水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

シナリオ「影踏み」

2009年11月25日 00時00分01秒 | #小説

≪創作シナリオ≫

    影踏み         

  登場人物
黒木浩二(22) ・・公務員(回想シーン 学生)
本山美沙(20) ・・会社員(回想シーン 学生)
老婆   (83) ・・鹿煎餅売り
N[シーン8以外]・・浩司
N[シーン8のみ]・・浩司、美沙

1   興福寺境内 五重塔前 夜[現在]
  タイトルバック
  十六夜の朧月。微かな巻雲。煌々とした蒼い月に照らされる五重塔、境内。 
  タイトル「影踏み」、キャストなど

2    同   五重塔前 夜[現在]
  月光にくっきりと浮き上がる五重塔を見上げ、立ち止まる浩司。十六夜の朧月。辺りに人の気配はあるが、割合、静穏である。
 N 「あれは…、そう、去年のこんな夜だった」
  十六夜の朧月、五重塔の夜景 O.L

3    同   五重塔前 夜[回想 去年]
  O.L 五重塔の夜景、十六夜の朧月。
  シーン2と同じアングルで見上げ、佇む浩司。後方から静かに女性が近づいてくる。
 美沙「あのう…、すみません」
  突然、背に声を受け、驚いて振り向く浩司。目と目が合う二人。見つめ合う二人。一目惚れ。束の間の無言。
 浩司「…はい、なにか?」
 美沙「なんか、言いにくいな…(照れて)」
 浩司「けったいな人や。…どないしたん?」
 美沙「(はにかんで)この辺りに財布、落ちてませんでした? …やっぱ、恥しいな。(気を取り直して)鹿のストラップがついてるんですけ
     ど…。(浩司を窺うように見て)馬鹿(ばっか)みたい!(突然、自分に切れて苦笑)」
 浩司「かなり怪(おか)しいで、あんた。どもないか?(笑いをこらえて)」
 美沙「(少し膨(ふく)れて)あんたってなによ! 本山さんとか美沙さんとか言ってよね!」
 浩司「言(ゆ)うてて…。初めて会(お)うたんやで、僕ら(笑えてくる)。そんな興奮せんでもええがな。第一、君の財布も知らんし…」
 美沙「アッ! そうでした、すみません」
 浩司「(大笑いして)マジ、怪(おか)しいわ、あんた。…いや、あんたやない。本山さんとか言(ゆ)うたな?」
 美沙「はい、そうですぅ~(少し拗(す)ねて)」
 浩司「ほやけど、財布がなかったら困るな。昼間、落としたんか? 昼間なら、ここら人が多いで、あかんで」
 美沙「そうなのよね。一応、交番には届けたんだけど…(月明かりの地面を窺い)」
 浩司「駐在はん、どう言(ゆ)うてた?」
 美沙「出たら連絡しますって。…でも、ほとんど出ないそうよ」
 浩司「ほやろな…(月明かりの地面を窺い)」
  二人、探しつつ歩き始める。十六夜の朧月に照らされた興福寺五重塔。

4  奈良公園 夜[回想 去年]
  十六夜の朧月。鹿が所々にいる。月明かりに遠景の五重塔が映える。
 N 「僕達は諦(あきら)めて、ふらふらと歩き、いつの間(ま)にか、興福寺の外へ出ていた」
 浩司「黒木いいます。二十一。地元の学生なんやけどな」
 美沙「なんだぁ、親のスネカジリか…」
 浩司「あんた口悪いな。…いや、本山さんやったな」
 美沙「口悪いのは生まれつきですぅ~(“あっかんべえー”をして)。で、名前は?」
 浩司「なんやいな、警察みたいに…(少し、むくれて)。浩司や」
  二人、小さく笑い、芝生へと座る。月の光で結構、辺りは明るい。鹿も何頭かいる。
 浩司「…本山さんも学生はんかいな?」
 美沙「はい。ずう~っと向こうの(東を指さして)ほうです~」
 浩司「(小さく笑い)ほんま、面白(おもろ)い娘(こ)や…」
  二人、意気投合し、互いの顔を見て笑う。
 浩司「(急に真顔に戻り)ほやけど、どないするん? 今晩」
 美沙「それは問題ないんだけどね。(指さして)ほん其処(そこ)の友達ん家(ち)泊まるから…」
 浩司「ほうか…。そりゃ、よかったわ。…で、今日は、まだ時間あるんか?」
 美沙「うん。…ありは、ありね」
 浩司「ほなら、一寸(ちょっと)戻らなあかんけど、猿沢の池、案内(あない)しとくわ」
 美沙「(立ちながら)上から目線がムカつくなあ。まっ! いいか(勝手に歩き始め)」
  浩司も立つと、後を追って歩く。 F.O

