原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

そう言えば最後に「忘年会」らしきものに出たのはいつだっただろう?

2019年12月13日 | 人間関係

 (写真は、先月家族で娘の誕生日祝いを寿司屋で楽しんだ時に飲んだ“抹茶ハイ”。)

 

 昨日は、娘の職場の「忘年会」だった。

 私の診断では、我が娘は絶対的に“酒に強い”。 何故そう診断するかと言えば。

 小さい頃に酒の席に連れて行くと、私が飲んでいる酒を欲しがる事があった。 (内緒の話だが)ある時「カルーアミルク」を飲んでいると娘がどうしても飲みたい!と言うため、「ちょっとだけね」と言いつつ少しだけ飲ませたところ、「美味しい!!」とのご感想だ。 そして平然と「もっと欲しい!」とねだるため、「子どもはアルコール飲料は飲んじゃいけないのよ」と無責任な指導をしたものだ。

 娘が20歳を過ぎて公然と酒を飲めるようになって以降も、やはり少しは飲んで相変わらず平然としている。 ただ、酒の味が嫌いだという。 それを良きこととして「嫌なら酒など飲まない方が健康にいいから辞めときなさい。」とのこれまた究極無責任なサリバン指導に従順に従い、結果として娘は“酒は飲めない”との結論を導いて、酒世界を渡っているようだ。

 それにしても、不思議な娘だ。 どういう訳か酒の席は嫌ではないようだ。 娘が新卒入社で勤めている職場は「新年会」「新卒歓迎会」「退職祝い会」「忘年会」等々… 事あるごとに「酒宴」を開催しているようだが、ただの一度も欠席することなく必ずや自分の意思で出席している。  我が推測だが、あの子、もしかしたら“飲兵衛”の母を見ることに慣れ切っているのではなかろうか??  しかも真面目に娘相手に学習・教科指導をするサリバン母である私よりも、酒飲んでごきげん気分の母の方が好きなのかもしれない。  そのノリで、職場の酒宴に於いて上司や同僚達の“ごきげん姿”に何らの抵抗が無いのでは? と思えてきた。

 

 本日先程見た「忘年会」に関するネット情報の一部を、以下に引用しよう。

 何かと慌ただしい12月も中旬に入り、夜は忘年会がピークを迎えている。一年の労をねぎらい、来年の展望を“飲みニケーション”で語り合うのが毎年恒例の光景だが、近い将来、忘年会は消滅してしまうかもしれない。

 ネット上で、忘年会を欠席する「忘年会スルー」が話題になっている。「上司にお酌をしたくない」「お金払って説教されたくない」といったことを理由に、忘年会をあえて欠席する若者たちの間で広まっているようだ。

 だが、「忘年会スルー」をしたいのは若者たちだけなのだろうか。都内の出版社で中間管理職として働いている40歳男性は、こう話す。 「忘年会なんて行きたくないですよ。おいしくない料理に安くないお金を払うことに納得できませんし、『上司と飲みに行くのがイヤ』と思っている若い人と、僕らだって話したいとは思わない。それだったら早く帰って子供の顔を見たいですよ」  ちなみにこの男性は、お酒がまったく飲めないという。それもあってか「毎度、シラフで酔っぱらいの相手をするのは苦痛でしかない」「話すことがあるなら、会社で話せばいい」という考え方だ。

 アンケート調査でも、忘年会スルーの現実は「若手が嫌がって、上司が若者を嘆いている」という単純な図式ではないようだ。

 なかなか上がらない給料も、影響を与えているかもしれない。  今の40代は、戦後の第二次ベビーブームで生まれた「団塊ジュニア世代」にあたる。 若いころは就職氷河期で正社員になれず、非正社員として社会人としてのキャリアをスタートさせた人も多い。 1996年に改正された労働者派遣法の影響で派遣労働ができる職業が広がり、「派遣社員」が日本中に広がった時期とも重なる、いわゆる「ロストジェネレーション世代」だ。  36歳男性は、「その頃はじめて正社員になったのですが、新卒入社した人に比べると会社への帰属意識は薄いように感じる。若い人が忘年会スルーしたいのなら、無理して来なくていいのではと思う」

 平成の30年間は、年功序列・終身雇用という「昭和の働き方」が変化した時代だった。 良くも悪くも、同僚や仕事仲間とのコミュニケーションが濃密な時代ではなくなった。忘年会という風習も「昭和は遠くになりにけり」で、やがて過去の遺物になってしまうのだろうか。

 (以上、ネット情報より一部を引用したもの。)

 

 少し、私事を語らせて頂こう。

 上記のネット情報を読んで、思い出した「忘年会」がある。

 それは新卒で入社して医学専門職員として職場長にまで上ぼり詰め、その挙げ句新たな夢を描き「退職」を視野に入れていた頃の酒宴だ。

 その時その酒宴に出席していた若造達との「ギャップ」の程を思い知った気がした。 何と言うのだろうか、“こいつらとの接点”が何も無いのだ!  それまでは私の方こそが上司に可愛がられつつ、実に楽しい酒宴を満喫してきた身だ。  そりゃ、そうだろう。 今後は上司の身分の私こそが“こいつら若造ども”との接点を見つけ、ごきげんを取るのが我が職務との事だ。

 いやいや、まだまだ未熟だったことを思い知らされる。

 その後私も少しは年齢を重ね(底辺高校の)教諭を経験するとの機会に恵まれることにより、ある程度一端(いっぱし)の指導者的存在になれたのかとも考察できるかもしれない…。

 

 「忘年会」に関する端的な私論でまとめよう。

 「忘年会」に限らず酒宴の席など、出たきゃ出る、出たくなければ出ない、それこそが結論だ。

 出席した以上は特に上司の立場の人間こそが、出席した若輩者に対して不満を呈するべきではない事は歴然だろう。


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