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家族ができるまで(7)

2009-12-28 21:50:15 | リョウマくん


  おばさんは、リョウマくんのお母さんのお姉さんです。
リョウマくんのお母さんは、たった一人でリョウマくんを産んで育てていました。
そのお母さんが亡くなったので、唯一の身内のおばさんがリョウマくんを引き取ったのです。
おばさんはなぜかそういうめぐりあわせになる人でした。
リョウマくんのお母さんは、誰にも居所を知らせていなかったので、おばさんは自分の親を一人で看取りました。
夫であるおじさんの親も、おばさんが何年も介護した後、見送りました。
おじさんには三人の兄妹がいましたが、みんな、なんだかんだいって気の弱いおじさんに押しつけてしまったのです。しかも、おばさんに感謝することもなく、わずかな遺産も当然のようにもっていってしまいました。
ともあれ、ようやく介護から解放されたと思ったら、今度は突然妹が亡くなって、小さな男の子が一人取り残されたと知らされたのです。
何で自分ばっかりこんな貧乏くじをひかされるのだろうと、おばさんは思いました。
おじさんは、会社でも、人を押しのけて出世したり、強引に注文をとってきたりできない人なので、あまりお給料は高くありません。おばさん夫婦には三人の子供がいるので、生活は大変です。そこへ妹の子供まで背負いこむことになって、おばさんは運命を呪わずにはいられませんでした。
おばさんはいつも疲れてイライラしていました。何もかも、いまいましくてなりません。のべつまくなくまわりにあたりちらしました。
おばさんの息子のガンちゃん達は、お母さんに不機嫌をぶつけられると、今度はリョウマくんに意地悪をしてうさばらしをしました。おじさんは、不満があっても、恨めしそうな顔をするだけで、何も言えません。家の中の空気はいつも、すさんでぎすぎすしていました。
リョウマくんはクマさんと身を寄せ合い、ひたすら息をひそめて暮らしていました。

不況の波はおじさんの会社にも押し寄せ、ただでさえ少ない給料がカットされてしまいました。
おばさんはますます不機嫌になり、ガンちゃん達のお小遣いも減らされました。
「おまえがいるせいだ。やっかいもの!」
ガンちゃんたちは、小学校の裏庭で、リョウマくんを責め立てました。
「こんなクマ、捨てちゃえ。汚くてくさくて、見てるだけでうっとうしいって、母さんがいつも言ってるぞ」
ガンちゃんは、クマさんを取り上げると、ゴミ焼却炉の中に放り込みました。あっとい間に、クマさんに火がついて燃え上がりました。
リョウマくんは夢中で焼却炉の中に手をつっこんでクマさんを助けようとしました。
そこへ、用務員さんが戻ってきました。ガンちゃん達は急いで逃げ出しました。
用務員さんは、リョウマくんを焼却炉から引き離し、火かき棒でクマさんを取り出しました。クマさんは既に右半分が焼けこげてしまっています。
それを見た途端、リョウマくんの頭の中で何かが弾けました。
その後のことは、覚えていません。
気がつくと、キョウシロウさんが側にいて、リョウマくんを自分の家に連れて帰ったのです。


しばらくして、キョウシロウさんが一人で戻ってきました。
「あの人達は?」
「今日のところは帰って貰った。とりあえず情報交換だけして、来週また会うことにした」
おばさんが、こっちばっかり交通費を負担して損だと言ったので、キョウシロウさんはお車代を出しました。喫茶店で飲んだコーヒーもキョウシロウさんのおごりです。
リョウマくんはキョウシロウさんにも、
「ぼく、おばさんとこ行かないといけないの?」
と聞きました。キョウシロウさんははっきりと頷きました。リョウマくんの瞳からまた涙が溢れました。
ここはとてもぽかぽかと暖かくて居心地がよかったのに。毎日おいしいものを食べて元気になれたのに。クマさんも直して貰えたのに。いいことは長く続かないのでしょうか。
「ぼく…この家の子だったらよかったのに。キョウシロウくんとキョウコちゃんが、お父さんとお母さんだったらよかったのに…っ
リョウマくんはそう言うと、また泣き声をあげました。