5  同 猿沢の池 夜[回想 去年]
  F.I 十六夜の朧月に映える池の遠景。
  池の後方に蒼白く浮き上がる五重塔。
 N 「僕達は猿沢の池に出た」
  池堀の周辺を並んで歩く二人の遠景。十六夜の朧月。微かな巻雲。

6  同 猿沢の池 夜[回想 去年]
  朧月に照らされた柳が春の微風に戦(そよ)ぐ。笑顔で語らい、池堀を並んで歩く二人の近景。
 美沙「しばらく忘れてた…、こんな感じ」
 浩司「どうゆうことや?」
 美沙「ん? …別に意味はないの…」
 浩司「やっぱ、どっか怪(おか)しいで、本山さん、…とか言(ゆ)う人」
 美沙「なによ、それ(微笑んで)、馬鹿にしてんでしょ、私のこと」
 浩司「そんなことないがな。(空を眺めて)それにしても、ええ月やわ。…なあ、影踏みしよか?」
 美沙「なに? それ」
 浩司「かなんなあ。影踏み、知らんのかいな。ほやで困るにゃ、都会の娘はんは…」
 美沙「馬鹿(ばっか)みたい。それくらい、知ってるわよ(少し向きになって)。でも、あれって、昼間の遊びじゃなかったっけ?」
 浩司「そんな決まりはないで。…ほな、僕が鬼になるわ。はよ、逃げんと、踏むでぇ~(小さく笑い、冗談で脅かす)」
  『キャ~』と奇声を発しながら笑って走り出す美沙。その後を走る浩司、美沙の影を踏もうと、おどけて追う。しばらく戯れて走り、息が
  切れた二人、立ち止まる。浩司、息を切らせながら思わず空の月を眺める。釣られて眺める美沙。十六夜の朧月。月に照らされる柳。
  見上げる二人の姿(近景)。
 美沙「久しぶりに子供の頃に戻ったみたい…(荒い息を抑えながら、月を眺め)」
 浩司「ああ…(荒い息を抑えながら、月を眺め)」
  二人の姿と月(遠景)。

7  興福寺境内 夜[回想 去年]
 N 「僕達は興福寺へ戻り、別れた。いや、そうするつもりだった」
  歩く二人、立ち止まる。煌々とした蒼い月に照らされる五重塔の夜景。
 浩司「じゃあな…。ええ旅してや。アッ、本山のメルアド訊いとこか。財布、出てきたら連絡するさかい…」
 美沙「(小さく笑い)おいおい、今度は呼び捨てかい。プラス、相変わらずの上から目線」
 浩司「悪(わり)ぃー悪(わり)ぃー(頭を手で掻きながら、悪びれて)」
  美沙、膨れながらも微笑む。携帯のメールアドレスを交換する二人。
 浩司「友達の家て、どこや?」
 美沙「ほん其処(そこ)…(指さし)」
 浩司「なんや…、ほなら送ってくわ。女性の一人歩きは物騒やでな」
 美沙「フフフ…(笑って)、黒木の方が物騒」
  二人、歩き出す。
 浩司「本山も結構言(ゆ)うなあ(小さく笑い)、きつぅ~。…ほやけど、名前覚えてくれたんは嬉しいなぁ」
 美沙「不覚じゃ! 喜ばせてしもうたかぁー。(笑って)」
 浩司「やっぱ、僕には手におえんわ、本山は(笑って)」
 美沙「(真顔で)美沙でいいよ…」
  佇(たたず)んで見つめ合う二人の姿。十六夜の朧月。
 美沙「んじゃ、ここで…」
  とある家前で別れる二人。五重塔の遠景。 O.L

