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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(8)

2007-04-05 14:49:15 | Angel ☆ knight

  「やっとお花見できそうです。やれやれ」

 水央とオリビエの目がランスロットの方を向くと、彼はスターリングの肩越しにひょいとライトを差し上げて照射した。水央は両手で顔を覆って膝を折り、オリビエも肘を上げて目をかばった。すかさず、強行犯課の捜査官が突進して二人を拘束し、リュティシアを奪い返した。

環状道路で『銀の騎士』を追跡しながら、ランスロットは強烈な既視感(デジャヴュ)に襲われた。あのフォーム、あのライン取り。ヤードで何度も一緒に走ったオリビエのものだ。
そう気づいた瞬間、彼の思考もスターリングと同じ道筋を辿った。本部オペセンは全ての情報が集まるところだ。『銀の騎士』がオリビエと劉水央の二人一役と考えれば、全ての謎が解ける。
そのことをスターリングに話したかったが、時間がなかった。ランスロットは一人、オリビエの住む3区の公務員官舎に向かった。『銀の騎士』はやみくもに環状道路からダイビングしたのではない。自宅のある官舎にすぐ逃げ込めるよう、3区に飛び降りたのだ。オリビエのケガの様子からすると、水央に助けられて部屋に戻ったのかもしれない。
官舎から一番近い交番に立ち寄り、制服を借りようとすると、
「ランスさん、そんな着方してたら管理人に怪しまれますよ」
と、シンいう名のぺーぺーに言われてしまった。小生意気だが、気の利きそうな奴だ。
「なら、おまえ、かわりに行ってくれるか?」と言うと、シンは目を輝かせて頷いた。

シンはランスロットの代わりに官舎へ赴くと、見回りと称して駐車場に入った。
管理人の案内で奥へ奥へと歩いて行く。
「ここから直接建物の中へ入れるんですか?」
「あのドアから入れるよ。IDカードを入れるか、暗証番号を押さないとドアは開かないがね」
ドアの横にはカードスロットとテンキーがついている。その奥にはバイク置き場とおぼしき袋小路があった。
「この先は行き止まりですか?」
さりげなさを装って言いながら、シンはバイクの群れに分け入った。
改造ロードマスターは、意外なほど堂々とその中に停めてあった。一見、市販のバイクと区別がつかない。エギゾーストパイプとリアフレームの形状をあらかじめランスロットに教えられていなければ、シンにもわからなかっただろう。まさに、木の葉を隠すなら森の中である。シンは小型カメラで、ロードマスターの写真を撮った。
シンが交番に戻ると、ランスロットはすぐさまロードマスターの写真を貼付したメールをスターリングに送った。これが決め手となって、水央とオリビエの逮捕令状と、オリビエの自宅及び駐車場の捜索令状が出たのである。
ランスロットはさっきまで駐車場で改造ロードマスターの差押えに立ち会っていた。コックピットの計器板に貼られた遮光シールドに目を惹かれる。これでは計器が見にくいこと甚だしい。彼はオリビエがいつも濃いブルーのサングラスをしているのを思い出した。対テロセクションの作戦中に超音波の目つぶしをくらった二人。計器の輝度すら眩しいのでは?
ランスロットは、鑑識からライトを借りて、オリビエの部屋に向かった。

「この野郎、よくもやりやがったな! 薄汚い豚野郎が!」
まだ目をつぶったまま、水央はわめいた。強行犯課の捜査官が三人がかりで彼を取り押さえる。ランスロットは言った。
「なあ、おまえらが最初に言ってたことは一体どうなっちまったんだ? おれは正直、あの犯行声明には共感した部分もあったんだぜ。だが、現場の捜査官同士疑心暗鬼に陥るように仕組むなんて、ちぃと陰険すぎやしねえか? ましてや、ロードマスターに乗りたい一心で同僚を殺したり、市民を盾に取ったりするんじゃな。感情移入もできなくなるぜ」
「黙れ! おまえに何がわかる! 寄生虫みたいにマフィアにたかってただ食いただ飲みをしてる警察の恥さらしが! 組織犯罪対策課の刑事はヤクザと見分けがつかないって、市民はみんな言ってるぞ!」
「否定はしないけどね」 ランスロットは肩をすくめた。
捜査官が水央を引き立てようとするのへ、彼は「待てよ」と声をかけた。
「こいつらは、こんな犯罪を犯してまで言いたいことがあるんだ。最後まで聞いたってバチは当たらないんじゃないか?」
言いながら、ビームサーベルのオレンジの切っ先をしゅっと水央の喉元に伸ばした。
「おまえの方も妙な真似はなしだぜ」
「できたら手短にね。30分以内にオリビエを病院に運ばなければならないわ」
部屋の後方からリュティシアが言った。人質にされたのに、完全に医者の目でオリビエを見ている。さすが本部長のパートナーだな、とランスロットは思った。
水央は燃えるような目でランスロットを睨みつけながら言った。
「死んだ途端にゲイツを尊い犠牲みたいに美化するのはやめろよ。あいつはこすからい点数稼ぎだった。あの作戦の時だって、一番後方にへっぴり腰で控えてたくせに、大物に手錠をかける段になった途端、タイミング良く飛び出してミッション・プライズだ。おれたちみたいに先頭に立って突っ込んでいく奴は大馬鹿だって嘲笑いやがったよ。あんなのがどんどん出世していくシステムでいいのか? そのうち、体張ってテロリストと闘う奴なんか一人もいなくなるぞ」
「だから、ゲイツを殺したのか? オリビエに背格好の似た奴は他にいくらでもいたのに、その中からあいつを選んだのはそういうわけか?」
「それは違うよ、ランス」 オリビエが言った。
「あの時は、ターゲットを選んでいる余裕なんかなかった。ゲイツを襲ったのは、彼がたまたまトイレに入ったからさ」
それを聞いて、ランスロットはふぅーと息を吐いた。
「何てこった。無差別殺人か? それじゃあ、おまえら、ただのテロリストじゃないか」
「そうだよ」 意外な激しさでオリビエが言った。
「対テロセクションにいた頃、ぼくはテロリストの心情が理解できなかった。あいつらは結局、暴力をふるうのが好きなだけで、主義主張は口実にすぎないと思っていた。だが、自分がシステムに対し訴えたいことができて、しかもそれが全く取り合われなかった時にわかったんだ。システムなんか、しょせん既得権者に都合のいいようにしかできていない。合法的な手段じゃなかなか変えられないようになってるんだ。だったら、力ずくで理不尽なシステムを破壊するしかないじゃないか!」

