ガッツ藤本(藤本正人)のきょうのつぶやき

活動日記ほど堅くなく、日々の思いをつぶやきます

熊本地震などへの支援 その3

2016-05-23 12:41:07 | 市役所でのこと


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※写真はベトナム 黒モン族? の 宴 (求愛行動が残っている 歌垣のようなことをやる)
                                  ・・・・・なお、写真は記事とは関係ありません。


熊本地震災害への義捐金を市を通して送ろう! そういう市民皆様の活動が、今、私のもとに届いています。

みなさまのお志をしっかりお届けしてまいります。

さて、所沢市としても、

被災地への支援を続けています

まず、5月初旬に家屋危険度判定をするため、職員を2人派遣しました。(建築指導課 鈴木・市街地整備課 山田の両名)

その後、全国市長会、ならびに県からの要請を待つ形で待機していましたが、ここで要請が出ましたので、

5月21日~25日 熊本市に拠点を持って周辺町村へ 

宅地の崩落調査や家屋危険度判定をするため 1名(開発指導課 吉田職員)


また、市の政策的意味もあって 復旧対策本部、避難業務、物資支援業務の手伝いに

5月23日~29日 熊本県宇土市に 危機管理課職員を2名派遣します。(危機管理課 小林・千葉両名)

もちろん、東日本大震災の被災地支援として、岩手県大槌町に まちづくりを支援するため技術職2名(重光・加藤 両名)を派遣中です。

市民のみなさまの 思いを胸に 遠い土地で単身赴任で こちらもまた粉骨砕身しております。

どうぞご安心ください。そして、ご期待ください。

なお、本市は 教育行政を市民の代表として司(つかさど)っていただいている教育委員さんの中のお一人寺本委員さんも

現在南相馬市に居を移し、(市内中学の先生だったが、震災翌年、教職を辞し、南相馬に行かれ)復旧作業に従事している方もおられます。

さらに、今年度引退された前健康推進部長の坂本前部長も 宮城県山元町の職員になって活動中です。

所沢市は

『大震災の あの時 誰もが感じた、あの思い を決して忘れることなく』

進んでまいります。

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土日も行事が満載 西のバラ 中央のリサイクル 東の滝の城

2016-05-17 12:42:30 | 市役所でのこと


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さて、土曜・日曜は行事に奔走しました。

うち日曜日の様子をお伝えします。 まずは、

太極拳祭り 第9回を数え、参加団体の数も70になろうとしています。


太極拳人口は増えているようで、まちづくりセンターや公園などでできますから健康志向と相まって、昨今では珍しい「参加人口増 」の団体です。

続いては、所沢市手をつなぐ親の会 総会。

総会開始時にご挨拶のみで失礼しましたが、61周年目を迎えた「手をつなぐ親の会」に対して、熱い思いをお伝えしたつもりです。

第5回戦国滝の城まつり 東所沢駅出陣の激励


25周年記念 歌謡べにばな・紅の会発表会

多くの参加者が日頃の成果を発揮すべく、ミューズ中ホールに集いました。


                                  緊張の面持ちで舞台裏で出番を待つみなさん 

読売新聞主催 リサイクルカーニバル



滝の城まつり 合戦前の挨拶


小手指にて秘密の会


時間的に、ご招待いただいたのに伺えないところがいくつか出来てしまいました。

すみません。



 





  

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学生映画祭 安養市訪問団 滝の城まつり 市の仕事報告会 南浩一さんのお話

2016-05-13 12:19:31 | 行事を見たり聴いたり活動


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このところい~い行事に出させていただいています。

例えば 学生映画祭





第2回目の今年、山下さんという代表を得て、日大芸術学部、早稲田、立教の学生サークルが集まって企画を練り上げ、

39作品が応募されました。

当日は、そのうちノミネートされた11作品が上映され、 

グランプリは日大芸術学部・高坂聖太郎監督の『UPLAND』が、

準グランプリには芸術総合高校の神山大世監督の「瞳の中の記憶

が選ばれました。



                          (各ノミネート作品と上映表)


