謗倭人謌一首
標訓 倭人(やわひと)を謗(そし)れる謌一首
集歌3836 奈良山乃 兒手柏之 兩面尓 左毛右毛 倭人之友
訓読 奈良山の児手柏(てかしわ)し両面(ふたおも)にかにもかくにも倭人(やわひと)の友(とも)
私訳 奈良山の児手柏の葉が両面あるように、ああも云い、こうも云う心根の定まらない貴方よ。
左注 右謌一首、博士消奈行文大夫作之
注訓 右の謌一首は、博士(はかせ)消奈(せなの)行文(ぎょうもんの)大夫(まえつきみ)、之を作れり
集歌3837 久堅之 雨毛落奴可 蓮荷尓 渟在水乃 玉似将有見
訓読 ひさかたの雨も降らぬか蓮葉(はちすは)に渟(とど)まる水の玉に似る見む
私訳 遥か彼方から雨も降って来ないだろうか。蓮の葉に留まる水の玉に似たものを見たいものです。
左注 右謌一首、傳云有右兵衛。(姓名未詳) 多能謌作之藝也。于時、府家備設酒食、饗宴府官人等。於是饌食、盛之皆用荷葉。諸人酒酣、謌舞駱驛。乃誘兵衛云開其荷葉而作。此謌者、登時應聲作斯謌也
注訓 右の謌一首は、傳へて云はく「右兵衛(うひょうえ)なるものあり(姓名は未だ詳(つばび)らならず)。 多く謌を作る藝(わざ)を能(よ)くす。時に、府家(ふか)に酒食(しゅし)を備へ設け、府(つかさ)の官人等(みやひとら)を饗宴(あへ)す。是に饌食(せんし)は、盛るに皆荷葉(はちすは)を用(もち)ちてす。諸人(もろびと)の酒(さけ)酣(たけなは)に、謌舞(かぶ)駱驛(らくえき)せり。乃ち兵衛なるものを誘ひて云はく『其の荷葉を開きて作れ』といへば、此の謌は、登時(すなはち)聲に應(こた)へて作れるこの謌なり」といへり。
注訳 右の歌一首は、伝えて云うには「右の兵衛府にある人物がいた。姓名は未だに詳しくは判らない。多くに歌を作る才能に溢れていた。ある時、兵衛府の役所で酒食を用意して、兵衛府の役人達を集め宴会したことがあった。その食べ物は盛り付けるに全て蓮の葉を使用した。集まった人々は酒宴の盛りに、次ぎ次ぎと歌い踊った。その時、右の兵衛府のある人物を誘って云うには『その荷葉を開いて歌を作れ』と云うので、この歌は、すぐにその声に応えて作ったと云う歌」と云う。
無心所著謌二首
標訓 心の著(つ)く所無き謌二首
集歌3838 吾妹兒之 額尓生 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡
訓読 我妹子し額(ひたひ)に生(お)ふる双六の牡(ことひの)牛(うし)し鞍(くら)上(へ)し瘡(かさ)
私訳 私の愛しい妻の額の二つの、双六の勝負に負けた形の牛の、牡牛の倉の、鞍の上の瘡。
集歌3839 吾兄子之 犢鼻尓為流 都夫礼石之 吉野乃山尓 氷魚曽懸有 (懸有、反云佐家礼流)
訓読 我が背子し犢鼻(たふさき)にする円石(つぶれし)し吉野の山に氷魚(ひを)ぞ下がれる
(懸有、反(はん)して「さかれる」と云ふ )
私訳 私の愛しい夫がフンドシにする丸い石の、礫岩の吉野の山に氷雨、その氷魚がぶら下がる。
左注 右謌者、舎人親王令侍座曰、或有作無所由之謌人者、賜以錢帛。于時、大舎人安倍朝臣子祖父乃作斯謌獻上。登時以所募物、錢二千文給之也
注訓 右の謌は、舎人親王侍座(じざ)に令(おほ)せて曰はく「或は由(よ)る所無き謌を作る人あらば、賜ふに錢帛(せんはく)を以ちてせむ」といへり。時に、大舎人安倍朝臣子祖父(こおほぢ)、乃(すなは)ちこの謌を作りて獻上れり。登時(すなはち)以所(ゆえに)募(つの)れる物、錢二千文を給ひき
注訳 右の歌は、舎人親王が侍者に命じられて云うには「もし、意味が有りそうで無い歌を作る者がいたら、褒美を授けるのに銭や帛をやろう」と云われた。その時に、大舎人の安倍朝臣子祖父が、すぐにこの歌を作って献上した。そこで、その褒賞の品物として、銭二千文を授け為された。
池田朝臣、嗤大神朝臣奥守謌一首 (池田朝臣名忘失也)
標訓 池田朝臣の、大神朝臣奥守を嗤ひたる謌一首 (池田朝臣の名を忘れ失すなり)
集歌3840 寺々之 女餓鬼申久 大神乃 男餓鬼被給而 其子将播
表歌
訓読 寺々の女餓鬼(めがき)申(もを)さく大神(おほみわ)の男餓鬼(をがき)給(たは)りてその子(こ)を播(ま)かむ
私訳 寺々で淫欲や嫉妬深い女たちが申すことには、大神寺にある男餓鬼の仏像を頂いて、その係累の仏像を世の中に広めましょう。
裏歌
訓読 寺々の女餓鬼(めがき)申(もを)さく大神(おほみわ)の男餓鬼(をがき)戯(たは)りてその子(こ)を播(ま)かむ
私訳 あちらこちらの寺々の淫欲や嫉妬深い女たちが申すことには、大神氏の女に餓えた男餓鬼は女に戯れて、女に子を孕ませた。
標訓 倭人(やわひと)を謗(そし)れる謌一首
