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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

パイロットになりたくて(5)

2007-04-25 17:56:16 | Angel ☆ knight


 終業と同時に、ローズは職場を飛び出して最寄りの電気店に駆けつけた。しかし、『サイバー・ブルー』はもう売り切れており、『本日午後4時入荷予定』の貼り紙は、『サイバー・ブルーは完売しました。次回入荷未定』というものにかわっていた。
ローズは貼り紙が貼られたガラス窓に額をつけた。
ローズ、ローズ、ラ・ヴィアン・ローズ。子供の頃、両親はよくそう呼びかけてくれた。バラ色の人生を歩めるようにと、つけてくれた名前だった。
あたりまえなのかもしれないが、現実はそうではなかった。
マックスと結婚したばかりの頃までは、自分の人生にもまだ彩りがあった。ライオネス重工の若手技師との結婚。誰もが良縁だと羨ましがった。
しかし、ひと月とたたないうちに、マックスは体だけが大人になったお子ちゃまだとわかった。上手くいかないことは全て他人のせいにし、自分の幸不幸にしか関心がない。パートナーであるローズを思いやる心など皆無だ。
出費がかさんで家計が苦しい月でも、趣味のラジコン機には平気で大金を使った。特に最近は、同好の士を得たようで、熱心に自分の機の性能アップに励んでいる。
マックスは一度その男を家に連れてきたが、ローズは好感を持てなかった。取引先のソフトウェア技術者だそうだが、いい年をして、「本当はパイロットになりたかった」などと言う人間は、いかにもマックスの同類という感じで虫ずが走った。
パイロットになりたいなら、今からでもフライトスクールに行って免許を取ればいいではないか。ラジコン機をいくら飛ばしていてもパイロットにはなれないのよ。
マックスは、その男のつてで『サイバー・ブルー』を手に入れてやると言っていたが、どうもすっかり忘れてしまったようだ。「永遠の少年」の約束など、あてにはならない。
『サイバー・ブルー』は一見子供向けのゲームだが、実は、自分のような30代、40代の大人の需要が一番大きいという。味気ない生活。先の見え始めた人生。そんな現実がどうでもよくなってしまうほど魅力的な第二の人生が、あのゲームの中にはあるというのだ。
(わたしも、人のことは言えない)
ローズは自嘲のため息をついた。
マックスと別れてさっさと新しい人生を踏み出せばいいのに、そんなゲームで現実逃避しようとしている。わたしは一体、何にしがみついているんだろう。
「ラ・ヴィアン・ローズ…」
囁くと、自分の息でガラスが一瞬曇った。

 「沙京、何をそんなに一生懸命調べているの?」
エースは手にした紅茶とクッキーのトレイを、資料室でコンピューターにかじりついている沙京の脇においた。
「お昼、もしかして食べてないんじゃないかと思って」
沙京が、「ありがとう」と椅子を回転させたので、エースも脇の丸椅子に腰を下ろした。沙京は紅茶を飲みながら、
「あたし、昨日アビエイション・センター行ってきてんやんか」
と話し出した。シミュレーターで適性チェックをして、あまりに数字が低ければパイロットコースを続けるかどうか考えようと思ったそうだ。
適性はちょうど50%。
「どないせえっちゅうねんゆう数字やろ」
と言われて、エースは思わず笑ってしまった。
しかし、問題はその数字ではなく、それを見て悩んでいる彼女に妙な話をした男がいたらしい。
「そんな苦労せんでも、今すぐ簡単にパイロットになれるとか、うさんくさいこと言うてきおんねん。それも、どっかで見た顔でさぁ。ナンパや思われたら腹立つから、本人の前では何も言わへんかったけど、それで、今、訴訟記録調べてるねん」
「え?」
沙京は文系の人間だからか、時々論理を何段かすっとばして話が飛躍する。
アビエイション・センターから戻ってよくよく思い出したところ、沙京はその男を法廷で見かけたのだという。彼女の担当事件と同じ日に、同じ法廷で審理が行われたので、入れ替え時に顔を合わせたのである。日時は思い出すことができたので、その日のスケジュールを調べればどの事件の関係者かわかる。報道陣が詰めかけていた記憶があったので、メディアのサイトにもアクセスすると、その男の顔写真を確認することができた。
男は情報処理技術者の天海(アマミ)。『サイバー・ブルー』のメイン・プログラマーで、同製品のセールスポイントである画期的なインターフェースの開発にも携わっていた。彼女が天海を見たのは、クロノス社がレオン社に対して起こした損害賠償請求訴訟の口頭弁論期日だった。
「レオン社が天海氏を不当競争目的でヘッドハンティングしたんじゃないかっていう事件だね」 エースは言った。
「うん。訴訟はまだ継続中やけど、どうもレオン社の勝ち筋やな。クロノス社は、レオン社が天海氏の違約金を肩代わりしたことを根拠にしてるけど、レオン社はあくまでも立て替え払いで、報酬から天引きで返して貰ってるいうし、ゲームソフト部門やなしに分野違いのシミュレーター開発部に迎えたから不正競争目的なんかないいうのも、説得的やしなあ」
「シミュレーター開発部?」 エースは聞き返した。
「うちにもあるやろ。シルフィード・マークⅡのシミュレーター。レオン社はああいうののソフトウェア作ってるねん」
アビエイション・センターのシミュレーターにもレオン社のソフトが搭載されているので、天海はそのグレードアップのために適性チェックをモニターしていたらしい。
「沙京。その男が沙京に言ったことを、もう一回詳しく教えてくれる? できるだけ、その男の言った通りに思い出してほしいんだけど」
「そやから…パイロットが今みたいに狭き門なんは、機械と人間をつなぐインターフェースが悪いからやとか、現実なんか上手くいけへんことばっかりやけど、自分と一緒に来たら思い通りの人生歩めるとか…」
沙京は句読点のようにバリリとクッキーを囓り、
「そら、あたしはこれまで思い通り上手くいったことなんかほとんどない人生やったけど、会うたばっかりの人に見透かされたようなこと言われたら、何か気分悪いわ」
「沙京」 エースは言った。
「きみは、もしかしたらすごい手がかりをつかんでくれたのかもしれない」

