伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

「人間やけん」

2017年10月12日 | エッセー

 「文句言われて、カチンとくるけん。人間やけん」と、逮捕前、彼は取材に応えた。6月に起こった東名高速でのワゴン車事故である。夫婦が亡くなった。ひょっとしたら事件かも知れない。未必の故意が疑えるからだ。追尾され、回り込まれ、無理やり追い越し車線に停車させられた。容疑は自動車運転死傷処罰法違反だそうだ。
 「人間やけん」が、砂を噛んだように気味悪い。人間は感情の動物だと言いたいのだろう。だから理性を振り切って感情のままに行動することだってある、と。惨事を引き起こしたエクスキューズがこんな薄っぺらな人間観だったとは遣り切れない。砂を噛むのがまだましだ。
 もし仮に彼が服役中にこのワーディングで更生を諭されたとしたら、どうだろう。「人間やけん失敗もするばってん、心ば入れ替えて生きんしゃい」などと。「湯はいい加減」と「アイツはいい加減」。内田 樹氏がいう「あべこべことば」である。氏は「コミュニケーションにおいて意思の疎通が簡単に成就しない」ための仕掛けのひとつだと深い考察を加えているが、悪用は狡い。「人間やけん」もそうだ。エゴイスティックな自分ファーストになったり、寛容の他人ファーストにもなる。コンテクストと発語の状況を吟味せねばならない。
 「国難突破」という。ずいぶん大時代な言葉だ。これもまた砂を噛んだように気味悪い。内外ともに国は危殆に瀕していると言いたいのだろう。だから立法府を振り切って行政府の意のままに行動することだってある、と。解散を打ったエクスキューズがこんな薄っぺらな国家観だったとは遣り切れない。砂を噛むのがまだましだ。コンテクストと発語の状況を吟味せねばならない。エゴイスティックな政権ファーストではないか、と。
 お気づきであろうが、後段で前半をリフレインすると砂を噛んだように気味悪い符合となる。件(クダン)の容疑者は事故を何度も繰り返し、保険会社のブラックリストに載っていたそうだ。多数を獲ると、掲げた公約とは別の本音をゴリ押しする。民意の横取りだ。もう何回になるか。いい加減、国政のブラックリストに載っていてもよさそうだが。 □