集歌3836 奈良山乃 兒手柏之 兩面尓 左毛右毛 倭人之友
訓読 奈良山の児手柏(てかしわ)し両面(ふたおも)にかにもかくにも倭人(やわひと)の友(とも)
私訳 奈良山の児手柏の葉が両面あるように、ああも云い、こうも云う心根の定まらない貴方よ。
左注 右謌一首、博士消奈行文大夫作之
注訓 右の謌一首は、博士(はかせ)消奈(せなの)行文(ぎょうもんの)大夫(まえつきみ)、之を作れり
集歌3837 久堅之 雨毛落奴可 蓮荷尓 渟在水乃 玉似将有見
訓読 ひさかたの雨も降らぬか蓮葉(はちすは)に渟(とど)まる水の玉に似る見む
私訳 遥か彼方から雨も降って来ないだろうか。蓮の葉に留まる水の玉に似たものを見たいものです。
左注 右謌一首、傳云有右兵衛。(姓名未詳) 多能謌作之藝也。于時、府家備設酒食、饗宴府官人等。於是饌食、盛之皆用荷葉。諸人酒酣、謌舞駱驛。乃誘兵衛云開其荷葉而作。此謌者、登時應聲作斯謌也
注訓 右の謌一首は、傳へて云はく「右兵衛(うひょうえ)なるものあり(姓名は未だ詳(つばび)らならず)。 多く謌を作る藝(わざ)を能(よ)くす。時に、府家(ふか)に酒食(しゅし)を備へ設け、府(つかさ)の官人等(みやひとら)を饗宴(あへ)す。是に饌食(せんし)は、盛るに皆荷葉(はちすは)を用(もち)ちてす。諸人(もろびと)の酒(さけ)酣(たけなは)に、謌舞(かぶ)駱驛(らくえき)せり。乃ち兵衛なるものを誘ひて云はく『其の荷葉を開きて作れ』といへば、此の謌は、登時(すなはち)聲に應(こた)へて作れるこの謌なり」といへり。
注訳 右の歌一首は、伝えて云うには「右の兵衛府にある人物がいた。姓名は未だに詳しくは判らない。多くに歌を作る才能に溢れていた。ある時、兵衛府の役所で酒食を用意して、兵衛府の役人達を集め宴会したことがあった。その食べ物は盛り付けるに全て蓮の葉を使用した。集まった人々は酒宴の盛りに、次ぎ次ぎと歌い踊った。その時、右の兵衛府のある人物を誘って云うには『その荷葉を開いて歌を作れ』と云うので、この歌は、すぐにその声に応えて作ったと云う歌」と云う。
無心所著謌二首
標訓 心の著(つ)く所無き謌二首
集歌3838 吾妹兒之 額尓生 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡
訓読 我妹子し額(ひたひ)に生(お)ふる双六の牡(ことひの)牛(うし)し鞍(くら)上(へ)し瘡(かさ)
私訳 私の愛しい妻の額の二つの、双六の勝負に負けた形の牛の、牡牛の倉の、鞍の上の瘡。
集歌3839 吾兄子之 犢鼻尓為流 都夫礼石之 吉野乃山尓 氷魚曽懸有 (懸有、反云佐家礼流)
訓読 我が背子し犢鼻(たふさき)にする円石(つぶれし)し吉野の山に氷魚(ひを)ぞ下がれる
(懸有、反(はん)して「さかれる」と云ふ )
私訳 私の愛しい夫がフンドシにする丸い石の、礫岩の吉野の山に氷雨、その氷魚がぶら下がる。
左注 右謌者、舎人親王令侍座曰、或有作無所由之謌人者、賜以錢帛。于時、大舎人安倍朝臣子祖父乃作斯謌獻上。登時以所募物、錢二千文給之也
注訓 右の謌は、舎人親王侍座(じざ)に令(おほ)せて曰はく「或は由(よ)る所無き謌を作る人あらば、賜ふに錢帛(せんはく)を以ちてせむ」といへり。時に、大舎人安倍朝臣子祖父(こおほぢ)、乃(すなは)ちこの謌を作りて獻上れり。登時(すなはち)以所(ゆえに)募(つの)れる物、錢二千文を給ひき
注訳 右の歌は、舎人親王が侍者に命じられて云うには「もし、意味が有りそうで無い歌を作る者がいたら、褒美を授けるのに銭や帛をやろう」と云われた。その時に、大舎人の安倍朝臣子祖父が、すぐにこの歌を作って献上した。そこで、その褒賞の品物として、銭二千文を授け為された。
池田朝臣、嗤大神朝臣奥守謌一首 (池田朝臣名忘失也)
標訓 池田朝臣の、大神朝臣奥守を嗤ひたる謌一首 (池田朝臣の名を忘れ失すなり)
集歌3840 寺々之 女餓鬼申久 大神乃 男餓鬼被給而 其子将播
表歌
訓読 寺々の女餓鬼(めがき)申(もを)さく大神(おほみわ)の男餓鬼(をがき)給(たは)りてその子(こ)を播(ま)かむ
私訳 寺々で淫欲や嫉妬深い女たちが申すことには、大神寺にある男餓鬼の仏像を頂いて、その係累の仏像を世の中に広めましょう。
裏歌
訓読 寺々の女餓鬼(めがき)申(もを)さく大神(おほみわ)の男餓鬼(をがき)戯(たは)りてその子(こ)を播(ま)かむ
私訳 あちらこちらの寺々の淫欲や嫉妬深い女たちが申すことには、大神氏の女に餓えた男餓鬼は女に戯れて、女に子を孕ませた。
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