哲仙の水墨画

デジカメの風景写真、四季の草花、水墨画、書、短歌などを楽しみます。

暑き夜を 一茶(書)

2007-06-30 05:29:05 | 
暑き夜を唄で参るや善光寺        小林一茶

 善光寺といえば信州善光寺を差す。全国に善光寺と名のつく寺は60前後ある中で、一茶が詠む句では信州以外に他の入る余地はない。仏教が諸派に分かれる以前からあり、天台宗と浄土宗の別格本山ともなっているが、宗派を超えた庶民信仰の厚い大寺院である。夏の夜の暑さに浴衣がけで、つい歌を歌って善光寺参りをしたのである。

厳かな津島神社は(写真)

2007-06-29 06:26:18 | 写真
青色のシートに失せて厳かな
津島神社は工事のさなか      樋田哲夫  

 名古屋西郊にある津島神社は尾張五社の一つで楼門、山門、拝殿、本殿などが朱に映えて荘厳の記憶がある。20年以上前のことだ。地方の小都市に格式高く立派な神社があったことの記憶である。ところが訪ねると工事中のシートで再来年まで覆われ、以前の荘厳さは消えてしまっていてしばらく残念である。

ひまわり(墨彩画)

2007-06-28 05:52:49 | 墨彩画
                 (豆色紙)
ひがしにし首を回せる向日葵の
陽に立ち向かふ強きを吾に       樋田哲夫

 キク科の1年草で高さは2㍍にも達する。生長が盛んなうちは花首が朝に東、夕方には西を向く不思議な花で、漢字では向日葵と書く。葉の脇からも枝を伸ばして花をつけ、1本から多数咲く。猛暑の中、力強く咲く姿に何事もヒマワリのように前向きで取り組む積極性がありたいものだ。 にほんブログ村 美術ブログへ

子は裸 利牛(書)

2007-06-27 06:16:58 | 
子は裸父はててれで早苗船         池田利牛

 利牛は江戸蕉門で「炭俵」の編集者の一人。志太野坡と同じ店で働いたという。「ててれ」は労働用の襦袢(じゅばん)。田植えシーズンはもう暑く、真夏日もある。子供は裸で泥だらけになって早苗船に乗って楽しんでいる。その船に父は早苗を乗せて手押しながら早乙女たちに配っている情景。今は田植機が活躍してこんな情景は見られない。

長慶寺の三重塔(写真)

2007-06-26 06:26:51 | 写真
祈りへの坂の上なる山門を
くぐりて仰ぐ三重塔         樋田哲夫

 長慶寺の境内へ入るのは裏側が圧倒的に多い。次々と拡張される駐車場がそうさせるのだが、表側は旧道で自動車の通行もままにならないからだ。表側は百階段を登り、山門を抜けると真新しい三重塔が目に入って、境内の全容が姿を見せる。それは裏口から入るのと玄関から入るような差がある。この寺を訪ねるには表側からに限る。

中国の岩山(水墨画)

2007-06-25 05:24:58 | 水墨画
今描くはテレビに見たる中国の
懐深く聳え立つ山         樋田哲夫

 私は外国へ出かけたことがない。長年勤務した会社も外国とは縁がなく出張はなかった。定年後も国内の見知らぬ土地へ訪ねることを優先してきていきそびれてしまった。所詮、外国の景色は本や、テレビに映る画像となる。中国の黄山や桂林は水墨画を趣味とする者にとっては訪ねたいところだが、今のところ行けそうにもない。にほんブログ村 美術ブログへ 

水無月の 樗良(書)

2007-06-24 05:57:52 | 
水無月の朝顔涼し朝の月     三浦樗良

 樗良(ちょら)は江戸中期の伊勢の人。江戸、北国を放浪して蕪村の存在を知り、京都に移り住むが。晩年は山田へ帰る。水無月は陰暦6月のことで現在より少し先になる。暑くはない夏の朝にアサガオは清涼感がある。そんな時の西の空に、有明の月よりは少し経った月が消えようとしている。有明の月は明けきらず暗さが残り、赤味が残る月。

少しばかりはアジサイの寺(写真)

