哲仙の水墨画

デジカメの風景写真、四季の草花、水墨画、書、短歌などを楽しみます。

季節はずれのバラ(墨彩画)

2009-08-31 06:29:00 | 墨彩画
四季咲きのバラにはあれどわが庭に
季節はづれのひと本咲ける       樋田哲仙 

 我が家の庭の片隅に四季咲きのバラを植えて毎年楽しんでいる。春は勢いよく多くの花をつけるが、秋は申し訳なさそうに数が少ない。今年春に咲き終わらないうちから切り詰めてみた。そのためかは分からないが、8月というのに花をつけた。明らかに例年とは違い季節はずれの咲き方のようだ。  にほんブログ村 美術ブログへ

百人一首第四十二番契りきな(書)

2009-08-30 05:44:12 | 
契りきなかたみに袖をしぼりつつ
末の松山波こさじとは        清原元輔

 思いを交わしたときは、お互い涙を流し合って袖を絞った。世の中がどんなになろうとも変ることはない。どんな波が来ても越えることはない末の松山のように無事でありたい。それなのに心が変ってしまわれた。固く約束したあの契りは一体なんであったろうか。末の松山は奥州の海辺の高い山で波がおし寄せても不変。三十六歌仙の一人。

三十三間堂(写真)

2009-08-29 05:33:28 | 写真
ささやかな願ひといへど念入れぬ
千体仏の蓮華王院        樋田哲仙

 堂内には10段の階段状に、整然と等身大の千手観音立像が黄金に輝く。千体の各像の頭には10の顔を持ち、124体は平安期に残りは鎌倉期の16年間で造仏。慶派、院派、円派の仏師の集団が国家的規模で制作。千体仏の中央には丈六の中尊と呼ばれる千手観音坐像や、外に風神雷神像、二十八部衆が安置されている。

シラカバの道(水墨画)

2009-08-28 05:57:55 | 水墨画
白樺の木肌生かせし額に絵を
玄関に掛け出入りの癒し        樋田哲仙

 シラカバは大阪近郊ではめったに見かけないが、高野山からさらに進んで立里の荒神へ向かう山道の途中で見かける。日当たりのよい山路に自生するが、これは植栽したものと思われる。木肌が横に薄く削げて白くひかる。異様な情緒に感動を覚える。白い木肌を生かした細工物が多い。  にほんブログ村 美術ブログへ

百人一首第四十一番恋すてふ(書)

2009-08-27 06:11:25 | 
恋すてふわが名はまだき立ちにけり
人知れずこそ思ひそめしか        壬生忠見

 恋をしている浮き名が早くも世間に知れわたってしまった。私は人に知れないように、こっそりとあの人を思っていたのだが。この歌は先の第四十番兼盛の歌に似て恋を取り上げている。忠見は歌合せのとき、兼盛に敗れて思いつめたという。

三十三間堂射場(写真)

2009-08-26 05:51:26 | 写真
遠し矢は弓をたしなみ技競ふ
新成人のりりしき姿        樋田哲仙

 京都三十三間堂西側の射場(しゃじょう)は通し矢で知られる新春の風物詩となっている。起源は定かではないが洛中洛外図に見られ、室町時代には行われていたことになる。現在は1月15日に一番近い日曜に弓道をたしなむ新成人の女性たちが振袖はかま姿で約60メートルの遠的を狙って行われる。

クマガイソウ(水墨画)

2009-08-25 05:10:16 | 水墨画
二枚葉を源平と見てもののふの
名をつけられし熊谷草は         樋田哲仙

 扇のような深緑の大きな2枚葉を源平合戦と見立てて、悲劇の熊谷直実と平敦盛の一騎打ちの場面に因んでクマガイソウは名づけらている。またの名をアツモリソウともいう。林の陰、薄日を好む。ランの一種で高さ30㌢、春には紅紫色の花をつける。 にほんブログ村 美術ブログへ
 

百人一首第四十番しのぶれど(書)