8  興福寺境内 夜[現在]
  O.L 五重塔の遠景。
  煌々と照らす十六夜の朧月に、くっきりと浮き上がる五重塔の近景。シーン2と同じアングルで見上げ、佇む浩司。
 N 「あれから、美沙と数度逢い、僕達は婚約した。勿論、結婚は、僕が卒業して社会人になる前提だった」
  ふと我に帰り、歩き出す浩司。
 N 「それが、急に美沙は姿を消した」
 浩司「もう一年か…(ふたたび五重塔を見上げ、嘆くように)」
 N 「会社に勤めた美沙と役場に勤めた僕。二人の結婚は、何の障害もない筈だった。…でも、それっきり逢えなかった」
  その時、斜め前方より、時代を感じさせるリヤカーを引いた鹿煎餅売りの老婆が、のろのろと浩司に近づく。
 老婆「あんた…、黒木さんか?(しわがれ声で)」
  白い乱れ髪の下から嘗(な)めるような視線で浩司を見上げる背の曲がった老婆。立ち止まり、老婆を見下ろす浩司。おどろおどろしい風貌の老婆に、少し引きぎみの浩司。
 浩司「そうやけど…(少し気味が悪いと感じながら)。お婆さん、なんぞ僕に用か?」
 老婆「昼間、娘はんがな。黒木、言(ゆ)う人に会うたら、…これ渡してくれて、預かったんやわ…(しわがれ声で)」
  汚れた服のポケットから半折れになった白封筒を取り出し、浩司へ手渡す老婆。
 浩司「(受け取って、朴訥に)おおきに…」
  老婆、頷き、ふたたび、のろのろと、何もなかったかのようにリヤカーを引いて去る。去ったのを見届け、浩司、白封筒の中に入った便箋を取り出し、黙読し始める。
 N 『たぶん、あなたがこの手紙を開く頃、私は外国へ旅立っていると思います。黙って姿を消したこと、まず先に誤らせて下さい。親の決めた結婚相手を断れなかった私。全て私が弱かったのです。どうか、こんな私のことは早く忘れて幸せになって下さい。遠い、遙か彼方から、あなたの幸せを祈っています。 美沙』
  黙読し終えた浩司。心なしか項垂(うなだ)れ、便箋を封筒へ入れる。
 浩司「(思わず泣けてきて、涙を拭い)美沙の馬鹿野郎…(咽びながら小声で)」
  その時、浩司の肩を後ろから突っつく者がある。浩司、ビクッと驚いて振り向く。涙顔の美沙が立っている。
 美沙「(他人行儀に)…あのう、どうかされました?(言葉をかけた後、真顔から笑顔になって)」
 浩司「アッ! …なんやお前、戻ってきたんか…(意固地になり)」
 美沙「なんや、とは、なによ!(膨れぎみ)戻ってきてあげたんだからね…(真顔に戻って)」
 浩司「(素直になり)ほうか…、おおきに。そやけど、書いたーることと違うやん(微笑みながら白封筒を突き出し)」
 美沙「(恋する顔で)行けなかったの…」
  互いに見詰め合う二人。浩司、空の朧月を眺める。
 浩司「み空行く、月の光に、ただ一目、相(あい)見し人の、夢(いめ)にし見ゆる…か」
 美沙「どんな意味?」
  二人、歩きだす。
 浩司「…空を行く月の光の中で、ただ一度、お逢いした人が、夢に出てらっしゃるんです…ぐらいの意味やろ」
 美沙「ふ~ん、そうなんだ(反発せず素直)」
 浩司「なんや、それだけかいな。やっぱり怪(おか)しいわ、美沙は」
  美沙、立ち止まる。浩司も立ち止まる。
 美沙「なぜ?」
 浩司「ほやかて、そやろが。僕が万葉の恋歌を、しみじみ詠んでんねんで。もっと、弄(いじ)ってもらわんと…」
 美沙「(小さく笑って)お笑いじゃあるまいし…。で、どう言って貰いたいの?」
 浩司「じれったいなあ、もう…。こんなこと、僕に言わすんかいな。…好、き、や、って言(ゆ)うてんねん」  
 美沙「分かってたよ、ずっと前から…。だから結婚するんでしょ? 私達」
 浩司「(怪訝な表情で)えっ? ほやかて、外国、行くんやろ? そやないんか?」
 美沙、ふたたび歩きだす。浩司も歩きだす。
 美沙「馬鹿(ばっか)じゃない。じゃあ、なぜ私、今ここにいるの? さっき出会ったとき、何も思わなかった?」
 浩司「アッ! そうや。そうやわな。そらそうや…。ほんで、いつかの財布は?」
 美沙「(小さく笑い)可笑(おかし)しい人…」
  釣られて、笑う浩司。そこへ前方から近づくリヤカーを引いた鹿煎餅売りの老婆。浩司、近づくにつれ、先ほどの老婆だと気づく。擦れ違いざま、
 浩司「さっきは、どうも…」
  と、老婆へ徐(おもむろ)に声を掛ける浩司。老婆、少し行き過ぎた所で立ち止まり、振り返る。
 老婆「…ああ、 昼間のお人と先(さっき)のお人か。上手いこと出逢えたようやな、お二人さん。よかったよかった…(二人を笑顔で見上げ、しわがれ声で)」
 浩司「はあ…(軽く会釈)」
 老婆「わてにも、こんなことがあったなぁー。そうそう、もう六十年以上、前の話やけんどなぁ。戦争で出逢えんかったんや、とうとう…(しわがれ声で悲しそうに空の月を見上げて)」
  ふたたび何もなかったように寂しげにリヤカーを引いて立ち去る老婆。後ろ姿のまま、
 老婆「わての分も幸せになんにゃでぇ~!(声を幾らか大きくして)」
  と、やや叫び口調の声で少し離れた所からそう言い、遠ざかる老婆。次第に闇の中へ紛(まぎ)れる老婆。十六夜の朧月に照らされる興福寺五重塔。
 美沙「訳ありか…、可哀そう。でも、一寸(ちょっと)キモイね」
 浩司「(不気味な言い方で)そういや、あの婆さん、影がなかったでぇ~(老婆が立ち去った後方の闇を振り返り)」
 美沙「(驚いた高い声で)キャ~っ!」
 浩司「嘘や、嘘やがなぁ~(笑って肩に手を掛け)」
 美沙「驚かさないでよ(フゥ~っと、溜息を吐き)」
 浩司「それにしても、よい月夜やったな」
 美沙「ん、そうね…。結果、オーライ」
 浩司「み空行く~、月の光に、ただ一目~」
 浩司、横を歩く美沙の手をさりげなく握る。
 二人「相(あい)見し人の、夢(いめ)にし見ゆる~(笑う)」
  美沙も握り返す。握り合った手を振って歩きだす二人。前方に十六夜の朧月。煌々とした蒼い月に浮かぶ五重塔。微かな巻雲。