リョウマくんが泣きつかれて眠ってしまうと、キョウコさんが小さな声でいいました。
「あんな風に思ってたなんて…びっくりした」
リョウマくんが自分達になついていることは感じていましたが、この家の子だったらとまで思っているとは思わなかったのです。リョウマくんがこの家に来て初めてはっきり意思表示をしたのが、これでした。
「おれが悪かった」
キョウシロウさんはリョウマくんをこの家に連れてきたことを後悔していました。自分達が引き取るまでの覚悟がないなら、病院から施設へおくってもらえばよかったのです。中途半端な親切は、何もしないよりも残酷な結果をもたらすことがあります。リョウマくんにも可哀想なことをしたし、キョウコさんにも負担をかけたり、痛みを味わわせることになってしまいました。
「来週、あの人達のところへ返すの?」
リョウマくんは、おばさんのところに1年ほどいたそうです。その間に、あんなにボロボロになってしまったのに、この先何年もやっていけるでしょうか。
「しょうがねえだろう。うちで引き取るわけにはいかないんだから」
「やっぱり…無理だよね?」
キョウシロウさんは、実は子供の頃、リョウマくんと同じようにボロボロでいきだおれていたことがありました。だから、ついリョウマくんを連れて帰ってしまったのです。キョウコさんがリョウマくんにやさしくしてくれるのを見ると、あの頃の自分がいたわられているような気がしました。
キョウコさんもあまり幸せな子供時代をおくった人ではありませんでした。自分がしてほしかったことをリョウマくんにして、嬉しそうな顔をされると、あの頃の自分が満たされていくような気がしました。
でも、その程度の思い入れで子供を育てることなんてできるでしょうか。二人とも自信がありませんでした。
これまで二人きりで気楽に過ごしてきたのに、子供ができたらどうなるでしょう。リョウマくんは素直で気持ちのやさしい子供のようですが、もう少し大きくなったら、反抗期もくるでしょう。いじめにあったら? 学校に呼び出されたり、補導されたら? 受験がきたら? 他にも想像もできいことが色々起きるでしょう。何でも型にはまった考え方しかできない人達から、何かにつけて「養子だから」という言い方をされるのも鬱陶しいです。
「でも、リョウマくんが今頃つらい思いしてるかもと思ったら、あたしたち、何もなかったような顔して暮らしていけるのかな?」
それはキョウシロウさんも考えました。最悪、リョウマくんが虐待死したなんてニュースが出たら、二人とも、自分を許せるでしょうか。
「あたし…あんまり子供を可愛いと思ったことないけど、リョウマくんは何だか、最初から可愛がったの」
リョウマくんがほとんど何もしゃべらなくて泣いてばかりいた頃から、不思議に可愛げを感じていたと、キョウコさんは言います。
「あの子なら…ひきとってもいいかも」
「おれは、自分一人ならとてもじゃねえけど、子供なんか育てられない。だから、あいつのことも心を鬼にして突っ返すつもりだった。でも、キョウコさんがそんな風に思ってるなら…」
キョウシロウさんは、キョウコさんの顔をのぞきこみました。キョウシロウさんが「うちでは引き取れない」と繰り返していたのは、キョウコさんに負い目を感じさせたくなかったからでした。リョウマくんは自分が連れてきた子供なので、自分の責任で手放そうと思ったのです。でも、キョウコさんと一緒なら、二人で力を合わせてなら、育てることができるかもしれません。
もしかしたら、自分達の間にできた子供でも、生まれる時はやはりこんな不安を感じるのではないでしょうか。
もう夜遅くなっていました。こういう大事なことはあまり夜に考えない方がいいといわれています。二人は今夜は寝ることにして、明日、朝日の中で結論を出すことにしました。

