(童話)万華響の日々

生活の中の多種多様な万華の響きを聴き、万華の世界を視ていてます 古稀2になりました、今だからできることをしたいと思います

昨年の体調と今の気持ち

2019-01-14 20:46:59 | 病気も仕事

病気も仕事、そう言いつつ近年は闘病についての記録をしていない、心臓弁膜症と心房細動と胸部大動脈瘤と心臓ペースメーカーの植え込みという大手術から何と早いもので7年以上が過ぎ、まだペースメーカーの電池交換をしていない、どんな手術も成功と失敗は両方あるものだ、幸いにこの心臓手術は成功し生活の質は以前に比べ格段に良くなった、その意味で病院の医師団に感謝している、昨年は股関節が痛くなって約9カ月の治療・リハビリに集中した、病名は右股関節周囲炎という、筋肉を強化する体操を取り込んで週1回の頻度で通院した、その甲斐あって痛みがなくなって楽に歩けるようになった、歯の治療にも通った、奥歯3本の治療を行った、抜歯せずに済んだのは歯科医のお陰だと思う、その後も定期的にクリーニングに通っている、春先には胃が痛くなった、そこで胃カメラと大腸内視鏡検査を受けた、結果は大したことなく胃薬を飲むことになった、ピロリ菌検査もしたが結果は陽性、しかし駆除するのも良い場合と悪い場合があると言われて今のところ様子見とした、

友人と会うと必ず体調を聞きあう、その答え方は「まあまあだ、そこそこだ」である、齢も73歳を超えたのだから普通でも絶好調などあり得ない、ましてや自分は大病を経ている、謙虚に毎日を感謝して暮らしてゆきたい、

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「中山忠彦 永遠の美を求めて」 千葉県立美術館 を観た印象

2019-01-09 20:45:40 | 展覧会

千葉県立美術館にて開催中の「中山忠彦 永遠の美を求めて」(2018.11.3.-2019.1.20.)を観た、中山は昭和10年生まれ、良江夫人との結婚以来その20代からずっと夫人の美を描き続けてきた、日展では中山の描いた作品の前に大勢の観客が立っているのを毎年見てきた、関心の高さが分かる、今回の展覧会は50年にわたる夫人の美が年代順に並べらえているのでその変遷を認めることができる、若かった20代の弾けるような瑞々しさ、中期の落ち着いた雰囲気、そして老齢機に至った隠しきれない美の衰え、それと引き換えに達しきった翁といったら失礼に当たるかもしれないが能に現れる老女に近づいたような雰囲気が漂う今、「トワエモア 50年」という夫妻の肖像画に感銘を覚えた、衣装数点と扇が数点展示されていた、中山の美を追い求めた集大成を見た思いであった

