ガッツ藤本(藤本正人)のきょうのつぶやき

活動日記ほど堅くなく、日々の思いをつぶやきます

『日本国紀』 と 『夜行』

2018-12-31 21:42:51 | 本・映画など


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年末にて 2冊の本を読んでみた。

『日本国紀』 は、読みごたえのある本だった。

日本はきっとほかの民族と違って、平和で穏やかな人々の住む国なのだ。

話し合いを重んじ、子供を大切にし、短い期間で技術を取り入れ、植民地化されることを防ぎ、時勢の中で懸命に生きて、今がある。

『日本国紀』も、教科書には載っていない、史実や記録をもとに、書かれていた。

では、我々日本人は、これからどうするのか。

戦後、GHQが日本人に行った洗脳は、確かにそうなんだろうと思う。

しかしそれでも、子供の頃に教わったこと、世評、マスコミが主張する日本観を、私たちはそう簡単には、変えることができない。

時が経てば解決するのか、時とともに手遅れになるのか。

それはこれからの私達次第なのだ。



『夜行』は森見登美彦の小説だが、ほかの作品と違って、不気味な雰囲気漂う作品だった。

物事には両面があって、どちらを見るか、どう解釈するか、

それも真実、これも真実。

そういうことがあるのだろう。

球体を東から進むか、西から進むかで見えるものは違っているが、どこかで出会って、全容が掴めるものかもしれない。

最後まで謎めいて、甘美で怖い作品だった。



さすがに、大晦日をこの本でおわらせるのは躊躇されて、

『日本が売られる』(堤未果 著)をこれから少しだけ読んでおくことにする。


それでは、平成30年、皆様お世話になりました。

今年は本当に一年が短かった気がします。

どうか皆様、良いお年を。







 






 

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『絶滅の人類史 なぜ私たちが生き延びたのか』 更科功 著 を読む

2018-10-07 00:22:50 | 本・映画など


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約700万年前、大型類人猿から人類の祖先とチンパンジーの祖先は分岐した。アフリカでのことである。 

・チンパンジーとヒトの違いは、直立2足歩行と犬歯が小さくなったこと。

・人類の祖先が、森林から疎林地帯に出てきたのは、決してそれが有利だったからではない。

・直立2足歩行で歩くようになり、四足より走るのが遅く、牙もなく、弱い存在なのに

どうしてそういうふうになったのか、その訳。

人類はいろんな種類がいたが、最後に残ったのが、ネアンデルタール人とホモサピエンス。

・ホモサピエンスが残ったのは、共同の力による。

・それぞれが戦いあったのではなく、より餌を採るのがうまい法は勢力を拡大し、下手な方は滅んでいく。

・かといって、決して頭が良いほうが生き残るわけでもなく、環境に左右されれば逆もあること。

生き残るには8勝7敗で良い。 少しずつ勢力拡大。

・でも、そもそもは、子どもがたくさん残せる(産み育てる)ほうが生き残る。

なお、チンパンジーは乳離れするまで子育ては母親が行い、出産間隔は5~7年。ゴリラは4年。オランウータンは7~9年。

それに比べてヒトは共同で育てるから毎年産める。 よって子どもを多く残せた。 

・おばあさん仮設というのがあって、閉経しても長生きするのは孫たちの面倒を見る役目を負っているから。

・個体として同じ文化(技)を持っていても、それを受け取る側が育っていなければ、その文化は広がらないこと。

・ミトコンドリアDNAは母方からそのまま遺伝し受け継がれる。

以上、メモとして一部を記述。

もっとたくさんのことを書かねばこの本の内容は伝わりませんが、ご容赦ください。

それにしても、更科 功さんの本は、楽しく、わかりやすい。

前回読んだのは、2年前だった。 ⇒ https://blog.goo.ne.jp/zenntatosannpei/e/f44b843a48b9b0d27dd9da58e8884594

 

 

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『人間にとって寿命とは何か』 を読む

2018-09-30 00:34:10 | 本・映画など


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やはり、面白い本だった。そして、考えさせられる本だった。

人間にとって寿命とは何か という題名であるが、

むしろ ナマコの生き方、ゾウやネズミの寿命や生活の様子から

人間は如何に生きるべきか を考察した本 と思う。 

 


