(童話)万華響の日々

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自分では自分の声を他人が聞くようには聞こえない、その意味

2021-07-17 21:08:18 | 雑感・エッセイ

声とは不思議なものである。人は誰でも自分の顔を直接に見ることができない。鏡に映る自分の顔は左右が逆である。写真は自分の顔を映す。だが直接的ではない。同様に人は自分の声を他人が聞くように聞くことができない。自分の声は顔の骨を通して聞こえる声と空中を飛び出して耳に入った声とが混合した声である。初めてテープに取った自分の声を聞いたのはずいぶん昔のことであった。その声はどうしてもいつも自分がしゃべっている声とは違っていて妙に可笑しい。どうしてもその声を好きになれない。実におかしな声なのである。カラオケで歌ったときは一緒にいた人たちが拍手してくれた。その時の自分の歌声は自分がテープで聞いた声なのであり、可成り可笑しい。
最近はしゃべっている声が自分の耳に聞こえる声とは異なっているのだという意識が常にある。他人はその声を聞いているわけである。一体真の自分はどっちなのであろうか。
同じように自分が自分をこうだと思い込んでいる姿は、他人が必ずしも自分が思うように思ってはくれていないだろう。肉体でも心でもそれは言えることだ。だから他人の評価を重視してはいけない。どうしても自分の思い込みとはズレが生じる。それは仕方ないことである。だが努力すればそのズレを修正できる。いつかそのズレを意識しないまでになる。

そうなると他人の評価を気にしないようになってくる。自分は自分でいいのだと思うようになる。誤解というものも必然であるので、それを自然の姿であると思えば他人を許せるようになる。他人も自分を許してくれるだろう。

 

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Edith Piaf - NON, JE NE REGRETTE RIEN - legendado

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