ガッツ藤本(藤本正人)のきょうのつぶやき

活動日記ほど堅くなく、日々の思いをつぶやきます

山崎屋食堂に舌鼓み

2011-04-28 06:37:08 | おいしいものなど

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試験が近づくと、本を読みたくなるものだ。
ふだん読んでないくせに、試験勉強をしなければならなくなると
「読書こそ必要なのに、試験勉強など余分なことをなぜやらねばならないのか?」
なんて気持ちがもたげる。

そんな気持ちで
書かねばならない視察報告などを置いておいて
面白い店に寄ったのでそれを記したい。

加須(かぞ)山崎屋食堂

松伏の「中川の郷」から騎西高校へ向かう途中、加須のうどんを拒否した自分が連れてこられたこの食堂、
それがなかなかいい味出してる「山崎屋食堂」だった。
お客さんは色気より小池の方々ばかり。(こりゃ、色気の小池、ダワ。)

大盛り、美味しい、こぎれいでは決して、ない、
の3拍子揃った
わたくし向けのお店であった。

で、自分はもつ煮とカツ煮の定食(ご飯は勝手に山盛り)
満足であ~る。


800円くらいで大盛りカツカレー(ごはん2kg)もあるらしい。

ちなみにこれは並盛カツカレー


並盛りですぜ。
ごはんは1kgとか。

検索したら、やはり知る人ぞ知る有名店だった。
http://blog.goo.ne.jp/soredeiinoda/e/475b42087756ce4dfc1ebe2d6057c92e

今度挑戦したい!!!

山崎屋食堂

電話 0480-61-5231
住所 埼玉県加須市志多見1391
営業 10:00~15:00
定休 日祝


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発達障害児の医療的支援施設として重度心身障害児施設「中川の郷」 そして 双葉町民避難の騎西高校へ

2011-04-27 21:35:57 | 視察関係

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今日は選挙前から予約していた発達障害児(者)のための医療・療育施設 「中川の郷(さと)」に伺った。

一昨年度、福祉保健医療常任委員会委員長の時、「発達障害に対し施策の推進を」求め、県の委託を受けた施設「まほろば」を訪ね、
11月には先進地といわれる大府市、舞鶴市を訪ね、
12月議会では一般質問で本格的支援を求め、
県もそれらにこたえ、
①中核的な医療・療育施設の充実
②専門部署の設置
③臨床心理士などによる保育園、幼稚園の巡回指導
などを約束してくれ、
この4月から予算化したものである。

2か所の医療・療育中核施設とは毛呂山の「光の家」と、松伏町の「中川の郷」である。
ここに、専門医師と看護師を県費によって1人づつ増やして当たるのである。

詳しくは、後日のホームページで報告したい。(うー、やるべきことがたまってきた…。)

その後、先日の石巻の埼玉県版として
福島県双葉町の町民1200人が避難している騎西高校に行ってきた。
避難所生活は石巻と同じく、床にプライバシーなく寝るというものだった。
ただ、双葉町の町民はいつ故郷に帰れるのか、
それがおぼつかないのである。

県民ボランティアさんが働いていたのと同時に台湾人のボランティアさんがたくさん物資を持ってこられていた。
普段日本に住んでいる台湾人で宗教をやっている方々の団体だ。

こういうとき、宗教を避ける人もいるが、自分はそうは思わない。
思いを行動に移せる人々が尊いのだ。
宗教であろうと、なかろうと関係ない。
また、施す相手が一般人なのか、知り合いなのか、も実は関係ない。
そもそも、何とかしてあげたい、と人が思うとき、普通は相手の顔が思い浮かんでいるのである。
友人を救いに、知人を助けに…それが基本なのだ。
それらの動きが1つ2つ3つと増えて、結果的に全体を助ける動きになるしかないのだ、と
石巻を経験して、僕は今は思うようになった。

これも後日ホームページにて。

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所沢市議会選挙を終えて

2011-04-24 18:40:09 | 行事を見たり聴いたり活動

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4月24日(日)
昨夜でやっと、選挙が終わった。
市議会選挙も随分と活動したから、気持ちの面でも全く気ぜわしく、緊張した日々だった。

各候補者も夜の駅立ちを終え、ホッとしつつも、落ち着かない今を過ごしているだろう。

自分は今日は埼玉県鍼灸師会総会に浦和まで出かけ、夕方は石巻に行った記録を書いていた。
選挙を終えて、また浦和までの景色を見ることができるかと思うと、感謝の念もひとしおである。
今日もよい天気で、463のけやき並木の萌える新緑がまぶしい。


さて
浦和から帰る途中、向陽中学付近で中学に向かう夫婦連れの方々とたくさんすれ違った。
「あぁ、この方々がきっと僕を応援してくれたんだ。」
そう思った。
選挙に行く方々はいつの選挙でもそれを大切にする。
知らない方々だけれど、そういう方々によって選挙は作られていく。
こういう人がいるのだから、やはり日本はそれでもよいのだ。
そう感じた。