以下備忘録として

生き物とは「生き残るもの」のことである私が生き残るとは子を産むこと。子も私である。 

・私とは何か? 私とは私と繋がり、私と慣れ親しんだ環境も私の一部である。 

・現代日本は好き好き至上主義。好きなものだけ選んでつながり、薄っぺらな生き方だ。 境界、グレーゾーンがあったほうが多様性があって私にとっても良い。縁側が果たした機能も似たようなもの。

どんな生き物も心臓が15億回打つと寿命となる。 腸が動くのに11回、血液が1循環で80回打つのも生物みな同じ。

・心臓一回うつのに2ジュール(エネルギー)必要なのも同じ。

・心臓が1拍するのにかかる時間はネズミが0,1秒、ヒト1は秒、ゾウは3秒、クジラは9秒。 体重や容積が大きいほど寿命は長い。

・細胞はゾウもネズミも同じ大きさ。大きな生き物ほど一つ一つの細胞はエネルギー消費が少ない。(抑制している)
(同じようにエネルギーを使ったら体温が上昇して死んでしまう)

・体重重いほど1つ1つの細胞はエネルギーを抑制する。大組織は1人1人はサボりがちに。そういう時は組織を分割すべし。

・ 同じ生き物でも、エネルギーを抑制して、長生きする時代もある。例えば冬眠。冬眠するリスはしないリスより寿命は長い。
 蛹、幼虫も同じ。エネルギー消費の抑制。
 種子の時代は抑制しきっていて、芽が出てから消費開始。種子は長生き。

・人のエネルギー消費量(基礎代謝)も、赤ちゃんが高く、その後低下し、20歳で安定する。 とすれば、子供の頃は心臓の拍動も速く、時間も密度が濃いはず。子供の頃はいろんな思い出があって、1年間が長く感じられたのは、密度が濃かったからか?

エネルギーを使うほど、時間が速く進む。 密度の濃い過ごし方となる。人はエネルギーを使って時間を加速させてきた。
 車もコンピュータも、言ってみれば時間を加速する装置である。 しかし、その分地球環境は壊れ、エネルギーは枯渇し、
 速さに人間自身もついていけなくなっている。

・ビジネスとは忙しい(時間を速く進める)こと。business=busy ness ビジネスはエネルギーを使って速さを競うものだが、ビジネス以外の時まで人間は速さを競っていないか? 

・沖縄時間、柳瀬時間、富岡時間というものも、つい20年前まではあった。そもそも江戸の頃には日の出日暮れにより時が意識されただけ。大雑把な時間感覚だった。それが、機械が入り込んで(機械には時刻が必要)正確さを求めるようになった。最初は海軍。今は車電車コンピュータ、みんな時計で動く。家にあるすべての機械も時計内蔵だ。 自然の感覚とは違う生き方である。

 

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『私はあなたのニグロではない』 をみて

2018-06-25 20:56:07 | 本・映画など

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映画を観た。


(左からマルコムX、キング牧師、原作者のジェームズ・ボールドウィン。彼が映画中で語るというスタイルで映画は進む。)

『私はあなたのにニグロではない』 である。

それぞれのやり方で公民権運動を主導した3人の指導者についてのジェームズボールドウィンの回想「No Name in the Street」

を原作とし、映画化したものだ。

3人の指導者とはメドガー・エヴァース、マルコムX、キング牧師。

これは見なければならない、と思った。

世の中を変えるには、相応の覚悟がいる。

勇気がいる。

それでもバスに乗った婦人、大学に入学した若者…デモに参加した人々、意思を表明した人々。

想像するに余りある。

公民権運動ただなかの世にあって、自分は、はたして抗議する黒人側に立つのか、それとも恐怖し対抗する白人側に立つのだろうか?

そんなことを昔考えたことを思い出した。

今、これを書いていても、また、昔のことを思い出す。

1993年、アトランタンにあるマルチンルーサーキング牧師の家に行き、その生涯を描いた展示を見たとき、見学の列は1時間に10m進むかどうか、それほど人々は食い入るように読んでいた。誰も文句は言わない。みんなが深く感じていた。多くは黒人だった。

1992年、マルコムXの封切をニューヨークで観た。長蛇の列を忍んで待った。が、観客は、私ともう一人以外、全員黒人だった。
マルコムXの一挙手一投足に、観客はいちいちどよめき、言葉を発した。黒人差別のシーンには、ヤジが飛び、劇場は怒りに包まれた。
観衆は群衆となり、マルコムxと一体だった。  怖かった。

