哲仙の水墨画

デジカメの風景写真、四季の草花、水墨画、書、短歌などを楽しみます。

花の寺の藤むすめ(写真)

2011-04-30 06:15:13 | 写真
                    木村美香さん(左)と木村伊公子さん

山門に迎へくれたる藤むすめ
二人の笑顔花に勝りて          樋田哲仙

 昭和の日のきのう、五条市にある金剛寺のボタンを見に出かけたが少し早く、早咲き種のみの開花で撮影には不満が残った。その帰り道に、橋本市子安地蔵寺を訪ねた。九尺藤で名高い花の寺である。閉門間際で滑り込みだが、山門では二人の和服姿の美しいお嬢さんの笑顔に迎えられた。この寺も寒かった今年の藤は少し早かったようだ。見頃は一週間後であろう。

日照りに細る日置川(水墨画)

2011-04-29 06:10:20 | 水墨画
また下り古道進めば日置川は
日照りに細る流れの澄めり       樋田哲仙

 中辺路を行く熊野古道は近露(ちかつゆ)の小さな盆地を貫いている。大坂本王子から下りに入り、また登り牛馬童子をピークに今度は下ると、そこが近露である。四方が山ながら日置川(ひきがわ)が流れ、日照り続きか、水量は細く濁りもない。この川の名前は変ることなく紀伊半島南部へ続いて太平洋と流れる。小さいながら源流から海への流れになにかドラマを持っているような気がする。  にほんブログ村 美術ブログへ

古今集第百四十四番いそのかみ(書)

2011-04-28 06:14:06 | 
いそのかみふるき都の郭公
声ばかりこそ昔なりけれ       素性法師

 ここ、石上(いそのかみ)の古都で鳴くホトトギスよ。昔と同じような声で鳴くのはお前たちだけだった。長い年月の間に、全て移り変わってしまって荒廃しているのだ。石上は天理市にある地名で、石上神宮がある。

御室第一番霊山寺(写真)

2011-04-27 06:15:05 | 写真
ゆっくりと八十八番まで巡る
御室の山のミニ四国版       樋田哲仙

 桜のまだ残る京都仁和寺の御室山の最高峰成就山(236)に四国八十八ヶ所ミニ版が造られている。一巡に3キロ、2時間とされるが、最初は般若心経を唱えながら進んだため4時間を要した。大方は樹林の中をぬうのだが、時には途切れて視界が開ける。眼下に仁和寺、妙心寺、双ケ丘や、北山方面も眺められる。江戸後期、門跡の発案で本場の砂を取り寄せて創設されたという。

ボタン一輪(墨彩画)

2011-04-26 06:13:58 | 墨彩画
古道ゆく民家の庭に一株の
牡丹香りて春の酣       樋田哲仙

 先日快晴の日曜日、熊野古道の中の中辺路を団体で歩いた。名のある古道はさすがに団体、グループ、家族連れと多彩でウォークを楽しむ光景が見られるた。山麓を縫い、盆地に下りて、また登る。視界が広がり、杉林の中へ入る。道中石仏に出会い、王子をつなぐ。この古道を古人が京から熊野の先へ向かったかと思うとロマンに満ちて心まで躍る。  にほんブログ村 美術ブログへ

広隆寺講堂(写真)

2011-04-24 06:14:42 | 写真
楼門を潜る古刹の静かなり
桜終りて木の芽吹く頃       樋田哲仙

 寺の門は普通山門と呼ぶが、広隆寺はなぜか楼門と呼ぶ。重層な楼門を抜けると広大な境内は人もまばらで閑静であった。気化系の氏族が元北区の平野神社近くに創建したが、平安時代遷都前に現在地に移築したらしい。樹木の中に建つ講堂が正面に見え、簡素な平屋建てとなっている。直ぐ北側の上宮王院太子堂は重厚で聖徳太子像を安置して太子信仰の中心となっている。

清楚なミズバショウ(水墨画)

2011-04-23 06:12:22 | 水墨画
心打つまでに眺めて水芭蕉
無垢の乙女の浮かびくるなり       樋田哲仙

 ミズバショウの純白な苞を眺めていると、平素の雑然とした落ち着きのない心までもが、ひとときを忘れて陶然としてくる。20年も前になろうか、大型連休の最中に白川郷の観光地から少し離れた雑木林の中で、清冽な冷たい水に無数に近いそれを見た光景が忘れられない。清楚なの中に凛として初夏を待つ気概は鮮烈であった。5月が近づくといつもながらこれが蘇ってくる。 にほんブログ村 美術ブログへ

広隆寺楼門(写真)

2011-04-21 06:14:05 | 写真
嵐電より見る広隆寺の境内に
訪れるのは初めてのこと       樋田哲仙

 嵐電の愛称で親しまれている京福電鉄は路面電車でローカルさが懐かしい。京都中心部から西部を結び、よく利用する。途中広隆寺楼門前を通るので見かけているが、今回降車して境内を訪ねた。帰化系の氏族の寺のとして平安時代以前からの古刹である。寺の名を世に高めているのは国宝の木造弥勒菩薩半跏像の仏像である。

カモメの減る季節(水墨画)

2011-04-20 06:14:01 | 水墨画
野に山に桜開きて酔ふほどに
鴎いつしか姿減りをり        樋田哲仙

 あれほと待った桜の開花も、もう終わったといってよい。各地の銘木を訊ねる予定が外の用事に奪われて思うほども行けなかった。後は吉野の奥の千本ぐらいしか望めそうもないが、それも無理で今年は一部だけで不調に終わった。桜に気を奪われているうちに、冬場港へ来ていたカモメがすっかり数が減り、大方は北国へ去ってしまった。確実に季節のめぐりは進行している。  にほんブログ村 美術ブログへ

古今集第百四十一番けさ来鳴き(書)

2011-04-19 06:14:47 | 
けさ来鳴きいまだ旅なる郭公
花橘に宿はからなむ       詠み人知らず

 今朝初めて聞いたホトトギスだが、まだ旅の途中で鳴いているだけで、なんとなく落ち着かない。静かな宿が欲しいのなら、私の庭に咲いている橘を宿にしておくれ。こんなにして我が家に親しんでくれと呼びかけているのである。

双ケ丘山頂より(写真)

2011-04-18 06:13:39 | 写真
仁和寺へたびたび行けどよく知れば
双ケ丘は目と鼻の先           樋田哲仙

 京都市右京区双ケ丘(ならびがおか)は低い丘程度の大小二つの山からなり、南北に並ぶ。南側の一部が丸田町通りに面し、昔で言えば洛外になる。鎌倉末期吉田兼好(法師)が「徒然草」を執筆したことでよく知られる。1周してもわずかでどこかに遺跡がと探したが何もなかった。山頂からは眼下に仁和寺の山門と五重塔が見られた。

山桜を惜しんで(水墨画)

2011-04-17 06:12:00 | 水墨画
見ず知らぬ人と出会ひし山中に
交す会釈のほのぼのとする      樋田哲仙

 好天に誘われ、山桜を惜しんで山中に分け入ると、春の心地よい風が通り抜ける。時々鶯の声も聞かれて、しばらく立ち止まる。山桜もこれで今年は終りかと惜しみながら、眺めるのは寂しさはあるがゆとりといえよう。さらに奥へ進むと、見知らぬ老人と出会う。どちらともなく軽く会釈を交すのは晴れやかな気分になるのもだ。ほんのちょっとしたことだが。 にほんブログ村 美術ブログへ