水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

秋の風景 (第十話) マフラーの夢

2009年07月21日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第十話) マフラーの夢

「もういいよ! 古いのがあるから…」
 と、僕が夕飯時にゴネているのには、明確な理由がある。実は明日、巻いて出ようと思っていたお気に入りのマフラーが見つからないのだ。
「確か…このタンスへ入れたんだけど…」
 嘆きながら、母さんは場当たり的にアチコチと三十分以上も探している。宝探しでもあるまいし、ところ構わずイジれば出てくるというものではないだろう…とは思うのだが、稼ぎのない居候の身の上では返す言葉もなく、好きにして戴くしか手立てはない。
「…なんだ、探しものか?」
 新聞を読み終え、居間から奥の間へ入ったのか、父さんの声がして、母さんに問い掛けた。
僕は台所のテーブル椅子にいて、母さんが持ってくるマフラーを意味もなく待っていた。夕飯前だから、母さんも小忙(こぜわ)しい時間帯なのだ。夕飯準備の途中にマフラーのことを云った僕にも責任があるから、悪く思った僕は、茶碗とお皿ぐらいは…と、テーブルの上へ並べ始めた。少なからず後ろめたい気持がした為である。そこへ武士のじいちゃんが満を持して入ってきた。
「なんだ? 飯はまだか…。正也、未知子さんはどうした?」
「ん? 探しもの…」
「探しもの、とな? …よく分からんが、飯より大事なものらしいな」
 僕は敢えて答えなかった。武士に対して、『僕のマフラーを…』などとは、とても尋常に語れたものではない。まず、そんなことはないとは思うが、場所が台所だけに、茹で蛸に変身した武士に包丁でスッパリ斬られては元も子もなくなる。それは飽く迄も有り得ないシナリオなのだが、そんな気持も心の奥底にチビリとあり、僕は敢えて答えなかったという訳である。
 五分後、とうとう音(ね)をあげたのか、母さんは無言でテンションを下げ、夕飯準備の続きをしようと台所へ入ってきた。後ろから、付き合って探していた父さんも入り、その日の夕飯はいつもより雑然とはしたが、それでも平穏に終わった。
 その晩、僕はマフラーの夢を見た。夢の中へ探していたマフラーが現れ、「ドコソコにありますから…』と、告げたのである。
 朝、目覚めた僕は、朝食の準備をしている母さんに、そのことを云った。母さんは、ドコソコへ小走りした。すると、不思議なことに、そのマフラーはドコソコで見つかった。この一件は我が家で物議を醸し出し、一週間に渡り、この話題で持ち切りとなった。
 今思えば、僕の記憶のどこかに、マフラーを収納する母さんの映像が残っており、それが単に夢となって現れたのだ…と思える。また、そう思わないと、秋が更けていくというのに夏場の怪談めいて寒くなる。まあ、某メーカーの洗剤Xで磨いたようなじいちゃんの神々しい頭だけは、夢ではなく、紛れもない事実なのだが…。

