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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(6)

2007-04-03 15:24:46 | Angel ☆ knight
 

 一夜明けると、空はきれいに晴れ渡り、雨の名残の水滴が朝日に煌めきわたった。
眩しい光に目を細めながら、スターリングは医務局から本部長室へ向かった。右足につけた固定具と左手に持った杖が一歩ごとにカチャカチャ音を立てた。
本部長室には専用の洗面所がある。購買部で買ったシャツに着替え、乱れた髪を直した。ひどい顔だ。しっかりしなければ。
身なりを整えて出て行くと、ミリアムが申し訳なさそうに緊急の案件を持ってきた。劉水央の指名手配の決裁を仰ぐ書類だ。
水央の住居はまるで引っ越しの直前のように物が少なく、どの部屋もたんねんに掃除したあとがあった。しかし、鑑識課のバキューマーは市販の掃除機の比ではない。吸引された水央のものらしい毛髪が、16区の工場跡に残っていた毛髪と一致した。工場跡からは、もう一種類別の毛髪が発見されていたが、こちらは誰のものか不明である。
スターリングは一瞬、躊躇を覚えた。昨夜、彼が闘った『銀の騎士』は、劉水央とは明らかに身長が違っている。水央はたしか、対テロセクションで任務遂行中に、オリビエと共に目をやられた隊員だ。
「ミリー。オリビエはいるか?」
「オリビエは病欠です」 ミリアムが答えた。
「どうも、インフルエンザにかかったらしくて、大変な時に申し訳ないけれど、周りにうつしてはいけないからと、ひどい声で電話してきました。今週は雪が降ったり、気温の上下が激しかったので、体調を崩したんでしょう」
「そうですか。それは、大事にしないといけませんね」
スターリングはまた書類に目を落とした。水央の自宅から採取された毛髪が16区の工場跡から発見されたものと一致しているなら、彼は今回の事件に何らかの関わりがある可能性が高い。
スターリングは決裁のサインをすると、書類をミリアムに渡した。

「ゲイツ隊員のヘルメットとユニフォームがダスターシュートから見つかった?」
ヴァレリーの報告に、ナイトは眉をひそめた。
今朝、清掃局員が燃えないゴミを回収していてロードマスターのヘルメットを見つけ、「こんなの捨てていいんですか?」と確認してきたという。すぐに燃えるゴミの方も調べたところ、こちらからはユニフォームが発見された。ヘルメットとユニフォームにはそれぞれ通し番号がついているので、誰に支給されたものかはすぐわかる。
「つまり、『銀の騎士』は、ゲイツのヘルメットとユニフォームを着用したわけではないんですね?」
「そうみたい」 ヴァレリーはそれが癖らしい、やれやれと両手を広げるポーズをした。
「おそらく、『銀の騎士』は、自分用のヘルメットとユニフォームをちゃんと持っていたんだろうね」
「ゲイツ隊員の身長は183㎝でしたね」
『銀の騎士』が劉水央なら、ゲイツのヘルメットとユニフォームが体に合うはずはない。無理にそれを着れば他のメンバーの不審を誘うだろう。しかし、ゲイツのものを着用したように見せかけることで、襲撃者はゲイツと体格が似た人間だと思い込ませることができる。
「ただ、本部長が、『銀の騎士』は自分より背が高かったって言ってるんだよね。本部長は179だろう?」
『銀の騎士』とドッグファイトを繰り広げたスターリングの感覚が、実際と違っているとは考えにくい。
「どういうことだろう。『銀の騎士』は劉水央じゃないんだろうか?」
「そうですねえ。上げ底ブーツでそんな激しい戦闘ができるとは思えませんし…しかし、劉水央の毛髪は工場跡から見つかったものと一致していたんですよね」
二人は怪訝な表情で首を傾げた。

 『銀の騎士』がドクター・リュティシアを拉致したというTVニュースを、スターリングは自室で呆然と眺めていた。
工場跡の捜索が空振りに終わり、対テロセクションの隊員も全員引き上げた16区で、公設病院からの帰途を狙ったという。『銀の騎士』からメディアに送られた画像には、背景がわからないようリュティシアが大写しになっていた。衣服はたしかに、彼女が昨日の朝着ていたものだ。マゼンタの瞳に合わせたフューシャピンクのカットソー。まるで戦闘服だなとからかった多機能ジャケット…
―長官と本部長は、『銀の騎士』の要求に対する回答を用意し、午後六時にエスペラント・スタジアムのセンター・フィールドに来い。さもなくば、ドクター・リュティシアの命はない。繰り返す。長官と本部長は…
机上の電話が鳴っていることに、スターリングはしばらく気づかなかった。慌てて受話器を取ると、長官の声が言った。
―ニュースを見たか?」
「はい」
―わたしはテロに屈してのこのこ出かけて行く気はない」
スターリングはごくりと唾をのみこんだ。
―わかったな?」 電話が切れた。