1993年、ハーレムでブラックモスレム(またはブラックパンサー党?)の派手な衣装の黒人に声をかけられた。「お前は日本人か中国人か?」・・・ 私ほ答えるのに躊躇した。しかし、答えないわけにもいかない。
少しの時間をおいて、日本人だ、と答えると彼はこう言った。「日本人だけが白色人種に戦いを挑んだ。そして勝った。俺たちは日本人を尊敬している。」
握手をして別れた。

そんなことも思い出す。

公民権運動、その時の人々の現実と苦悶と勇気を、私たちは学ばなければならない。





『私はあなたのニグロではない』
http://www.magichour.co.jp/iamnotyournegro/

 

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民主主義 ポピュリズム 財政赤字の膨張 は避けられないのか

2018-04-14 17:12:15 | 本・映画など

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東日本大震災や原発事故は われわれに 人間は自然の一部に過ぎないこと と つながり(絆)の重要性 を教えてくれた。

と同時に 

その教訓を 生き残った者たちが、伝えていく(継承)ことの必要 を気づかせてくれたのだと思う。

今 の幸せ だけでなく これから生まれてくる世代 までを視野に入れて 今、動いていく。

所沢市は それを「マチごとエコタウン所沢構想」に託して 施策を展開してきている。

この理念は そう簡単に覆せぬものであるが、それでも「いま」の快適 今の便利を 追求する声は後を絶たない。

国においても 地方においても 同様である。

民主主義は すべからく ポピュリズムに流れ ついには独裁主義に救いを求める。

そんなことを危ぶむこの頃であるが、挑戦的な本を見つけた。


『財政と民主主義 ポピュリズムは債務危機への道か 』 である。

この本は、政治、民主主義の問題に踏み込まねば日本の財政問題は解決されない、という仮説を立てて、

具体的な提言をするものであった。

具体的提言では

1・有権者に長い視野の判断軸をもってもらうため『徹底的な財政情報開示』

2・『世代別選挙区制』『余命投票制」などの導入 財政の長期的管理と公表を行う『独立財政機関』の設置

3・人々が将来世代への利他性をもてるよう政治哲学を改革(個人主義自由主義を超えて)

4・税収と支出の均衡予算原則を守るため、中期財政フレームを立て、是正措置や独立検証機関の設置

5・国会運営を対決型→審議型へ  事前審査の廃止と実質審議充実、内閣修正の弾力化

6・社会保障と地方財政への膨張を抑えるべく、負担なくして受益なし、を徹底し、地方交付税を歳入均衡型に転換する

7・デフレ脱却と経済成長で財政再建できる なんて甘く見ないで手を打つ

などがあった。

自由と個人主義の進んだ現代にあっては 困難な作業かもしれない。

が、絶対に必要な転換である。


 

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聾者のボクの南米見聞録

2018-04-10 17:07:52 | 本・映画など

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きょうは映画のお話です。

 
  映画鑑賞の後 トークショー 左から 松本紀彦さん 雫境監督 通訳さん

南米のコロンビアからアルゼンチンの南端ウシュアイアまで総移動距離1万km。

耳の聞こえない松本紀彦さんが、バックパッカーとして手話を操り旅をするドキュメンタリー。

コロンビアやアマゾンの聾者とも、(手話も国によって違うのに)手話を駆使して意志を通じ合わせる姿は、圧巻。

まるで耳が聞こえず手話で話したほうが、耳が聞こえ言葉を話す我々よりも万能に近いのではないか、と思えるようになってくる。

それにしても、高山に登り、長距離バスを使い、川を遡り、厳しい自然を克服する松本氏のタフさにびっくりしてしまう。

映画自体はほとんど音が流れないで進行するが、それが松本さんの世界なのだ。

自分も南米をひとり旅したことがあったが、松本さんの方が何倍もすごい旅をしている。

「知らない言語を母語とする現地の人と関わると、コミュニケーションに支障を来しますが、手話でのコミュニケーションになると障壁がグンと低くなるのです。〈言葉以外のメッセージ〉を通じて相手や周りの人々に伝わっていきます。そこに“耳が聞こえない”なりの旅の楽しみ方があると思います。僕がこの旅で感じた〈音〉を、たくさんの人に感じてもらいたいです。そして南米で出会った“友”と、出会えなかった多くの人々にもこの映画を見ていただきたいです」(松本紀彦)