                                                      第十話 了
                                               


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秋の風景 (第九話) 独演会

2009年07月20日 00時00分00秒 | #小説


        秋の風景       水本爽涼

    (第九話) 独演会

 秋と云えば、何といっても芸術だろう。
━━ 芸術の秋 ━━ と聞くだけで、何故か高尚な趣(おもむき)を感じるのは僕だけだろうか。
 じいちゃんが芸術を堪能するのはテレビだ。今夜も台所のテレビのリモコンを押した。
「最近は、なんか風情のある番組が減ったなあ…。クイズと云やぁ~賞金、サスペンスと云やぁ~殺人。それに報道と云やぁ~知る必要もない暗い、悪い、陰気なニュース。…いったい、汗水流す人間のためになってんのかっ?! うぅぅ…、まだあるぞ!」
 誰も話す相手などいないのに、じいちゃんは独りごちて怒っている。風呂上がりだったので、いつもの楽しみにしているジュースを取りに、僕は冷蔵庫へと近づいた。今思えば、これがいけなかった。僕はじいちゃんの蛸蜘蛛の糸に引っ掛かり、哀れにも長話(ながばなし)を聞かされる破目に陥ってしまったのである。無論、蛸蜘蛛などという蜘蛛は、この世には存在しない。飽く迄も、じいちゃんの禿(は)げ頭と網にかかった虫を捕える蜘蛛とを結びつけて、僕の立場を喩(たと)えた迄である。
「おっ、正也。まあ、ここへ座りなさい」
 云われるままに椅子へと座った僕を前にして、突然、じいちゃんが語りだし、独演会を始めた。
「どう思う?」
「…ん? どおって?」
「儂(わし)の小言(こごと)、聞こえてなかったか?」
「まあ、一応は…」と暈すと、じいちゃんは僕をマイクに見立て、凄い剣幕で語り出した。
「正也はどうか知らんが、どうも最近のテレビは面白くない!!」
「そんなこと、僕に云ったって…」
 じいちゃんの話は長かったので端折(はしょ)るが、滾々(こんこん)と湧き出る洗い場の水のように二十分は優に聞かされ、その夜の僕はジュースで寛(くつろ)ぐどころか、じいちゃんで疲れ果てた。しかし、捨てる神ありゃ拾う神あり…とは、よく云ったものだ。そこへ、神では毛頭ないが、第二の獲物となる風呂掃除を終えた父さんが入ってきた。
「おっ、恭一。いいところへ来た。まあ、座って聞け」
「えっ? 何をです? 風呂番で疲れまして…、ビールで一杯やろうと思ってたんですが。・・父さんも、どうです?」
「…、それは、
まあな…」
 流石は父さんだ…と、僕は思った。逃げの壺を心得ている。僕は、じいちゃんの応対を父さんに任せて、スゥ~っと台所から消えた。
 その後、飲み終えたジュースのコップを台所へ戻しに行くと、すっかり出来上がった茹で蛸のじいちゃんと、少しほろ酔い加減で迷惑顔の父さんがいた。耳を欹(そばだ)てると、父さんは「ええ…」「はい…」と相槌を入れるだけで、じいちゃんに捕まり受け手になり果てた鬱憤(うっぷん)を酔いで紛らしている。一方、じいちゃんは相変わらず滾々とテレビ番組をネタに愚痴りながら独演会を続けていた。客はただひとり、父さんである。母さんは既に家事を終え、晩酌の準備だけをして、今日は早めに部屋へと消えた。明日はPTAの役員会だそうである。安定したヒラの父さん、役員の母さん、孤高を持するじいちゃん、出来のいい僕…。各人各様に、平和な家庭の秋の夜長が更けていく。