さて、もうすぐ7時である。
夫婦そろって投票に行くとしよう。

今日は開票が8時過ぎから、深夜まで眠れまい。

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義捐金ありがとうございました。石巻に届けました。

2011-04-24 01:02:59 | 行事を見たり聴いたり活動

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選挙前、後援会の皆様と一緒に募金活動を実施した。
新所沢駅で1回、小手指西友前で1回、チャリティーコンサートで1回
そして、救援物資と一緒に事務所に持ってきてくださる方々がいてそれも。

合計35万520円 を所沢市民の皆様にいただいた。

当時は「市役所を通じ、日本赤十字社から被災地支援に回します!」
といって募金いただいたが、
1、議員は市に寄付をしてはいけない(公職選挙法違反)
2、赤十字社に行っても使い道が決まるまで時間がかかりすぎる。
の問題が発生。
結局、
石巻でボランティアをしている活動団体への支援金として寄付、させていただきました。

キャンナス(ボランティアで被災者支援している看護婦集団)に、17万円。
石巻災害支援協議会(石巻のボランティアを統括する総体)に、18万520円。

分けて寄付させていただきました。

ご寄付いただいた皆様には寄付先の変更を勝手にしてしまい、ごめんなさい。
しかし、すぐに役立つお金として被災者支援のために役立てられます。
どうぞご理解お願いします。

キャンナスに贈呈。


キャンナスとは 
http://www.nurse.gr.jp/

石巻市災害復興支援協議会とは
http://gambappe.ecom-plat.jp/

コメント (2)

石巻に行く   

2011-04-21 13:57:32 | 議会のこと

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選挙どころではない?・・・・・ とんでもない! 今だからこそ選挙なのだ!!

そう訴えてきたけれど、
「人のために働く政治家、必要としている人がいるのにここにいてよいのか?!」
という内なる声がずっと響いていた。
ウグイスも言った。
「藤本正人は今にも被災地に飛んでまいりたい気持ちです。でも…。」
宣伝カーの中で言われるたびに追いつめられた。

今すぐにでも行かねばならない。
選挙が終わり県議会議員3人で石巻へ向かった。

詳しいことはホームページで記したい。

1日目の夜、
石巻市鮎川町で被災したご婦人が、比較的被害の少なかった息子さんのところに移って、そこで我々を労(ねぎら)ってくれた。
自分のことで大変なのに美味しいご飯をごちそうしてくれる。

「感想はどうですか?」
夫人の知り合いであり私の友人でもあるSさんが、一日被災地を回って物資を届けてきた、その感想を求めたのだ。

だが、私に返す言葉はなかった。
どんな言葉も言葉にした途端に違和感を帯びる、そんな感じだったからだ。
大変ですね・・・・・それも安易だ。
ひどすぎます・・・・それはそうだがではどうなんだ?
簡単な言葉ではおさまらない、そんな現実なのだ。

写真をご覧いただきたい。


これが萬画館。
大丈夫だった、と思ったらそうではなさそうだ。みんな逃げ伸びてくれたのだろうか?(2階は大丈夫だったらしい。)



これは昨年8月に視察で伺った当時。



みんな無事でいてほしい。



がれきの山、ではない。そこに人々の思いや生活があったのだ。
(萬画館の1階で売っていたサイボーグ009のシール。)

河口の中州のほとんどの建物は流されてしまい、萬画館だけが残った感じだ。
山を隔てた海側はこの状態だ。



今日の読売新聞の記事に作家 角田光代さんがこう記していた。
「略ー
が、現実に目の前に広がっているのは、湾から流れこんだ船、傾いた家、紙くずのようにくちゃくちゃになった車、遥か彼方まで続く瓦礫の山。
自然の猛威という言葉と、その光景との、なんと不釣り合いなことだろう。
3月11日以降、すべてが大きく変わってしまったことを、今だれもが感じている。
震災は、多くの人のいのちや暮らしばかりではなく、言葉の意味すらも奪っていったように私は感じている。自然や猛威という言葉がちぐはぐに思えるように、海という言葉を、波という言葉を、痛みもなく、かなしみもなく、恐怖もなく、もう使うことができない。
そして、その痛みもかなしみも、人によってまったく異なるはずだ。がんばろうという言葉に励まされる人がいる一方で、苛立ちを覚える人も、傷つく人すらいるだろう。以前のようなシンプルな言葉で私たちが無邪気に語り合うことは、もしかしてもうできないのかもしれないとすら、思う。
倒壊した家々の真ん中に、4階建てのマンションが建っていた。1階、2階は窓もなく、人の気配がまるでないのに、3階と4階の窓に、洗濯物と布団が陽射しを受けて翻っていた。それを見たとき私は思った。言葉の意味が変わったことをおそれて、相手の使う言葉との差異をおそれて、沈黙してはならない。無力感にのみこまれてはならない。3月11日の前にあったものの多くは戻らない。でも、戻るものもあると私は信じようと思う。かたちや意味が変わっても、何年かかっても、暮らしや日常や、海や雨といった言葉を、以前よりずっと大きな意味合いでもって私たちは獲得し、共有できることを信じたいと思う。洗濯物と布団は、そこここで咲きはじめた桜のように、たんぽぽのように、強くて、うつくしくて、揺るぎない光景だった。」