映画のあとに、松本紀彦さん本人と  監督の雫境さんのトークショーがあったのだが、その時も驚いた。

というのも 観客の半分がじつは聾者だったのだ。

みんな 耳の聞こえない仲間の映画ということで、各地からわざわざ渋谷に見に来たのだろう。

通訳さんが質問を呼びかけると、さっと手が上がる。

聾の人なので、質問も手話だ。それを通訳が同じ手話をしながら、同時に音声で日本語に直す。

観客はみんな同じ方向、つまりステージを向いているから、手話による質問が見えない。

だから、耳の聞こえない人には通訳が手話で質問を再現して知らせ、同時に健常者には声で通訳しているのだ。

そのやりとりがすごく新鮮で、感動してしまった。

最後に、松本さんと雫境監督に拍手を送るとき、我々は拍手をしたが、ろう者の人はみんな手を上にかざしてきらきらぼしのようにひらひらさせていた。

これが視覚による拍手なんだとわかった。

聾者のボクの南米見聞録 https://www.youtube.com/watch?v=Y1k-NPJptqY

僕なんかこの人に比べたら足元にも及ばない・・・。

なお、この映画渋谷のアップリンクで上映されていましたが、先週で終わりました。

上映情報はこちらを。http://eiga.com/movie/88800/

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バッタを倒しにアフリカへ 前野ウルド浩太郎 著

2018-04-08 19:27:10 | 本・映画など

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今日は本のお話。



アフリカではバッタが大発生すると、草木をすべてやられて飢饉に陥ってしまう。

バッタ(サバクトビバッタ)たちは幼虫のうちは大人しいが、成虫となり大きな集団を作ると見た目も変化して(群生相)獰猛な性質を帯び、

群れは群れに合体して大きな群れを形成し、草木をすべて食べ尽くしてしまう。

しかも、そうなると1日に100kmも移動することがあり、人の手には負えなくなる。

だから幼虫のうちに農薬でやっつける。

大発生の兆候あり、との情報が入ると、それを探して薬でやっつける。

そのための研究所がモーリタニアにあった。

日本人の前野浩太郎氏は、そんないたちごっこの方法ではなく、生態を研究することで大発生を抑える方法を研究するため

単身モーリタニアにやってきた。

子供の頃からファーブルに憧れ、研究者となり、バッタをこよなく愛すがゆえに現場へと単身のりこみ現地の人と七転八倒の体験を繰り返す。

そんな若き研究者の毎日がユーモアあふれる筆致で描かれていて引き込まれる。

と同時に、そんな行動力に すごいなぁ とつくづく思う。

そして、自分にはまだそういうバイタリティは残っているのだろうか、と自分を見つめたのでありました。



 

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『有頂天家族』 『太陽の塔』 森見登美彦

2017-04-11 11:13:47 | 本・映画など


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『面白きことは善きことなり!』

狸ゆえ、浮かれてしまう習性を肯定して、すごす姿はほほえましくもいいものだなぁ、と思ってしまう。

天狗や人間を相手に、

4人(匹)の子どもたちが繰り広げる奇想天外な事件に、母親狸はつねに子どもたちのことを思っている。

いつまでもどんな時でも母にとっては やはり子どもであり、

母はいつまでもどこまでも 子どもたちにとっては やはり母なのである。

そういう感じが残った。

物語終盤は展開がリズミカルで、小気味よい。

もう少し肩の力を抜いて、過ごしていこう!

そういうのも悪くないな、と思った。

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きつねのはなし 森見登美彦

2017-03-18 19:14:09 | 本・映画など


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自分は、京都が好きだ。

そういうわけで、万城目学 の作品に心躍らせ、森見登美彦 の作品に魅せられてきた。

さて、久しぶりに 森見登美彦の作品 を読んだ。

『きつねのはなし』 という本なのだが、

今まで、森見作品を(少し読んでいて) 京都を舞台にした奇想天外な、と言えるような楽しい作品ばかり、と思っていたので、

それに収められた『きつねのはなし』『果実の中の龍』『魔』『水神』の4作品は全く違う趣だった。

歴史を負う京都の妖しい陰の側面 を扱った物語であった。

この1週間は、議会は予算特別委員会を行っていたのだが、それに際して読んだ本として、

また記憶に残るものとなるに違いない。







 

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世界が注目する日本映画たち at MUSE

2017-03-14 12:40:13 | 本・映画など


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3月18日(土)19日(日)20日(月)