                                                      第九話 了
                                                


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秋の風景 (第八話) お彼岸

2009年07月19日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第八話) お彼岸

 今日は彼岸の入りが父さんの休みと重なったので、珍しく家族全員でお墓へ参った。勿論、お彼岸には家族の誰かが欠かさずお参りしているのだが、全員でとなると、僕の記憶ではたぶん、数度だったと思う。
 お墓は近くの山の中腹にあり、いつも、うらぶれた佇(たたず)まいで僕達を迎える。夏場ではないから、そう怪談めくということもないが、場所柄(がら)、気持ちがいいという所では決してない。じいちゃんとのコンビでは何度か参ったことが過去にあった。その時、僕はじいちゃんの別の一面を垣間見た気がした。あの気丈なじいちゃんが、何やらブツブツと云いながら泪を流して嗚咽(おえつ)するのである。何度も諄(くど)く云うようだけれど、あの、あのじいちゃんが、である。剣道の猛者(もさ)も師範もあったものではない。今日はどうなるのだろう…と、興味津々(しんしん)であったが、到着すると案の定、じいちゃんのワンマンショーが御先祖様と僕達を前にして開演した。いったい何をブツブツ云ってるのだろう…と、聞き耳を立てると、念仏ではなく何やらお墓へ語り掛けているようだった。更に耳を欹(そばだ)てると、ばあちゃんに対して、どうの、こうのと語っているのだった。残念ながら、僕はばあちゃんを知らない。それも当然で、僕が生まれる遥か昔に、ばあちゃんはお墓へ引っ越したのだった。だから、僕が全く知らないのは道理なのだ。
「ばあさん…、儂(わし)も、すぐ行くからのう、ウゥゥ…」
 漸(ようや)く聞き取れた唯一の言葉が、これである。いや、いやいやいや…、それはないだろう、と僕は、すぐ全否定した。意気益々、盛んなじいちゃんが、すぐお墓へ引っ越す訳がないのである。
「お父さん、そろそろ帰りましょう!」
 一緒にしゃがみ込み、お墓に手を合わせた父さんは既に立っていて、じいちゃんを見下ろすように、つっけんどんな声で云う。母さんと僕は、未だじいちゃんの横でしゃがんで手を合わせていた。
「お、お前は薄情な奴だ! …ばあさんが草葉の陰で泣いてるぞっ!」
 じいちゃんは、いつもの茹(ゆ)で蛸のじいちゃんに戻り、ここ、お墓でも雷鳴を響かせた。秋の陽は釣瓶落とし…とは、よく云うが、早くも西日となって姿を消しかけた橙色の太陽光が、じいちゃんの頭へ照射して輝かせる。やはり、某メーカーの洗剤Xで磨いたような輝きである。
「お義父さま、そろそろ帰りましょうか?」
「そうですね、未知子さん…」
 青菜に塩…と云うが、正に今のじいちゃんがそれで、泣いて怒ったじいちゃんは、笑顔で素直になった。紅く咲く彼岸花にも似て、派手だなあ…と、僕はしみじみ思った。

                                                      
第八話 了                                                                  


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秋の風景 (第七話) 秋霖[しゅうりん]

2009年07月18日 00時00分00秒 | #小説
        秋の風景       水本爽涼

    (第七話) 秋霖[しゅうりん]

 雨が陰鬱にシトシト降っている。昨日は清々(すがすが)しい快晴で、学校の遠足がある日だったので助かったし、充分に満喫させて戴いて本当によかった。万一、今日だったらと思うと、ぞっとするな…と、僕は教室の机に座り、給食中、窓向こうに降りしきる雨をじっと眺めて考えていた。
 家へ帰る道中も、帰っても、雨はいっこう止む気配を見せず、ただ降り続いていた。
 某局のTV天気予報で、気象予報官がこの雨を秋霖だと解説した。その云い分は、初秋の頃にシトシトと降り続く長雨だそうである。ということは、秋でも一日しか降らなかったり、時折り止む雨は秋霖とは呼ばれず、仲間外れにされた雨なんだなあ…と思った。その後、雨は夜になっても降り続いた。
「よく降るなあ。まあ、今の雨は梅雨と違ってモノが黴(かび)ないからいいが…」
 僕に話すでなく、庭に落ちる雨滴を見ながら父さんが云う。大人なんだから、もう少し子供を唸らせることを云えよ…とは思うが、一家の長である以上、そんなことは口が裂けても云えない。
「ほんと、よく降るね…」と、一応は暈して付き合い程度の言葉を返したが、気持ちは他のことを考えていた。
「間引き菜のオヒタシは美味いですねえ…」
 母さんにヨイショするじいちゃんだが、確かに僕も美味しいと思った。じいちゃんが夕方、暗くなる前に畑で間引いたダイコン菜である。かろうじて葉がダイコンと分かる程度のものを傘を差しながら採ったお手間入りである。
「秋霖の時期は、すぐ苗が大きくなる。それに雨降りは、何故か畑へ行き辛い…」
 じいちゃんは当たり前のことを、しみじみと云う。年を重ねた者の言葉は、当たり前だけれど、やはりそれなりの重みで聞こえる。秋霖に対して触れる言葉でも、父さんの言は軽く、じいちゃんのは重いのだ。体重は中年太りでじいちゃんよりは優に十キロは重い父さんだが、反比例して、言動の重さは逆に十キロはマイナスに思える。
「洗濯ものが乾かないから困るわ…」
 母さんも、この秋霖にはお手上げのようだ。主婦泣かせの雨、それが秋霖か…と、思った。ただ、地面が濡れていると、土埃(つちぼこり)が家の中へ入らないから掃除は助かるとも云う。この観点だと、主婦助けの雨、となる。まあ、僕にすりゃ、どっちだっていいやと、最初は思っていた。ところが、よ~く考えれば外で遊べないから、やはり青空が広がる爽快な晴れの日がいいという想い至った次第である。晴れの日だと、じいちゃんの頭が某メーカーの洗剤のような光沢を増すという特典も加味されるから、それを観る楽しみもあり、そろそろ秋霖は御免蒙りたい。

