蕎麦やら、酒やら、料理やら・・・ピアノやら・・・それにしても、ドーナンダ?たむらん

趣味の蕎麦打ち、元来の酒好き、そして料理作りと仲間と一緒にわいわい、と
たまに思いつくあれこれと・・・趣味も

今年も…

2019年12月29日 01時57分32秒 | Weblog

年の瀬も押し迫り、忙中閑
今年もいろいろあったな~とぼんにゃりと考える。

平成から令和へ、
改元騒ぎを横目で見るような性格なので特段の感慨もないが、この先の天皇家のことが気になる。
女性天皇はどうなのか、といった議論もあるが、政治家だけで決める問題じゃなかろうにと思う。

今年もというべきか、政治家や芸能人の不祥事もたくさん有り過ぎて覚えきれない。
ま、さほどの興味もないから覚えないだけなのかもしれないが、
何度繰り返しても繰り返されても目に見える成長も進化もしないもんだな~と思う。
というか、たくさん有り過ぎて見る側が「またか~」と日常化してるから、
成長や進化への目に見えない”圧”もかからないのかもしれないのうとも思える。

特に政治の世界では、権力者に対する”正常化への圧”がとっても弱い感じがして、
やりたい放題、言いたい放題にさせてしまっている。
グレーなのに「白だ」と言われれば、本当はグレーだと思っていても「はは~、白ですね」と
お取り巻きが懸命に”白”にしようとして、墓穴を掘るというか辻爪の合わなさを拡げている。
もう、ええかげんにせいよ。

幼い子供の虐待や育児放棄も頻繁にニュースになった。
「あの事件のことをまだ報道しているのか」と思ったら別の新たな事件だった…なんてことが多かった。
私め、今でこそ、孫二人ができて、この先自分の子を育てることはない(だろう)が、
たまに、息子が生まれて少しづつ大きくなってきた過程を思い出すと、
「あの時は可哀そうなことしたな~」とか「こう接してやればよかったな~」といったプチ後悔をすることがある。
虐待で幼い子が亡くなったという報に接する度、自分の父性的な部分が疼いて、いたたまれなくなる。
そうした悲しいことがなくなることを切に祈るばかりだ。

我が身辺では、も少し先のことだが、鳥取に戻って残りの人生を送ろうと決心したのが今年の夏。
そのための準備も少しづつ進めることにしようと動き始めた。
20年余り住んだ広島の家、そして地域との薄くない関わりを思うと心穏やかではない。
それに、これからの金銭的なことや老親のことなども考えると、けっこう不安もある。
でも、後ろ向きになったり現状に立ち止まるんではなく、前を向いてこの先をどうするかと考えるほうが、
やっぱりいいね!と思う。

伸び放題の柚子の木の枝が電線に架かっていたのでバサバサと切り上げた。
実は、それはついでで、妻に頼まれた葉っぱ付きの柚子の実を取るのが目的だった。
それがこれ  どうも木の上のほうの柚子が黒ズミもなく綺麗だ。
正月の注連縄飾りを自作したので、それに付ける柚子を、しかも葉っぱ付きで採ってこいとの命を受けたのであった。

皆さま、種々雑多な書き散らしブログを見ていただき感謝申し上げます。
今年最後の書き散らしとなります。
来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。 


 

ちょい悪さま:良いお年をお迎えください。
       来年もどうぞよろしくお願いします。

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年の瀬?

2019年12月23日 00時02分39秒 | Weblog

今日は冬至、朝からどんよりと曇り空
年の瀬も押し迫りつつある日曜日、家事雑事でけっこう忙しい。


初秋の頃、孤軍奮闘で草と格闘した畑に果樹の苗を植えた。
画像ではほとんど分からないが、植樹した苗木の根元に枯れ草を巻いている。
ブルーベリー、いちじく、梅、桃、栗
収穫できるのは何時のことになるのやら・・・
その前にきちんと根付いて育つのか・・・それが一番の問題だ。

