(写真は、徳島県鳴門市に位置する大塚国際美術館の B3階 「フェルメールの部屋」に展示されている 「真珠の首飾りの少女」の陶板複製作品。)
単に原左都子の趣味の問題かもしれないが、女性のポートレートを描いた歴史的大作のうち、今や、レオナルド・ダビンチ作 「モナリザ」を超越して絵画ファンに人気なのは、冒頭に掲げた フェルメール作 「真珠の首飾りの少女」ではなかろうか??
早速、ネットより当該作品に関する情報を引用しよう。
フェルメール作、『真珠の耳飾りの少女』(蘭: Het meisje met de parel, 英: Girl with a Pearl Earring)は、オランダの画家 ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)の絵画であり、彼の代表作の一つ。 『青いターバンの少女』・『ターバンを巻いた少女』とも呼ばれ、オランダのデン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する。 口元にかすかな笑みを称えるかのようにも見えるところから「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」とも称される。
制作されたのは、1665年もしくは1666年と推定されている。 フェルメールが33歳から34歳の頃で、画家として安定した技量を発揮しつつあった時期である。 この少女のモデルをフェルメールの娘マーリアであるとして1670年代とする意見もあるが、1670年代の彼の技法はこの絵と明らかに異なっているため、可能性は低い。 ただし、本作の構図は極めて単純で、少女の上半身が描かれているだけで他に年代を推定できるような物品や背景が無く、後で述べるように少女の特徴であるターバンも全くの異国の風俗で、オランダ社会のファッションの移ろいとは無縁であるなど時代から隔絶した趣が強く、1665年又は1666年という数字もあくまで推測の域を出ない。 その後、フェルメールは1675年に43歳で破産同然で死去したので、残された作品も競売にかけられるなどして散逸した。『真珠の耳飾りの少女』も、他の絵とともに1696年に競売された目録が残っている。
その後1881年まで所有者は転々とした。
1881年にハーグのオークションにてわずか2ギルダー30セント(およそ1万円)でこの絵は購入された。 当時この絵は極めて汚れており、そうした低評価もやむを得なかった。 1882年には補修が行なわれ、1960年、1994年から96年にも補修されたが、1994年から2年間の修復は入念かつ徹底的に実施され、その結果、絵はフェルメールによって描かれた当時の状況に非常に近いものとなっている。 現在取引きされるなら、その価格は100億円とも150億円とも言われる。
描かれた少女が誰かはわからないが、これは「肖像画」ではなく、「トローニー(tronie)」という独自の様式に分類される。 モデルなしに想像で描いたものか、実際にモデルはいても、肖像画のようにその人物の地位や名声を表面に押し出す必要がない、そのため画家が自由に描く事ができるものである。
1994年からの補修によって、少女の唇の左端(画面で見ると右端)に白のハイライトがある事、また唇の中央部にも小さな白いハイライトがあるのも明らかになった。 これらは、唇の濡れた感じを示す効果がある。 口元は少し開き加減で、鑑賞者には何かを言いたそうに見え、また微笑しているようにも感じられ、いずれも強い印象を与え、想像力を刺激される。
『モナ・リザ』にたとえられる所以である。
(以上、ネット情報より幾つかをまとめて要約引用したもの。)
我が郷里の大塚国際美術館を訪れた感想でも、「モナリザ」よりも、フェルメール作 「真珠の耳飾りの少女」の方が、よほど人気が高かった印象がある。
その我が判断基準とは、単にどちらの写真を映す観覧者が多かったのかに他ならいのだが…。 (参考のため、当該陶板美術館では写真撮影が可能です。)
最後に美術素人の原左都子の感想を述べるならば、正直言ってデブったおばさんに見える「モナリザ」よりも、確かに若くて美女の「真珠の耳飾りの少女」に軍配を上げたい思いだ!