                                                      第七話 了          
                                              


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秋の風景 (第六話) 静と動

2009年07月17日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第六話) 静と動       

 九月を過ぎた頃から日増しに日没が早くなったように思う。秋の夜長は凛と空気が澄んで読書には快適だ。僕はそう本は読まないが、父さんは結構、静の読書派である。じいちゃんは正反対の動で、もっぱら剣道と畑作りを人生の生業(なりわい)としているから、本などは一冊も読まない。って云うか、新聞等も含み書物に一切の関心を示さないのだ。
「頭でっかちなどは、この世では無用の長物だ。人間は、実践あるのみ! 結果がものを云い、ものを生み、ものを救うんだぞ、正也。よ~く覚えておきなさい。まあ、頭脳労働は頭でっかちとは、また違うがな。兎も角、試行錯誤、…ちょいと難しいか。要するに、まず動いてやってみて、失敗するのはいいんだ」
「うん!」
 今夜は、じいちゃんの離れへ用もなく行ったのが運の尽きで、延々と長い講話に付き合わされる破目となってしまった。
「まあ、恭一がそうだ、という訳じゃないが…」
 じいちゃんは一応、父さんを立てて、そう付け加えた。無論、本心では読書派の父さんを嘲(あざけ)っているのは疑いのないところだろう。事実、会社休みの今日は、居間でハイボールを片手にサラミを齧(かじ)り、小説を読み耽(ふけ)っている父さんがいた。じいちゃんは、それを垣間見て、離れへ引き揚げた経緯(いきさつ)がある。今夜に限っては両者の暗黙の了解は成立せず、将棋は指されなかった。いや、じいちゃんは指す積もりだったのだろうが、案に相違して、父さんが本を読んでいたので成就せず、諦めた…と思える。更に、サスペンスタッチで推理を働かせば、その不成就の鬱積が僕への講話となって噴出した…と、考えられなくもない。
「お義父さま、テーブルに置いときましたから…」
「あっ、未知子さん。今夜も、すまないですねえ…」
 じいちゃんの晩酌は、いつも熱燗が二本の日本(二本)男児だ。父さんの洋酒党を小馬鹿にしている節もある。その実、ビールに限っては、いいらしい。まあ、そんなことはどうでもいいが、母さんの助け舟があったお蔭で、漸(ようや)く僕はじいちゃんから解放されることになった。
 寝る前に歯を磨きに洗面所へ行くと、じいちゃんが熱燗で晩酌している姿が目に入った。居間では洋酒を片手に、青みを帯びた父さんの顔がある。対して、台所では日本酒を片手に赤みを帯びるじいちゃんの頭が光る。両者の違いと云えば、毎度の言とはなるが、某メーカーの洗剤Xで磨いたように光るじいちゃんの頭だろう。この頭は、熱燗二本で赤みを帯びるという特性を有している特別天然記念物なのである。じいちゃんはテレビで落語に興じて、動で笑っている。母さんは? というと、家事を終えたらしく、動で疲れ果てて漸く風呂に入り、僕達三人から解放されたところだ。父さんは半ば本を読み終え、まだ静のまま読み続けるようだ。僕は歯を磨き終え、三人の付き合いに疲れきったので、もう寝ようと思っている。      
                                                  