別の畑には柚子の木がある。
長年放置すると  伸び放題に伸びて高さ6、7メートルもある。
梯子をかけてもてっぺんどころかその下あたりの実でさえ手が届かない。
それに柚子の木には柑橘系特有というか、長いもので5センチくらいの堅いトゲがそこらじゅうにある。
トゲに悩まされながらも格闘すること1時間余り、
ところどころ黒ずんどったり白っぽくなったりしとるが、柚子湯にするにはさほど影響はなかろう。
こんなに採ってどーするん?というくらい採ったど~~。
昔、みかん農家の人に聞いたが、シーズン終わるまでに全部採ってしまわんと成り腐れたりして木が弱るそうな。
でも、あの高い木の実を全部採るんは無理~~
この柚子は職場に持っていって皆さんに柚子湯気分を味わってもらおうと思う。
去年、大量に採った柚子を家に置いていたら、留守してた隙に親父が鍋いっぱいに柚子の砂糖煮を作っていた。
若干焦げてて不味かった。
責任とってもらうことにして毎食おかずとして出したけど完食してた。


散髪にも行かにゃいけんし、年賀状も作らんといけんし、冬用タイヤに交換しとかにゃいけんし…
それに、まだ飲み会もあるし・・・
ぼんやりしとる暇はないのである。

 

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プチ断捨離

2019年12月15日 23時20分45秒 | Weblog

この土日は広島で所用や家事雑事、前日の金曜日午後から広島に帰宅。
8年余り通った音楽教室を今月で退会、土曜日が最後のレッスンだった。
退会理由は、鳥取での家事雑事の増加と月一とはいえレッスンのために広島に帰るタイミングを合わせるのが難しゅうなったきたことなど…
習い続けて上達したのかどうか甚だ心もとないが、自分なりには、あくまで自分なりにではあるが、ガンバったとは思う。
音楽教室は退会したけど、ピアノ弾くことをやめるわけではない。

その土曜日の夕方、町内で結成している「親父の会」主催の忘年会、町内会や子供会の役員も参加
オードブルや刺身の盛り合わせも調達するが、おばちゃんたちの手料理の差し入れ、若い親父が海で捕ってきたというタコ、
炭火で炙ったアツアツ干物や、畑で採れた落花生を茹でたのや・・・食べきれんくらい豪勢なのである。
残念ながら画像が一枚もない。
この席で、来年に鳥取へUターンすることを皆さんに報告した。
どう受け止められたかは人それぞれかも知れんけど、「寂しゅうなるのぅ」と言われると、正直いって辛い。

日曜日
ほったらかしで伸びに伸びたモミジの木を伐採した。
このモミジ、隣の土地のモミジから種が落ちてすくすく育ち、フェンスの隙間を突き抜けて伸びていった。
いつの間にか、幹がフェンスを包み込むように育ってしまっていた。
かなり離れたとこの草を掃除してたらモミジの根っこが這って伸びてきていた。
こりゃ家の基礎にも被害が及ぶかもしれず、、と伐採を決意、、しかし、フェンスを包んでいる箇所はどうにもならず次回に作業持ち越し。
残念ながら写真を取り損ねた。

高校生の頃から買いためていたレコードを出張買取りに来てもらって売りに出した。
1枚でも残すと未練が残るし、断捨離にならんと思い、買取りできない…値がつかんのは処分してもらうことにした。
引き取られるその場にいると、気持ちがかなり落ち込むと思ったので、鳥取に戻るんに家を出た後に来てもらうことにして、出立した。
後で女房に聞いたら、全部で350枚ほどあって半分ほどは値がつきそうで、明後日には査定結果が出るとのこと・・・
査定結果を聞いて、更に落ち込むかもしれず、、
これは、意図して写真を撮らなかった。
あと残るはCD、DVD,本や雑誌の始末だ。




ちょい悪さま:ほんとにほんとに惜しい人を亡くしたと思います。
      さて、私らに何ができるのでしょか?何をすりゃええのでしょうか?

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地方暮らしのことなど

2019年12月08日 23時11分33秒 | Weblog

12月になってどんよりとした天気が続いている。
普段はチャリ通勤だが、雨が降る日はバスで通勤する。
利用するのは国道を鳥取駅まで行く主要路線なのだが便数は極端に少ない。
最寄りのバス停で朝8時16分の次はナント1時間半後の9時48分
そして、夜、鳥取駅バスターミナルを発車する最終便は21時発、これは割と遅いほうで他の路線の最終はもっと早い。

先日、飲み会が一次会で終わって、最終に間に合うんで、待合室におったら21時ちょっと前に閉めるから出てくれという。
そいで、最終バスに乗った客は4人、そのうち、小生の降りる5つ目のバス停までで3人降りて、私が降りたら乗客なし。
この先のバス停で乗る人なぞおらんだろうから、終点まで空っぽで走るんだろう。
そう考えると、切ないやら寂しいやら、余計なことながらバス会社の経営も心配になるし・・、これが地方での公共交通の現実。
道路はどんどん整備されて車で移動するのが便利になって皆がマイカー使って、バスに乗るなど考えもしない。
乗客が減るから便数が減る、便数が減るから乗らんようになる、JRローカル線も同様に減便への循環が進む。