芸術玄人(くろうと)の人達にも “うんちく” ばかり垂れていないで、本心どちらの絵画が好きかを正直に暴露して欲しいものだなあ~~。
単に原左都子の趣味の問題かもしれないが、女性のポートレートを描いた歴史的大作のうち、今や、レオナルド・ダビンチ作 「モナリザ」を超越して絵画ファンに人気なのは、冒頭に掲げた フェルメール作 「真珠の首飾りの少女」ではなかろうか??
早速、ネットより当該作品に関する情報を引用しよう。
フェルメール作、『真珠の耳飾りの少女』(蘭: Het meisje met de parel, 英: Girl with a Pearl Earring)は、オランダの画家 ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)の絵画であり、彼の代表作の一つ。 『青いターバンの少女』・『ターバンを巻いた少女』とも呼ばれ、オランダのデン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する。 口元にかすかな笑みを称えるかのようにも見えるところから「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」とも称される。
制作されたのは、1665年もしくは1666年と推定されている。 フェルメールが33歳から34歳の頃で、画家として安定した技量を発揮しつつあった時期である。 この少女のモデルをフェルメールの娘マーリアであるとして1670年代とする意見もあるが、1670年代の彼の技法はこの絵と明らかに異なっているため、可能性は低い。 ただし、本作の構図は極めて単純で、少女の上半身が描かれているだけで他に年代を推定できるような物品や背景が無く、後で述べるように少女の特徴であるターバンも全くの異国の風俗で、オランダ社会のファッションの移ろいとは無縁であるなど時代から隔絶した趣が強く、1665年又は1666年という数字もあくまで推測の域を出ない。 その後、フェルメールは1675年に43歳で破産同然で死去したので、残された作品も競売にかけられるなどして散逸した。『真珠の耳飾りの少女』も、他の絵とともに1696年に競売された目録が残っている。
その後1881年まで所有者は転々とした。
1881年にハーグのオークションにてわずか2ギルダー30セント(およそ1万円)でこの絵は購入された。 当時この絵は極めて汚れており、そうした低評価もやむを得なかった。 1882年には補修が行なわれ、1960年、1994年から96年にも補修されたが、1994年から2年間の修復は入念かつ徹底的に実施され、その結果、絵はフェルメールによって描かれた当時の状況に非常に近いものとなっている。 現在取引きされるなら、その価格は100億円とも150億円とも言われる。
描かれた少女が誰かはわからないが、これは「肖像画」ではなく、「トローニー(tronie)」という独自の様式に分類される。 モデルなしに想像で描いたものか、実際にモデルはいても、肖像画のようにその人物の地位や名声を表面に押し出す必要がない、そのため画家が自由に描く事ができるものである。
1994年からの補修によって、少女の唇の左端(画面で見ると右端)に白のハイライトがある事、また唇の中央部にも小さな白いハイライトがあるのも明らかになった。 これらは、唇の濡れた感じを示す効果がある。 口元は少し開き加減で、鑑賞者には何かを言いたそうに見え、また微笑しているようにも感じられ、いずれも強い印象を与え、想像力を刺激される。
『モナ・リザ』にたとえられる所以である。
(以上、ネット情報より幾つかをまとめて要約引用したもの。)
我が郷里の大塚国際美術館を訪れた感想でも、「モナリザ」よりも、フェルメール作 「真珠の耳飾りの少女」の方が、よほど人気が高かった印象がある。
その我が判断基準とは、単にどちらの写真を映す観覧者が多かったのかに他ならいのだが…。 (参考のため、当該陶板美術館では写真撮影が可能です。)
最後に美術素人の原左都子の感想を述べるならば、正直言ってデブったおばさんに見える「モナリザ」よりも、確かに若くて美女の「真珠の耳飾りの少女」に軍配を上げたい思いだ!
芸術玄人(くろうと)の人達にも “うんちく” ばかり垂れていないで、本心どちらの絵画が好きかを正直に暴露して欲しいものだなあ~~。