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新年に当たって一言

2019-01-04 17:23:54 | 季節のご挨拶

明けましておめでとうございます

2019年が開けてあっという間に4日となりました

昨年の字は「災」でした、何とも味気ない非情な字であったと思います

年が明けた元日には早速の台風1号が発生、まだ日本へは来ませんが今後は油断できません

3日には熊本で震度6弱の地震が発生、

経済では株価急落、為替はこれまた急激な円高に

社会事件は原宿で車暴走の傷害事件

各地で火事のため死傷者多数となっています

日本海側では大雪が起こりつつあります

「災」はいまも続いているのです

今年は「平成」が終わり新元号となる、4月1日に発表とか、

地方選や参院選が予定されています

AI(人工頭脳)が跋扈する社会が本格化するでしょう

憲法改定が本格的に進められる動きも強まるでしょう

外国人労働者も大勢が入国し大混乱が予想されます

アメリカ、中国など海外の大変化も予想されます

更に相変わらず地球温暖化が強くなり気象変動の災害も一層激しくなりそうです

鈍感な私でもどうやら自然的・社会的大変動がやってくるなと感じます

果たして昨年暮れに望んだ今年の字が「望」となるか否か

その次に「幸」が現れるか否か、わたしたち一人一人の

生き方にかかっていると言えます

是非そうなるように願っています


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1年間のご訪問を感謝します

2018-12-30 21:53:06 | 季節のご挨拶

2018年もいよいよ押し迫りました

この1年間のご訪問、ご愛読、ありがとうございます

「災」という字が今年を表す字だそうで、情けないです

来年はこれを覆すような人間の、国民の勝利を期待します

パンドラの箱が開けられた時、災難があっという間に飛び出しました

その最後に「希望」が出てきたそうです

是非来年は「望」が年の字となるように、

そして「幸」が次に来るように願い、祈ります

また来年もよろしくお願いします

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「ルーベンス展 バロックの誕生」 国立西洋美術館 を観た印象

2018-12-22 13:50:59 | 展覧会

国立西洋美術館で開催中の「ルーベンス展 バロックの誕生」を観た、同時開催中の「ムンク展」(東京都美術館)も「フェルメール展」(上野の森美術館)も大行列で長時間も待つ状態であった、しかし、「ルーベンス展」は直ぐにはいれたし、比較的空いていた、そして観終わったときの感激と満足感は例えようもなかった、「ルーベンス展」観るべしである、絵画が大きいから見上げる姿勢で楽だ、しかし、どの美術館でも思うが絵画の横に貼ってある説明文が小さすぎて見えにくい、是非もっと大きくしてもらいたい、小さいので間近に接近して見ないといけない、絵はでかいのに説明が読みにくいのは目の弱い高齢者が多い現在ぜひとも改善して欲しいものだ、

ビーテル・パウル・ルーベンスは1577~1640のドイツ生まれ、フランドルのバロック期の大画家である、名作「フランダースの犬」で少年ネロが観て満足する絵こそルーベンスの絵であった、そのルーベンスを含め70点が観られるのが今回の展覧会である、

1~2世紀頃のローマ時代に作られた彫刻が展示されていた、例えば「鉢巻をしたアスリート」、「偽セネカ像のヘルメ柱」、「ヘラクレスの頭部」、「かがむアフロデイテとエロス」など大理石をよくぞここまで滑らかに写実的に刻めたものだ、


ルーベンスの絵は大型、迫力満点、チラシにある「エリクトニクスを発見するケクロブスの娘たち」(1615-16年)、「聖アンデレの殉教」(1638-39年)、健康で豊満な女性美は同時展示された彫刻の美とそっくりである、後のロダンやルノワールに影響を与えた、ルーベンスの「自画像」(1623年)は宮廷画家としての自分自身を横顔としてとらえた、大きな帽子が特徴、ルーベンスとはこんな風貌の人物だったと知れる貴重な自画像だ、「法悦のマグダラのマリア」(1625-6年)も傑作、多くの画家がこのテーマで描いている、天使に囲まれ没自我明の状態のマリアの状況、「眠るふたりの子供」(1612-13年)は他のテーマと違ってルーベンスの個人的・家庭的なほほえましい絵だ、他にも竜、大蛇や獅子などの怪物と闘う英雄たち、ヘラクレスとかダビデ、サムソンの絵も多い、たとえばグイド・レーニ作「ヒュドラ殺害後休息するヘラクレス」、ルーベンス作「ヘスペリデスの園で龍と闘うヘラクレス」、「聖ゲオルギウスと龍」、「ヘラクレスとネメアの獅子」、「獅子をひき裂くサムソン」、ピエトロ・コルトーナ作「ゴリアテを殺すダビデ」(1629-30年)など

興味深かったのはドメニコ・フェッテイ作「燃える芝の前のモーゼ」(1615-16年)である、聖書にある有名な場面の絵である、あのイスラエル民族をエジプトから救い出して旅を続けるモーゼの顔が面白い、口をあんぐりと開けて唖然としている様子を描いた偉大なモーセもかくあったかと驚いた

