昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説<手術室から>(35)目の手術(10)

2015-09-26 04:37:54 | 小説・手術室から
「おお、めーる、めーる!」
 
 翌朝早く、ひとりでガーゼを外したAさんが喜びの声を上げた。
 同部屋の他の三人はそれを黙って聞いていた。

 予定より30分遅れて、秀三は車椅子に乗せられ手術室に向かった。
 ここでもさらに30分待たされて手術室に入った。
「司さんですか?」
 入る前に名前を確認された。
「はい」
「お名前は何というんですか?」
 ずいぶんな念の入れようだ。

 彼は最近Y医大付属病院で、患者を取り違えて手術したというニュースを思い出した。
 
「秀三です」と答えると同時に彼からも確認した。
「執刀は村上晶先生ですよね?」
 
 特に村上先生に万全の信頼を置いているわけではないが、知らない先生に間違えて手術されるよりましだと思ったのだ。
 
 
 手術室に入ると手術台が二台あるのが目に入った。
 手術台に載せられた時、もう一台の方に別な患者が載せられたことを感じ取った。
 
 医者か看護師かわからないが、おぼろげながら何人もの男女が右往左往している。

 二人の先生が同時に手術するのなら、自分の執刀が村上先生であることをその声で確認しなければと思うが、先生の声が聞こえない。
 疑心暗鬼になりかけた時、人声の中からいつもとは違う優しい声で周囲に指示する村上先生の声が聞こえてきた。
 

 今の今まで糞くらえと思っていたあの村上先生が天使に思えた。
 もうこうなったら彼女に全幅の信頼をおかざるをえないことを、秀三はいつのまにか納得させられていた。

 ─続く─
       





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