と所沢ミューズで上記の映画祭が行われます。

毎回、ゲストを呼んでトークショーが繰り広げられ、それがなかなか趣があるんです。

いい企画してるなあって、毎回感心しています。

上映される作品もみんな 山椒は小粒でピリリと辛い 作品です。

みなさま、ご来場くだされ。

1映画800円 1日券は1300円(18日分)または2000円(19日、20日分)。






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倉本聰さんのお芝居にエキストラとして出演

2017-02-04 16:00:16 | 本・映画など


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倉本聰さんの『走る』にエキストラ出演してきました。


2月2日から5日まで、池袋サンシャイン劇場にて公演中。

http://www.kuramotoso.jp/hashiru2017.html
その後は、静岡へそして全国各地に3月初旬までの公演。

人は何の為に走るのか。

何に向かって走るのか

我々が出演するのは、終盤。

サラリーマンとして戦後成長期の日本を支えてきた一人の男が、人生を振り返る場面。

「考えてみると我々は、日本のため、家族のため、豊かになるため、

ゴールを目指して一所懸命走って(働いて)きたが、

いったい何を求めて、走ってきたのか。 何をゴールに走ってきたのだろうか。

もしかしたら、テレビが家に来た時、

もしかしたら自動車を買った時、

もしかしたら冷蔵庫を手に入れた時、

その時が、ゴールだったのかもしれない。

しかし、我々は走ることをやめずに、さらなる何かを求めて、走り続けてきた…。」

というようなセリフが語られた後に、

背景に、必死に走り続ける40人のサラリーマンが登場する。

そのうちの1人として走るのだ。

今回、そのお話をいただいて、役所の職員にも一緒に出てみないか誘ってみた。

6人の人が呼応してくれた。

自分としては、倉本さんの大切なお芝居に、出演させて戴けて幸せだったと思っている。

また、職員有志とともに行動できたこともうれしい。

このお芝居の中に、きっと、

倉本さんが今に生きる人々に伝えたいこと、言っておきたいこと

が詰まっているに違いない。

 
           当日エキストラ出演した 40人の同志の皆さん 

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『虫の虫』 『生殖医療の衝撃』 『ダライ・ラマと転生』 を読む

2016-10-24 00:34:21 | 本・映画など


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あれから3冊の本を読んだ。



「虫の虫」 養老孟司氏の著作

養老さんは虫好きなんですねぇ。 それもゾウムシ。

ラオスに行って虫とり三昧。ラオスには虫を食う習慣があるそうだ。



次が、『生殖医療の衝撃』
筆者の石原理さんは、比較的科学を信じ、今の状況からどうあるべきかを考えている方である。Z

私はそれより少し科学に対して懐疑的だ。特に生殖医療は人を救ってくれるが、人間はそれほど賢くはなく・・・・というところか。

よく言う「総論賛成各論反対派」ではなく、「総論反対各論賛成にならざるを得ない派」ってところか。

市議会議員時代の今から20年くらい前、まだES細胞がどうのこうのと危ぶんでいた頃からは随分状況が変わっているのだ、と感じた。

今は代理母(借り腹)のところが懸案事項とされている状況で、それ以前のものはだいたいスルーなんだと知った。

日本で生まれる1/32の子どもが、凍結卵子か精子由来なのだそうだ。


その次が、『ダライ・ラマと転生』 石濱裕美子さんの著書。

ダライ・ラマとチベット仏教の仕組み。チベットと中国。日本との関わり。

これらのことが語られていて初めて知ったことばかりだった。

ダライ・ラマは来月来日されるのだそうだ。

さて、今から10年前、中国はチベット人の住む地域に行った時、チベットの青年が私を見るなり

「あなたは前世で私と兄弟だった。あなたを見ていると鉄腕アトムの絵が浮かんでくる。」

と言われて意気投合して酒を飲んだのを思い出した。

鉄腕アトムの絵は、当時県議だった自分の漫画に違いない、と納得し、日本とチベットの親密性を深く感じたものだった。


    鉄腕アトムが見えるってのは、きっとこの絵に違いない!!



