夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

東京郊外も真夏日となり・・。

2008-07-12 14:21:44 | 定年後の思い
東京郊外の調布市は、燦燦と照りつける快晴となり、
今年初めての32度前後の真夏日となった・・。

私は年金生活の4年生の身であり、
日常の買物は私の責務となっているが、暑さの苦手な私は2日に1回のペースで、
午前中のひとときが多いのである。

帰宅後、洗面所で顔を洗い、着替えて、
クーラーの冷風に寄り添ったりしているのである。

庭の手入れもあるが、天気予報を眺めて、
曇り日に焦点を合わせて、少しつづしているが、
この所、さぼる気味で草が少し伸びている。

買物で駅前に出た折は、本屋に寄り、
数冊の本を買い求め、遊歩道を散策したりしているが、
これ以外は殆ど家の居間で、
クーラーの冷気の中で過ごすことが多いのである。

そして、愛煙家のひとりの私は、
年金生活後は室内厳禁と自己規制し、
主庭のテラス、樹木の緑陰、玄関庭の軒下などで、
煙草を喫ったりしている。


こうした折は、幼年期の時代が甦(よみが)ってきたりしている・・。

アイス・キャンディーもひとつである。

昭和29年頃、私は小学3年生であったが、
隣の村から田畑の拡がる砂利道の町道の中を、
がっしりした荷台のある自転車で、荷台には青く塗られた大きな木造箱、
そして小旗を風にそよがせて、小鐘を鳴らしながら、
小父さんがやってくる。

私は母にせがんで貰った5円玉を握り締めて、
丘を下り、町道で、
小父さんを待ったりしていた。

汗をたらした小父さんが、自転車を止めて、
青い大きな木造箱を開けて、
何かしら白っぽい冷気の中から、彩り鮮やかなアイス・キャンディを1本取り出し、
私に手渡してくれた。

私は口の中でほおばり、冷たさと甘味、
そしてよだれも交じりながらも、
食べたのである。

このような情景も数年後に消え、
やがて安価なアイス・モナカ、アイス・クリーム時代となり、
街中の食料品店の店頭のボックスで買い求めたのである。


このような思いに馳せたりすると、
あのアイス・キャンディ売りの小父さんは・・
どうされたのだろうか・・
と私は夏のひとときの夢のようだった光景に愛惜を深めたりしている。


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改めて、私の『掲示板』の思い・・♪

2008-07-12 10:29:00 | 定年後の思い
私は民間会社を定年退職した後、ブログの世界を知り、
四つばかりのブログ、ブログに準拠したサイトに加入してきた。

『コメント』欄もあれば、『掲示板』欄、そして『友達』欄のあるサイトもあった。

【goo簡単ホームページ】が閉鎖される昨年の夏まで2年間半ばかり加入し、
『掲示板』などで数多くのお方とめぐり逢え、
小学校の上級生の女の子からご高齢の男女まで、
数多くの方と交流をしてきた。

私は『掲示板』に初めて書き込みのあった方には、
プロフィールを拝見し、日記などの投稿文を精読し、
私なりにイメージが出来た上、書き込みを返信をしていた。

ある程度、交流させて頂いた方には、
書き込みの内容、思いを理解しながら、
そのお方の日記などの投稿文を少なくとも1週間は精読し、
このようなお気持ちであったのかしら、
と思いを馳(は)せて返信をしたりしていた・・。


このようなスタンスでいると、ある日には5通ばかりの返信となり、
午前中の時間をついやすこととなった。

これでは肝要の読書の時間がなくなるので、
今後も継続できそうな人を身勝手に選定し、
心の交流、とし10数名とさせて頂いた。


昨年の夏季、この【OCN Cafe】に加入させて頂いたが、
『友達』欄があり、少し戸惑ったのである。
本音としては、従来の【goo簡単ホームページ】で知り合い、
さりげなく心の交流をさせて頂いている方に【OCN Cafe】で再会できた上、
新たに【OCN Cafe】で知り合えた心の交流が出来そうな10数名、
と思案していたのである。


しかし、私自身の甘い思案は、この『友達』欄に於き、
友達申請が予想外に多く、最初は厳選としていたが、
その後は単なる軽い気持ちで友達の許可してしまったのである。
結果として、ある程度多くのお友達が存在している。

こうした中で、心の節度を失くされ感情的に書き込みをして下さる1部の方がいて、
これでは心の交流が出来そうもない、と私なりに判断したが、
頻繁に書き込みをして下さる方が折、
返信は1度だけとしたのである。

何よりも、私が綴った随筆の日記などの投稿の内容、心情も深く理解されず、
単なるコメントのような内容では、
私の目指してきた《心の交流》とは程遠いのである。


私は最近やむえず、下記のような子供じみた心情を投稿したのである。


7月5日【私のブログ系のサイトの軌跡 最終章】に於いて、
【掲示板】は最小限に、と明記したが、
改めて【掲示板】に寄ることの交流は、
当面、ご遠慮をお願いしたいのである。

【・・

さりげなくお読み頂ければ充分であり、
私は興味のあるサイトには相変わらず愛読者のひとりとして、
拝読する・・
こうしたスタンスが私には良い、
と深く思ったりしているのである。
・・



こうした明示をしたに係わらず、
相変わらず私の『掲示板』に書き込みを昨夜もあり、
私は戸惑い、唖然としたのである。


私は長野県にお住まいの心清き敬愛している女性の日記の投稿文を、
深く思い出している・・。
・・どのお方からの友達申請に際して、
急にお友達と云われても、ある程度『掲示板』で交流した後、
判断させて欲しい・・
このような意味合いを、ある方に向けた心情を書かれたいたことを、
偶然に拝読したことがあった。

私はこのサイトに於いて、至言、と思っているのである。


尚、私はたとえ『私のお友達』欄に掲載されていない方でも、
少なくとも男性50数名、女性10数名のサイトは、
投稿される限り、愛読し、この人生の教科書のように教示されている。

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