 「何とも身につまされる事件だったな」
ウルフとジュンは、ロードマスターの任務終了後メンテナンスに忙しい。ヴァレリー、ランスロット、エルシードも一緒に作業をしていた。
自分も負傷して救助隊機シルフィードに乗れなくなったウルフには、二人の犯行が他人事と思えないようだ。
「おれの場合は、気圧の変化やGに耐えられないことがわかってるから、まだあきらめがつくが、水央やオリビエみたいなのはきついだろうな。身体能力はたいして変わっていないのに、ライセンスを失わなきゃならないってのは」
「たしかに、明るさに弱い程度なら、アイシールドで何とかなるかもしれないね。アレフに頼めば、いいのを作ってくれそうだ」 ヴァレリーが言う。
「少し場合が違うかもしれないが、オリビエが最後に言ったようなことは、私も感じたことがあるよ。あんまりどの男もけだものみたいだったから、爆弾投げつけてやりたくなったことがあった」
エルシードの言葉に、ジュンは、ロードマスター乗務用の皮ツナギの上からも感じ取れる豊かな膨らみに目をやった。おそらく、話し合いなど無用の受難が何度もあったのだろう。
「なるほど。そういう時に人はテロに走るんだな」
「彼らの刑事責任は刑事責任として、その主張に耳を傾けるべき点があるなら傾けるべきだ。都合の悪い意見を封じ込めようとすると、組織はかえってダメージを受ける。少なくとも、コマンダー・ユージィンは、身長制限をやめるべきだな」
愛車に洗浄水をかけながら、エルシードは言った。
「それは、やめるんじゃない? あの人のことだから表には出さないけど、ゲイツに死なれたのが相当こたえてるみたいだよ」
ヴァレリーは洗浄水のホースをエルシードから受け取って、自分のロードマスターに向けた。
「おたくのボスはどう? 少しは心を入れ替えそうかい?」 
「ありえねえだろ」
ランスロットは、水滴にまみれたロードマスターにドライヤーの温風を吹き付けながら答えた。
「まあ、課長はある意味、別格だからな。マフィアにたかっても取り込まれない強さがある。でも、他の奴は違う。甘い汁吸ってるつもりで、いつのまにか首根っこ押さえられてたり、マフィアと同化しちまってたりする。そうなったら、もう警察官とはいえない」
フロントカウルを乾かしながら、彼はゆっくりと上体を起こしていった。
「おれがマフィアに便宜を図って貰わないのは、自分が弱い人間だってわかってるからだ。おごられればそれが弱みになる。ベーオウルフみたいに、自分の都合でたかったり締め付けたり自由自在なんて芸当はできないよ」
「わたしが『銀の騎士』なら、何をおいてもベーオウルフを襲撃したな」
エルシードが言って、皆が笑った。

 深更になってようやくスターリングとリュティシアは帰宅することができた。
食事をする気力もなく、キッチンのテーブルで暖かいハーブティーを飲んだ。
「…おれは、できる限り署員一人一人の顔を見て、きちんと話をするよう務めてきたつもりだった。叱責する時は、必ず本人を呼んで直接言い分を聴いた。オリビエは、すぐ近くでおれを見ていてくれたはずだったのに、あんな話は一度もしてくれなかったな。まあ、わたしの不徳の致すところで、聞く耳を持ちそうになかったと言われればそれまでなんだが」
リュティシアは、そっとパートナーの肩を抱いた。
「きっと、あの二人は、これまでさんざん上司に失望させられてきたのよ。だから、もう、誰にも期待する気になれなかったんだわ。でも、あのオリビエって人は、自分がロードマスターに乗っているところをあなたに見て貰いたかったって言ってたわよね。どこかで、あなたならわかってくれるかもしれないと感じていたんじゃないかしら」
「だが、わたしはあの二人に手錠をかけることしかできなかった」
「それは仕方がないわ。犯罪を犯したんだもの。でも、今回のことを無駄にしないようにはできるんじゃないかしら」
「そうだね。ぜひ…そうしなければいけないね」
心身共に疲れ果てて、スターリングは目を閉じた。今夜はもう眠る他ない。
朝が来れば、自分はまたシティ警察本部に出勤して、いつもと同じように一日が始まるだろう。その一日を惰性で繰り返してはいけない。よりよい一日にしなければ。オリビエや水央のためにも、ゲイツのためにも。
リュティシアのジャケットの肩に、いつのまにか桜の花びらが一枚張り付いているのに、スターリングは気づいた。

(おしまい)