哲仙の水墨画

デジカメの風景写真、四季の草花、水墨画、書、短歌などを楽しみます。

比叡山西塔の弁慶担う堂(写真)

2017-12-14 07:09:04 | 写真
法華堂常教堂と怪力の
弁慶揚げて担い堂とは        樋田哲仙

 比叡山西塔の駐車場からゆるい坂を下ると、最初に東に法華堂(右)、西に常教堂の建造物が現れる。両道をつなぐ廊下が天秤棒に見立てて弁慶の担い堂と名づけられている。弁慶に関連する名は各地で見られるが比叡山で見かけるとは愉快である。

比叡山西塔(写真)

2017-12-11 07:08:26 | 写真
東塔は便利のよきに訪ねども
一つのエリア西塔は初       樋田哲仙

 比叡山の山頂には東塔、西塔、横川の三つのエリアがある。坂本からケーブルの便があって東塔は行きやすい。今回初めて西塔を訪ねた。立派な建物があるが東塔ほどの豪華なものが少ない。寺域のにも差があるように思う。

大阪マラソン「盛り上げたい」(写真)

2017-12-08 07:18:55 | 写真
マラソンをそこそこにして楽しむは
盛り上げたいの多彩な演技        樋田哲仙

 大阪マラソンの沿道の広場を利用して「盛り上げたいと」と称する各チームの演技が企画されてた。14か所で11時から15時まで和太鼓、ダンス、チアリーデイング、ブラスバンド、フラダンスと多彩でランナーたちを元気づけた。幼児の出演する保護者らも見物に来場するので大変な人混みとなる。その人数は数千人はくだらないだろう。

大阪マラソンの応援(写真)

2017-12-05 07:06:36 | 写真
沿道に立ちて手を振る応援も
見知らぬ人と心の通ふ       樋田哲仙

 もう7回目となった大阪マラソンは一大イベントに成長した。5回は出かけている。最初市内の中心街は大変な人混みで写真が撮れなかった。次からは考慮して終盤近くで構えることにしている。手を振ったり声を掛けたりして応援するのだが、それだけでランナーと心が通うような気がする。

大阪マラソン37㌔付近で声援(写真)

2017-12-02 07:12:59 | 写真
参加にも抽選にしてひと苦労
大阪マラソン三万二千      樋田哲仙

 第7回大阪マラソンが11月26日(日)に行われた。大阪城公園をスタートし市中心街を抜けて大阪南港をゴールとする公式レース。参加には厳しい抽選を経て幸運の掴んだ32000人のランナーが好天の秋空のもとを沿道の声援を受けて駆け抜けた。

高島氏白鬚神社(写真)

2017-11-29 07:12:24 | 写真
スポットの山と琵琶湖のせめぎ合ふ
僅かな土地に白鬚神社      樋田哲仙

 琵琶湖の西岸の山と湖の最接近する狭い土地に白鬚神社がある。全国にある白鬚神社の総本社である。垂仁天皇の御世の創建とあるから2000年近い古社になる。芭蕉、与謝野鉄幹・晶子夫妻の句歌碑も建つ。

紅葉はまだのメタセコイアの並木(写真)

2017-11-26 07:18:57 | 写真
参加してメタセコイアとラクウショウ
違い分かりぬ同好会に       樋田哲仙

 自然同好会に久しぶりに参加して滋賀・マキノ町のメタセコイア並木を見学した。参加者の中に50年近く樹木の研究者がいて、メタセコイアとラクウショウの違いを詳しく教わった。今までひどく酷似していて判別に苦労していた。葉、幹、樹高、枝形、用途に至るまで理解できた。今後は間違えることはない。大きな収穫であった。

道の駅月見の里南濃足湯(写真)

2017-11-22 22:21:04 | 写真
道の駅名前のよきに立ち寄ると
開くのを待ちて足湯に漬かる      樋田哲仙

 桑名から大垣に向かう国道258号線に[道の駅月見の里南濃]がある。初めて知る名で、名前の美しさに立ち寄ることにした。名前ほどはない。秋の名月には絶景が演出されるのだろう。早朝で開くの待って足湯に漬かった。老齢になると足湯が楽しい。近くの人かすぐに4人が漬かった。

同名の美濃国分寺(写真)

2017-11-20 07:14:26 | 写真
大垣に聖武の御世と異なりて
同一名の美濃国分寺      樋田哲仙

 奈良時代の聖武天皇の勅願により、各国に五穀豊穣と国家鎮護のために建立された国分寺があるが、その寺と同一名の美濃国分寺が旧跡の近くにある。各市町村に見かけるごく普通の寺よりは立派で寄りたくなる。信濃にもこれと似た寺があった。

美濃国分寺跡(写真)

2017-11-17 07:12:03 | 写真
来てみれば面影一つ何もなし
それが美濃の国分寺跡      樋田哲仙

 大垣北部の美濃国分寺跡を訪ねた。跡に面した道路を通りながら、通り越して行き過ぎた。古木も建物もなにもない。ただの草原に近い。これでは通り越すのも無理はない。こんなことは初めてである。

竹中は兵衛陣屋跡(写真)

2017-11-14 07:12:50 | 写真
訪ねみて竹中半兵衛陣屋跡
映画のロケのスタジオのごと      樋田哲仙

 竹中半兵衛は黒田官兵衛や山本寛助と並んで軍師として名が高い。垂井町では郷土の英傑として史跡を大切に顕彰している。竹中半兵衛陣屋跡があると聞いて行ってみると、表は立派な建物があるが、門をくぐり裏へ回ると何もない。保育園があるだけである。まるで映画のロケのスタジオのようだ。

JR垂井駅前竹中半兵衛像(社員)

2017-11-11 07:15:29 | 写真
知らざるに美濃の垂井が出身地
竹中半兵衛天下の軍師         樋田哲仙

 秀吉子飼の軍師竹中半兵衛が美濃垂井の出身地とは知らなかった。秀吉中国攻めの奇抜な策略、高松城の水攻め、主君信長の本能寺の変に死去した際に、中国大がえしなど大胆な行動である。いわば秀吉天下統一への足掛かりの礎を作り上げた。惜しいかな25歳の若さで病没している。

和歌山城菊花展盆栽(写真)

2017-11-08 07:01:09 | 写真
二の丸に葭簀を張りて菊花展
久しぶりなる和歌山城かな        樋田哲仙

 和歌山城は家から近いこともあって何度も訪ねている。菊花展と合わせてゆっくりと散策したくなった。毎年この時期は和泉市の国華園へ出向くのだが、自動車の関係でやむなく方向転換である。想像していたよりも規模は小さくいい写真はとれなぁったが、それでも菊花展を見たという満足感はできた。

和歌山城全景(写真)

2017-11-05 07:13:38 | 写真
見上げれば白亜に光り優雅にも
虎伏山に和歌山の城        樋田哲仙

 白亜に輝く和歌山城は小高い虎伏山の樹木にぽっかりと浮かぶ光景はどこの城にもない気品がある。天守から隅櫓まで全体が眺められて最高となる。近くから見るよりも少し離れて見るのが絶景である。家康の子の頼宜が入り55・5万石の御三家の威容である。

1日から単線復旧(写真)

2017-11-02 07:12:58 | 写真
確認後上り線にて単線の
運行はじむ十日を経ちて       樋田哲仙

 台風21号の集中豪雨で橋脚が陥没した南海本線の下り線で全面運休していたたが、1〇日ぶりに上り線だけの単線運行にこぎつけた。陥没した下り線は突貫工事で1ケ月先という。当方には通勤は無縁でも<野次馬で現場へ出向いてカメラに収めた。