中国奥地には少数民族がいる。皆、山の奥地に追い込まれてしまったのだ。こんな山奥にも道が通り、歩き専用の道が縦横無尽に山腹を抜けている。写真をクリックしてみてください。

チベットの場合は、1950年10月 中国の人民解放軍に侵攻され、1959年には砲撃を受けたのである。チベット人も蜂起したが、制圧され、ダライ・ラマを追って亡命政府がインドにできたのであった。3月10日は「チベット蜂起記念日」とされ、その後も、1989年、2008年と蜂起するも、弾圧されている。現在はインドのカルナタカ州、ダラムサラに亡命政府がある。

              写真はチベット人の学校 上の文章の場所(シャングリラ)とは違います 

なお、石濱由美子さんは早稲田の教授をされているが、なんと自分のクラスメイトであった。

大学1年2年生時の語学のクラスである。

自分は大学時代男たちでかたまって軟式野球なるサークルで酒を飲んで暮らしていたので、石濱さんにも話しかけたことは多分、ない。

彼女は容姿も居住地も、正真正銘の美しいお嬢さんであった。

ゆえに

話しかけない、というのは、我々が硬派だったのではなく、ただ意気地なしだっただけである。

先日、本屋でふと手に取ってみたら、石濱さんではないか!! とビビっと来た。

そうしたらやはりそうだったのである。

なんだかわからないが、すごいなぁ。 




 

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『宇宙からいかにヒトは生まれたか』 『日本のリアル』

2016-09-28 09:06:40 | 本・映画など


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先日、地球永住計画主催の 養老孟司さんほかのお話を聞いて以来、

また、一般質問が終了して以来、

読みかけだった本を読んでいる。

やっと読み終わったのが、『宇宙からいかにヒトは生まれたか』(更科功 著)

1日で読んでしまったのが、 『日本のリアル』(養老孟司 著)





『宇宙からいかにヒトは生まれたか』
前半は宇宙が生まれ地球が生まれて生物が生まれる流れを、そして、後半は最近から進化して、人間が生まれる経過が書かれていた。

以下はメモ。

1.南北アメリカがつながっていないころ、北アメリカには有胎盤類 南アメリカにはメインで有袋類少し有胎盤類が生息していた。 基本的に憂う胎盤類のほうが有袋類より強い。

しかし、場所によってはそうでないこともある。 南北アメリカ大陸がくっついて、動物が混じってしまい、優勢な有胎盤類の天下になった。

2.一般的に、広い場所に住んでいる生物のほうが勝つ。 ガラパゴス化は孤立した場所でしか起こらない。 島に住んでいた生物と大陸にすむ生物では、大陸のほうが優位。

日本の狸よりアライグマ、くさがめよりもミドリガメ、、日本ザリガニよりアメリカザリガニ。 ススキよりもセイタカアワダチソウ…考えてみればたくさんある。

人間も同じことが言えるのだろう。 経済のための移民政策はこういう意味でも危ない気がする。

3.孤立した島に住んだりすると食糧が少ない中、外敵からの危険は少ないので、体はより小さくなる。 これを島嶼(とうしょ)化と呼ぶ。

4.脳は体重の2%の重さしかないが、25%のエネルギーを使う。

5.ヒトはゴリラにはさかのぼれるが、チンパンジーやボノボにはさかのぼらない。 今いるヒトは100種類もいたが、そのうちのホモサピエンスだけが残った。8クロマニヨンとかネアンデルタールとかのヒトは滅んでしまった。

6.太陽は少しずつ明るくなっている。そうしたなか、ここ数百年のレベルでいえば人間の経済活動により二酸化炭素は増えていく。しかし、数万年レベルでみると地球に氷河期が来て寒冷化していく。数億年レベルでみると地球は高温化する。そのころには二酸化炭素は減り続け、光合成ができなくなり植物が枯れ動物が絶え、多細胞生物が絶え、単細胞生物だけ残り、核のない原核生物(細菌)だけになる。

7.45億年前地球が誕生し、40億年前生物が細菌から誕生し、19億年前、核のある生物になり、しかし、その核のある生物もあと数億年後には消滅し後は熱に強い細菌のみ生き残って、それでも10億年後に水がなくなり生物は消滅。生物は50億年間の存在を終える。つまり現在は生物の生存時期の4/5が過ぎたところだ。あと50億年すれば地球は太陽に飲み込まれる。

『日本のリアル』
4人の方と養老孟司さんの対談から、日本を考える。

以下はメモの一部。

1.岩澤信夫さんの不耕起栽培に自分は興味を持った。スイカ農家から稲栽培に転じ、冷害や台風に強い栽培法を調査する20年のうちに、この栽培法を編み出す。

冬に水をたたえるようにして(冬期湛水)糸ミミズを生かし、その糞が雑草を抑え、藻が繁殖し、虫を増やし、耕さないため根が太く根付く。

木を育てるときも早くから肥料をやると根が伸びず大きな木にならない、とのこと。

子供の育ても同じだと指摘
されていた。

2.SRI農法 というのがある。 稲の種をまいて水はかけない。 苗が出て一週間後、30cm×30cmのスペースに植え替える。これで立派に育つらしい。



メモとしてはこんなものか?