この企画、とても質の高いもので、学生の映画と侮ることなかれ、と見た瞬間に食らわされた気持ちでした。

また、5月8日には、

姉妹都市 安養市から 市職員文化体験研修団一行7名が所沢市に来訪されました。

研修団団長は金容権(キム ヨンクォン)さん、金さんは震災の翌年、平成24年から1年間 所沢市の職員として働かれた経験を持つ人。

実は私と同じ年齢であって、当時は企画総務課に在籍、多くの所沢市職員とも親交厚き人なのであります。

9日には国際友好委員会と共催で歓迎会を催し、親交を温めました。


安養市と所沢市、日本と韓国、 二つの国、二つの市がそして市民が よきパートナーとして末永くあることを願って、時を過ごしました。
 
さて、報告はここまでといたしまして、この後は、これからの行事をご紹介いたします。

まず、明日15日(日)


『滝の城まつり』 
東所沢駅から滝の城までの道を武者行列が行進します。 お城では、模擬合戦などが行われるほか、地域の野菜や特産物も販売されます。

今年で第5回を迎えるこの祭り。

地元の方々のお城を愛する気持ちが埼玉県や所沢市を動かし、「滝の城址整備計画」を作って、保存と環境整備を進めているところでありますが

「さらに地域が一体となって、滝の城をきっかけに地域を盛り上げよう!」

とお祭りを計画したのでありました。

寄居町からも甲冑隊の皆様が協力してくださり、大きなお祭りになっています。

お城付近には「はっぴーいちご園」「陽子ファーム」野村さんの焼き団子」など、

この城という地区特有の観光スポットもありますから、どうぞ皆様、お楽しみください。

はっぴーいちご園 http://www.happy-ichigo.com/
 陽子ファーム http://www.yokofarm.com/


東所沢駅からは(株)KADOKAWAの協力を得てバスも運行される予定です。
 

21日(土) 市の仕事報告会 10時半~12時半 ワルツ8階のホール


昨年度は「市政トーク」と銘打って、私が中心になって市の現状と今後の方針をお話申し上げてきましたが、

今回から市職員が中心になって、28年度の事業紹介を中心に発表させていただきます。

同じく

21日午前8時40分からは「ふれあいウォーク」
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kurashi/seikatukankyo/tokorozawamidorinohureaiwhouku.html

西武鉄道と市が共催で、沿線からもたくさん2000人以上の方々が参加。

小手指駅南口徒歩1分の北野公園を出発し西武ドームのほうまで歩くのです。所沢の新緑を感じてください!



そして、

22日(日)は 「車いすから金メダルまでの道のり」と題して、

障がい者アーチェリー金メダリスト 南浩一さんのお話
 午前11時から12時までの1時間
場所は 同じく ワルツ8階のホールで行います。 要予約 04-2927-3151 またはhttp://www.sogo-seibu.jp/tokorozawa/

 

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熊本にボランティアで伺う

2016-05-07 17:32:03 | 視察関係


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5月4日から6日まで 熊本に行ってまいりました。

4月14日、自分が市長になって初めての後援会主催市政報告会。

自分が市長を志した原点は、大震災と原発事故であった、と言って報告会をした、その直後に熊本の地震は起こりました。

だから、そのままではいけない、と思っていたのです。

3日の行事をこなしたあと、4日から休みをいただき熊本に直行しました。

益城町、西原村、熊本市と訪ねましたが、ボランティア活動は熊本市内で行いました。

崩壊している家もあれば、全く大丈夫な家もあり、古いお宅が比較的被害が大きく、

益城町や西原村では、地域によって大変な地域が集中していました。(一方で、家自体は大丈夫なお宅もたくさんありました。)





4日
新宿を前日の夜9時に発った夜行バスで博多へ4日の昼12時到着。レンタカーを借りて熊本県益城町、西原村へ。西原村へ着いたのは午後4時頃か?

