旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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釘が打てない男

2018-12-01 00:10:00 | ノンジャンル
 日曜日。朝寝の延長をむさぶっているとっ、台所からなにやらトントン、ガソゴソ聞き慣れない物音がする。堕眠の夢を破られてのぞいてみると、古女房がねじり鉢巻きの額に薄ら汗をにじませて、台所に置くらしい小物入れの木箱を組み立てている。いまは専門店に行けば、誰にでも簡単に仕上げられる素材を売っているらしい。(昨日、買い物に行ってくるといって外出したのはこれだったのか)関心。亭主は再び寝室に戻り、破られた夢の続きを見ることにした。
(日曜大工のできる女房を持ったこの幸せ!)に得心する。
 小物入れにせよ本棚にせよ、風に歪んだ屋根にせよ、ちょいと自分でやってのけようとネジまわしやトンカチを持ってはみるものの、ネジを回せば垂直にならず、釘を打てば89%は、釘そのものが曲がってしまうのである。
 『釘が打てない男』。そう、私自身を指している。そのことを知ってか知らずか、我が家の(大工仕事)の担当は古女房。役割分担が暗黙のうちに定着しているということは(幸せな家庭構築)の基本ではなかろうか。

 『大宜味大工』なる敬称がある。方言読みは「WUJIMI ジェーク」。
 大宜味村はかつて教育者、大工職人、染色職人を輩出したことで有名で、殊に大宜味村出身の大工職人はその数だけではなく、仕事の巧みさ、迅速さ、労苦をいとわない働きぶりが全県的に有名を馳せていた。したがって、仕事の発注も多く、本島内は言うに及ばず周辺離島、さらに宮古島にもその足跡がみられる。
 大正8年(1919)、那覇辻町で起きた大火、折りからの黒砂糖景気と相まって、大建築ブームに乗り、仕事が丁寧な上に迅速であることが評価かつ信用につながり「大宜味大工」の敬称を不動のものにした。

 「大工」もいろいろ。
 *指物大工=さしむん じぇーく。箪笥などの家具職人。
 *挽物大工=ふぃちむん じぇーく。鍋、釜など鉄製品の製作及び修理職人。
 *家大工=やー じぇーく。家屋建築職人。
 *石大工=いし じぇーく。石垣などに携わる職人。
 などなど。一方に「細工」を当てる「しぇーく」もいる。
 *黄金細工=くがに しぇーく。王府時代の上流社会で用いられる男性用髪差しや女性の髪型眞結い(まーゆい。カンプーともいう)を留める金製、銀製の髪留めを作り、細工する職人。
 単に「金細工=かんじぇーくー」と称するのは、一般が用いる飾りもの職人のこと。
 *歯大工=はーじぇーく。技工士のこと。歯科医師とはことなり、義歯を細工する技術者を指す。

 さて・・・・。
 それぞれの「大工・細工」に人名や地名を被せた例に「田場大工=ターバ じぇーく」がいる。
 『田場大工』。
 田場については人名とする説と現うるま市田場の地名とする説がある。
 田場某という人物は、大工と称しながらも大した腕でもなかったのに、首里王府に仕えたという説がある。したがって、何事につけ、名前や肩書が先行し、成すことにいまいち問題のある人をいまでも「ターバージェーク」と呼び、軽視する。また一方では具志川間切出身の某は正真正銘の名工であったことからこの名称があるともされる。
 沖縄口をよくする者の間では、日常的に口にする言葉だが、一見、仕上がりはよいようだが、中身が薄い例を指す場合が多いのはどうしてだろう。身近な例を上げれば、酒場など遊興をもっぱらとする場所でもっともらしい政治論をぶったりすると「総理大臣の如どぅある!。総理大臣のようだ」と真顔で賞賛されても、額面通り、手放しに喜んではならない。それは一種の褒め殺しの評価。裏には嘲笑があることに気付かなければならない。事実、政治熱が高まった昭和の初めごろ、なんでもかんでも演説口調になる御仁に対して放たれた言葉は「はっ!議員でぃやる!=ほっ!議員かいなっ」という嘲りであったという。これなど最たる褒め殺しではなかろうか。
 ところが、それらも時代によって受け取り方が異なるようだ。
 昨日今日聞いた話。
 沖縄の基地問題を熱っぽく語る大学生に感じ入った大人が「キミを総理大臣にしたいね」と言ったのに対してその大学生は「馬鹿にしないでください!ボクは総理大臣になるほどの私利私欲は持ちません!」ときたそうな。
 ひところの少年、青年の将来図の「末は博士か大臣か」は、どこへ行ってしまったのだろうか。相手が野党の議員であっても、同じ政治家の名前を覚えていない大臣がいては「末は大臣」を目指す若者がいなくなるのも、納得せざるを得ないではないか「少年よ!大志を抱け!」とも言えない世の中に誰がした。
 んっ?ボクみたいな「釘が打てない男」が亭主面しているせいか?
 堕眠が醒めて居間に行くと大工女房は、涼しい顔でコーヒーを楽しんでいた。
 「釘が打てない男」は、消え入るような声でたったひと言。
 「おはよう」。