この記事を読んで、言葉を失った自分も共有したような気がした。

信じよう、信じたい、と言いきれず「思う」をつけた角田さんの「願い」をも。

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自民県議団の顔合わせ

2011-04-15 14:38:18 | かんじたこと、つぶやき

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いいおはなしをききました。
今日は自民県議団の初顔合わせでありました。
断続的に開かれる会合の合間に、よいお話を伺いました。

奥さんが倒れられて選挙どころではないと覚悟したSさん、
娘さんも反対していたが、一方息子さんは出ることを受け入れていた。
だが、最後には奥さんも娘さんもお勝手に出てみなさんに挨拶し、
一緒に動いてくれたという。

高次脳機能障害で奥さんは時にSさんを認識できないこともあったという。
「あの方はどなただったかねぇ?」
お見舞い帰り、病室を出ていくSさんの後ろ姿を指して、奥さんは娘さんにそう聞いたという。

「一般にご夫婦の距離はかなり離れたものになりますよ。」
主治医の先生はそうSさんに語った。
それに比べ腹を痛めた自分の子どもは大抵認識できるものだ、という。
それは男の場合でも同じだそうで、腹を痛めたかどうか、ではなく、
血のつながりのなせる技らしい。

なぜなのか? お医者さんにもわからないのだそうだ。

「しかし、いったん治ればむしろ距離が縮まるものなんですよ。」
ともお医者さんは付け加えた。
そして、今、Sさん自身も身をもって奥さんのありがたさを感じているという。
奥さんの方もそうらしい。

のぞみ病院? というリハビリの病院。
専門家が4人ついて? できたら褒めて、機能をどんどん回復させていく。
「学校の先生もぜひ見習ったらいいよ。あれほど褒めてもらって回復していくんだ。
渋っていたかみさんも『明日も行くわ。』と一日目で言ったよ。」
とSさん。

複数のお医者さんが期せずして同じ事を言った。
「5才くらいまでの子どもなら脳挫傷で脳がぐちゃぐちゃになっても、
心臓が動いていれば成人する頃までに脳の機能は回復するものです。」

7才までは神のうち、とも言うが、まさに子どものうちは再起する力を持つのだ。
3つ子の魂百まで、でもある。
飛行機などが墜落するときも生き残るのは子どもか、又は女性なのだそうだ。
男はそういうときは資格がないらしい。
そういう存在なんだねとSさんも自分も笑った。

それから話は「生き物としての人間」に移った。
裸足で駆けさせる小学校がある。
それが生き物の本能を呼び起こし大切なのだ。
とか、
豚は多産で14頭も生まれるが、お乳を均等にあげる。
十分飲んでいる子豚を足でどかし、不十分な子に飲ませる。
人間はそういうのを見習うべきだ、
とか。

そんな四方山話をしながら、
「女性にはかなわないね」
「生き物の基本を忘れてはいけないね」
という落ちがついた。

どちらにしても当選してよかった。
今日の顔合わせは帰ってきた同士が讃え合い労いあうほのぼのとしたものだった。


コメント (2)

当選できました。ありがとうございました。

2011-04-13 10:13:45 | かんじたこと、つぶやき

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当選から3日が経った。
まだ興奮冷めやらぬ、だが、なんとも不思議な選挙戦だった。

まず地震による被害とガソリン、停電の影響で普段選挙にかかわってくれる方々が集まれなくなってしまった。
次に、毎日報道される被災地と放射能の件で、皆心が沈み、あるいは浮足立ち、選挙に対する拒絶感が巷にあふれた。
そして、支援者による活動も不活発化した。

それは選挙中もある程度続き、駅に立っても目を合わさない人がいつもより多かった。
もちろんいつもと同じく、外に出ている人は少なく、演説しても聴いてくれる人の数は限りなく少なかった。

それなのにあれほどの投票をいただいた。
なぜなんだろう?

普段からの自身の議会での発言と活動か。 
地元での活動か?(いやこれは違うと思う)
普段の後援会のみなさんによる活動の成果か。
選挙戦で訴えた演説か。
それとも消去法で残ったか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当選が決まった時、前列に座っていた議員さん方の困惑した表情が、今も目に焼き付いている。
何が原因なのか・・・? という困惑である。

そんなことを思いながら、もう3日が過ぎた。
なんと早いことだろう。
どちらにしても自分の力とは違うレベルにおいて評価され、投票をこんないいただいたのだ、と思う。

32792人の方々の期待。
それにこたえるべく頑張らねばならない。

皆さん、ありがとうございました。
頑張ってまいります。
ご指導のほどよろしくお願いいたします。

                                       藤本正人

都市計画道路「東京狭山線」シチズンの先を望む。


木の息吹を感じる今日の日でありました。









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