豊田の生活アメニティ

都市デザイン、街歩き・旅行、くらし

神野「地域再生と経済学」②

2024-05-20 | 気になる本

共同体の共同作業は、共同体の生産活動の前提条件を形成することにある。農村で言えば、水路を共同で建設して共同で管理したりすること、都市で言えば、街路を共同で建設して共同で維持することなどが、共同体の共同作業として実施されてきたのである。共同体の相互扶助によって担われてきた機能には、教育、、医療福祉サービスがある。

グローバル化、ボーダレス化に伴い、中央政府が張る現金給付による社会的セーフティ・ネットは綻びはじめている。それを地方自治体が現物給付による社会的セーフティ・ネットで張り替えなければ、産業構造を転換させて地域社会を再生することはできない。

人間の新しい欲求は、人間の生活から生まれる以上、生活に密着して観察していれば容易に把握できる人間の生活から遠い政府である中央政府では、こうした新しい欲求は把握しがたい。スウェーデンでは雇用と福祉を重視する伝統生かしながら、新たなヨーロッパ社会経済モデルを追求している。

「行政改革」といえば、内部効率性のみを追求しがちである。しかし地方財政では外部効率性の方が内部効率性よりも重要である。外部効率性とは、地域社会のニーズに合っているかどうかと言う効率性であり、ニーズに合ってない公共サービスをいかに安い価格で生産しようとも、それは無駄であり非効率である。(豊田市の「行政改革」は民営化や市民サービスのカットで、何億円経費削減されたかを競う。一方で、駅前開発は大金を使い綺麗になっても賑わいがない。市民の6割は効果がない、としていても失敗を認めず、今後の整備計画も「隠ぺい」である。)

地域社会の再生には二つのシナリオがある。一つは、あくまでも工場誘致という従来の戦略の延長線上で持続可能性を求めるシナリオである。しかし、工業分野では地域社会は新興工業国の新しい追い上げに直面している。もう1つは、地域社会を人間の生活の場として再生させるシナリオと言ってもよい。

日本でも環境と文化をキーワードとする地域社会再生が始まっている。1990年代から施行されている湯布院町の「麗いのあるまちづくり条例」は、湯布院町のかけがえのない資産である。高知市も人間の生活空間として都市づくりを目指している。ショッピングセンターの機能を併せ持つシネマコンプレックスの建設を拒否している。高知市は京都市について古くから路面電車を敷設した。(90年代地方からまちづくり条例ができた。真鶴町の「美の条例、豊中市、世田谷区の自主的なまちづくり協議会などである。都市計画の分権や景観法もできたが、規制緩和で容積率は緩和され高層建築は止まらず、「建築自由」で都市法は改悪され日照、景観、空地など居住環境は悪化している。)  

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