能町みね子「そのへんをどのように
受け止めてらっしゃるか」(文春文庫)を読む。
週刊文春に連載された「言葉尻とらえ隊」の文庫化。
魂は細部に宿るというけれど、
芸能人や政治家などがドヤ顔で発信する言葉の
ほんの些末なニュアンスをとらえ、その人たちの
本音や嘘を暴くセンスの素晴らしさ。
たとえば、昨年の台風19号の被害で
八ッ場ダムが利根川の決壊を食い止めたという話に
糸井重里氏が「だれかこの話を書いて、ぼくに読ませてください。
力があるのに仕事がないフリーのライターさんとか」とツイート。
それを受けて、
「力があるのに仕事がない、つまり確実にお金のない
フリーのライターが八ッ場ダムの話を書くのに一体どれだけ金がかかるか、
お金持ちである糸井重里はマジで想像できないわけだ」と斬る。
お金のないライターなのは自分も同じ(力も大してありません)。
八ッ場ダムまで出かけて、
何年もかけて関係者に取材を重ねて書くなんて、無理。
生きていけません。
あるいは、
昨年のあいちトリエンナーレに抗議を繰り返していた
河村たかし名古屋市長の
「どえりゃあ ごぶさた
座り込み 午後2時 愛知芸文センター
because申告内容かくされる
陛下写真バーナー焼いて踏みつぶす いかん」というツイートに対して、
「こだわりの名古屋弁も、ユーモアのつもりか
英単語を混ぜているのも気味悪さを際立たせる効果しか生んでいません。
仮に自分の肉親がこんな文体をネット上に晒していたら、
私だったら心配になって電話をかけます」
自分は名古屋出身だけれど、なぜ河村さんって市長なんだろうと
思うことがしばしばある。ことさら名古屋弁を使うところに
不気味さを感じる能町さんの指摘は鋭い。
皮肉とユーモアが混ざりあい、どこに媚びることもなく、
しっかりロジカルに展開されるエッセイ。
誰にでも書けるものではないと思う。
ちなみに、たかし市長の
「どえりゃあ」とは「ものすごく」「とても」という意味です。
自分は子供のとき、「どえりゃあ」ではなく
もう少しやわらかな口調で「でーりゃあ」と言ってました。
地元を離れて何十年にもなるけれど、
たまに口から出ます「でーりゃあ」。
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