って、エースは老女の元へ戻った。
「ユージェニー、とりあえず、これをお持ちになって下さい。できれば、ちゃんと医者へ行って下さいね。ここを2ブロックいったところに、公設病院があります」
「あんたは、やさしい人だねえ」
ユージェニーは目を細めた。
「顔も女みたいにきれいなのに、待っている間にあんたの未来を覗いたら、なんとまあ、戦士(ソルジャー)のカードが出てきたよ」
「ソルジャー?」
「ああ。文字通り、これから兵役につく運命を示すこともあるけど、あんたの場合は違うね。何かもっと大きな力と戦うことになっているみたいだ」
「あの、ぼく、今夜は財布の中身が心細くて…それで…」
エースが正直なところを言うと、ユージェニーはにっこり笑った。
「構わないよ。薬のお礼さ」
ユージェニーは地面に並べたカードをめくった。トランプに似ているが少し違う。タロットカードでもないようだ。
「あんたの基本カードは、スペードのA。絵札はマジシャンだね。スペードのAの意味は、ポジティブサイドが『切り札』、ネガティブ・サイドは『死』だ。Aは強いカードだから、意味合いも極端になるんだよ」
「マジシャン」のポジティブサイドは、「変化をもたらす者、形勢逆転、起死回生」、ネガティブ・サイドは「虚飾、欺瞞」だ。
「おや。『天使』のカードが出たね。守護天使だ。あんたの味方になってくれる人だよ。それから、『母親』のカードが、敵と味方に一枚ずつ。長年占いをやってるけど、こんな配置は珍しいねえ。どう読み解いたものか」
エースはふと気づいて時計を見た。
「ユージェニー。もう行った方がいい。そろそろ、ここを縄張りにしてる奴らが次の見回りに来る時間です」
「おやまあ、そりゃ大変だ」
ユージェニーは、皺ばんだ手でカードをかき集めた。

 ユージェニーという占い師の言葉に符合するかのようなできごとが、翌日、早速起こった。
いつも通り、航空宇宙開発局NUTS分室に出勤すると、朝一で人事課に呼ばれ、エスペラント・シティ警察から対テロセクションのコマンダー代行を頼んできたという、信じられない話を聞かされた。
対テロセクションのコマンダー・ユージィンは、先日起きた「金の獅子」航空テロ事件で負傷療養中である。報道管制がしかれているが、かなりの重傷らしい。
「一体、なぜ、ぼくに…何かの間違いじゃないんですか?」
「こちらもよくわからないんだ。今夜、シティ警察の人が説明にくるから、その人に訊いてくれ」
というわけで、エースは、刑事特捜班のエンジェル捜査官と夕食を共にした。エンジェル。天使のカードと関係があるんだろうか。
エンジェルの説明によると、彼に白羽の矢が立った理由は次のようなものだった。
彼は週に二度、シティ警察訓練所(ヤード)で武道の授業を受け持っており、シティ警察と接点がある。先日の「金の獅子」事件でも見事な対応をし、体を張って市民を銃弾から守る勇敢さも見せた。ぜひ、コマンダー・ユージィンが回復するまで、代わりに対テロセクションの指揮をとってほしいということだった。
「ですが…コマンダーが指揮をとれなくなったら、代わりに誰が指揮官になるとか、そういうの、あらかじめ決められてるんじゃないんですか?」
「ええ。長官やコマンダーが特に指名しなければ、准コマンダーが指揮をとることになっているわ」
現在、コマンダー代行は、長官指名でスターリング本部長が兼任している。しかし、ユージィンの療養が予想以上に長引きそうなので、専任のコマンダー代行を決める必要が生じたのだ。
「なら、准コマンダーが代行を務めればいいんじゃないんですか?」
「そうなんだけど、准コマンダーは女性なのよ」 エンジェルは言った。
「で、上がいうには、テロリストは男尊女卑の傾向が強いんですって」
「はぁ…」 エースは話の行方に戸惑った。
「だから、女性が対テロセクションを指揮しているとわかると、テロが頻発する恐れがあるというの」
といって、准コマンダーをとばして対テロセクションの男性隊員を指名するのは、いかにも性差別のようで角が立つ。そこで、部外者だがシティ警察との間に信頼関係があるエースが候補に挙がったのだそうだ。
「その方がよっぽどナンセンスな気がしますけど」
エースは苦笑した。
「お役所の上層部っていうのは、そういう考え方をするのよ」
「ぼくが断ったら、一体どうなるんですか?」
「さぁ…」と、エンジェルは首を傾げた。
「そんなに長い間指揮官を空席にはしておけないから、准コマンダーか、男性隊員の誰かに任せるんでしょうね」
「もし男性隊員が指名されたら、准コマンダーは脱力感を感じられるでしょうね」
「脱力感?」 エンジェルの大きな瞳が、エースの目をじっと覗き込んできた。
「ああ、またか、しょせんこうなのかっていう脱力感。無力感。徒労感…絶望感といってもいいかもしれない。そういうのって、何度同じ目に遭っても、慣れることなんかできないと思うんです。毎回毎回、新たに自分を蝕まれてしまう」
エンジェルの瞳がますます大きくなった。
「あなたには、わかるのね」
エースは反射的に、ヘッドフォンのような補聴器に手を伸ばした。幼い頃にかかった熱病のせいで、ほとんどゼロにまで低下した聴力。熱が下がった時には、髪の色が老人のように真っ白になっていた。
障害を持つ16区(スラム)の住民。差別の対象になる要素はいくらでもあった。
「でも、彼女のために無理をする必要はないと思うわ。彼女もそんなことは望んでいないでしょう。あくまでも、あなたがやってみたいと思うかどうかで決めてちょうだい」
エンジェルは言った。
「一晩だけ考えさせて下さい。明日、連絡します」
「わかったわ。わたしの携帯番号とメールアドレスを教えとく」
エースは、エンジェルの番号とメールアドレスを登録した。どこかで、答えはもう決まっているような気がしていた。

