原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

忘却の彼方に遠のいていた郷里の光景 -2-

2016年06月11日 | 旅行・グルメ
 (写真は、私が高校・大学時代に国鉄汽車通学道中の乗換駅だった「佐古駅」にて撮影したもの。)


 遠い過去に我が郷里在住中、この「佐古駅」を通過(及び乗換)したのは日々のことながら、この駅に降り立ったのは、郷里を去る以前より、もしかしたら今回の旅行が初めてだったように記憶している。


 今回の旅行中、何故この「佐古駅」を利用したのかと言うと、実母の介護施設見学のために佐古駅から数分の場所にある某施設を見学に訪れた故だ。
 施設への往路は県内主要駅である徳島駅よりタクシーを利用した。
 当該施設が佐古駅から近いとのネット情報をあらかじめ得ていたため、宿泊ホテルへの帰路は是非とも佐古駅より国鉄(現在はJR四国だが)の列車を利用したいと目論んでいた。 
 当日施設を案内してくれた介護施設長氏に佐古駅への道程を伺ったところ、徒歩でまっすぐ数分歩くと駅に着くとの説明だ。

 その案内の通り、数分歩くと佐古駅に到着した。


 さて、徳島駅行きの列車は何時発だろうか? と時刻掲示板を見たところ、30分程の待ち時間を要するようだ。(参考のため、県内主要駅である徳島駅は隣駅であり列車にて3分程で辿り着く距離だ。)

 こういう場合、都会暮らしが長くその時間的感覚に慣れ切っている人間としては、必然的に30分の待ち時間が耐えられない感覚に陥る。 (これだから田舎は困るなあ…。)などと…
 そして、すぐさま私は駅舎内を出てタクシーを見つけようとしたのだが、それさえ1台とて停車していない。  介護施設にてタクシーを呼んでとっととタクシーでホテルに帰ればよかった… などとの邪念に囚われつつ、それでも私は今回の旅の目的と意味を再確認した。

 今回は、郷里に一人暮らしの実母を介護施設に入れる段取りを付けるためにこの地を訪れている。 実母が施設に入居した暁には、保証人(身元引受人)の立場で年に数回はこの郷里の地を訪れるはめとなる。 そうした場合、いつまでも都会暮らし感覚で対応してもいられない事は明白だ。 ここは、現在の郷里の実態を知るためにも、どうしても私には30分間佐古駅で列車を待つ必然性があろう、と思い直した。


 気持ちを入れ替え、佐古駅にて列車を待つこととなる。
 その30分間こそが、我が郷里への郷愁を呼び起こしてくれた事も確かだ。

 私の場合、高校時代は冒頭写真の左側 「よしなり」 方面より徳島駅に向かって汽車に揺られつつ通学した。 
 大学進学後は、我が所属する医学部キャンパスが 「くらもと」駅に程近い場所に位置していたため、この佐古駅にて乗換をして「くらもと駅」へ通ったことが懐かしい。
 ただ、1970年代半ば当時は既にマイカーブームだった。 この私も19歳時点で運転免許証を取得して以降は、当該医学部キャンパスへ自宅からマイカー通学に切り替えたため、その後、国鉄のお世話にはなっていない。


 それにしても、この「佐古駅」の何とも小さきこと。
 こんなに小さい駅だったのかとの郷愁に暮れつつ…  
 それでも平成の時代に至って尚、この駅を利用して通学する現役高校生達に支えられ、今後も昔の国鉄の使命を果たしながら今もひそかに存続している「佐古駅」に降り立てた事実こそが、感慨無量だ…。

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