昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

なるほど!と思う日々(641)佐藤春夫と谷崎潤一郎

2019-12-14 06:21:02 | なるほどと思う日々
 昨日は大久保喬樹東京女子大学名誉教授の講義なので、早めに、15分前には教室に到着したが、既に小林克彦代表幹事とともに席についておられた。
 先生がボクの杖に目を留められ、「足は大丈夫ですか?」とおっしゃって下さった。
 お心遣いに恐縮・・・。

 取り上げるのは、佐藤春夫の「田園の憂鬱」 
 ・・・彼と彼の妻とは、その時、各(おのおの)この草屋根の上にさまようて居た彼らの瞳を、互いに相手のそれの上に向けて、瞳と瞳とで会話した。「いい家のような豫感がある」「ええ私もさう思ふの」・・・
 ・・・一筋の平坦な街道が東から西へ、また別の街道が北から南へ通じて居るあたりに、その道に沿うて一つの草深い農村があり、幾つかの卑下(へりくだ)つた草屋根があった。それは、TとYとH(東京、横浜、八王子のこと)との大きな都市をすぐ六七里の隣にして、譬へば三つの劇しい旋風の境目に出来た真空のやうに、世紀からは置きつ放しにされ、世界からは忘れ去られ、文明からは押流されて、しょんぼりと置かれて居るのであった。
 ・・・彼はただひとりぼんやりと、見るともなしに、あの丘を眺めて居た。・・・
 ・・・丘はいつもと違って見える・・・その丘は、彼には或るフェアリイ・ランドのやうに思はれた。
 ・・・さうして、彼は今、うっとりとなってフェアリイ・ランドの王であった。・・・
 ・・・やがて、いつまでも見えるやうに思って居た丘も見えなくなった・・・。

 *ストーリーらしきものはない。文学・映画に夢中になって遊び過ぎてノイローゼになった佐藤春夫が、イギリスの小説の田園風景に影響を受け、感覚的に書き連ねた作品のようだ。

 佐藤春夫は、大正期から始まるデカダンス的な感覚を「市民」という立場から表現する、谷崎潤一郎と共にこの時代を代表する文学者である。
 *映画が佐藤や谷崎にかなり影響を与えている。
 
 *谷崎も一時マジックリアリズムを実現するような小説を書いている。
 「金色の死」
 *「そんな谷崎が<陰翳礼讃>や<細雪>を書くようになったきっかけは何なのでしょう?」
  ボクは大久保先生にお伺いした。

 「京都という場所でしょう」
     





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