聖書や神話の世界の想像力に尽きぬ興味を抱かせてくれた









 

 

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「巡礼への道のり 東山魁夷・平山郁夫展」 市川市東山魁夷記念館 を観た印象

2018-12-17 15:08:53 | 展覧会


「東山魁夷・平山郁夫展」が12/8~1/27で市川市東山魁夷記念館にて開催中である、この美術館は中山競馬場の近くにある、東山魁夷は1908~1999、平山郁夫は1930~2009で活躍した日本風景画の二大巨匠だ、東山は風景画から仏教の色濃い風景画を極めた、広島生まれの平山は原爆投下の被爆体験を持ち、そこから終生仏教画、特に仏教伝来のテーマを極めた、東山の作品には風景画に溢れ、平山の作品には風景画に加え仏像画が多い、今回の展覧会で二大巨匠の作品比較ができて興味深い、両者とも仏教寺院の精緻なスケッチ、筆さばきはさすがだ、東山の風景画は水墨画の要素色濃く、雲、霧、滝、川、山岳、木々、塔などに画伯ならではの奥深い霊的な印象が込められているようだ、

平山では幻想的な描き方が際立つように思う、単なる写生ではなく心象風景が色濃い、仏像の精緻な写生ではなく画伯の魂がどのような信仰的霊感を抱いていたかが絵から訴えてくるものがある、










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次の質問どうぞ・・・哀れな腐敗進行現象とみる

2018-12-14 20:14:00 | 社会診断 政治

今の安倍政権を見ていると、傍若無人、やりたい放題、言語道断、開いた口が塞がらない、問答無用の専制政治・・・どういう形容詞が一番ぴったりか、迷うのである、支持率が下がったとはいえ相変わらずの40%越え、本当の支持率は15~20%であり、他に代わる党がないという情けない支持理由で何とか40を超えている、それでもこの政権は満足なのであろう、それにしてはいささか横暴が過ぎはしないか、その一端が最近の某外務大臣が記者の質問に「次の質問どうぞ」を4回流した会見模様、これはないだろうという人を馬鹿にした態度だった、既に「記憶にも記録にもない」という迷回答に今までうんざりさせられた、、これも人を馬鹿にした回答である、「人」とは国民のことだ、衆議院でも参議院でも政権党の議員はいわゆる「金太郎飴」、すなわち、どこを切っても同じ顔、没個性、失言、暴言垂れ流し、それを諫める議員はいない、愈々内部崩壊は中心部にまで達してきているようだ、つまり腐敗が極まってきている、自滅こそ恐るべきもの・・・・!!自民も公明党も目覚めるものは目覚めて欲しい、日本は本当に腐敗滅亡という瀬戸際にいる

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民主主義が泣いている

2018-12-08 21:09:19 | 雑感

国会機能マヒといっていい、数の論理でしか法案を進められない今の政権には全く失望、それは2012年の第二次安倍内閣発足のときからずっと続いていることであった、多数決の論理が悪用されてきた、少数者の意見はことごとく踏みにじられた、これ程酷いものとは思わなかったというのが正直な感想だ、頭の上の蠅を追い払うためでしかない最近の進め方は将来必ずしっぺ返しを食らう、その時だれが責任を負うのか、結局国民である、こいう政権を生んだのは即ち選挙における選挙民であったからだ、今の状況をよく見ておくことだけができうる精一杯のことである、

