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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(4)

2007-04-01 17:32:15 | Angel ☆ knight
  

 第16方面区。通称「スラム」。エスペラント・シティ発祥の地だが、その後、シティが他の15の方面区へ拡大・発展していく中で取り残されてしまった。
捜査本部のスクリーンに大写しになった地図にも、朽ち果てた街の残骸が黒ずんだ染みをつくっていた。
フェンスの先端に付着した白い塗料は、ロードマスターの塗装であることが判明した。
バーナーでフェンスを焼き切り、まだ金網が熱いうちに通り抜けたので、塗料が溶けて付着したようである。
「フェンスの先の路地は、16区のこの地点に続いています」
ランスロットが手元のプロジェクターをタッチペンで辿ると、スクリーンの地図に赤い線が現れた。
少年の頃、ランスロットはこの道を逆に走って第2方面区へ抜け出した。海に向かって開けた港湾部のたとえようもない開放感。船が運んでくる積み荷の中には、白日の下では取引できない物もある。それがランスロット達の獲物だった。中古のオートバイでも、搬送路の迷路に逃げ込んでしまえば追いつかれる心配はない。全ての道筋を把握しているのは自分達だけだった。
いつからか、彼らと同じ荷を狙うグループが現れた。やはり16区の少年達で構成されており、リーダーはランスロットよりいくつか年長の、イースト・エイジアンの少年だった。たしか、「ミズオ」と呼ばれていたのではなかったか?
その少年が劉水央なのかどうかはわからない。
わかっているのは、彼らが少年時代、「けもの道」と呼んでいたあの道を、『銀の騎士』も知っていたということだけだ。
次いで、ランスロットはタッチペンで地図の上に赤い印をつけていった。
「ここはチーム・セキネのファクトリー跡です。こっちは個人の整備工場だったところ。こちらはニコイチ業者の作業場跡です」
「チーム・セキネ? 最強のプライヴェーターといわれたオートバイ・チームか?」
レーシング・ドライバーの経験もあるエルシードが訊いた。二輪でも四輪でも、レースで上位を独占するのはワークスといわれるメーカーチームだ。メカは何につけ資本がものをいう。何億もの巨費を投じたワークスマシンに太刀打ちできるプライヴェート・チームなど、滅多にいるものではない。セキネはほぼ唯一の例外だった。
市販のオートバイに、独自の技術で改造を施し、ワークスの牙城を切り崩すほどの性能を発揮させる。名チューナー・関根正人(セキネ・マサヒト)の名は、オートバイに乗る者なら誰でも知っているだろう。
「だが、セキネは代替わりしてダメになりました。ワークスのお抱えチームになり、経営は楽になったが技術は失われていった。このファクトリー跡は、セキネがまだ純粋なプライヴェーターだった頃に使っていたものです」
メーカーに抱え込まれた時に、それまでの設備はほとんど置き去られたので、ランスロットもよくそこに忍び込んでオートバイを改造した。防音構造も施されているので、今回の犯行にはうってつけの場所だろう。
「なるほど。そこが大本命だな」 対テロセクションのコマンダー・ユージィンが言った。ライオンのたてがみのような豊かな髪。堂々たる体格の偉丈夫だ。
「すぐにランスがマークしてくれた場所の権利関係を法務局に照会しろ。権利者がいる建造物については、大至急令状を取れ。準備が整い次第、第16方面セクションが包囲する」
この発言に、強行犯課の刑事達がざわめいた。対テロセクションが16区で『銀の騎士』を捕らえたら、いいとこどりで手柄をもっていかれてしまう。
ロードマスターのライセンスを持っているヴァレリーだけでも包囲陣に加えるべきだという意見が、強行犯課から飛び出した。しかし、
「ヴァレリー課長には、刑事局長の護衛をお願いしなければなりません。局長と本部長は、今夜、市長主催のチャリティーパーティーに出席する予定です」 
ナイトが言い、
「またチャリティー? あの市長も好きだね」
ヴァレリーが両手を広げて笑った。
不満げな強行犯課の捜査官達も、文句を言っている暇はなかった。劉水央宅の捜索令状が出ている。上手くいけば、今夜中に『銀の騎士』の身柄と裏付け証拠の両方が手に入るかもしれない。捜査本部全体に緊張と興奮が漲った。