今は、養老孟司さんの『虫の虫』を読んでいる最中です。










 

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高野秀行の本 から 誘(いざな)われ

2016-08-13 15:46:36 | 本・映画など


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オリンピックと高校野球で 目が疲れておられる方も 多数いると 想像します。

それにしても リオオリンピック メダルラッシュですねぇ。 すごすぎます。 

所沢市に関係ある選手も大活躍です。 

このまま、パラリンピックもメダルラッシュで行けたらなぁ、と願っているところです。

さて、少し休みを頂いて本を読んでいます。

大好きな高野秀行の本。

このところで







と3冊読んでみました。

やっぱりいいですねぇ。そして、私もその土地で出会う人々 との交わりが旅の醍醐味だと思っています。

高野秀行もその土地の人々と交わり、酒を飲み、助けられて 辺境の旅を続けます。

そこに出てくる人々は、変わっているけどとても善き人 でもあります。

私たちも日本に来ている外国人に対して 変わっていても 善き人 でありたいものですね。

私も今までに 旅に出て、いろいろな善き人々に会いました。 助けてもらいました。

あの人はどうしているのだろう? そう思うこともしばしばです。

そこで、 お世話になったあの人は今? という感じで写真を載せてみることにしました。

悪しからず。

初めての海外旅行 それは、中国。 1990年、平成2年8月9日から23日。 

それまで、海外旅行なんて贅沢はしない、と豪語していた自分でしたが、28歳、就職6年目にしてついに海外へ。

天安門事件の翌年、もうすぐ姉妹都市を結ぶ常州市に教育表敬訪問をするという大義があったからなのかもしれません。

8月9日上海→10日常州→13日鄭州 少林寺→14日洛陽・龍門石窟→17日 西安・大雁塔・青龍寺・兵馬俑→20日北京・故宮・天安門・万里長城・定陵→23日帰宅

と旅しました。

しかし、ひとり旅は油断できないし体力を使うし、おまけに、途中で風邪はひくし、駅員もデパートガールも食堂の店員も全くやる気ないし、(個人商店は違った)中国女性は威張っていてすぐ怒鳴りつけてくるし・・・・・・つらいつらい旅でありました。

最後に飛行機に乗る時に、隣り合わせた日本人に「帰りたくないですか?」と聞いたら、「一刻も早く脱出したい!」の答え。

そうでしょう、そうでしょう! と意気投合したのでありました。そして、成田に着くと、「ああやっと日本に帰った!」と心の内で叫んだのでした。   

でも、そんな辛い旅ではありますが、マラソンと同じで辛いほど後からまた行きたくなる

それに とっても親切で、とっても善き人々とも 会うことができたのですから。

そこで、以下、お世話になった人々 今も元気でいて欲しい!


   1990,8、11 江蘇省常州市の教育関係者 左から 王さん 陳さん 兪さん 中等師範学校ほか案内してくださった。

自由恋愛(結婚に関係なく自由に付き合えること)について、とか、電脳玩具(コンピュータゲーム)について とか、 中国が恐れ西洋文明からの侵略を懸念し、日本がすでに毒されてしまっている事項について、無理して開放しない方が良い、と力説したのを思い出します。



 1990 8,13  少林寺にて声をかけられ同行 画家の 魏建民さん 人懐っこい人。どこでも値切る。店の人にいつも言い返されてしまう。


   1990,8、14 上は硬座列車で仲良くなった先生方  
           
 下は 洛陽駅で知り合って 一緒に泊まった 立命館大4年の三枝(みえだ)誠さん 漫研に入っていてポリシーくんという名の主人公の漫画を執筆中という。 上七軒近くに下宿中。 しんみりと話ができた。


   1990、8、17~19まで
そして、なんといってもこの旅で一番お世話になった呂 増偉 さん(左)。 右は同学の XING亜卓 さん。ともに西北工業大学の19歳。 
呂くんには言い尽くせぬほどお世話になった。西安をすべて案内してもらったり、金がないと言ったら宿のおばさんと口論してまで交渉して、
一緒に泊まって2人で15元(7,5元/人)に値切ってくれたり。 熱が出たときはスイカを寮から持ってきてくれたり・・・。
彼は今、どうしているのだろう。故郷は西安よりもっと北のほうだっと言っていたが・・・。飛行機関係の技術を学んでいると言っていた記憶がある。
今なら45歳か?