村の道は、ボランティア関係の車で渋滞し、街道沿いの家々は古い家ほど完全に倒壊というか、潰されていました。



西原村役場にて知人にお会いしました。

実家は大丈夫だったのだけど、益城町のご親戚の家々は倒壊してしまい、ご実家に寄り合って、今過ごしている、と伺いました。

その方のご親戚の西原村職員にも会わせていただきました。

やはり、被害はひどいのでした。 また、埼玉県から派遣されている職員にも遭遇しました。

ボランティアの受付は、朝9時ころから始まり、援助を求む人と援助する人を結びあわせて(マッチング作業)、それで出発です。

既に5時半すぎなので、その日はようやく取れた福岡県大牟田市にある宿泊施設に3時間かけて戻りました。

そこでも、観光客に混じって、多くの救援隊(和歌山市、北九州市、東京都の水道部から派遣された100名以上の職員)がおりました。

5日
同行の1人が仕事の関係上、熊本を発って5日中には所沢に帰らなければいけないので、活動地を熊本市に決め、

朝7時半には、ボランティアが集まる辛島公園に到着。9時からの受付を列を作って待ちました。
(西原村だと熊本駅まで1時間半くらいかかる。作業終了が3時すぎなので電車に間に合わない。)

9時時点で、もう1000人位の長蛇の列。私たちは200番目くらいでしょうか?

(辛島公園から9時になると移動開始。 受付まで地下の通路を経由して向かう。)


  (受付前に、ボランティアとして身元を書く。また、名前、携帯番号を2枚の付箋紙にそれぞれ記入。
その付箋紙は2枚のA4版のニーズ(派遣要請)票にそれぞれ貼って、1枚は本部保管用、もう1枚は派遣者が避難者宅についたときそれを示す。)


(そのあとは適当な集団にまとめられ、注意事項を聞く。 
「○○地区、家の中清掃して欲しいというニーズ、要請者の住所、氏名。男性1人女性2人を希望」
など書かれた票に従い、それに合った人々やグループがチームを組まされ派遣される。 派遣を待っている人々。)

10時半、やっと行く先が決まり、レンタカーにて市内北区のお宅に伺いました。ご夫婦ふたり住まいのお宅では、地震でずれてしまった茶ダンスや洋服タンスをもとの位置に戻すことをいたしました。 1時間少しの作業で終了。
そこで、辛島公園に戻って本部に報告をしたあと、そのまま、次の求めが来るのを待ちました。待つこと1時間、午後1時半ころ、求めが出ましたので、今度は中央区のお宅に向けて出発しました。
そこでは、倒れてしまった洋服ダンスを元の位置に戻す作業を行いました。 作業は1時間もかからず終了。

感謝していただきながらも、辛島公園に帰る道みち、あまりに軽易な作業ですんでしまったので申し訳ない気分になりました。

というのも、私も、同行のIさん親子も、東日本大震災時に石巻で活動した記憶があるので、それに比べてしまうのです。

「これでいいんだろうか?」 
そう言葉を発したところ、もうひとりの同行者Aさんが、
「もしかしたら、今回の依頼は、普段でも同じことが言えたのかもしれませんね。」 そう返してきました。
つまり、ご高齢のお家族は、人手さえあれば・・・とか若い者が家にいれば・・・ということが普段から実はあるのだが、諦めて生活しているのではないか、という発見でした。 
腑に落ちました。 
だから、今回は震災をきっかけにご縁をいただき、私たちとそのお宅が結ばれた、と感謝すればよいし、私たちからすれば、普段からそういう御家族や市民はいないか、気にしていかなければいけないのだよ、と今回被災されたご家族から教えていただいたのかもしれないのでした。 

辛島公園に戻り、ボランティア受付広場に戻ると、「おつかれさまでしたぁ~」と、これまた、全国から集まるボランティアたちを差配する役目のボランティアさん達(多くは熊本の学生さん立ち、女の子が多い)が声をかけてくれます。市電やバスで移動した他のボランティアのチームもそこそこ帰ってきました。皆、さわやかな顔をして帰ってきます。その日に即席に作られたチームですが、作業を通して仲間になり、同志になったのだと思います。

