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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

家族ができるまで(5)

2009-12-14 20:08:12 | リョウマくん


 児童相談所から来た二人は、キョウコさんにいきさつを説明しました。
どうも、あの靴屋のおじさんが、「子供にいつまでも小さい靴を履かせたままな上に、つぎはぎだらけのぬいぐるみを持たせている母親」について、他のお客さんにベラベラしゃべったようです。
それが児童相談所の耳に入って、二人が様子を見に来たということのようです。
事情はわかりましたが、キョウコさんは不愉快です。本当に虐待が行われているかどうかわかるまでは、もうちょっとものの言い方に気をつけてもいいのではないでしょうか。
でも、そういうことを言い返せるほど強い性格ではないので、言われるままに二人を家に上げました。男の人がリョウマくんに話を聞きにいっている間に、キョウコさんは隣の部屋で女の人の質問に答えることになりました。
問われるままに、これまでの経過を話していると、リョウマくんの部屋からものすごい叫び声が聞こえてきました。

この人は一体誰だろう?
リョウマくんは緊張してクマさんを抱きしめました
男の人はごく普通のスーツ姿でしたが、子供の目には威圧的に映ります。
もしかして、ぼくを連れ戻しに来たんだろうか。
きっとそうだ。そうにちがいない。
そう思った瞬間、リョウマくんは声を限りに叫んでいました。

「いっやぁあ~っっ

リョウマくんは脱兎のごとく駆け出しました
隣の部屋では、キョウコさんと女の人が、驚いて立ち上がりかけたところです。

「キョウコちゃん、キョウコちゃぁ~ん

リョウマくんは泣き叫びながら、キョウコさんにむしゃぶりつきました。
女の人が、「何があったの?」というように、男の人を見ました。男の人は、ただオロオロしています
「何かびっくりしちゃったの? 大丈夫だよ。何もこわいことないから」
キョウコさんはリョウマくんを抱きしめて、背中をさすっています。
女の人は二人の様子と男の人を交互に見遣やると、「帰りましょう」と、男の人に言いました。キョウコさんとリョウマくんを見ていたら、とても虐待が行われているとは思えなかったからです。

二人が帰ってしばらくすると、ようやくリョウマくんは少し落ち着いてきました。
「ぼく、連れてかれちゃうの? 連れてかれちゃうの?」
心配そうにたずねます。
「ううん。連れてなんかいかないよ。あの人達は、リョウマくんが最近ここへ来たから、元気でやってるか見に来ただけだよ」
キョウコさんは、リョウマくんの肩に手を置いて、
「どこへ連れていかれると思ったの?」
とききました。
リョウマくんは答えません。答えたらそこへ連れて行かれると思っているようです。
「じゃあ…リョウマくんが帰りたいところはないの?」
キョウコさんはずっと気になっていたことを、思い切ってきいてみました。
「迷子になったら言いなさいって、お父さんとお母さんに言われてたことない? 東京都ナニナニ区とかいうの」
「……」
「全部覚えてなかったら途中まででもいいよ。おうちの側に何があるとか、どんな電車が走ってるとかでもいいから。あたしたち、探して連れてったげるよ」
「…ないの」
リョウマくんは小さな声で言いました。
「ぼくのおうち、もうないの。お母さんも、もういないの。ご本も、おもちゃも、みんななくなっちゃったの
リョウマくんはそう言うと、また泣き出しました。

リョウマくんが泣きながら眠ってしまった後、キョウコさんは自分の部屋でヘタッてしまいました
靴屋のおじさんも、児童相談所の人達も、誰も悪いことをしたわけではないのですが、どうにも気分が悪いのです。
なぜ、あんな言い方をされなきゃならないのでしょう。なぜ、みんな、もっと言葉を選ばないんでしょう。(たとえ気にしないまでも)相手が少なくとも絶対いい気分にならないことを、なぜ平気で言うのでしょう。
自分が同じことを言われたら、どんな気持ちがするか考えてほしいものだと思いました
これから、「児童相談所」という言葉を聞くたびに、あの靴屋の側を通るたびに、もしかしたら、リョウマくんの新しい靴を見るたびに、いやな記憶が甦りそうです。それを思うだけで憂鬱になりました
そんなことがいつまでも気になってしまう自分もいやでした。
というより、あの場で毅然と言い返せず、しおしおと言うなりになってしまったから、のみこんだ言葉がいつまでもぐるぐる自分の中をまわっているのです。
こんな時は何か他のことをした方がいいのですが、体が金縛りのようになって動くことができません。いやな出来事というのは強力な磁石みたいなところがあって、そこから離れたいと思っても、ぎゅいーんと引き戻されてしまうのです。
キョウコさんは動きたくても動けませんでした。

リョウマくんが目を覚ますと、もう日が暮れかけて、あたりが薄暗くなっていました。
そろそろご飯のしたくが始まる時間ですが、台所はしんとしています。
リョウマくんはクマさんを抱いて、そろそろと起き上がりました。
リョウマくんは、キョウコさんの部屋へと向かいます。まだ入ったことはありませんが、場所は知っています。
そっと戸を引き開けると、キョウコさんは机につっぷしてぴくりとも動きません。リョウマくんが入ってきたことにも気がつかないようです。
リョウマくんはキョウコさんに近づくと、おずおずと手を伸ばしました。
そして、いつもキョウコさんがしてくれるように、その背をそっとさすりました。

さすさすさすさすさす

キョウコさんもその感触に気づいて、ゆっくりと振り返りました。
「お腹痛いの?
いつもキョウコさんがきくように、リョウマくんがききました。
「どっか苦しいの?」
人は知らず知らずのうちに、こんな風に誰かの見よう見まねで行動しているものです。他の誰かにされたのと同じことを、また人にするものです。
「どこも痛くも苦しくもないよ」
キョウコさんは言いました。こうやって少し体を動かして声を出したので、キョウコさんは磁石から逃れることができました。
急いで洗濯物を取り入れて、冷蔵庫の残り物でご飯のしたくをします。
一段落して洗濯物を片付けに行くと、すでにきれいにたたまれています。リョウマくんがやってくれたようです。
子供とは思えないほど上手にたたんでありました。キョウコさんがやるより、ずっときれいです
キョウコさんはリョウマくんのところへいって、
「洗濯物たたんでくれたんだね。ありがとう」
と言いました。
リョウマくんは、はにかんでクマさんに顔をおしつけました。

「クマさん、ぼく、ありがとうって言われちゃった」
リョウマくんは、クマさんに話しかけます。おばさんのところにいた時は、何をやっても怒られていたのに。
「ぼく、ここにいたら、どんどんいい子になっていけるみたい」
ぼくたち、ずっとここにいられるといいね。
リョウマくんはクマさんをなでながら呟きました。

(つづく)