わたしには、どうしても苦手なお話が3つあります。
1つは、主人公が不治の病にかかる話。
2つめは、フランダースの犬みたいに、子供が可哀想な目にあう話。
3つめは、太平洋戦争ものです。
この3つにあてまはる作品は、それだけでつらくなってしまって、映画でもドラマでも小説でも、どんなに名作でも、どんなに感動の嵐と評判でも、見たり読んだりできません。
どんなに好きな作者のものでもダメ。
横山秀夫さんは、新作が出たら必ず買ってしまう作家の一人ですが、「出口のない海」だけは、どうしても読めませんでした。
「永遠の0」(百田尚樹著、講談社文庫)も、特攻で亡くなった人の話と知った瞬間、「あ、ダメ。読めない。絶対無理」と思いました。
あちこちの書店で平積みに、それも二列にも三列にもわたって並んでいるので、やたら目につくのですが 読むことはないだろうと思っていました。
最近、著者の百田尚樹さんの別の作品が文庫化されました。
がんばっている女性にエールを送りたいという短編集で、クリスマスの奇跡のようなお話が収録されています
それが良かったので、つい、「永遠の0」を手にとって、めくってしまいました。
プロローグは、アメリカの空母「タイコンデロガ」の乗員のモノローグになっています。
彼の任務は、カミカゼを、五インチ高角砲で撃ち落として船を守ること。
最初は「こいつらに地獄の底まで道連れにされる」と恐怖を覚えた特攻も、防御態勢が整い、艦のはるか手前で撃墜されるようになりました。彼の任務も開店休業状態。
「あの悪魔のようなゼロを見たのはそんな時だった」
という一節でプロローグが終わり、一転、舞台は現代の日本に移ります。
この本の実質的な主人公は、零戦パイロット宮部久蔵なのですが、物語は、彼の孫の姉弟が、祖父はどんな人だったのかを知るために、彼を知る人たちを訪ねて話を聞く、という構成になっています。
わたしがこの本を読む気になったのは、こういう形だったからだと思います。宮部久蔵が主人公として全面に押し出されていて、彼の視点で物語が進む歴史小説だったら、わたしは絶対読めなかったと思います。
とはいえ、このときはまだ、「でも、やっぱり太平洋戦争ものはいや」という気持ちが強くて、適当に立ち読みしてお茶を濁そうとしました。
ところが、家に帰ってからも、この本のことが頭から離れません。
「あの悪魔のようなゼロを見たのはそんな時だった」というフレーズが繰り返し甦ります。
まるで、自分自身が悪魔のようなゼロにとりつかれた気分。
こうなったら、楽になる(?)方法はただ一つ、買って読んでしまうしかありません。
わたしは観念してこの本を購入しました。
読み始めてみると…
おもろすぎる ( ゜-゜)( ゜ロ゜)(( ロ゜)゜((( ロ)~゜ ゜
オモロイというのは不謹慎かもしれませんが、空戦の場面とか、すごくわくわくするんです
ちょうど、司馬遼太郎さんの本で、桶狭間の戦いとか、長篠合戦、秀吉の中国大返しなんかを読んだ時のようなわくわく感。
通販のカタログで零戦の模型とか見ても、カッコイイなんて思ったことないのに。
もちろん、太平洋戦争の現実もきっちり描かれています。
真珠湾―ミッドウェー―ラバウル―ガダルカナルと、次々に移って行く舞台とともに、戦局の推移がとてもわかりやすく描かれます。
零戦の性能が、生身のパイロットの肉体の限界を超えるほど素晴らしいがゆえに、無謀な作戦を立てられてしまうという皮肉も。
「フロントがアホやから野球ができへん」と言ったのは、江本さんですが、当時の日本の上層部のおバカっぷりも実によくわかります。
一体何を考えていたんだ。あんないきあたりばったりな作戦なら、わたしにもたてられるぞ
わたしが太平洋戦争ものがいやな最大の理由は、アホな指導者のために、大勢の人たちが無駄に命を落とした悲惨さがやりきれなくなるからです。
こんな愚かな作戦のために尊い命が散っていったのかと思うと、胸くそが悪くなる。
そういう思いをしたくないから、この本にもなかなか手を出せなかったのです。
でも、この本はそのあたりのところを、読者に必要以上につらい思いをさせずに、でも、知っておかなければならないことはきっちりと伝えてくれています。
この本が、わたしみたいな戦争ものアレルギーの人間にも読みやすいのは、感動の押し売りがないからかもしれません。
宮部久蔵や戦友達を美化して、「彼らは立派だったでしょう。勇敢だったでしょう。さあ、泣きなさい、感動しなさい」という押しつけがましさがありません。
「愛する祖国のために、家族のために、大切な人を守るために戦う」という決まり文句も声高には唱えられません。
普通の人たちが極限状況をどのように生きたかが淡々と語られてゆきます。
それゆえにかえって、宮部久蔵の人柄や当時の日本の悲劇が、涙に曇らされずにまっすぐに伝わってくるように思います。
エピローグは、再びプロローグの語り手の視点に戻って、宮部久蔵の最期が簡潔に語られます。
このあっさり感が実にいいです。
決して、さあ泣け、号泣しろ、と迫ってこない。
それだけに胸に迫る
クマでも読める太平洋戦争もの 「永遠の0」は、絶対おすすめの名作です。