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ゲノム編集を人の妊娠・出産に使った、その結果は

2018-11-28 20:32:49 | 社会診断 AI・ロボット

ゲノム編集で双子の女の子が生まれた、中国の科学者がやった、中国では妊娠・出産に関してゲノム編集技術は禁止されている、にもかかわらずやったのである、HIVの患者夫婦にHIVに罹りにくい遺伝子操作をした受精卵をつくって出産させたそうだ、かの医療技術者は当該夫婦に必要なことであったとし、その結果は後世が判断すると言っているそうだ、なんでもやってしまえば勝ちだという哲学は現代ではもう危ないことだらけである、その技術は本当に人類や社会を幸福にするのだろうかと十分に検討・熟慮・考慮されたのだろうか、科学者は新しい技術ができたら使ってみたくて仕方がない人種である、倫理より名声とか歴史に残るとかの方が重要なのだ、そのいい例がマンハッタン計画であった、原爆の推進者であったオッペンハイマーは日本に原爆投下という人体実験を止むにやまれぬ思いでいた、科学者の好奇心と歴史に名を残したい欲望に突き動かされ断行してしまった、その結果は74年たった今は明らかである、にもかかわらず核兵器・原発の維持に躍起となっている国々にはよくよく考えてもらいたいものだ、ゲノム編集も然り、手に入れた技術を封印する知恵を持たねばならない

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出入国管理法案が採択される意味

2018-11-27 21:50:17 | 社会診断 難民

出入国管理法案が自民・公明党等の賛成で衆院可決された、いわば名前だけで中身のない法案が与党など多数の力で通過した、このような強行採決には飽き飽きする、ともかく外国人の労働者受け入れが大幅に推進されることになる、日本人の情緒的性格が悪い方向に発揮されている、国会での議論が無視・軽視されているがどうも頭が回転しない状態になっているように思える、

しかしながら政府の説明とは逆に日本での移民制度が大きく進むことになるだろう、ここでも将来の国民につけを回した、ごたごたが各所で多発するであろう、現場は大いに困惑し悩まされるだろう、それでも泥縄式に対処療法的に目の前の困惑自体に接して場当たり的に対処せざるを得なかろう、社会のいろんな場所で人と人(外国人)との軋轢が発生するであろう、こうして日本は捻じれながらも、望むと望まざるとに関わらず多人種社会へ移ってゆくのである、

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「ピエール・ボナール展」(2018.9/26-12/17 国立新美術館開催中)を観た印象

2018-11-21 20:42:25 | 展覧会

「ピエール・ボナール展」(2018.9/26-12/17 国立新美術館開催中)を観た、ピエール。ボナールはフランスの画家で1867-1947に活躍した、ナビ派に属する、画風は浮世絵の影響を受けたそうだ、フランスでは大いに評価されている、その特徴は「視神経の冒険」といわれる、今回展は絵画、写真、版画などに及ぶ、

鑑賞して第一印象は兎にも角にも薄らぼんやりとした曖昧模糊な画風に参った、主体は比較的はっきりしていて判別できるが背景などは何が描かれているのか分かるまでに時間を要する、結局分からずじまいで立ち去った作品が多かった、「視神経の冒険」とはこういうことなのか?

猫や犬が好きだったようでそういう作品が多い、概して優しい色調で印象は穏やか、日本人にもファンが多いのではなかろうか





左上;「白い猫」1894年 右上:「アンドレ・ボナール嬢の肖像、画家の妹」1890年

左下:「格子柄のブラウス」1892年 右下:「猫と女性 あるいは 餌をねだる猫」1912年

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「江戸絵画の文雅  魅惑の18世紀」11/3-12/16 出光美術館を観た印象

2018-11-16 16:36:27 | 展覧会

「江戸絵画の文雅  魅惑の18世紀」11/3-12/16 出光美術館を観た、18世紀江戸の元禄時代、江戸、大阪、京都で文雅を極めた絵師たちの競演、実に見応えあった、特に文人画家の池大雅と与謝蕪村の作品を対比的に注目して観た、出来て興奮する、「夜色桜台図」や「山水図屏風」蕪村と「十二カ月離合山水図屏風」池大雅は共に大作の水墨画で作風の違いが味わい深い、これら大作に対して小品ではあるが「筏師画賛」蕪村 は絵といい、書といい、絶品である、「定家詠十二カ月和歌花鳥図 三月」尾形寒山の絵と書にも惹かれた

