先月末の日曜日は紬きもの塾「とことん着尽くす」でした。
10月に入っても真夏日となっている東京ですが、この日も、30度に達する暑い日でした。床の間に庭の斜面で見ごろを迎えていたハギの花を投げ入れて、みなさんをお迎えしました。私はいつもの単衣紬に単衣・夏用の帯を締めました。
帯揚げは分かりづらいですが、祖母の着物の胴裏地(薄手の節絹)を薄茶に桜で染めたもので、秋の気配も取り入れました。しかし、汗をかくことは必至でしたので、襦袢は綿麻半襦袢にしました。
この紬自体が、着物の更生の話の一例になりますので、この回にはいつも着ているのですが、若気の至り(!?)で、大きなシミを前身ごろに付けてしまい、アルカリ剤で洗い、生地を裏返し、前身ごろ、後身頃をひっくり替えして、仕立て直してあるもので、講義の中では、武勇伝と共に、恥ずかしながらご紹介してます。(#^^#);
みなさんからも着物の更生品や、リメイクした小物や浴衣からスカートにしたものなどお持ちいただきました。長襦袢の袖丈が短いものの直し方で、肩山を切って足し布を入れるというのは初めて知りましたが、目からうろこでした。私の方からも母の羽織や着物からコートなどの仕立て直しを参考に見てもらいました。手縫いの襤褸雑巾の果てまでお見せしました。最後はトイレの床など拭いてお役御免となります。
体調不良でお休みだった方からは、薄手のリネンのパンツに何か所も継ぎを当てながら使い続けているということで画像(上)を送ってくださいました。ロングスカート下に使っているということですが、必然が生み出す素敵な継ぎ当てですね。
私も仕事用のパンツは膝やお尻、内腿が擦れてどれだけ継ぎを当てたかわかりません。でも、継ぎ当てしてからの方が、もっとそのものに愛着がわくのは不思議です。いわゆる教科書的な継ぎ当てとは違って、ワンポイントアクセントや、アート性も加味された楽しい継ぎ当てです!
他にも野菜や果物の皮も上手に利用しているなど、すべてのものを慈しみながら、工夫されているとのことでした。
また、義理のお父様を亡くされ、四十九日の法要を高岡の方で済まされたばかりの方は、義理のお母さまから、小さな袋を旦那様の分と渡されたそうです。中にはお義父様が、着ていらした寝間着の布切れが入っているとのことで、命日までは身近に持っていて、見守ってもらい、無事を見届けて、仏様は空へ還るのだそうです。「遺骨のかけらを身につける方がいるように、義父の体や魂そのものとして、形見分けのように分けてくれたのだと思います。」とのことでした。
人の着るものに魂が宿るということでしょう。人と布の密接な関係を改めて思います。
着るものを、布をおろそかにしてはいけないと思います。
また、着物以外でも、普段の暮らしの中でもとことん使う、あるいは資源、エネルギーの無駄をしないことなど話し合いました。創意工夫は創作の仕事と同じです。
紬の着物を着ることと、自然環境問題は密接だと思っています。自然素材を、また季節を纏う取り合わせもとても大切だからです。まずは資源や、エネルギーの無駄を省き、とことん使い、別の形にしても再利用する取り組みを普段の暮らしの中でも身に付けておきたいものです。
軽減税率という名のもとに、悪法が始まりました。自衛のために消費税が上がる前に買いだめするのもいいですが、最初から無駄な買い物も多いのでは、、とTVの買いだめする人たちを映す報道を見て思いました。洗剤や柔軟剤、そもそも本当に必要でしょうか?浪費しながら、買い込む。日本人はこんなに愚かだったのでしょうか?
少なくとも戦前の暮らしはこんなではなかった。戦後、民主主義の世になり、戦争のない世になり本当によかったけれど、豊かな自然や文化を捨て、そして得たものは、大量のごみや環境汚染、そして格差社会でした。
私は電気釜も大型テレビも大型冷蔵庫も全自動洗濯機も乾燥機も持っていません。土鍋でご飯を炊けばエネルギーも少なく、おいしく炊けます。停電でもカセットコンロがあれば7分で2~3合なら炊きあがります。電子レンジはもともとついていたので使っていますが、ほんのわずかな時間しか使いません。
洗濯もすすぎの楽な炭酸塩を使います。天日で干します。
染色でも水やガスの無駄を省くよう後先を考え、工夫しながら、やりくりします。ここに細かくは書けませんが、自然素材を使いながら、資源を無駄にしたり、環境を汚染してはいけません。
かと言ってものを持たないミニマリストにはなりたくありません。衣食住、慎ましくも上質なものを大事にしたいです。日々の器やアート、庭の植物、着物。経済の許す限りのことしかできませんが、人間らしく生きる大事なものです。
着物というのはシンプルな日本的な合理性に裏付けされています。それは奥深いけれど安心な世界です。
とことん着ることはみじめではなく、知的で、創造的で幸せなことです。着物だけでなくすべての物事に通じると思います。
さて、最後は問題の運針でした。。。
やはり運針はみなさんご存じなく、針に糸は通さずに手拭いの端をチクチクしてもらいました。苦戦しておられましたが、最後は写真で見ると、なんか出来てそうな、、感じになってきました。(*^-^*)
型が少しはつかめたと思います。次回、もう一度やってみることになりました。
運針ができれば、服の直しや、ちょっとしたものならミシンを使わずとも気楽に縫えるようになります。そして、手縫いは解くのも早いのです。縫い直しが着物はよく行われるのは解けるように縫われているからですね。
ぜひ次回までに練習を重ねてもらいたいと思います。一生の楽しみになりますよ。
工房の床の間にてポーズとってます。