歯科医師・山田忠生
■市民が話し合う、議論し合う民主主義の基本となる場こそ「市民ホール」
1954年に、人口40,581人で誕生した「宝塚市」は、人口10万人となった1966年に、収容人数1000人の大ホールをもつ「宝塚市民会館」をもちました。
そして、その「市民会館」は31年後の1997年、阪神大震災(1995年)による被害と、老朽化を理由として、ご承知の通り閉館、その後に解体されました。
その後、紆余曲折というよりも、迷走に続く迷走を続け、今も続いておりますが、今日までそのような市民が集う場は、市民から奪われたままになっています。
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