                                                      第六話 了


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秋の風景 (第五話) お月見

2009年07月16日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第五話) お月見       

 ━ 名月を 取ってくれろと 泣く子かな ━ 
 こんな句を、じいちゃんから聞いたことがある。僕の場合、別に泣きはしないが、名月には付き物の月見団子を頬張りたいとは思う。
「明日はいよいよ十五夜か…。朧月もいいが、何といっても中秋の名月だ。━ 月々に 月見る月は 
多けれど 月見る月は この月の月 ━ というのもあるからな」
 よく分からない僕は、じいちゃんの隣りで、ふ~
ん…と、適当に合いの手を入れておいた。まあ、早口言葉のようだから学校で流行らせてみよう…とは思ったのだが。それで、じいちゃんに訊ねると、道長とかいう平安時代の偉い人が詠んだ和歌だと云う。しかし、これには逸話がある。実は、じいちゃんが解説したこの和歌の作者は不詳で、道長さんが詠んだのは、「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思えば」だと、じいちゃんが珍しく、僕の部屋へ訂正しにきた…という逸話だ。さて、本筋の話に戻ると、その後、僕はじいちゃんの離れから自分の部屋へと撤収した。
 次の日も天気はよく、夜になるとじいちゃんが云っていた中秋の名月が僕の家に挨拶にやってきた。我が家としては、ススキにお団子で歓待しているのだから、それも当然のように思えた。
「なんか、ススキと月が似合いますねえ…」
 居間で将棋を指しながら、父さんが庭先を見遣り、じいちゃんにそう云った。
「…そうだなあ。秋の月には確かに合う」
 次の一手を長考していたじいちゃんは、父さんの言葉で我に返り、同じように庭先を見遣った。
「おい、正也。すまんが電灯を消してくれ」
 唐突に、じいちゃんが声をかけた。
「ああ、…ハイッ!」
 僕は師匠に即答して、ご機嫌を伺った。
 電灯を消した居間は妙な静寂が流れ、蒼白い月明かりが煌々と文明以前の時代を照らし出しているように思えた。特に、じいちゃんの禿(はげ)頭は、某メーカーの風呂用洗剤Yで磨いたタイルのようにテカっていた。しかもそれは、電灯光とは違う、一種独特の微妙なテカりで輝いているのだった。
「さあ、団子をお相伴(しょうばん)にあずかりますか?」
「おっ、そうだな」
 そこへ母さんが現れた。
「綺麗なお月様…。今、お茶にしますね」
「未知子さんは、いつもタイミングがいい!」
 ベンチャラの積もりでもないんだろうが、じいちゃんは、いつも母さんには一目、置いているように思える。
 静まり返った居間に月明かりが射す風景、そこで黙して月を愛(め)で、団子を頬張り、そして茶を啜る。これぞ、日本文化の醍醐味ではないか(とか云いつつ、その実、僕は団子を頬張ることだけに醍醐味を覚えていたのだが…)。
「父さんに叱られないんで、今夜は返って気味が悪いですよ」
「ははは…。今日ぐらいは、な。まあ、そのうち纏(まと)
めさせて貰う」
「怖いですねえ」
 中秋の名月が照らす居間に、いつまでも四人の笑い声が響いていた。
                                                      第五話 了