 今夜、16区に包囲網が張られると聞いて、スターリングはふとリュティシアが心配になった。16区の公設病院に診療に行く日だと聞いていたからだ。
公設病院は、生活困窮者が低額の費用で治療を受けられるよう、市内数カ所に設けられており、医療関係者有志が交代で診療当番を担当している。スターリングはリュティシアに、『銀の騎士』事件に巻き込まれないよう、それとなく「注意しろ」と伝えたい衝動にかられた。
しかし、事は捜査の機密に関する。特に今回は、警察の内部情報が漏れている疑いがあるのだ。漠然とではあれ外部の者に告げるわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。工場跡がある区域は病院からはかなり離れていますから」
オリビエが笑いながら言った。
「それよりも、ご自身のことを心配なさって下さい」
と、今夜のパーティーの警護体制について説明を始めた。
『銀の騎士』の犯行声明以降、長官、本部長、刑事局長、ベーオウルフの四人には、それぞれSPと対テロセクション隊員がつけられている。メンバーは随時変更され、その都度本人に伝えられる。この日は、SP4人、ロードマスター4台の警護体制だ。
出発の時間がくると、スターリングは両脇をSPに固められ、車の前後左右を対テロセクションのロードマスターに護られて、環状道路内回り1号線にのった。

麻上永遠子は、SPを追い返し、ナイトの運転する車の後部座席に一人で乗り込んだ。
「局長、それでは…」
「いいのよ。側に人がくっついていない方がいざという時動きやすくて」
永遠子はうるさげに髪をかきあげた。ボディガードにぴったり張り付かれる生活に、そろそろストレスが溜まってきたようだ。
エンジェルは運転手がやられないよう助手席でナイトをガードする役目、ランスロット、エルシード、ヴァレリー、対テロセクションのミネバ隊員がロードマスターで車の周囲を囲んだ。
彼女の車は、スターリングとは別のルートを通ってパーティー会場に向かった。環状道路外回り4号線を走り出して間もなく、前方に、揃いのフルフェイスのヘルメットと皮ツナギで身をかためたオートバイの集団が現れた。

 チーム・セキネのファクトリー跡はもぬけの殻だった。
もともと空だったのではない。ほんの数時間前まで明らかに設備が使用されていた痕跡があった。工場の隅のビニールシートの下からは、ロードマスターに装備されているパトランプや拡声器、バラバラになったカウリングなどが発見された。
「指紋や靴跡はきれいに洗い流されていますね。超音波水流を使われたようで、検出は不可能です」
鑑識課員の言葉を、ユージィンは半ば呆然と聞いていた。
このタイミングの良さが偶然とは到底思えない。誰かが知らせたのだ。『銀の騎士』に、16区が捜索されることを。

 「何よ、もう終わっちゃったの? 久々に暴れられると思ったのに」
ガーターベルトから引き抜いたビームサーベルを、永遠子はつまらなそうに弄んだ。襲撃者は全員ヘルメットをはぎとられて、分離帯に引き据えられた。かけつけた交通局の隊員が、
「『タイガー・ヘッド』という地元の暴走族です。何だおまえら、『銀の騎士』の物真似でもするつもりだったのか?」と、最後は五人の少年少女に向かって言った。
「頼まれたんだよ」 少年達は顔なじみの警察官に出会って、むしろ安堵したようにしゃべり出した。
「ロードマスターが偉いさんを護衛してくるから、おまえら、やりあって名を上げろって。無茶苦茶な話だから断ったんだけど、そいつ、やたら強引で」
「やらなきゃ、あたしらは口先ばっかりの腰抜けだってネットで広めてやるなんて言うんだよ。いつのまにか写真まで撮りやがって」
少年達は、フルフェイスのヘルメットに作業服のようなツナギを着た人物から、金とデイパックを人数分渡された。サービスエリアのトイレで、デイパックの中に入った装束に着替え、指示された外観・ナンバーの車を襲うよう命じられた。
―心配しなくても、間違えることはない。ロードマスターが護衛についてるから、すぐわかる。
と、その人物は言ったそうだ。変声マイクを使ってしゃべっていたので、年代も、性別もわからなかったという。
「身長はどれぐらいだったかわかりますか?」
ナイトが訊くと、五人の中で一番長身の少年が、「おれと同じくらい」と答えた。少年の身長は171㎝である。
「劉水央は170㎝でしたね」 ナイトは持ち前の記憶力で言った。
「16区の出身で、自分もオートバイで走り回ってたんなら、こういう奴らの扱いにも慣れているだろうね」と、ヴァレリー。
「おい、何のんびり構えてるんだ」
ランスロットの切迫した声がした。彼はもう、自分のロードマスターに足を向けている。
「そいつらは囮だったんだ。てことは、本命は本部長じゃないか!」
その声に答えるように、緊急事態発生の連絡が全員の無線に入った。

(続く)