伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

悪運の男

2022年11月05日 | エッセー

 安倍の首筋から突入し一撃で心臓に達した散弾は、途方もなく低い的中確率であったにちがいない。悪運が尽きたというべきか、不運が極まったというべきか。身も蓋もない言い方をすれば、これほど運がない者に本邦は率いられたのだ。そんな国に幸運が訪(オトナ)うはずがない。アベノミクスとやらを初めとして内外政策のすべてが空を切ったのも「あんな男」(内田 樹氏)の運のなさを象徴している。腰巾着の日銀総裁 黒田某も同類。マイナス金利の呪縛に身を苛まれている。とどの詰り、ポピュリズムもネポティズムもまったく功を奏することはなかった。棺を蓋いてもなお事定まらない悪運の男だ。
 世の悪運に偶々遭遇したのではない。真実は逆だ。「あんな男」は「悪運の男」だったのだ。悪運のトップリーダーが国家的悪運を招き寄せ、日本史上に「汚点」(白井 聡氏)を残した。挙句があの弾丸の想像を絶する偶発的軌跡だった。
 国葬への拘りは自民党右派が一刻も早く「あんな男」を忘れたかったからだ。集団的反知性が「汚点」を一時も早く無かったことにしたかったからだ。家族葬に陸上自衛隊の儀仗兵まで繰り出したのは、意外にも衆目を避けるためだった。インターで派手に屯するバイクの一団に人は敢えてフォーカスしない。変な関わりを避けるためだ。理屈は同じ。狙い通りTVメディアはほとんどこの陸自の怪異な演出を扱わなかった。
 忘却のために設えたさまざまな小細工は皮肉にも死屍に鞭打つ結果となった。なぜなら、それらの足掻きを超えて「あんな男」の悪行は大きかったからだ。やがて日本史の「汚点」は「汚物」となって『美しい国 日本』を辱めることだろう。自民党右派の本能的保身感覚が意識下でそう捉え、“擬装”工作に出た──。事のありようはそうではないか。牽強付会と難ずるなら、「あの弾丸の想像を絶する偶発的軌跡」に明瞭な科学的エビデンスを是非とも提示願いたい。客観的論証を超えてなおある現実を人は運と呼ぶ。
 「あんな男」の悪行を再度確かめておきたい。こればかりは忘れてはならないからだ。
〈「売国行為」と「属国化」。結句はこれに尽きる。括れば、「国家の切り売り」だ。その具体的手立てが霊感商法による金銭の収奪。しかも岸信介以来孫の安倍晋三にまで至る統一教会との深い因縁に基づく選挙での差配と霊感商法への暗黙のお墨付き。もう目眩がするほどの闇の構図だ。〉(先月二十五日の旧稿「核心は解散ではなく売国だ」から) □