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秋の風景 (第四話) 遺伝

2009年07月15日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第四話) 遺伝       

 秋ということで、食欲の所為(せい)か、ついつい食べ物の話が多くなってしまったので、今回は他の話題を真摯(しんし)に考えてみたい。
 じいちゃんは剣道の師範免許を持つから体育会系、対する父さんは、これという運動も学生時代からやっていないと聞くから文系とは即答できないものの一応は文系で、決して体育会系ではない。さて、メインの僕は? というと、チョコマカとよく動くものの(これは遊びが多いのだが、母さんの手伝いもある)、かといって、机に齧(かじ)
りついているガリ勉でもないから文系とも云い難く、玉虫のような存在なのである。玉虫色の答申…とか、よく政治では云われるが、僕の場合、どちらでもなく、どちらでもある。云わば、いい加減な部類だと云える。だがこれは、遺伝の影響を受けたものであることは父さんを見れば疑う余地がない。
「お前…年の割には白髪(しらが)もなく、禿(はげ)
もせんな」
 今夜も将棋の大一番が展開する居間で、じいちゃんから、そんな言葉が飛び出した。
「えっ? ははは…。そのうち、父さんみたいになりますよ」
「そうかぁ?」
「ええ…間違いなく、遺伝的なものがありますから…」
「そうとは限らんだろう…」
「まあ…そうとは限りませんが、…王手!」
「ウッ! …しかし、相変わらず付和雷同だな、お前の性分は…」
「そうかも知れません」
「やはり、付和雷同だ。そこは、『いいえ、違います』だろうが?」
「はあ…」
「お義父様、ビールとおツマミ、ここへ置いときます」
「あっ、未知子さん。いつも、すまないですねえ」
「俺のコップは?」
「あなたの分も、あります!」
「そんなこと訊くか? 普通…。忰(せがれ)とはとても思えん。儂(わし)なら当然、持ってきて下さったと思う。これが双方の信頼関係だ。お前、儂の遺伝子を持ってる筈なんだがなあ…」
 僕は台所でテレビを見ていたのだが、丁度、スイッチを切ったその時、二人が掛け合う頃合いのいい音声が聞こえてきたのだ。途中で母さんも加わったのだが、これは、ドラマよりも数段、優れた番組に思えた。しかも生の実況なのである。で、そのままテーブルに座ったまま、風呂上がりのジュースを堪能していた。居間から戻った母さんが、「正也、もう寝なさいよ…」と云って横切り、盆を置くと洗濯機の方へ行った。母さんがバタバタしているのは家事であり、遺伝によるものではないだろう。
「いや~、今日は参った、惨敗だ。頭がいいのも儂の遺伝か?」
「はい、そのようです…」
 笑いを交えた会話が続いている。僕は部屋へ戻ろうと、居間の前廊下を通った。二人は笑顔で同時に首筋を撫でていた。これは遺伝によるものに違いないと思った。某メーカーの洗剤Xで磨かれたような光沢を放つじいちゃんの頭。こんな頭に父さんがなるのが大いに楽しみだ。