2009-08-24 06:14:13 | 
しのぶれど色に出でにけりわが恋は
物や思ふと人の問ふまで     平兼盛

 誰にも知られまいと恋の相手を包み忍んでいても、物思う心は、つい顔に出てしまうものだ。近頃あなたは何か物思いをしているのではないですかと尋ねられる。懸命に隠すのだが、隠せるものではない。顔色に出ているとは、これではばれてしまうのも無理はない。兼盛は赤染衛門の父。

保津川保津峡駅

2009-08-23 06:00:50 | 写真
保津川の上の駅をも観光の
アナウンスするとろっこ列車      樋田哲仙

 嵯峨野から保津川の渓谷沿いに亀岡まで走るとろっこ列車はレトロな乗り物で、7・3㌔を25分で走る。なんども乗車しているが、訪ねた8月3日は増水のため川くだりの和船は中止されて見かけなった。列車は鉄橋上で停車して客へのサービスや移り変わる風景のアナウンスをする。写真は橋上のJR保津峡駅。

サギソウ(水墨画)

2009-08-22 06:30:42 | 水墨画
どこまでも白きが空を翔ぶごとし
鷺草と名をよくぞつけたる         樋田哲仙

 ラン科の多年草で、山野の湿地に自生するサギソウの花の姿は、よくぞこの名をつけたものだ。高さ30センチ頂上にサギに酷似する純白の花は羽を広げて飛んでいるようだ。自生は見たことがないが、観賞用で目にすることが出来、かって自宅で楽しんだことがある。 にほんブログ村 美術ブログへ
 

百人一首第三十九番浅茅生の(書)

2009-08-21 05:49:20 | 
浅茅生の小野の篠原しのぶれど
あまりてなどか人の恋しき        参議等

 このように耐え忍んでいるけども、思いかね、しのびかねて、かぎりなく、なぜか分からないが人が恋しくてならぬ。浅茅生はつばなの生えている原、小野は小さい野原、篠原は細くて群がり生える小さい竹の原のこと。歌の中でさほど重要な意味を持たない。

映画村店屋(写真)

2009-08-20 05:52:42 | 写真
店先の床机に掛けて日盛りを
憩ひてをれば振り売りの声       樋田哲仙

 映画村には再現された店屋が5軒ほど固まってある。昔懐かしい小物が多数並べられて江戸情緒を醸し出している。江戸市中は商法の一つ振り売りがある。主に荷物を天秤棒で担いで、道々大きな声を出して売り歩いた。金魚、あめ細工、小物、日用雑貨に至るまで担げるものはなんでも売り歩いたらしい。

ヌスビトハギ(水墨画)

2009-08-19 05:52:50 | 水墨画
これまでに見かけていても名を知らず
ヌスビトハギはその一つかな          樋田哲仙

 ヌスビトハギの名は果実の形が泥棒の忍び足で歩く形に見立てることにあるらしい。平地から山地、道端に生える。高さ0・6~1・2㍍の多年草。葉は3小葉からなり、花が細長い花序にまばらにつくとあるが、ハギは種類が多く正確に実物は知らない。  にほんブログ村 美術ブログへ

百人一首第三十八番わすらるる(書)

2009-08-18 05:53:24 | 
わすらるる身をば思はず誓ひてし
人の命の惜しくもあるかな       右近

 あなたに忘れられた私のこの身はどんなことになろうとも一向に構いませんが、君のことは決して忘れませんよと神に誓ったあなたの身に、もしも、神罰が当たることのほうが私は心配でなりません。右近の愛の一念は相手に裏切られても恨みを持たず、それどころか気遣う出来た女という外ない。

映画村長屋の井戸(写真)

2009-08-17 06:05:48 | 写真
女らが世間話にかしましく
井戸の周りの長屋のひと時       樋田哲仙

 映画村はどこを歩いてもタイムスリップして江戸の町へ逆戻りできる。時代劇でおなじみの長屋の共同井戸。路地から口うるさい女たちが現れて洗物する光景が浮かんでくる。取り仕切るやり手婆がみんなに情報をばら撒く。井戸端会議はサロンを兼ねた社交場でもあったのだろう。