田舎には、都会のように時刻表を気にすることもなく駅やバス停に行けばほとんど待たずに乗れるといった便利さは無い。
こちらがバスや列車の運行時刻に合わせて動かねばならない。
都会暮らしを経験すると田舎の「この不便さはなんなんだ」と感じることだろうと思う。
逆に田舎から都会に行くと、信じられんほどの便利さを感じることだろうと思う。
都会は人が多いから便利さという観点だけでなくて、そこまで発達させんにゃ生活に支障を来すからかもしれない。
ただ、便利さをとことん追い求める心根に「なんだって便利にさせることが出来る」というような思い上がりがあるとすると危ないな~と思う。
もちろん、便利さを追求してきたからこそ文明の発達があるし、その恩恵も享受しとることは承知している。
そのうえで、思うとおりにはいかんことがある、むしろ、そういうことの方が多いし、それがあるのが当たり前だと受け止めていたい。
まして、自然の猛威の前には非力だということは十分に思い知ったはずだ。
そう考えると、
朝夕は1時間に2本か3本、日中は1時間に1本あるかないか、というような交通事情やらはどうってこたぁないと思えるのだ。

さ~て、”終の棲家”は実家より不便っぽいが、そこで暮らすようになって、こうした諦観を保てるのかどうか・・・・・・

話は変わるが、アフガニスタンで活動をしてらした医師の中村哲さんが襲撃されて亡くなられた。
今年5月、鳥取に来られて講演会があった。行こうと思っていたのに行けなかった。
活動とか詳しく知っていた訳ではないが、訃報を聞いて何故だかとても無性に悲しくてやりきれなくて・・・
こういう形で二度と直接話を聞くことはできなくなるなんて、と思うと残念な気持ちが募る。
ご冥福を祈るとともに自分なりに中村さんの遺志を体現していきたいと思うのである。

先々週の我が家の田んぼの様子  稲の切株から新芽が伸びている。
生命力を感じる。

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あっという間に12月

2019年12月01日 23時33分11秒 | Weblog

今年も残るところ1カ月・・・と、この時期になると何年も言い続けられてきたことか。
過ぎてみれば早いもので、まだ、押し迫ったわけではないが、今年もいろいろあったな~。
などと感慨に耽るのにも、まだ、ちーと早いのう。

弟が生業としている仕事は販売業、従業員4人、個人事業主ではあるが所謂「社長」である。
従業員さんの一人が岩美町網代という漁師町の人で、ご近所どうし魚介類のお裾分けがあるらしく、
お裾分けのお裾分けということで、この時期ならでは、、 のカニをいただいた。
ふたを開けてみて、びっくらぽん。
松葉ガニ(オス)が3枚、親ガニ(メス)が10枚ほど、、脚や口が動いとる。
脚が2、3本無くなっているので、売り物にはならんということなんだろうか。
10本ある脚の2、3本ないくらい味に何の変わりもない。
そして、更にカニの下には魚が、、 カレイにハタハタがどっさり。
さすがにお魚さんは生きてはいないが、いずれにしても家族だけでは到底食べきれる量じゃない。
松葉ガニはカニちり、親ガニは大根を入れて味噌汁にして、兄弟3人で無心に食べた。
満腹だ。
でも、親ガニ5枚とお魚さんが残った。
それにしても、有難いことだ。

実家の横にある小じんまりした畑にキウイの木があり、旬のキウイが鈴なりに実っている。
両親にしては洒落た木を育てとると思うが、わざわざ植えたとは思えない。
好んで食べたいフルーツではないが、それでも職場に持っていけば食べてもらえるかも、と収穫した。
  けっこう採れた。
密閉ケースにバナナと一緒に入れて熟成させる。
甘くなってくれりゃええが・・・

本日の昼食 
鳥取県産の精肉を扱う「牧場村」で売られている「牛丼」「豚ホルモン炒め」
つゆだくの牛丼にコリコリの豚ホルモン、、昼なのでノンアルビールでいただく。
見た目以上にボリュームがあった。 

ここ最近、ちーと食べ過ぎのような気がする。

 

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