                                                      第四話 了


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秋の風景 (第三話) 焼き芋

2009年07月14日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第三話) 焼き芋       

 早いもので、あれだけ綺麗に色づいていた紅葉も散り果て、木々は、すっかり冬仕度を終えたように寒々としている。勿論、それは幹だけで、根回りの方は落ち葉を敷きつめて暖かそうなのだが…。
「♪~垣根のぉ垣根の回り角ぉ~ 焚き火だ焚き火だ 落ち葉焚きぃ~♪」
 僕は唄いながら箒を手にしている。
「よし! 正也、これくらいでよかろう」
 やっと、じいちゃんの了解がで
た。何の了解か? というと、掃き集めた落ち葉で芋を焼こうと、じいちゃんと僕は両手を小忙しく動かせて労働をしていたである。こんもりとした落ち葉の山が出来たところで、じいちゃんがストップをかけたのだった。
「芋は四本だったよね?」
「ああ…、恭一と未知子さんの分も焼いてやろう」
 じいちゃんはそう云って柔和な笑みを浮かべた。父さんを含めての話だから、じいちゃんにしては優しい気配りに思えた。
 火事になるといけないから、周りには水を撒き、念入りに防火用水のバケツも近くに置いて、いよいよ点火の運びとなった。可燃物、酸素供給源、点火源は全て備わっているから、当然の如く燃えた。勿論、じいちゃんが火を着けた訳で、僕ではない。でも芋は、確実に僕が四本、落ち葉の中に入れた。
「乾いているから、よく燃えるなあ、正也」
「そうだね…」
 寒いと感じるような日ではなかったけれど、身体が充分に冷えていたので暖かかった。落ち葉を少しずつ燃やし、頃合いをみて木枝で芋を放り出した。そして突き刺すと、スウ~っと通った。
「おう、焼けた焼けた。もうよかろう。正也、この新聞紙に包んで持ってってやりなさい」
 僕は首を縦に振ってじいちゃんの命令に従った。隊長の命令は絶対、なのである。
「そう…、有難う」「そうか…」
 持っていくと、母さんは笑いながら受け取ったが、父さんの方は感極まり、一瞬、目頭を熱くし、声を詰まらせた。芋一本で父さんを釣り上げたんだから、じいちゃんは大した釣り名人だと思えた。そこへ、火の後始末をして帰ってきたじいちゃんが現れた。
「もう食ったか?」
「いえ、これからです…」
 父さんは茶々を淹れることなく素直に云う。
「今、お茶を淹れますわ」
「あっ、ああ…そうして下さい、未知子さん」
 芋を一本ずつ持ってテーブルを囲む。すると、誰から笑いだした訳でもないのに、お互いの顔を眺め、クスクスと笑いだした。やがて大笑いになった。こんなことは久しくなかったと思う。じいちゃんの顔はクシャクシャになり、頭は湯気を上げて益々、光り、某メーカーの洗剤Xで磨いた窓ガラスのようにテカっていた。
                                                      第三話 了


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秋の風景 (第二話) 吊るし柿

2009年07月13日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第二話) 吊るし柿        

 僕の家には、かなり古い柿の木がある。それは、僕が生まれるずっと以前から家にあると云うんだから、これはもう、大先輩と云わざるを得ない。腰のひとつも揉みほぐし、温泉にゆったり浸かって貰いたいくらいのものなのである。今年も、たわわに実を付け、採るのがもどかしいほどだった。母さん、じいちゃん、そして僕の三人で何度かに分けて収穫し、捌いていった。捌くといったって、せいぜい都会の親戚へ送ったり、或いは柿の木が無いご近所にお裾分けしたり、母さんが熟れた実を調理して柿ジャムにする程度なのだ。後は全て皮を剝き、吊るし柿にする。
「今年も嫌になるほど出来ましたね…」
 我が家で柿に関しては唯一の部外者が顔を出し、柿の皮を剝くじいちゃんにひと言、吐いた。
「フン! いい気なもんだな。お前に手伝って貰おうとは云っとらん! なあ、正也」
 流れ矢が分別する僕めがけて飛んできた。
「ん? うん…」
 と、気のない返事で曖昧に暈し、僕はその流れ矢を一刀両断した。暈したところが技の妙で、どちらに肩入れするでもない風な言葉を発したのだ。僕にとって父さんは、給料を貰ってないまでも大事な社長だし、じいちゃんは会長の重責を担うから、どちらも捨て難い。
「これでいいんですね?」
「はい、それを持ってって下さい。熟れてますから…」
「美味しいジャムが出来そうですわ」
 母さんが台所から柿を取りにやって来て、これで我が家のオール・キャストが一堂に会した。
「吊るして、どれくらいかかるの?」と、僕が訊くと、「ひと月もすりゃ食えるが、正月前には、もっと美味くなるぞ」と、じいちゃんは柿の実のように色艶がよい顔で云う。
「毎年、我が家の風物詩になりましたね」
 部外者の父さんが口を挟む。
「ああ…、それはそうだな…」
 珍しくじいちゃんは父さんに突っ込まず、穏やかな口調で答えた。
「吊るし柿は渋柿じゃなかったんですか?」
 父さんが、いつもの茶々を淹れた。
「やかましい! 家(うち)のは、こうなんだっ!」
 じいちゃんは、さも、これが我が家の家風だと云わんばかりに全否定した。よ~く考えれば、この二人の云い合いこそが我が家の家風なのである。
 西日が窓ガラスから射し込んで、じいちゃんの頭を吊るし柿のように照らした。某メーカーの洗剤Xが放つ光沢にも似て、ピカッ! と光るその輝きは、並みのものとは思えなかった。