 「レオン社。偶然かもしれないけど、『ライオン』を意味する言葉ね」
「ええ。レーヴェもライオンという意味ですし、彼が過去にバックアップしたとされるテロ組織は皆、名前にライオンが入っていました。『ライオン・ハート』とか、『キング・レオ』とか…」
ウルフが送ったゲーム機と意見書に対する回答が、その日、ナッツからシティ警察本部に届いた。
ゲーム機のインターフェースを航空機に転用できるかについては、「不可能ではないが、そのためにクリアすべきハードルがいくつもある」ということだった。しかし、興味をそそる新情報が報告に添付されていたので、本部オペレーションセンターのチーフ、ミリアムは、早速これを永遠子に伝えた。
「『サイバー・ブルー』のソフトとインターフェース製作に関わった技術者天海が、クロノス社から、レオン社のシミュレーター部門に移籍しています」
レオン社は、ライオネス重工からフライト・シミュレーターのソフトウェア開発を請け負い、急速に業績を伸ばした会社だ。ライオネス重工はレーヴェ傘下の企業で、アロー型戦闘機の生産にも携わっている。
「レオン社はライオネス重工の下請けみたいなもので、親会社子会社といった関係はありません。なので、レーヴェのコングロマリットとも直接の関係はないんですが…」
「レオン社を通して、『サイバー・ブルー』のインターフェース技術と、アロー型戦闘機、そしてレーヴェが一本の糸でつながるわけね。しかも、その技術者がナッツのメンバーに言った言葉は、かなり意味深だわ」
「ええ。捜査に予断は禁物ですが、とても偶然とは思えません。航空テロの実行犯については、対テロセクションが『金の獅子』というグループをマークしています。これも、レーヴェがバックについていると思われるグループで、これまでにも何度かハイテクテロを起こしています」
ミリアムの言葉に、永遠子は頷いた。
それにしても、と永遠子は言った。
「航空宇宙が専門のナッツが、よくこんな点に目をつけたものね。レオン社とクロノス社の訴訟に関するニュースは、わたしもしょっちゅう見てたけど、この事件と結びつけて考えたことはなかったわ」
「何でも、最近まで法律職についていた人がナッツの新メンバーに加わったそうです。どうしてそんな分野からスカウトしてきのか、わたしにはよくわかりませんが…」
「ライオネス社とレオン社の動向に注意していて下さい。どちらも本社はエスペラント・シティだから、うちの管轄だわ」 永遠子は言った。

 美影がいつも通り武道の授業に顔を出したので、イリヤは安堵を覚えた。さすがに少し元気がないようだが、イリヤが挨拶すると笑顔を見せてくれたし、隼都ともこだわりなく話しているようだ。
講師のエースは、この後、救助セクションの隊員達に、マークⅡ移行訓練を施すそうだ。
「おれたちも見学に行かないか? 今日きたばかりの新型機も飛ぶらしいぜ」
同期のサミュエルに誘われて、イリヤは「おう」と頷いた。

格納庫に現れた美影を見て、イファンは驚いて目を見張った。
美影はフライトスーツに身を包み、片手に奇妙な道具を抱えている。
「どうしたの、美影。その格好は…」
イファンが乗るはずだったシルフィードは、手違いで別の機体が届いていた。ありうべき間違いではないので、配送担当者は対テロセクションに厳しく尋問されている。そのため、移行訓練も開始が大幅に送れていた。
「いいのよ、イファン。その機体で」
美影は泣き笑いのような表情でイファンに歩み寄った。その歩みにつれて体側で揺れていた手が、突然手刀に変わって、イファンの首筋に襲いかかった。

(続く)