旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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詩・写真の中の少年

2007-08-16 09:55:15 | ノンジャンル
★連載NO.301

 その人が有名、無名に関わらず、また、年齢を問わずペンの先に(想い)を託して書いた文章は、読む人の心をゆさぶる。怒濤のような文章もあれば、さざ波のような文章もある。
 昭和22年6月23日。日米戦争の沖縄地上戦は終結した。今年の「慰霊の日」・沖縄戦没者追悼式で、仲井眞弘多県知事の平和宣言につづいて朗読されたのは、13才の少年が書いた(詩)である。その詩を読者はどう読み、何を感じ取るだろうか。

 <写真の中の少年>
   
 何を見つめているのだろう
 何に震えているのだろう
 写真の中の少年
 周りの老人や女性、子供は
 身を寄せ合って声を殺しうずくまっている
 後ろでは逃げ出さぬようにと
 鋭い眼光で見張るアメリカ兵
 その中の少年はひとり一点を見つめている
 何を思っているのだろう

 とうとう戦争はやってきた
 いつ来るとも知れない恐怖に怯えながら
 必死に生きてきた少年に
 悪魔はとうとうやって来た

 戦争で異郷の地にいる父や兄に代わって
 ひとり毎日山に行き
 家族を守りたいその一心で
 防空壕を掘り続けた少年
 しかし無情にも堅い岩が
 少年の必死の思いをあざ笑うかのように
 行く手を阻み掘り進むことができない
 手には血豆
 絶望感と悔しさが涙とともにあふれ出た

 とうとうやってきた
 奴は少年のすぐそばまでやって来た
 殺される 死ぬのだ
 そんな恐怖が少年を震わせ凍らせた

 やっとの思いで入れてもらった親戚の防空壕
 泣きじゃくる赤ん坊の口をふさぎ
 息を殺して奴の通り過ぎるのを祈った
 少年は無我夢中で祈った
 しかし祈りは天には届かなかった
 壕の外でアメリカ兵の声
 「出て来い」と叫んでいる
 出て行くと殺される
 「もう終わりだ」
 少年は心の中でつぶやいた
 先頭に立って出て行こうとする母親を
 少年は幼い手で必死に引き止めた
 けれどいつしかその手を離れ
 母親はアメリカ兵の待つ入口へ
 それに続いて壕の中から次々と
 少年や親戚が出て行った
 写真はまさにその直後に撮られたものだ

 とうとうやって来た
 恐怖に怯え 夢や希望もなく
 ただ生きることだけに家族を守ることだけに
 必死になっていた少年のもとに
 悪魔はやって来た

 写真の中の少年
 一点を見つめて何を思っているのだろう
 写真の中の少年は 僕の祖父
 何を思っているのだろう
 どんな逆境の中でも最後まであきらめずに
 頑張ってきた生き抜いてきた祖父
 だから今の僕がいる
 いのちのリレーは
 祖父から母へ 母から僕へとつながった
 あの時祖父が生きることをあきらめずに
 必死に生きてきたから僕がいる
 だから
 自分で自分の命を絶ったり
 他人よって奪われたりということは
 いつの世でも いかなる場合でも
 決してあってはならないことだ

 僕がいる
 必死で生き抜いてきた少年がいたから
 僕がいる
 僕はその少年から受け継いだ 命のリレーを絶やすことなく
 僕なりに精一杯生きて行こう
 また少年から聞いた あの忌まわしい戦争の話を
 風化させることなく 語り継いでいこう

 
 沖縄県平和祈念資料館は、6月15日「慰霊の日」に合わせて募集した「児童・生徒の平和メッセージ」の審査結果を発表した。図画・作文・詩の各部門に160校、3883点の応募があり(写真の中の少年)は、詩の部の1編。書いたのは、沖縄尚学高校付属中学2年生・匹田崇一朗くん。
 62年前、アメリカ軍は沖縄を占領。空からは「戦争ハ終リマシタ。アメリカハ皆サンノ友ダチデス」と書かれたビラがまかれ、ガマ<洞穴>に身をひそめた日本兵・民間人に対しては「出テキナサイ。水モ食ベ物モ有リマス。仲ヨクシマショウ」と、たどたどしい日本語が拡声器で放たれた。
 匹田崇一朗くんの祖父松本忠芳さん=2005年逝去=は、母八重さんはじめ親戚など10数人とともにガマにいた。そこへアメリカ軍の呼びかけ。ともかく、ガマを出たところを写真に撮られた。
 「ガマを出たら殺されるかもしれない。でも、母と一緒ならいい。そう思ってガマを出た」
 いまの自分と同じく(少年)であった祖父の戦争体験をじかに聞いた匹田崇一朗くんは(詩を書く)決心をした。大好きだった祖父との会話を通して書いた入魂の1編である。

 日本は、ほんとうに(平和)だろうか。疑問と不安。それでも、未来を信じて(戦争と平和)に向き合っている若者たちがいることを忘れてはなるまい。




※匹田崇一朗くんの「写真の中の少年」は、沖縄県平和祈念資料館提供。

次号は2007年8月23日発刊です!

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