9  (フラッシュ) 奈良公園 夜
  月の光が射し、鹿が所々にいる芝生。     

10 (フラッシュ)猿沢の池 夜
  十六夜の朧月に照らされる池。池の後方に浮かび上がる
  興福寺五重塔。

11 もとの興福寺境内 夜
  十六夜の朧(おぼろ)月に照らされる五重塔。
  その前を雑談をしながら去っていく浩司と美沙の姿。次第に二人の姿、遠ざかる。空の朧月。
  テーマ音楽など
  F.O
                       完

                 (2008/ NHK奈良 投


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残月剣 -秘抄- 《剣聖①》第二十二回

2009年11月25日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖①》第二十二回
 通用門の鍵を開けたのは井上である。場内に一行が入ると、珍し
く偏屈者の樋口静山が皆を笑顔で迎えた。
「やあ、各々方(おのおのがた)、お帰りか。どうやら、これで拙者も、
お役御免のようですな」
「御苦労でした。おい、鴨下!」
 井上に呼ばれた鴨下は、右手に持った提(さ)げ重(じゅう)と左手
の酒樽を樋口の前へ置いた。
「大した馳走ではありませんが、後で摘んで下さい」
 井上は自らが準備した馳走でもないのに厚かましくそう云うと、く一礼した。新師範代として、偏屈者には丁重に接した方が得策…とでも考えたのだろうか、と左馬介には不埒(らち)に思えた。そうだ
とすれば、余りにも打算的だからである。
「では、遠慮のう…」
 そう云うと、樋口は両手に提げ重と酒樽を持って立ち去った。左馬介は歳若ということで、皆も酒をそうは勧めなかったが、それでも盃を一、二度は受けたので、少し身体は火照っていた。無論、一馬も同じである。そこへいくと、新入りの鴨下は豪の者と見えた。歳を食って世間慣れしているということもあるのだろうが、五合以上をグビグビと呷(あお)っても全く普段と変わらなかった。


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