2007-06-23 07:06:20 | 写真
アジサイに少し名のある寺なれば
訪ひくる人の絶えることなし       樋田哲夫

 アジサヰの花の寺で地域では聞こえる長慶寺は奈良時代創建の格式のある寺である。手腕家の住職は一代で山門、大師堂、開山堂、本堂、三重塔と建立しすっかり境内は充実したが、まだ、その勢いは止まらない。この寺はアジサイの花が咲く梅雨時、多くはないが花見客が訪ねてくる。毎年のことながら出かけて一時を楽しむことにしている。

テッポウユリ(水墨画)

2007-06-22 06:17:14 | 水墨画
タカサゴを見てテッポウといふほどの
百合の知識のお粗末なりき         樋田哲夫

 百合の対する知識がないと、タカサゴユリとテッポウユリとの区別がつかないらしい。最近知ったばかりだ。となると、これまで見てテッポウユリと思った中にタカサゴユリがあったに違いない。少しの違いがあるだけで酷似しているとか。百合の花期は4~6月で盛りは過ぎてしまったので、確認は来年のことになる。 にほんブログ村 美術ブログへ

ほろほろと 子規(書)

2007-06-21 06:36:34 | 
ほろほろと雨吹きこむや青簾        正岡子規

 青簾(あおすだれ)は青い竹でこしらえた簾。夏に風通しをよくするため、入り口や窓につるす生活用具。暗い方からは外がよく見え、明るいほうからは内が見えない不思議なもので、昔は夏になると見かけた。その簾を梅雨末期か強い風を伴って雨が簾越しに吹き込む。簾も揺れる。が、ほろほろとあるからすごい風ではない光景が浮かんでくる。

柳生家老屋敷・殿の部屋より(写真)

2007-06-20 06:45:49 | 写真
正座して殿の部屋より庭見れば
いつしか背筋伸ばしてをりぬ       樋田哲夫

 柳生は大名に分類されるが、小藩である。山間にわずかな土地を持った自然の条件が悪くやもうえない。が、小山田家老屋敷は整然として風格があり昔をしのばせる。現在は母屋の一部を資料室として公開している。部屋数も多く、一時、家老の部屋で床の間を背に正座しながら庭を見ていると家老の気分になる.

最盛期のキュウリとナス(墨彩画)

2007-06-19 06:15:34 | 墨彩画
梅雨なれば生き生きとして菜園の
胡瓜と茄子の今盛りなり          樋田哲夫

 野菜作りは日照りが続くと水やりが大変な日課となる。家から300㍍ほどの距離に小さな農園を借りて野菜作りを楽しんでいるが、夏野菜は水をほしがるので、雨期は水遣り作業が省けて助かる。家から運ぶ程度では野菜に水を十分にやれていないのか、梅雨は雨が多く、生き生きとしてなりもよい。梅雨が明けると一苦労する。にほんブログ村 美術ブログへ

大井川 芭蕉(書)

2007-06-18 06:49:30 | 
大井川浪に塵なし夏の月          松尾芭蕉

 私の知る大井川は新幹線や東名高速道路で通過する一瞬の川である。川幅が広く水がかれ、石がむき出しで、昔の大井川のイメージは生まれない。東海道の難所の一つで台風やにわか雨による増水で川止めされる。普段の渡りには広重の絵が物語る。この句は汚染のない時代と芭蕉の自然を捉える感覚である。夏の月を持ってきたのがよい。最晩年の元禄7年である。

柳生藩家老屋敷(写真)

2007-06-17 06:54:52 | 写真
山間の柳生を訪ひて孤高なる
家老屋敷は石垣の上      樋田哲夫

 笠置から入る柳生はどんな状態か知らないが、名阪国道・針から進む柳生は狭い山間をいくつも抜けてやっとたどり着く感がる。里と呼ばれるところは四方から山が迫り、江戸前期将軍秀忠、家光に仕えた大名2万2500石の柳生但馬守宗矩の地である。その家老小山田家老屋敷は山の迫る石垣の上に保存されていた。。

番傘さして(墨彩画)

2007-06-16 06:31:04 | 墨彩画
                (豆色紙)
雨の日の子供のころは長靴に
番傘さして学校へ行く        樋田哲夫

 現在の子供たちに番傘を聞いて正解が得られるだろうか。私の子供時代は傘といえば番傘しかなかく、竹骨に紙を張り油をひいた傘であった。強い雨には派手に音がしたものだ。古くなると破れやすく、用をなさない。買い換えて新調となる。鉄骨に布の傘はこうもり傘と呼んだが、少し経て急速に番傘は消えた。にほんブログ村 美術ブログへ