(続く)

紅白戦

2007-05-20 16:52:16 | バレーボール
     

 今日は全日本の紅白戦。貝塚トレセンで16日から行われていた第2回合宿の締めくくりのようです。
アリーナ席申し込みなどが行われていた時期には、加奈さんが全日本に参加するかどうかもわからなかったので応募せず、そのまま紅白戦の日程も忘れていたんですが 秘密情報部員が紅白戦の様子を伝えてくれました。

紅組:多治見、小山、竹下、荒木、木村、大村、佐野
   リザーブ;嶋田、栗原
白組:落合、板橋、庄司、櫻井、先野、宝来、菅山
   リザーブ;大山

紅 1  1 白
   25-20
   17-25

「あんた、来てたら、休みの日に早起きしたのに加奈さん出ェへんて、文句タラタラやったとこやわ」と言う秘密情報部員。
メグさんも加奈さんも、ピンチサーバーで一度出ただけ。サーブは、晶ちゃんのギャグなのか、二人ともアンダーサーブだったそうです
一方で、リベロが本職のエビさんがスパイクやブロックを決めたり、どちらかというとリクレーションモードで和気藹々とした雰囲気だったようですね

 今後のスケジュール
・第3回合宿(貝塚トレセン) 6/4(月)~6/18(月)
・ヨーロッパ遠征
 ドイツ 6/19(火)~6/25(月)
 ロシア(エリツィン杯) 6/26(火)~7/4(水)
 ドイツ強化合宿 7/4(水)~7/11(水)
・第4回合宿(貝塚トレセン) 7/13(金)~7/25(水)
・第5回合宿(JISS) 7/26(木)~7/29(日)
・ワールドグランプリ  7/30(月)~8/19(日)
 決勝ラウンド(中国) 8/22(水)~8/26(日)
・第6回合宿(貝塚トレセン) 未定
・アジア女子選手権(タイ) 9/3(月)~9/13(木)
・第7回合宿 未定
・ワールドカップ 11/2(金)~11/16(金) 

長丁場のハードスケジュールなので、選手の皆さん、くれぐれもお体大切に、元気に乗り切って下さい