高野秀行の本の話から 漂泊の思いやまず 昔お世話になった方々今いづこ と 勝手に進めてしまいましたが、お許しください。

また、時間があるときに、旅の続き をしてみたいと思っています。






 

コメント

 『漂流怪人 きだみのる』  嵐山光三郎著

2016-05-03 16:21:01 | 本・映画など


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ああ、自分も きだみのる のようになりたい!
 
そうつくづく思った。

枠にはまらず、鋭くって大きくて、手強くって熱くって、愛すべき人間、すごい人物。  

でも自分には全てが足りないからそれは難しい。     せめて書物の中で、志向しよう。


きだみのる と過ごした数年間を描いた、嵐山光三郎氏による 怪人 きだみのる伝 である。

嵐山光三郎氏は きだみのる氏を例えば、その著書のところどころで こう評している。

「 ・生涯をかけて漂流に身をまかせた怪人、酒飲みで、勇猛な男 威張っていたが、その知力は緻密で不純物がない。

・きだドンは、昆虫の本能を志向する。  なみはずれた食欲、ワイ談を好み、単純生活者といいつつ哲学を語り、幸福論をぶちあげ、堺利彦や大杉栄といったアナキストとの思い出を語る。ギリシャ悲劇の話が出たかと思えばタクアンの漬け方、ブオトコが女にもてる方法、と話はあちこちへ飛び、酔えば帰還を許されない永遠の航海者の物語『オデュッセイア』へ思いをはせるのだった。・・・

・きだドンは放浪者の作法が身についていて、一宿一飯の恩義がある相手には腰を低くしてさからわない。
ときおり、得意の警句を呪文のようにつぶやくのだった。恋愛は男の過失だから、間違えるのならば徹底的に間違えたほうがいいよ。

・きだドンは実務恐怖症であった。実務処理の無能力閣下と自称していた。

・戦後の日本人への失望、と口にするが、もっと根源的な怒りがちらちらと炎になって目に宿っている。
満足するということがない。 徒党を組まずに漂流する意志と、土俗に執着して村の先生になりたいという願望がある。 
・・・・・フランス趣味と知識人への嫌悪。 反国家、反警察、反左翼、反文壇で女好き。 果てることのない食い意地。 
人間の様々な欲望がからみあった冒険者であった。
たまに会って食事するだけならば、これほど楽しませてくれる人物はいないが、厄介きわまりない。」

こんな感じである。

自由と反権力、人に媚びず、縦横無尽の知力と体力とすべての欲望を引っさげて、土俗に両足をつけて世界を漂流した怪人、きだみのる

こんな魅力的な人がいたのだ。

羨ましくも大変な厳しい人生だったと思う。

そんな豪快な人であったが、最後の著書『人生逃亡者の記録』の終章には、こんなことが書かれているのだそうだ。

・・・読者よ、長生きをしよう。これは自由な思想者にとって特に望ましい。

長生きすれば人生の見聞はそれだけ広まるし、


新地獄・極楽を説く思想販売人の文句の嘘や間違いも時がわからせてくれるであろうから。

もう一度繰り返そう。 長生きすることだ。

そうすれば、新地獄・極楽の布教者たちのそのときどきの所論の適否、正誤がわかるだろう。

そして現役の人間としてくたばることだ。

そうしたら子供の世話になるという屈辱的な考えを起こさずにすむ。

子供は子供。 

親は親だよ。 

そうだろう。

と。

こんなに頑強で豪快な人生を送った人でも、そう思うものなのか。 

今まで、その豪快さにワクワクしながら読み進めてきた私にとって、嵐山光三郎が書く9章から成る 『漂流怪人 きだみのる』 の第8章 は、

人生の悲哀を感じさせるものだった。 

昭和50年7月、きだみのるは80歳で亡くなった。


 

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