そんな人々の姿を見ていると、今回はご縁を頂いたご家族の一日も早くお元気にもとの状況になられることをひたすらお祈りすることだ、そして、ご縁に感謝することだ、と思いました。また、ボランティア会場の運営を注意して見させていただきました。

その日は、熊本市内に宿が取れ、泊まりました。

熊本市内の繁華街も、壁が崩れたり、未だ休業中のお店がある一方、大方は以前どおり、元気に再開して、観光客や地元の若者で、昼も夜も溢れておりました。新宿歌舞伎町のよう、といえば語弊がありますが、夜11台のプロペ通りくらいの雰囲気はありました。

BARに寄って、店主のお兄さんに聞くと、

まさか地震が来るとは思わなかった。1回目の揺れでは、棚に並べた全てのボトルが落ちて、床が酒とガラスでめちゃくちゃになった。 なんとか片付け、翌日の営業に備えたが、翌日も地震が来た。また、すべての瓶が崩れ落ちて、停電になり、お客さんとすぐ外に避難した。それから、水道も出ず、1週間は休業するしかなかった。市内は今、やっともとの元気を取り戻しつつある。お客さん、来てくれてありがとうございます。

そうか、自分が見ているのは、1週間耐えて、その間に皆が必死に復活して、そのあとの姿なのだ。店によっては、まだ休業中のお店もある。立ち入り禁止の建物もある。そうした中にたまたま入っていた店舗はもう死活問題だろう。地震で倒産したお茶やさん(茶商)もあった、と所沢の茶業の方が言っていたそうだ。今日伺ったお宅も、どうしても元に戻せない最後の最後のタンスであったのだ。時の経過に敏感でなければならない。


(これは被災直後の熊本市繁華街のビルの写真。5月でも壁が剥がれた古いビルは確かにたくさんあった。)

そう気がつくと、被害が少なく既に活動を開始した人々の元気な姿にエールを送らねばいけないし、大変な被害を受けた方々には、しっかりと支援の継続が行われなければいけないのだ、と感じられました。 被害は個別的なものとして存在するのでしだ。
また、今回は避難所に行っていないので、被害が深刻な方々の声や雰囲気を自分が比較的感じずに滞在したということなのかもしれません。


   (再開できるところから再開して元気になっていく。 がんばろう! 熊本。)

6日
雨のため、予定していた西原村は早めにボランティア受付なしの決定を下していました。 前日から予報で「あすは大雨。雷も。」と言われてしまい、もうだめだと活動を諦めて、5日の夜に(1人で)飲んで、遅く起きたら、なんと小降りであり、熊本市内のボランティアは200名限定で受け付けたそうでしたが、それには間に合いませんでした。西原村は「活動なし」とやはり電話確認しても言われてしまいました。

地震から3週間あまり、これからは家が倒壊したり、避難所生活の方々の支援に絞られてくるでしょう。
そうした時、公務員の出番なのかもしれません。
村や町では水道の復旧も待たれます。 
近くお自治体が駆けつけるのが一番だと思いますが、所沢市も現在30名以上の職員が派遣に応ずる手を挙げています。
職員派遣は全国市長会が差配しておりますが、その求めに従って、対応してまいります。 (5月7日記す)

 





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 『漂流怪人 きだみのる』  嵐山光三郎著

2016-05-03 16:21:01 | 本・映画など


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ああ、自分も きだみのる のようになりたい!
 
そうつくづく思った。

枠にはまらず、鋭くって大きくて、手強くって熱くって、愛すべき人間、すごい人物。  

でも自分には全てが足りないからそれは難しい。     せめて書物の中で、志向しよう。


きだみのる と過ごした数年間を描いた、嵐山光三郎氏による 怪人 きだみのる伝 である。

嵐山光三郎氏は きだみのる氏を例えば、その著書のところどころで こう評している。

「 ・生涯をかけて漂流に身をまかせた怪人、酒飲みで、勇猛な男 威張っていたが、その知力は緻密で不純物がない。

・きだドンは、昆虫の本能を志向する。  なみはずれた食欲、ワイ談を好み、単純生活者といいつつ哲学を語り、幸福論をぶちあげ、堺利彦や大杉栄といったアナキストとの思い出を語る。ギリシャ悲劇の話が出たかと思えばタクアンの漬け方、ブオトコが女にもてる方法、と話はあちこちへ飛び、酔えば帰還を許されない永遠の航海者の物語『オデュッセイア』へ思いをはせるのだった。・・・