  

                                 

 

上 「定家詠十二カ月和歌花鳥図 三月」尾形寒山                                                                                                                                                 中  「夜色桜台図」与謝蕪村                                                                 下 「筏師画賛」与謝蕪村   

        

 

 

         

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「横山華山」展 東京ステーションギャラリー(2018.9.22.-11.11.)を観た印象

2018-11-10 20:04:12 | 展覧会

    

                                  左上:寒山拾得図  右上:薔薇に文鳥図  左下:唐子図屏風  右:富士山図


「横山華山」展 東京ステーションギャラリー(2018.9.22.-11.11.)を観た、横山華山は1781-1837の画家、京都で活躍、江戸時代後期の人気絵師であった、画風は自由奔放、曽我蕭白、岸駒に師事したが特定の画派に属さず多くの傑作を残した、だが日本では次第に人気がなくなりその作品は海外に流れた、今回の回顧展は海外からも取り寄せた約100点の展示、日本では横山大観が有名であるが、同じ横山姓の埋もれた大絵師が回顧されて世の人々に観られたことは喜ばしいこと、

山水画も風俗画も動物植物画もそれぞれ最高の水準にあり見応えある、上下30メートルに及ぶ「祇園祭礼図巻」は山鉾や神輿などの祭列が人々と共に細密・緻密に描かれ壮大な絵巻物語となっている、人物の表情など実に豊か、富士山も流麗でその後の他絵師の富士山図に比べても堂々たる圧巻である

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「藤田嗣治展」東京都美術館(2018.7.31-10.8.)

2018-11-06 18:51:54 | 展覧会

「藤田嗣治展」東京都美術館(2018.7.31-10.8.)、藤田は1886-1968に日本とフランスで活躍した,没後50年の大回顧展で「風景画」、「肖像画」、「裸婦」、「宗教画」などに分けて展示、独特のおかっぱ頭で丸メガネとちょび髭で藤田嗣治は異彩を放った、その画風も独特で裸婦画の肌の乳白色は他の追随を許さない、藤田は猫が特に好きだったらしく多くの絵に猫が構えていて猫好きには興味ある、フランスでは寵児となったそうである、太平洋戦争が始まり戦争画の責任者となって数多くの戦争画を描いた、そのためか戦後の日本でGHQから戦争協力者の疑いを掛けられ評価が悪く嫌気が差しフランスへ移ってしまって二度と帰国しなかった、フランスの国籍を取りカトリックの洗礼を受けた、洗礼名がレオナルド・ダヴィンチに倣いレオナルドとした、それでレオナルド・フジタと呼ばれる、死後フランスで自身の礼拝堂に埋葬された、後に藤田は日本で再評価され今回のような展覧会がもたれるようになった、もしも戦争がなければ藤田は国内外において一貫して大画家として生涯を閉じたであろうに

 

                                                                    自画像 1929年     猫 1932年、争闘(猫)1940年、礼拝 1962-63年

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写真展「オードリー・ヘプバーン」 柏タカシマヤ回転45周年記念

2018-11-03 21:21:33 | 展覧会

「オードリー・ヘプバーン」写真展はあちこちの百貨店などで開催されていた、今回のは柏市のタカシマヤ開催(8/29-9/3)のもの、オードリー・ヘプバーンはお気に入りの女優である、他の女優で代えることができない特別な品性を感じる、今回の展覧会を見逃すわけにはゆかなかった、展示は150点でボリュームがある、オードリー・ヘプバーンは「妖精」に例えられたが本当に可憐で愛らしく魅力にあふれていた、写真家の腕もさすがで彼女の魅力を余すところなく引き出してくれた、オードリー・ヘプバーンのファッション、映画、プライベートの三点から迫った特集であるという、永遠のオードリー・ヘプバーンというべきものだ、堪能した


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