私は東京郊外の調布市に住む年金生活の69歳の身であるが、
昨日の昼下がりから、何かと愚図の私なので、年賀状に取り掛かかろうと決意した。
私は齢を重ねるたびに、年賀状を頂くのも、ひとつの楽しみとしている。
私の住む地域は、元旦の朝の10時頃に配達されるのが、毎年の慣(なら)わしとなっている。
そして、知人の近況などが付記されていると、
お元気でお過ごし・・と知り、安堵したりしているのである。

☆過日、最寄りの郵便局の片隅にある年賀状の販売飾りを撮ったりした☆
一番苦笑するのは、定例型の挨拶文だけで記載されている場合である。
例えば、
賀正
本年もよろしくお願い致します
謹賀新年
輝かしい新年を迎えまして
皆様のご健康とご多幸を
心よりお祈り申し上げます
私はこうした年賀状を拝読すると、落胆したりしている。
たとえ年賀状の一通でも、少なくとも近況とか、何か創意工夫が必要である、
と思ったりしているひとりである。
私は小学生の時、『習字』の授業は怠けていたので、今でも毛筆で達筆は遥かに遠い夢の世界であり、
『図画』の授業も不得意であったので、イラストで絵を描くのも駄目であり、
たとえば林檎(リンゴ)の描いても、リンゴ、と明記しないと、
どのように解釈されるか解らないので不安さを増すばかりなので、もとより避けている。
或いは、デジカメでその人なりの心を込めた情景で表現すれば良いかしら、
と思ったりしたが技量がなく、断念している。
やむなく私なり散文で綴り、的確に近況の知らせを短い文章で表現しているが、
私は毎年、12月の中旬になると数日思案したりしてきた。
この近況の知らせを親族、親戚、知人、友人等に数種類書き分け、
現役時代の頃は、上司、同僚なども当然として加わっていたので、私なりに工夫した文面を作成してきた。
古人から、文は人なり、という至言があるので、
たった年賀状一枚と云えども、粗末にできない習性となっている。

こうした思いを秘めた私は、宛名書きのソフトを利用しているが、
これまでは基本システムの『ウィンドウズ XP』に登録した住所録を利用してきたが、
来年の2014年4月9日に、マイクロからのセキュユリティの提供が賞味切れとなるので、
現在愛用している『ウィンドウズ 7(セブン)』に対応させる為に、
改めてそれぞれの人の住所録を再入力することとした。
そして今年の新年に頂いた年賀状と昨年の晩秋に頂いた喪中はがきを取りだして、
改めて読んだりして、住所録を入力したりしていると、
お住まいの地を思い浮かべたり、その人の顔立ち、しぐさが想いだされて、
あの人は・・お元気に過ごされているかしら、と以前にお逢いして言葉を交わした時を
思い馳せたりしてしまった・・。
やがて3時間ぐらいで住所録が完成して、今年の12月初旬までに頂いた喪中はがきを取り除くと、
年賀状の発信枚数が決まったりした。
そして後は、近況の知らせを親族、親戚、知人、友人等に数種類書き分ける文面の作成だけとなる。
余談であるが、年賀状の葉書は、インクジェットを使用し、
平成25年の時は、うぐいす色でパソコンで印刷したりした。
しかしご主人を亡くされたご婦人、お世話になっている女性には、
温かみのある桃色の葉書を毎年投函している。
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昨日の昼下がりから、何かと愚図の私なので、年賀状に取り掛かかろうと決意した。
私は齢を重ねるたびに、年賀状を頂くのも、ひとつの楽しみとしている。
私の住む地域は、元旦の朝の10時頃に配達されるのが、毎年の慣(なら)わしとなっている。
そして、知人の近況などが付記されていると、
お元気でお過ごし・・と知り、安堵したりしているのである。

☆過日、最寄りの郵便局の片隅にある年賀状の販売飾りを撮ったりした☆
一番苦笑するのは、定例型の挨拶文だけで記載されている場合である。
例えば、
賀正
本年もよろしくお願い致します
謹賀新年
輝かしい新年を迎えまして
皆様のご健康とご多幸を
心よりお祈り申し上げます
私はこうした年賀状を拝読すると、落胆したりしている。
たとえ年賀状の一通でも、少なくとも近況とか、何か創意工夫が必要である、
と思ったりしているひとりである。
私は小学生の時、『習字』の授業は怠けていたので、今でも毛筆で達筆は遥かに遠い夢の世界であり、
『図画』の授業も不得意であったので、イラストで絵を描くのも駄目であり、
たとえば林檎(リンゴ)の描いても、リンゴ、と明記しないと、
どのように解釈されるか解らないので不安さを増すばかりなので、もとより避けている。
或いは、デジカメでその人なりの心を込めた情景で表現すれば良いかしら、
と思ったりしたが技量がなく、断念している。
やむなく私なり散文で綴り、的確に近況の知らせを短い文章で表現しているが、
私は毎年、12月の中旬になると数日思案したりしてきた。
この近況の知らせを親族、親戚、知人、友人等に数種類書き分け、
現役時代の頃は、上司、同僚なども当然として加わっていたので、私なりに工夫した文面を作成してきた。
古人から、文は人なり、という至言があるので、
たった年賀状一枚と云えども、粗末にできない習性となっている。

こうした思いを秘めた私は、宛名書きのソフトを利用しているが、
これまでは基本システムの『ウィンドウズ XP』に登録した住所録を利用してきたが、
来年の2014年4月9日に、マイクロからのセキュユリティの提供が賞味切れとなるので、
現在愛用している『ウィンドウズ 7(セブン)』に対応させる為に、
改めてそれぞれの人の住所録を再入力することとした。
そして今年の新年に頂いた年賀状と昨年の晩秋に頂いた喪中はがきを取りだして、
改めて読んだりして、住所録を入力したりしていると、
お住まいの地を思い浮かべたり、その人の顔立ち、しぐさが想いだされて、
あの人は・・お元気に過ごされているかしら、と以前にお逢いして言葉を交わした時を
思い馳せたりしてしまった・・。
やがて3時間ぐらいで住所録が完成して、今年の12月初旬までに頂いた喪中はがきを取り除くと、
年賀状の発信枚数が決まったりした。
そして後は、近況の知らせを親族、親戚、知人、友人等に数種類書き分ける文面の作成だけとなる。
余談であるが、年賀状の葉書は、インクジェットを使用し、
平成25年の時は、うぐいす色でパソコンで印刷したりした。
しかしご主人を亡くされたご婦人、お世話になっている女性には、
温かみのある桃色の葉書を毎年投函している。
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