・きだドンは放浪者の作法が身についていて、一宿一飯の恩義がある相手には腰を低くしてさからわない。
ときおり、得意の警句を呪文のようにつぶやくのだった。恋愛は男の過失だから、間違えるのならば徹底的に間違えたほうがいいよ。

・きだドンは実務恐怖症であった。実務処理の無能力閣下と自称していた。

・戦後の日本人への失望、と口にするが、もっと根源的な怒りがちらちらと炎になって目に宿っている。
満足するということがない。 徒党を組まずに漂流する意志と、土俗に執着して村の先生になりたいという願望がある。 
・・・・・フランス趣味と知識人への嫌悪。 反国家、反警察、反左翼、反文壇で女好き。 果てることのない食い意地。 
人間の様々な欲望がからみあった冒険者であった。
たまに会って食事するだけならば、これほど楽しませてくれる人物はいないが、厄介きわまりない。」

こんな感じである。

自由と反権力、人に媚びず、縦横無尽の知力と体力とすべての欲望を引っさげて、土俗に両足をつけて世界を漂流した怪人、きだみのる

こんな魅力的な人がいたのだ。

羨ましくも大変な厳しい人生だったと思う。

そんな豪快な人であったが、最後の著書『人生逃亡者の記録』の終章には、こんなことが書かれているのだそうだ。

・・・読者よ、長生きをしよう。これは自由な思想者にとって特に望ましい。

長生きすれば人生の見聞はそれだけ広まるし、


新地獄・極楽を説く思想販売人の文句の嘘や間違いも時がわからせてくれるであろうから。

もう一度繰り返そう。 長生きすることだ。

そうすれば、新地獄・極楽の布教者たちのそのときどきの所論の適否、正誤がわかるだろう。

そして現役の人間としてくたばることだ。

そうしたら子供の世話になるという屈辱的な考えを起こさずにすむ。

子供は子供。 

親は親だよ。 

そうだろう。

と。

こんなに頑強で豪快な人生を送った人でも、そう思うものなのか。 

今まで、その豪快さにワクワクしながら読み進めてきた私にとって、嵐山光三郎が書く9章から成る 『漂流怪人 きだみのる』 の第8章 は、

人生の悲哀を感じさせるものだった。 

昭和50年7月、きだみのるは80歳で亡くなった。


 

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連休 行事 乱れうち

2016-05-02 17:12:39 | 行事を見たり聴いたり活動


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世間では連休に入った模様。

わたしも行事に出席しながらの日々を過ごしております。

今日は、そのいくつかを紹介します。

4月28日(木)
勤務日だけど、そろそろ各団体の総会が増えてきていて、そこにお邪魔することも。

まずは朝一番で『新茶まつり』 市内ではいよいよ茶摘みが始まります。これから1~2週間が勝負です。


そして、吾妻地区長生クラブ連合会総会

つぎに、高齢者大学入学式、


その後は役所に戻って事務仕事

4月29日(祝)

朝一番で、実践倫理宏正会創立70周年記念朝起き 朝5時からの会です

社交ダンス連盟交流大会


民謡連盟総会

PEGGY DAY さよなら演奏会

そして、私的諮問機関の会合

4月30日(土)

春季家庭婦人バレーボール大会

所沢市俳句連盟 春季俳句大会

筆ペンによるスケッチ画展

埼玉県行政書士会所沢支部懇親会

その後 秘密の会合
 
5月1日(日)

よみうり杯争奪西武沿線少年野球大会

第14回エコロ祭り
    
安達流 池勲瞳 花芸展


そして、明日は、所沢市長杯争奪卓球大会に参加します。


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