落ち着いて考えろ。色々なことを整理しなければ…
今のニュースは衝撃的だったが、同時にピースがカチリとはまる感触があった。何がそう感じさせたのか?
この事件には2つの流れがある。見せかけと真実と。騙し絵のように、視点を少し変えると、まるで違う絵が浮かび上がってくる。
真実は無理がない。全ての手がかりにシンプルに説明がつき、無理なく整合する。
自分にとって意外かどうかは関係がない。
事実は全ておれの目の前にあった。全てのピースを持っているのは自分だけかもしれなかった。
落ち着いて、一つ一つ、丁寧に考えろ。間違っていたらとんでもないことになる。
捜査本部の誰かに確認を取ることができたら。だが、そんな人間はいない。
いや、一人だけいる。
ランスロットだ。

緊急捜査会議に集まった顔は、どれも衝撃に打ちのめされていた。
『銀の騎士』が乗り捨てたロードマスターには大量の血痕が付着していた。着地の衝撃でフロントフォークが折れ、その先端が腹部に突き刺さったようだ。サスペンションやボディの損傷具合から、何カ所か骨折も免れなかっただろうと推測される。
「そんな大怪我をしていながら、『銀の騎士』は警察の追跡を振り切って姿をくらませ、その日のうちにドクター・リュティシアを拉致したというのか」
コマンダー・ユージィンが苛立たしげに言った。
スターリングは、彼と並んで壇上に座っていた。鏡を見なくとも、自分が蒼白な顔をしているのがわかる。ランスロットの姿は見当たらなかった。まだ3区の捜索から戻っていないのか。至急帰投するよう連絡が回ったはずなのに。
「もう、いいかげん事実に目を向けましょう。この事件は、警察内部に共犯者がいるんだ。六時までにそいつを炙り出して吐かせるしかない」
対テロセクションの隊員の声が部屋に響き渡った。
ナイトがすかさず立ち上がる。
「待って下さい。『銀の騎士』はおそらく、元警察官だった人物でしょう。事件が起これば警察がどんな手を打ってくるか、予測するのはたやすいはずです。簡単に内部の共犯者などと決め付けない方がいい」
「じゃあ、ジュリアーニが呼び出しをくらった事実を『銀の騎士』が知っていたことは、どう説明するんだ。ゲイツ殺害は、内部の者が手引きしなければ不可能な犯行じゃないのか? 共犯者、いや、内通者といった方がいいかもしれん。そいつが捜査情報を『銀の騎士』に漏らし、逃走を助けたんだ。ドクター・リュティシアを拉致したのが内通者だと考えれば、『銀の騎士』が負傷したという所見とも矛盾しない」
隊員は自分の言葉に自分で興奮してきたようだ。
「全署員の携帯通話記録を取り、昨日、16区の工場跡捜索が決定してから対テロセクションが踏み込むまで、そして、本部長がパーティーに出かけるルートや警備体制が決まってからゲイツが殺されるまでに、外部と連絡を取った者を洗い出すんだ。そいつの毛髪が16区からみつかったものと一致すれば、内通者だ!」
「よしなさい」
スターリングが、壇上から声を放った。
「そんなことをする必要はない。内通者などいない」
捜査員達の目が一斉に自分に集まるのを感じつつ、スターリングは続けた。
「よく考えて下さい。『銀の騎士』は最初から、自分が内部情報に通じていることをひけらかしていました。わたしがジュリアーニと話をした当日に彼を襲い、メディアにメールを送りつけた。普通、内部の人間に手引きをして貰う場合、わざわざそちらへ注意を向けるようなことをしますか? そんなことをすれば、警戒が強まって情報を流して貰いにくくなる上に、内通者が特定されれば、自分のことも白状されてしまいます。『銀の騎士』がこれみよがしに情報源の存在をちらつかせたのは、われわれを疑心暗鬼に陥らせるためです。われわれは現場に出れば、互いに命すら預け合わねばならない間柄です。その仲間同士、本気で疑い合ってしまったらどうなります? 一度損なわれた信頼関係が簡単に回復しますか? 『銀の騎士』の狙いはまさにそこにあるんです」
捜査員達の間にざわめきが広がった。
「では、本部長は、内通者については一切追及されないおつもりですか?」 質問が飛ぶ。
「その必要はありません」
「では、6時までに『銀の騎士』を探し出せない場合、長官とご一緒に奴に会うんですか?」
「『テロに屈してのこのこ出て行けない』というのが長官のご意見です」
「じゃあ、ドクター・リュティシアはどうなるんです?」
「午後6時にスタジアムという指定なら、午後4時頃までに『銀の騎士』の潜伏場所を包囲すれば間に合うでしょう。裁判所に逮捕令状を請求しますから、その間に準備をしておいて下さい」
これには、捜査本部全体がどよめき立った。本部長は『銀の騎士』の正体と潜伏場所を知っているのか? 皆の疑問が波動となってスターリングを打った。
スターリングの携帯が鳴ったのはその時だった。

(続く)