旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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七夕・旧盆・沖縄の夏

2008-08-06 22:44:55 | ノンジャンル
★連載NO.352

 夏。沖縄・那覇国際空港は観光客の波で賑わう。殊に8月に入るや夏休みも手伝ってか国内外からの出入りのさまは、表現の言葉をすぐに思いつかないほどだ。
 沖縄県の観光誘致・平成20年度目標は、入域観光客数=620万人。その内、外国人観光客数=22万人。観光収入=4,470億円としている。因みに、平成19年度の入域観光客数=589万2300人。主要路線別入域状況は東京方面=275万4200人。関西方面=111万300人。福岡方面=67万7200人。名古屋方面=51万3400人などだった。
 今年も8月に入り、太陽と海と諸行事目当ての旅人が多い。その中で土産の抱え具合から、旧盆を親元で過ごそうという県外在住の県出身者の姿が目を引く。先祖崇拝を理念とする沖縄らしい風景ではあるまいか。
 日常、男たちが懸命に働くのは、正月はもちろんだが殊に旧盆は[先祖供養]をするためという観念が色濃くあるからだ。つまり、先祖神に礼儀を尽くすことは、命の継承している自分の生き方に対する[けじめ]と考えているのだ。旧盆と正月を年間の2大行事として位置づけ「盆と正月」とは言わず「七夕・正月=シチグァチ・ソウグァチ」と合わせ読みするのも、その表れだろう。正月を[祝儀]としてそれぞれの生活する所で楽しむ沖縄人は、年明け早々から[旧盆の帰省]を念頭におき、それを律儀に実行するなぞ、沖縄の宗教的観念を見ることができる。この時期、空港が賑わうのも道理と言えよう。久しぶりに逢う孫たち一刻も早く見たい爺・婆の姿、到着前からロビーに見られるのも盆風景のひとつ。
 11月にもなると西欧では、クリスマスモードに入ると聞く。沖縄は[七夕]をもって盆行事の始まりとする。この日は墓参りをして、7日後の旧盆への招待を告げるのが慣例。また、「たなばた、日なし」と言い、日取りをしなければならない諸々の儀式もこの日は一切[差し障りのない吉日]としている。例えば、墓の修復や移転、土葬時代の洗骨。あるいは、守護神が宿るとされる屋敷内のチンガー〈釣瓶を用いる井戸〉や集落の発祥のシンボル・村ガー〈集落の共同井戸〉の底ざらいなども七夕に行う。仏具屋さんにとっては書き入れ時。ひと月前からラジオ、テレビ、新聞に仏具のCMが出るのには、こうした風俗的背景があってのことだ。

 戦前。
 旧7月9日。那覇の目抜き通りには「九日マチ=くにちマチ」が立った。那覇の場合、小禄、豊見城、真和志、南風原などのチチャ田舎〈近い田舎〉からWUUJI〈サトウキビ〉やバサナイ〈芭蕉実。バナナ〉をはじめ瓜類など、トートーメー〈仏壇〉へのお供え物を売る市がずらり並んだそうな。しかし、九日マチの初日に買い物するのはウェーキンチュ〈富貴人。金持ち〉の奥さま方。この日彼女たちは、朝からチュラスガイ〈着飾り〉をして日傘を差し、下働きの奉公人に荷車を引かせて九日マチを見て回り、品々を吟味して買い求め、荷車に積んで帰路を闊歩した。ウェーキンチュの見栄がチラホラ見え隠れする風景だ。

 「なにしろ、商業都市の那覇では貧富がはっきりしていたからね」と前置きして、風俗史研究家の崎間麗進先生は語る。
 「わが家は、おふくろも小商いをして働かなければならないウェーキンチュの反対のクーシーチネー〈貧しい家庭〉だったから。九日マチの品々には手が出なかった。そこで買い物は。決まって12日だった。よく13日は精霊を迎えるウンケー〈御迎〉だから、売る側も今風に言えば[売り尽くしセール]に出て、初日の半値ほどになる。つまりはバーゲンセールで間に合わせていた。でもね、それでもわが家は先祖敬い・崇めをモットーにして心豊かに暮らしていたよ。それは、いまもかわらない」

 
 7月末。
 東京生活30年余年の友人Kから、琉歌付きの暑中見舞いが届いた。
 ♪七月がなりば変わてぃ覚び出すさ 童小ぬ頃ぬエイサー踊ゐ=旧暦7月になると童の頃、青年たちのエイサー行列のあとにくっついて、夜の更けるのも知らず村中を歩き回ったことなどが、ことさらに思い出されてならない。
 「孫のお供という形になるだろうが、七夕に帰省して実家でしばらく過ごす。エイサーの輪の中に孫たちを入れてやりたい。キミも多忙だろうが、滞在中の1日をボクにくれないか。一献、交わしたい」
 東京暮らしが長いせいか肌色も白くなり、すっかりヤマトゥンチュヂラー〈大和人顔〉になったK。それでも、沖縄訛りの抜けない彼と語り合うとき、過ぎた日々が昨日のように思われ、東京との距離が一気に短縮されるのはどうしてだろう。

 「友、遠方より来たる。また、楽しからずや」を楽しむのもシチグァチならではだ。そうしたことが、おたがいの先祖供養になると思われる。んっ?待てよ。そう思うようになっているKも私も[いい年ごろ]になったということだ。旧交を温めるのは二の次。どうせ[孫自慢]に始終するにちがいない。
 七夕。旧盆。そして、8月には「十五夜遊び」の行事が待っている。

次号は2008年8月14日発刊です!

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