2013 03 03(日)
昨年(平24)11月下旬に渋川市の金井東裏遺跡から出土した「甲(よろい)を着た古墳人」が“群馬県埋蔵文化財調査センター”(渋川市北橘町下箱田784-2)で3日から一般公開されると聞き早速見学に・・・・。
一般公開の期日は3月3日(日)~8日(金)まで、9・10の土日曜日まで公開延長すれば良いのに・・・?
前橋市北東部の総合スポーツセンターから無料シャトルバスが10分間隔で運行。
次から次に見学客が埋蔵文化センターに降り立ち、職員が慌ただしく応対に当たっていました。
大きな馬埴輪が飾られた正門から入ると、職員が左の建物通路に案内。
ここで「甲を着た古墳人」の詳しい解説を拝聴し、その後で館内へ・・・。
説明会場に置かれた金井東裏遺跡のパネル写真を転載いたします。
金井東裏遺跡は渋川市の北西部で、伊香保温泉への道路が近くを通っていますし、日本百名水の一つ「箱島湧水」への途中でもあります。
榛名山裾野にある金井東裏遺跡の発掘現場。
館内の中央に置かれた「甲を着た古墳人」。 金井東裏遺跡から搬出するため発泡ウレタンで固められています。
重量は約1800kgとか・・・。
見学者の皆さん説明を聞きながら、胸躍らせて熱心に見学。 このアングルからは足腰の骨が拝見。
「甲を着た古墳人」の鉄製鎧(よろい)をまとった全身像。
6世紀初頭、近くの榛名山二ツ岳からの火山灰に埋もれ、前のめりのうつ伏せ状態で発掘されました。
甲を着た古墳人は火砕流から逃げる途中だったのか? 火の山を鎮めるための儀式を執り行っていた最中か?
右が頭部、中央は甲(よろい)部、左は足(脚)部。
うつ伏せの頭部の脇には左手の3本指がはっきりと見え、素晴しい保存状態です。
甲(よろい)は小札(こざね)と呼ばれる長さ5cm幅2cm厚さ1mm程の鉄板を繋いだ小札甲(こざねよろい)。
頭骨が潰れた後頭部と左手。 右手も見ることが出来ます。
「甲を着た古墳人」の腰から脚部。二本の大腿骨や下肢骨が鮮明に観察できます。
今回公開された「甲(よろい)を着た古墳人」は立派な甲を着用している事から6世紀のこの地方の部族首長と思われます。
「甲を着た古墳人」の甲の復元品。 珪甲(けいこう)を着けた武人像埴輪と類似した装束だったそうです。
右画像は同時に出土した鉄剣。
「甲を着た古墳人」の金井東裏遺跡の近くに大規模な“金井製鉄遺跡”がありますから、この地方は古くから鉄器が普及していたと考えられています。
甲を着た古墳人の周囲からは沢山の出土品、発泡ウレタンで保護され検査を待つ鉄甲。 鉄鏃(やじり)などの鉄製品。
乳幼児の頭骨の一部も近くから発掘されたそうですから、金井東裏遺跡にはまだまだ国宝級のお宝品が沢山埋まっているのでしょう・・・。
国内初、鎧着た人骨出土 渋川・金井東裏遺跡 (上毛新聞ニュース)
武具装着の人骨初出土 群馬・金井東裏遺跡 (共同ニュース)
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