                                                      第二話 了


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秋の風景 (第一話) 茸[キノコ]採り

2009年07月12日 00時00分00秒 | #小説

        秋の風景       水本爽涼

    (第一話) 茸[キノコ]採り        

 今日は天気がよいので裏山へキノコ採りに出かけた。裏山といっても家からは少し離れているのだが、上手い具合に学校は連休だった。
 じいちゃんと二人で山へ入るのは久しぶりなので、心がウキウキした。
「儂(わし)が元気なうちに、正也にいろいろ教えておいてやろうと思おてな…」
 何を? と訊くと、じいちゃんはキノコのことを語りだした。何でも、裏山ではいろんなキノコが採れ、それも毎年、決まった場所に生えるのだという。一生懸命、さも専門家きどりで得意満面に語るじいちゃんの鼻をへし折るのも如何かと思え、僕はそ知らぬ態で聞き上手になった。
 母さんが作ってくれた弁当を持ち、二人して出かけた僕達は、快晴の蒼々と広がる空と澄みきった空気を満喫しつつ散策を楽しんだ。流石にじいちゃんは年の功というやつで、キノコ採りの名人と思えた。話が長くなるので、山でのことはいつの日かお話させて貰うとして割愛させて戴くが、収穫量は、まずまずであった。
「おお…、随分、採れたじゃないか!」
 湧き水の洗い場で、採ってきたキノコを洗っていると、休みで家にいた父さんが、部屋の窓を開けて、そう声を掛けた。
「松茸に黄シメジ、…ナメコもあるよ」
「お前も来りゃよかったんだ…」
 僕の隣りにいたじいちゃんが、身体を冷水で拭きつつ、そう云うと、
「今日は生憎(あいにく
)、会社から持って帰った仕事がありましたから、ははは…又(また)。又、この次に…」
 と、軽い笑いを交えて父さんは流した。
「お前のは、いったいどういう又なんだ? 又、又、又、又と、又の安売りみたいに…」
 上手いこと云うが、じいちゃんは相変わらず父さんには手厳しい。父さんも只者ではなく、馴れもあってか、そうは気に留めていない。
「安売りと云やあ、この不況で私の会社の製品、値下げなんですよ」
「そんなこたぁ、誰も訊いとりゃせん!」
 話はハイ、それまで。一巻の終わりとなった。そこへ母さんが台所の戸を開けて出てきた。
「ナメコとシメジは汁物にして、松茸は炊き込み御飯と土瓶蒸しにでも…」
「偉く豪勢じゃないか…」
「あなたの給料じゃ、お店で手が出ないわ。某メーカーの洗剤Xを買うのが関の山」
 母さんは珍しく嫌味を云った。
「その通りだ、恭一。未知子さん、上手いこと云いました。これはタダですからな」
 父さんは、しくじったか…という態で、窓を少しずつ閉じて引っ込んだ。
 その晩は賑やかにキノコ料理を堪能した。でも、父さんだけは一人、黙々と箸を動かせていた。

                                                      第一話 了


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