翌朝、リョウマくんは体中が痒くて目が覚めました。見ると、一度消えたはずの赤いつぶつぶが、またできています。それを見るなり、大粒の涙がボロボロこぼれました。
「ぼく、また汚くなっちゃった。汚くなっちゃったぁー
キョウコさんがかけよってきて言いました。
「汚くなんかないよ。まだお薬残ってるから、塗ってあげる」
薬を塗りながら、キョウコさんはキョウシロウさんと目を見交わしました。これ以上先延ばしにしない方がいいようです。
「リョウマ。薬塗り終わったら、ちょっとおれ達の話を聞いてくれねえか」
リョウマくんはえぐえぐいいながらも、キョウシロウさんの方に向き直りました。
キョウシロウさんは、たしかめるようにキョウコさんの顔を見てから、ゆっくりと言いました。
「うちの子になってくれないか」
リョウマくんは涙に濡れた目を上げました。
「おれたちの子供になって、ここで一緒に暮らさないか?」
「ぼく…ここにいてもいいの?」
二人は頷きました。
「おばさんとこ、いかなくていいの?」
二人はまた頷きました。
「おと…さんと、おか…さんに、なってくれるの?」
三度目に二人が頷くと、リョウマくんはキョウシロウさんにむしゃぶりつきました。
「ぼく、ここにいたい。ここにずっといたい。キョウシロウくんとキョウコちゃんと一緒にいたい。ずっとここにいたいよぉー、あぁーん、あんあん
キョウシロウさんはリョウマくんをぎゅっと抱きしめました。
「わかったよ。家族になって一緒に暮らそう」
キョウシロウさんはその日のうちにおばさんに電話をして、自分達がリョウマくんを引き取るつもりだと伝えました。二日後、おばさんから宅配便が届きました。おばさんの家にあったリョウマくんの持ち物を送りつけてきたのです。同封の手紙には、『あとで、やっぱり返すと言われても、うちは知りませんからね』と書いてありました。中身はすりきれた衣類ばかりでしたが、キョウシロウさんとキョウコさんは、それをとっておくことしました。リョウマくんのお母さんが買ってやったものだからです。
色々な手続もすんで、おばさん達と顔を合わせるのもこれが最後という日、キョウコさんはリョウマくんを呼んでいいました。
「今までお世話になりましたって、ご挨拶なさい」
リョウマくんにすればいじめられた思い出しかないかもしれませんが、まがりなりにもねぐらと食べ物を提供してくれたことには挨拶をするべきだと思ったのです。リョウマくんが大人になって、生活していくことがどんなに大変かわかったら―おばさんを許したり好きになったりはできなくとも―少しは理解できるでしょう。
リョウマくんが、「おじさん、おばさん、お世話になりました」と頭を下げると、次の瞬間―
おばさんが声を放って泣き出しました。
みんなびっくりして見つめていました。

数日後、おばさんから手紙がきました。
『先日は、みっともないところをお見せしました。
これまで、面倒事を押しつけられるばかりで、「お世話になりました」などと言って貰ったことはなかったので、自分でも驚きましたが、涙腺が爆発してしまいました。ご主人にも、喫茶店で色々言い立ててしまいましたが、最後まで耳を傾けて頂きました。
リョウマはうちにいた時とは見違えるほど明るい可愛い子供になっていて、こちらで大事にして貰っていることがよくわかりました。あなたがたに引き取って貰えて幸せだと思います。これからもリョウマをお願いします』

キョウシロウさんとキョウコさんは、引き受けた責任の重さに何度も気が遠くなる思いをしました。でも、もう、川を渡ってしまったのです。
これから、色々なことがおきるでしょう。リョウマくんを引き取ったことを後悔することもあるかもしれません。でも、この人と一緒なら―
二人は互いの手を握り合いました。

親も子も、普通は相手を選べませんが、リョウマくんたちはお互いに「家族になろうね」と思ってなった珍しい親子です。
ずっと仲良く暮らせるといいですね 

(おわり)