伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

谷原章介 あっぱれ!

2021年07月13日 | エッセー

 7月12日の『有吉ゼミ』超激辛チャレンジ──「超極辛! 灼熱のマグマリゾット」に挑戦者として登場。ゴルゴ松本、唐沢寿明、鈴木奈々と4人で超激辛に挑んだ。
 件の『マグマリゾット』は番組HPによると、〈米に唐辛子を10本、バングラデッシュ産の激辛チリパウダー、デスソースを入れ、白身魚のアラやトマトなどから作ったスープを加えて炊けば、芯まで辛さが浸透した『超極辛ライス』に。これをスキレットに盛り付ける。続いて、ムール貝とエビにチリパウダーや香辛料などを加えた超激辛「ケイジャンパウダー」、イタリア・カラブリア産の唐辛子をまぶしたら一晩漬けこみ辛みを中まで浸透。これを蒸し焼きにすることで辛味を一層引き立たせたトッピングに。〉という代物。およそ人間の喰(クラ)うものではない。かといってこんなものを食する動物は他に考えられない。辛みは五味に入らない痛覚だから、こんな無謀なトライアルは動物界の奇行、蛮行といえる。
 結果は鈴木がギブアップ、谷原が最初に完食しゴルゴが続きラストが唐沢だった。度肝を抜かれたのは谷原の食いっぷりだ。激辛チャレンジは一口目は平気な顔、飲み込もうとして突如絶叫し悶絶するのがお決まりのパターンだ。しかし谷原は終始表情を変えず、少し額の汗と目尻の涙を拭っただけで淡々と同じペースで食い続けた。スタート後、彼はこう言った。
「辛くない演技をします」
 なにを大層な、と鼻で嗤った自分が愚かだった。かれは『演技』をやり通したのだ。2位ゴルゴとの差は、なんと4分半。これは徒者ではない! 舌を巻いた。巻きすぎて呂律が回らなくなった。独り言(ゴ)ちたひと言がこれだ。「あっぱる!」ん、何語だ? 
 今まで人畜無害なイケ面俳優としか捉えていなかった自らを恥じ入るばかりだ。穴があったら入りたい、でもないから続ける。
 この役者魂とは何なのか。06年10月の旧稿『お客様は神様です!』を引きたい。
〈いまは亡き国民歌手・三波春夫は言った。「お客様は神様です」と。なぜかこの言葉、本人の真情を離れてギャグにされてしまった。芸能界のあざとい商売気のゆえであったろうか。
 芸は神仏への奉納がはじまり。神仏の御前(ミマエ)で歌う心境で舞台に立てば、客は神の化身となる。その時、化身から神力を得て自らを越える力が引き出される。だからお客様は神様なのだ、と。これが真意であったらしい。〉
 となると、TVカメラの向こうにいるオーディエンスは彼にとって「神様」なのだろう。目線の向きが自分にではなく観客に照準されている。これは言うほど簡単ではない。自らのポピュラリティーを一時棚に上げねばならない。たかがバラエティーで自身のキャラを賭けてまで真っ向勝負するのはかなりの覚悟を要するはずだ。そこに役者魂が鮮やかに光った。そう讃えたい。
 こないだから朝のワイドショーで小倉智昭の後継アンカーマンを務めている。小倉より色の薄い人選かと推(スイ)していたが、ところがどうして時々エッジの効いた発言をする。中々のものだ。プロデューサーの慧眼に畏れ入る。
 実はかつて一度本ブログに谷原章介が登場したことがある。15年1月 『限界集落株式会社』で、脱過疎化をテーマにしたTVドラマを紹介する中であった。あれから6年、磨きがかかった円熟の演技が観たいものだ。本物の役者が払底した感のある今、追随を許さない「辛くない演技」を引っ提げて。
 もう一つ。大リーグ ホームラン競争で大谷翔平が『絶妙な』負け方をした。あんな負け方は天才にしかできない。普通に勝ったら怨みを買う。人間離れしているが、やっぱり人間だった。それがいい。変な言い方だが、並の天才なら勝ってしまうところを競り負ける。それも巧まずしてごく自然に。
 章介は平気な顔で激辛を食い尽くし、翔平は息絶え絶えで惜敗する。どちらも、もう震えるほどのドラマツルギーだ。 □